永遠の誓い

18 妖精の魔法

 ロバートは小声で移転魔法の詠唱をしながら、もう一度周囲を警戒した。

 マシュー及びその周囲に特に注意を払ったが。


 ――これと言った脅威は見当たらないか。


 そう結論付けると、ちょうど目の前に来たレイチェルを抱き留め。

「説明は後だ」


 観葉植物の後ろに隠れていたスカーレットの近くまで移転し。

「きゃ!」「ええっ!」

 おどろく双子を両手に抱えると、移転魔法をもう一度詠唱して。


「まあ、あそこしかないだろうな……」

 ロバートはレストランの窓越しに映る時計塔をにらんだ。




○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○




「で、いったいどうするつもりなんだ?」

 もうひとりのロバートが脳内で突っ込み……


 双子があたふたしながらお互いを眺めたり、ロバートをチラチラ見ている間。


 主人格のロバートは、あまり深く考えずに行った自分の行動に。

 ――はてどうしたものか、と思案に暮れた。


「ね、姉さん! どうしてあんな所にいたの?」

「あ、あの……お願いしたけどレイチェルの事が心配で、ついてきちゃって……」


 やっと二人の会話が始まり、落ち着きを取り戻したようなので。


「やはりそんなところか」

 ロバートなりにさりげなく会話に参加してみる。


 フムフムとひとり勝手に頷くロバートを……レイチェルは不審そうににらみ、スカーレットは口に手を当てながら身を引いた。


「ねえ、あなたなんでこんな所にあたしたちを拘束したの」

 そしてレイチェルがスカーレットをかばうように体を乗り出す。


「突っかかってきたのはお前の方だろう、それにあのままスカーレットを壁の花にしておくわけにはいかない」

 ロバートがクールに見えるように雰囲気を出して答えると。


 レイチェルは更に目を吊り上げ、スカーレットは顔を青くする。


「お前がこのまましゃべってたら進展しそうにない、ここは黙って変われ。それから嫌な予感がする……探査魔法で周囲を警戒してくれ」

 脳内でそんな声まで聞こえてきたから……


 ロバートは仕方なく人格を入れ替える。


「何を考えていたかまでは知らんが、お前たちは触れちゃいけないものに手を出したんだ。主導権は既に無い、黙って後悔だけしていろ」


 突然殺人鬼のような冷めた表情でそう言われ、レイチェルは息を飲み込み……

 スカーレットはなぜか少し嬉しそうに身震いした。


「どう言うこと、確かにあなたを連れ出そうとしたけど。こんなことされる身に覚えはないわよ……それに、どうしてあたしたちの事を知ってるの!」


 それでも歯を食いしばって反論してきたレイチェルをロバートはつまらなさそうに笑い飛ばし、交代した主人格と会話をする。


「確かに……塔の下から、微かだが妙な気配がするな」

「あのいけ好かない男か?」

「いや、これは聖人様じゃないな……初めてスカーレットと会った時に、マシューの後ろにいたヤツだ」


 ロバートは時計塔の窓から校庭を見下ろす。

 そこには猫耳のメイド……リュオンの横にマシューがいて、その陰に怪しい魔導波が感じられる。


「触れちゃいけないものってのは、下にいるヤツらの事だ……心当たりがあるんじゃないか?」

 ロバートの言葉に、レイチェルとスカーレットが恐々と窓をのぞき込む。


「なによそれ……あれは新しい警備メイドの子よ」

 レイチェルの反論を無視して、ロバートはスカーレットに問いかけた。


「最近あの男の態度がおかしかったり、不審な雰囲気を感じることはなかったか?」

「そう言われればその……学園で起きたポーションの事件以来、マシューは何か隠し事をしているような気が。それに……」


 その言葉にロバートは頷いて。

「人が変わったような言動をする事があった」

 そう付け足すと、レイチェルは困ったような笑みをもらした。


 二人のロバートは脳内でこの状況をまとめる。


「聖人様は既にこの空間にはいない、そしてこれが本来の姿だとすると」

「この空間はマシューとか言う腐れヤローが構築したってのか?」

「係わってるのは間違いないだろうが……あいつひとりでは無理だろう」


「聖女の嘆きを利用して、誰かがあいつを裏で操っている」

「それが一番妥当な考えだな」


「誰が何の目的で?」

「今の話だと、例のポーションの事件が尾を引いてそうだ。もう少し突っ込んで聞き出してくれ」


 主人格のロバートの言葉にもうひとりのロバートはため息をついて。

 まあ自分から変われと言ったのだから仕方がないかと、レイチェルを見つめる。


 レイチェルはその視線におびえるように身体をすくませ。

「マシューはその……あたしの婚約者なんですが、よく他の女の子にちょっかいを出すんです。それで今回は同じクラスのエリンちゃんに手を出したみたいで。でもマシューは例のポーションの後遺症の相談に乗っただけだって」


 エリンの名が出てきた事で、ロバートは眉間に指を当てた。

 ――あの女は、いつも肝心な場所で邪魔をする。


 しかも主人格が、それを聞いてどうにかならないかと考えを巡らせ始めたことに気付き、更に腹が立った。


「手を出したって、何か証拠のようなものはあるのか?」

 ロバートの問に、双子は顔を見合わせた後。


「そのっ、クラスの女の子たちの噂で……エリンちゃんがそう言う事があったって自慢してたって……」

「あいつ子供の頃はあたしの後ばかり追いかけて、まあ可愛いヤツだったんだけど。手足が伸び切ってスカーレットの許嫁になってから良くそうゆう事するようになったのよ。ただ今回はいつものように貴族の派手目の女の子じゃなくて特待生組の地味系の子だったから、ちょっとおどろいたけど」


「だいたい理解できた」

 二人の言葉を聞いて、更にロバートは深いため息をつく。


 もうひとりのロバートはエリンの事があまり好きではなかったから、スカーレットが聞いた噂が本当ならきっとヤッちゃったんだろうと考えた。


 それより問題は派手好きのマシューが今回エリンに手を出したことだ。状況から考えて、その背後にある何かを探りにきたか……あるいは利用しにきたかだ。


 ポーション事件の後、後遺症などのアフターケアは万全を期したが……背後関係の洗い出しは途中で暗礁に乗り上げたまま。


 魔王復活や世紀末を唱える新興宗教。

 オリス公国や密輸団の真の目的。


 それが今回の出来事のバックにあると考えて間違いないだろう。ひょっとしたらエクスディア家が何か一枚かんでいるかもしれない。


 しかし……それより優先しなくちゃいけない事もある、背後関係の洗い出しはいったんディーンたちに任せるしかない。


 そのためにこの空間から出ていったのだろうから。


 ロバートはそこまで考えると通信魔法板を取り出しリーゼラを呼び出した。

「あら、ロバート様どうされました? 今日は食堂でお昼だと張り切ってましたのに」


「つまらんことに巻き込まれてな。それより、頼みたいことがあるんだが」

 ロバートがそこまで言うと、リーゼラがクンクンと鼻を鳴らした。


「どうした?」

「ロバート様、ひょっとして誰か女といませんか? なんかそんな臭いがするんですよね」

 どこかで監視でもしているんじゃないかと心配になって、辺りを見回すと。


「やはり……」

 勘が的中したとばかりにリーゼラが続けた。


「やましい事はしていない、後でちゃんと説明する。それより急いでエリンを保護してくれないか」

 ロバートが冷汗をかきながらそう言うと。


「了解です、けどあんな女を拉致ってどうするんですか?」

「込み入った話になるから、それも後で説明する」


 リーゼラは何か不服そうに唸っていたが。

「それからトミー先生にも部屋に来るよう声をかけてくれ」

 そう付け足すと。


「トミー先生も拉致るんですか?」

 妙な返答が返ってきた。

 念の為……


「先生は丁重に招待してくれ」

 そう言って通信を切ると。


 ……なぜかおびえたスカーレットを慰めるようにレイチェルが抱き留めていた。


「そ、それであたしたちをどうするつもりなの!」

 にらみ返すレイチェルの脚も微妙に震えている。


 どうやら以前、塔で交わした契約の記憶は残っていないようなので……もうひとりのロバートはこのまま見捨てて部屋に戻ろうか悩んだが。


「お前はもう少し素直になるべきだろう」


 主人格の声が脳内で響き、表情を硬くした。


「偉そうなことを言うな、お前に指図されるいわれはない。なんならこのまま人格を交代させても良いんだぞ」


「そうしたければすればいい。お前も気付いてると思うが……俺たちは元々ひとつだったんだ。聖人様にそう言われたときはおどろいたが、あらためてそう考えると頷ける部分が多い。放っておいてもこのまま時が過ぎれば、いずれ混じってどっちがどっちなのか区別がつかなくなるんじゃないか」


 その言葉は主人格のロバートにとって本音でもあったが、賭けでもあった。


 リーゼラたちと過ごす日々が二人のロバートの距離を縮めつつあったが……

 何かのキッカケでどちらかの人格が完全に消える可能性も十分考えられる。


 もうひとりのロバートのこれまでの行動と聖人ディーンと見た過去の記憶を元に、今言わなくてはいけないと……そう思って話したが。


「お前は俺を恨んでいるんじゃないのか」

 予想外の言葉が返ってきて、主人格のロバートはつい笑ってしまった。


「それは、過去の出来事の話か」

「……そうだが」


「なら気にする必要は無い。――あの妖精の魔法に俺はかかっている」

 その返答に、もうひとりのロバートが言葉に詰まった。


 嘘だと分かっている魔法にかかる、心の強さに何かを感じる。


「それに聖人様も言ってただろう、過去の出来事は反省として学ぶことはあっても、問題は今これからどうするかだ。運命ぐらい自分の好きなように捻じ曲げろ。過去に囚われる暇があったら、今をもっと楽しめ……俺たちならきっとそれができる」


「しかし」

 反論するもうひとりのロバートに。


「意外と煮え切らないヤツだな、いい女がいるんなら、グダグダ言わず全部自分のモノにして幸せにしてやれ……だそうだ」


 主人格のロバートは楽しそうにそう言って。


「さあもうひとりの大切な俺よ、この美しい双子の姉妹をどうするつもりだ? 素直に……お前のしたい事を実行してくれ」

 更にそう言い残した。


 ロバートは目の前の姉妹を殺人鬼のような冷えた笑いで見つめ。

 少し考えた後……


「お前たちは好むか好まざるかは別として、踏み入れてはいけない世界に足を突っ込んだ。そして事もあろうか、この俺にまで手を伸ばした。その責任は重大にして危険極まりない。もし今ある自分の殻を突き破り、生き延びたいと最後まであがき苦しむ覚悟があるのなら。――誓え! 全てを投げ出してでも前へ進むと。そしてこの俺に全てを委ねると」


 少女たちにそう宣言する。


 それはもうひとりのロバートが主人格に……いや、自分自身に宣言したのかもしれなかったが。


 レイチェルは何かを探るようにロバートを見つめ、その目を逸らさず受け止めるような瞳に対してコクリと頷き返した。

 スカーレットは変貌したロバートの態度に、どこか憧れるような眼差しで首を縦に振る。


 それを確認したロバートが、移転魔法の詠唱を始めると……


 脳内でポソリと。

「ああ、これで俺たちの青春が始まるかも」

 そんなワクワクした声が聞こえてくる。


 もうひとりのロバートは眉間に指を当て。



 こいつは大物なのか小物なのかサッパリわからん、と……

 詠唱を中断させて、深いため息をもらした。

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