17 燃え盛る城の王の間で 【後編】
王の間の壁や天井を彩っていた美しい装飾が、炎に包まれ崩れ始めていた。
魔女と聖女は、初めて魔王の顔を見てから抱いていた驚きを再確認するように……
もう一度勇者と妖精を抱きしめる青年の顔を見比べ。
新たにあらわれた旅装束の男に、更に混乱を増したが。
男が放つ波動に耐えるような勇者の後ろ姿に、聖女がそっと手を触れる。
「なんだリリス」
「そ、その……回復魔法です。それがあたしの仕事ですから」
「大丈夫だ、たいしたケガもしていないし体力も充分残っている」
勇者が苦笑いすると。
「でも、ハーベン様のお心は苦悩と混乱に満ちています。それが少しでも軽くなればと……苦悩を解除する回復魔法をかけました」
「リリス、そんな回復魔法なんか存在するのか?」
リリスと呼ばれた聖女は、慈しみに溢れた微笑みを勇者に向け。
「今すぐには無理かもしれませんが、……いつかきっと」
そう言って、戦闘の邪魔にならないように距離を取った。
勇者が聖剣に魔力を送り、侵入してきた男をにらみ返すと。
「なるほど……お前たちは隅に置けないな」
男はそう言って魔女と聖女を見て、楽しそうに笑う。
その笑顔に、勇者も魔王と呼ばれた青年も……
――なぜかお前にだけは言われたくないと、無性に腹が立った。
勇者が聖剣を振りかざし、男に斬りかかる。
「さすが伝説の勇者、踏み込みも剣筋も申し分ない!」
男は軽々と左手のナイフで大剣をいなし、右手のナイフで横なぎに斬りかかった。
バックステップで勇者が間合いを外し、剣を下段にかまえ男の踏み込みをけん制する。
「その大振りの剣で、素早い攻防一体の動きも素晴らしい。本来の動きがこうなんだから……やはりナイフより剣を学ぶべきだな」
しかしそれを見た男は、嬉しそうにそう呟いて、なにかに納得するかのようにウンウンと頷く。
詠唱が終わった魔女がそのスキにアイスジャベリンを打ち込もうとすると。
「キルケ、悪いがこいつらとサシで話をしたくてね。今は大人しくしててくれないか、土産話は後でたっぷりしてやるから」
そう言って、右手に持っていたナイフを振り。
「ガロウ、喰らえ!」
完成する寸前の魔術を吸収させ。
「アイギス、散らせ!」
左手のナイフを上にあげ、王の間の炎を消し去った。
一連の男の動きに妖精を抱きしめていた青年が脅威を感じ、小声で詠唱を始める。
男は青年の姿をチラリと見て。
「まずはご婦人たちにご退場願おうか……ガロウ、彼女たちの残留思念を喰らいつくせ。アイギス、つながっている輪廻欠片があるのなら遮断しろ。――三千年前の歴史を移転魔法の影響下におきたくない」
両手の剣を振り、踊るようなステップを踏んだ。
「了解ダーリン!」
「ご主人様、三人とも輪廻に干渉していますので遮断いたします」
二人の少女の声が響くと同時に……
聖女と魔女、そして妖精の姿が消えた。
「なにをした!」
勇者がまた鋭い突っ込みから大剣を振りかざし。
「ラミア」
泣き崩れていた青年から大魔法が発射される。
「後悔は誰だってするもんだが……そこにおぼれちゃいけない。まして他人の思念まで巻き込むのは、褒められたことじゃないな」
男は勇者の攻撃を独特のステップでかわしながら。
「ガロウ、アイギス、頼む!」
ナイフを眼前でクロスして……
自分と勇者を守るように青年から放たれた魔法を受けた。
「ダーリンこんな大魔法は初めてだ、持ちそうにないよ!」
「ご主人様……あたしもですー」
少女たちの声に、男は左目を更に赤く輝かせて。
「マーガ、力を貸せ! このままこの空間の鍵を開く」
短く詠唱を呟くと、全身を白く輝かせてナイフを二本とも床に突き刺した。
「この輝きは……
勇者が驚きの声をあげ、なにかに気付いたように魔法を放った青年が腰を上げる。
ナイフを中心に、大理石の床に五芒星を形どる魔法陣が刻まれ。
「なにをする気だ!」
魔王と呼ばれた青年が叫ぶと。
「たまには司祭らしく、説教でもしようかと思ってね」
男がニヤリと笑った。
そして王の間は白く神聖な輝きに溢れ……
すべての音が、消えていった。
○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○
主人格のロバートは、自分の身体が幼い頃に戻り……後ろから力強い優しい腕に抱きしめられていることに気付いた。
辺りは白い光に満ちていて、どちらが上でどちらが下か分からない浮遊感が漂っている。
「ロバート、あれが見えるか?」
その声に目を凝らすと、そこには年老いた自分……ではなく、魔王と呼ばれていた自分の前世の記憶と、瓜二つの顔を持つ勇者の姿があった。
「聖人様、あれはいったい……」
その男は大剣を振りかざし、代わる代わるあらわれる映像の中で、幾人もの男たちを斬りつけている。
「お前の前世と別れて以降、勇者は城にいた配下を追い詰めては討伐していたようだ。その姿は英雄とも殺人鬼とも呼ばれたらしい」
供をしている二人の女性は、その行為を止めたり勇者を説得したりしていたが。
「徐々に感情が無くなっていったハーベンには、キルケの声もリリスの声も届かなかったんだろう」
徐々に年おいて行く勇者の顔が、主人格のロバートが良く知る冷えた殺人鬼のような笑みをもらし始める。
「聖人様、あれは……前世の俺が原因なんですか」
「それがキッカケだったかもしれんが、悪を許せなかった純粋な男は……人々の心の隅に宿る憎悪や妬みと言った感情に毒されて行ったのかもしれない」
やがて年老いたリリスが、そんな勇者を嘆いて……自分の尽きかけた命と引き換えに大魔法を発動させる。
「あの魔法が聖女の嘆き、さっき王の間でリリスが言った『苦悩を解除する回復魔法』だ……もちろんそんな魔法は存在しないが、あれが彼女の最後の願いだったんだろう」
優しさと真摯な願いに包まれた魔法陣の発動を見ていると、なぜかロバートの瞳に涙が溢れてきた。
「聖人様、どうして俺たちはひとつの身体に二つの魂が宿ったんですか……これも輪廻からの罪……運命なんですか?」
幼いロバートの震える声に。
「そんなものなど無い。前世のお前たちは見た目がそっくりだったし、その能力や魂の形も酷似していた。むしろあの頃……三千年前は、強引に二つに分けられたと考えた方が自然だろう。例えば双子として生を受けたとか、生後すぐ何かの力で二人に分けられたとかな。そして運命ってやつは、いつだって未来に向かって自分で切り開くもんだ」
聖人ディーンは強くそう言い切り、もう一度幼いロバートを抱きしめた。
「じゃあこれから俺はどうしたら……」
「さあなあ、そんなことぐらい自分で決めろ」
ロバートが言葉に詰まっていると……白い輝きが徐々に晴れ、足元に不死王ガンデルと魔女キルケの姿が見える。
「ここはお前が初めて彼らにあった場所だ。不死王から伝えられた魔術は失敗していない……成功したせいで魔力がすべて解放されたのが、この魔力フレアの正体だ。そしてキルケの魔法によって、もうひとりのロバートが封印されてバランスを保った。なぜ勇者の方の記憶が封印されたか謎だったが……どうやらキルケがハーベンの力も借りたのが原因のようだな」
ディーンの言葉が終わると、また画面が切り替わる。
「……ここは?」
夜の闇の中、路地裏で衣服を乱したリーゼラが震えている。
「もうひとつのヒントだ。運命があるんなら、ここが分岐点かもな」
その声と同時に、ロバートは自分の身体が今と同じ年に成長したことに気付いた。
もうひとりのロバートが馬車の音に振り返ると、マシューとスカーレットが馬車から飛び降り抱き合い。
目を凝らすと、その男……マシューの後ろに薄っすらと不審な魔力が浮かんでいる。
記憶の中のもうひとりのロバートと、それを傍観する主人格のロバートは同時に、なにかが心の中でモヤモヤと疼いた。
記憶の中のロバートがリーゼラと会話を始めると……
主人格のロバートがディーンを見つめ。
「まさか……」
「さてと……これが最後の説教だ。ロバートよ、運命ぐらい自分の好きなように捻じ曲げろ。過去に囚われる暇があったら、今をもっと楽しめ。いい女がいるんなら、グダグダ言わず全部自分のモノにして幸せにしてやれ」
ディーンがコソコソと乱れた衣装を直すリーゼラをチラリと見た。
「それが聖人様の言葉かよ!」
ロバートが思わず突っ込むと。
「何度も言ってるだろうロバートよ。俺は聖人なんかじゃない、ただのおっさんだ……いや、もう爺さんかな」
ディーンはニヒルに笑い。
そして懐から二本のナイフを取り出し、左目をぼんやりと輝かせると。
「時間切れみたいだな……もう天神どもの気配がする。俺はこの世界から出て行くから後は頼んだよ。ケイトとクライがいるようだからもう少しのんびりしたいんだが……あいつら、どうも詰めが甘いんだ」
何かを確認するように、空を眺めた。
まだ聞きたいことが山ほどあったロバートが手を伸ばすと……
ディーンはゆっくりそれを抱き留めて。
「まったく世話がかかる子ほど、かわいいもんだ」
きらめきながら、徐々に姿を消してゆく。
その感覚を惜しむようにつかみ取ろうとしたら……
ロバートの意識もまた、暗闇に沈んでいった。
○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○
「ロバート様、ロバート様……食前のお飲み物が用意できました」
給仕服を着た青年の声に眠りから覚めたロバートが振り返ると、レストランにいた貴族の学園生たちがクスリと失笑をもらした。
あらためて周囲を確認すると、少し離れた席から「パシン」と何かを叩いた乾いた音が聞こえてくる。
レストランにいた生徒がその音が響いたテーブルに注目し、ロバートもなにげなくそちらへ視線を向けると。
そこにはマシューとレイチェルが座っていて。ちょうど彼女がマシューを殴った瞬間だった。
ロバートは冷静に探査魔法を放ち、周囲を警戒する。
「ちっ!」
なにかに気付いたように、もうひとりのロバートが脳内で舌打ちした。
異変を感じた場所に視線を向けると……
レストランの隅にある観葉植物に隠れるように、スカーレットがそわそわと二人を見つめている。
レイチェルがロバートと目が合うと、なにかを決意したように頷き。ロバートの近くまで歩み寄って来た。
その状況に二人のロバートは思考を巡らせ。
「全部自分のモノにして幸せにしてやれ」か、と……
どっかの女たらしの言葉を思い出し、深くため息をついた。
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