16 燃え盛る城の王の間で 【前編】
主人格のロバートは衝撃波とアイスジャベリンの呪文を同時に唱えながら、もうひとりのロバートとディーンの戦闘を眺める。
同じ記憶と経験を共有しているのに、もうひとりのロバートは魔法が自分より苦手で、格闘術……特に剣に携わるものが得意だった。
子供の頃は小さな違和感でしかなかったが、魔女キルケと生活を共にする日が増してくると……それは大きな謎へと変わってゆく。
キルケの教える魔術を習得するたびに、彼女は驚きと喜びの表情を見せたが……
剣士の英霊でもある不死王ライブル・ガルと剣術の稽古をすると困った顔をしたり、精霊姫が住む悲しみの泉に行くことを嫌ったり。
そして不意に現れる、もうひとりのロバートを見つめるキルケの表情が徐々に変わり始め。
――あの場所には、勇者が持っていた聖剣が眠っていると知った時。
主人格のロバートはわざと気配を消して、今回と同じようにもうひとりのロバートの行動を観察した。
リーゼラと過ごしたこの数日のおかげで、今ならハッキリとわかる。
あのキルケの視線は恋をする女性の目であること。
そして、今回なぜディーンが嵐の塔の下で「しばらく眠っていろ、面白いものが見れるから」と、主人格のロバートだけに聞こえる声で話しかけたのか。
今だディーンの本当の狙いがどこにあるのか分からないが。
踊るように聖人ディーンとナイフを交わし合い、徐々にスピードも増し、技の駆け引きも複雑になり、もうひとりのロバートが枷を外したように打ち合う姿は……
いつか……もうひとりのロバートがこっそりとかくした、泉でのキルケの言葉の通り。
永く悲しみの眠りについていた勇者の再来なのだろうと、確信できた。
主人格のロバートは、このどこか楽しそうな二人のダンスが早々に終わらないように。
バランスが崩れかけるたびに魔法を放ちながら……
どうすればもうひとりのロバートの悲しみが癒えるのか。
――そんなことばかり考えていた。
○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○
――やっぱりこいつはバケモノだ!
もうひとりのロバートは、心の中でもう何度目か分からない舌打ちをした。
自分のナイフが何回かわされたか、思い出すこともできない。
ギリギリのところで主人格のロバートが魔法を放ってくれなかったら、とっくに切り伏せられていただろう。
室内からマリーとナーシャが加勢するチャンスを見計らっているようだが……
あのバケモノのスピードが速すぎて、二の足を踏んでいる。
唯一このスピードに付いて来れそうなココが、ドアの裏に張り付いて短剣を構えてはいるが……絶妙のタイミングであのバケモノに牽制されて、身動きがとれていない。
「策があるんだったら、とっととやってくれ!」
脳内で主人格に悪態をついても。
「今は魔術のサポートで精一杯だ、もう少し頑張ってくれ」
どこか余裕のある言葉が返ってきて、更に腹が立つだけだった。
「どうした、もう終わりか?」
ニヤリと笑う聖人ディーンは汗ひとつ掻いていないが。
「まだまだ、だ」
ロバートは完全に息があがっている。
体勢を整えるために距離を取ると、そのスキを突くようにディーンが懐のナイフを投擲した。
――主人格のロバートも不意を突かれ、魔法のサポートが間に合わない。
ここまでか…… もうひとりのロバートが歯を食いしばると。
「ロバート様!」
リーゼラの叫び声と同時に室内から銃弾が二発放たれた。
魔法銃特有のキュインという発射音と共に空気が揺れる。
一つ目の銃弾が投げナイフを打ち落とし、二弾目がディーンの胸に向かって走った。
通常の相手なら絶好の間合いと狙いだったが……
「そんな手が通じる相手じゃねえ!」
もうひとりのロバートが叫びながらその弾道を目で追い、眉をひそめ。
フォローで魔法を放とうとしていた主人格が息を止める。
ディーンが右手に持っていた宝具、すべての力を反射させるナイフ『アイギス』がきらめき、勢いを増し跳ね返され……
「ラミア!」
――ロバートは無意識にそう叫びながら飛び出した。
それは主人格がとった行動なのか、もうひとりのロバートの行動なのか。
あるいは二人のロバートが同時に動いたのか。
「もう二度と同じ事は……」
真っ直ぐにリーゼラに向かった弾丸を防いだロバートは、ローブの上から血を流しながら、消え入る意識の中でそう呟いた。
○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○
燃え盛る城の王の間で。
魔王と呼ばれた青年は、美しい妖精を抱きしめながら涙を流していた。
「ラミア、ラミア……お願いだ、もう一度目を開けてくれ」
ラミアと呼ばれた左右で羽の色が異なる妖精が、微笑むように少しだけ目を開ける。
「マルセスダ様……そんな悲しそうな顔しないで下さい。あたしはずっと、今でも……マルセスダ様にお会いできて、幸せでしたから」
「待っていろ、今そんなキズなんか直してやる。だから、これが最後みたいなことは言うな!」
青年が呪文を唱えると……幾重にも巨大な魔法陣が輝き、炎の勢いを塞ぐような大魔法が発動したが、妖精の息は徐々に小さくなっていった。
「勇者の剣はすべての魔法を打ち消すと言われてます……だからもうお別れなんでしょうね。マルセスダ様、どうか悲しみや憎しみに心を奪われないで下さい……そうすればきっと、またお会いできます。ホントですよ……今あたしが聖剣にも負けない、とっておきの魔術を使いましたから」
青年は妖精がそんな魔法が使えないことも、今魔術が発動されなかったことも分かっていたが……消えゆく命を腕の中で感じながら。
「そうかラミア……なら、決して悲しみや憎しみに支配されないよう……そう、キミに誓おう」
ただ強く、強く。
――左右で羽の色が違う美しい妖精を抱きしめた。
その二人を無言で見つめる勇者と。
魔王からの反撃を警戒して、最大級の防御魔法を展開する魔女。
……そして、戸惑い動かなくなった勇者の背を見つめる聖女。
勇者の侵入に逃げ出した魔王の配下たちが放った炎が、徐々に城を蝕み……
建物が崩壊を始めると。
「ハーベン様急いで城を出ましょう……でないと、あたしたちまで」
戦意を失っている魔王を確認して、聖女が勇者に話しかけた。
「だがしかし……」
勇者は自分の聖剣を見つめ、はたしてこれが正しかったのか悩み始める。
沈黙と炎の音が王の間を支配していたが……
どこかからカタリと扉が解錠する音が聞こえ、まるで散歩でもしているような足音が響いてきた。
勇者が振り返り、妖精を抱いた青年が顔を上げると。
「ああ、やっとここまで来れたか。ここが二人のロバートのもっとも深い心の中……いや、さすが稀代の移転魔法使いの深層心理。何処かで現実世界とつながる、輪廻の破片まで混じっているな」
ブツブツと意味不明の言葉を呟きながら、旅装束の男が入ってくる。
手には二本のナイフを握り、片目は魔眼なのだろうか……左側だけ薄っすらと赤く輝いている。
勇者が剣を男に向けたが、その男はただぼんやりと佇んでいるだけなのに。
――まるでスキが見当たらない。
「誰だお前?」
新たな敵の登場だと、勇者が聖剣を構えなおし。
魔女と聖女がその後ろでサポートに入った。
男は燃え盛る王の間をのんびりと見回して。
「俺か? 通りすがりの、ただのおっさなんだが。……いや、もうそろそろ爺さんかな」
場違い感満載で、クールにそう呟く。
その言葉に勇者と魔王と呼ばれた青年は緊張を増したが……
――聖女と魔女はちょっとだけ、眉をひそめて嫌な顔をした。
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