15 愛の形はいろいろ
クライが眠りながら楽しそうに微笑んでいる聖人ディーンを見下ろしていると。
「お茶とおつまみのご用意ができました」
後ろからシスター・ケイトの声が聞こえてきた。
「申し訳ない、お手数を取らせたようで」
クライがテーブルに戻るとそこにはハムやチーズがカットして並べられ、ジョッキからは香辛料とミルクの香りがした。
「お口に合うかどうか、旅の途中で砂漠の民が好んで飲んでいた『チャーイ』です」
勧められたままそれを口にすると。
「美味しいですが、砂糖と……アルコールも少し入っていますね」
独特の香りが鼻を突いたが身体も温まり、癖になりそうな飲み物だった。
しかし今アルコールを取るのはどうかとクライが首を傾げると。
「疲れが取れてリラックスできるそうです。それに、あたしはちょっと飲みたい気分なんで付き合っていただけると嬉しいです」
シスター・ケイトは大きな赤いタレ目を細めて笑った。
「ならお付き合いしましょう、それと……何かお話があるのならお伺いしますよ」
クライはその表情から、ケイトに何か相談事でもあるのかと思って聞き返すと。
「まあ、じゃあお言葉に甘えて! あたしの相談じゃなくてクライ様に聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
そんな言葉が返ってきたので、クライはなにげなく頷いた。
「実は……クライ様のコイバナが聞きたくって」
「コイバナですか?」
「ええ、だってまだ独身だと伺ってますし。ディーン様に聞いても本人に聞けよって苦笑いするだけなんで……」
シスター・ケイトが興味津々な表情で見つめてくるので、クライはチャーイをひと口飲むと。
ディーンをもう一度蹴飛ばそうかどうか悩みながら……
心の中でため息をもらしていると、シスター・ケイトが可愛らしく首を捻り。
「あのっ、ひょっとしてクライ様はあっちの道のお方ですか? あたしその、愛の形はいろいろあっても良いと考えてますし、偏見はありませんので」
目を輝かせながら前のめりになると、一気に早口でそう言った。
クライは両腕で挟まれたケイトの爆乳にたじろぎながら。
「いいえ……その道の人間ではないので」
なんとかそう言葉を絞り出すと。
心の中で、深い深いため息をもらした。
○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○
「コイバナはそのー、恋の話です。あたしがマシューとの思い出をお話したら、皆様が本物の恋とは、とか、本当の男とはって。ロバートくんの話ばかりして……それならロバートくんは誰が好きなのか、恋愛経験はあるのとか……聞きたいって話になって」
申し訳なさそうにポツポツと小声で話すスカーレットに、ロバートはため息をついた。
ソファーに座っている酔っ払いたちを見回すと、リーゼラは既に出来上がって楽しそうにグイグイと酒をあおっているし。
それに対抗するようにナーシャも景気よく杯を空けている。
マリーとココは大人しくしているように見えたが……
ナーシャの爆乳やスカーレットの巨乳を眺めながら、ブツブツと呟いてはお互いの胸を揉み合っていた。
美少女二人が形の良いそれを、もにょもにょと揉みしだいているさまは、お金を払いたくなるような光景だったが。
……あれはきっとしゃべりかけたらダメなやつだな。
ロバートはソファーに座った女性陣のピッタリとした薄い布のパジャマごしに、ボインボインしている膨らみをもう一度見まわし。
この場所はやはり危険だと判断して、部屋に戻ろうと決意した。
「逃げよーとしてもだめですー! あたしたちは全員しゃべったんですから、次はロバート様の番なんですー」
そう言ったリーゼラのパジャマの胸ボタンは半分ほど外れていて、角度によってはそのツンと尖った形の良い胸が全部見えてしまいそうだ。
そういえばこいつはカラミ酒だったか……
ロバートがあきれていると、部屋の魔法灯が揺らぐ。
「動くな! なにかが近付いている」
小声でそう言うとスカーレットを除く全員が真顔に変わった。
完全に魔法灯が消えると。
暗闇に幾つかの魔法陣が輝く……リーゼラたちが体内のアルコールを消すための回復魔法を発動したのだろう。
「リーゼラ、俺のローブを持ってきてくれ。……まだ少し時間がありそうだから装備があるやつは準備しておくんだな、パーティーの第二幕が始まりそうだ」
ひとりソファーに残ったスカーレットが不安そうにロバートを見つめる。
「安心しろ、守ると約束した以上……お前には指一本触れさせはしない」
ロバートが殺人鬼のような笑みをもらしながら、スカーレットを見つめ返すと。
「――うん」
唯一酒を飲んでいなかったはずのスカーレットの頬が赤く染まり、ポーっと潤んだ瞳を向けてきたので。
バカなロバートは……
心配になってアルコール除去の回復魔法を、スカーレットにそっとかけた。
「ロバート様」
パジャマの上からローブを被り魔法銃に展開させた
ナーシャも同じようにパジャマの上からローブを着ていたが……
マリーはパジャマのまま片手に
「あたしもココも防御魔法をまといながら戦えますし、それに魔力が無くても通常の剣やナイフではこの肌にキズ一つ残す事はできませんから」
ロバートの視線に気付いたマリーが、ニコリと微笑む。
――問題はそこじゃなくて、大きくは無くてもツンと尖った形の良いブツが、プルンプルンと揺れているところだが。
ロバートはそれを言葉にしかけて……
スカーレットが生唾を飲み込みながらマリーの鞭をチラチラ見ていることに気付き、思わず突っ込みのタイミングを外してしまう。
「侵入を許す気はないが……相手は龍を狙ってる可能性が高い、ナーシャとマリーは特に気を付けてくれ」
とりあえずいろいろと無視してロバートは注意をうながした。
「ロバート様、敵に心当たりがあるんですか?」
リーゼラが魔法銃を点検しながら聞いてくる。
「俺の勘が外れていなければ、相手はこの世で一番厄介なやつだ。問題はそいつが『敵』かどうかなんだが……」
ロバートがそこまで言うと、コトリと玄関ドアの外れる音が響いた。
左手を挙げ、リーゼラたちに制止の合図を送ると。
「直接会って確かめてくるよ、悪いが少し待っててくれ」
ロバートは羽織ったローブをひるがえし、ゆっくりと玄関に向かって歩を進めた。
○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○
主人格の記憶ではマリーの部屋の鍵は高熱で焼き切られていたが、玄関ドアにはキズひとつ無い状態で開いていた。
――何重にもかけた防御魔法や結界を軽々と外す腕。
その解除術は、彼に開けられない箱と扉は存在しないと伝えられている。
「もうリュオンの姿を借りなくてもいいのか?」
暗闇のせいでハッキリと顔は見えないが、ドアの向こうにひとりの男が佇ずんでいた。
「あまり時間も無いようだし、仮初とは言え女の子に怪我をさせたくない。ばれてるんならもういいかなって」
ナイフを片手に棒立ちしているように見えるが……魔力も感知できないのに、無言のプレッシャーがロバートを包み込んでいる。
スキだらけでどこからでも攻めれるようで、踏み込もうとするたびにそれが間違いだと気付く。
――その独特な構え。
現世最強とうたわれるナイフ使い。
「どうしてって聞いても、教えてはくれないんだろうな……」
「俺にもいろいろと事情があってね、これが精一杯なんだ」
男が一歩踏み込み暗闇になれた目がその顔を確認しても、覚悟を決めていたつもりでも、ロバートは恐怖に支配されつつある自分を認めるしかなかった。
ローブの中のナイフを握る手に、ジワリと汗がにじむ。
「しかしそんな質問が来るってことは、まだ謎は解けてないのか」
聖人ディーンがふらりと一歩踏み込んだ瞬間、ロバートは引き下がりそうになった身体を強引に前に出した。
それは室内にいるリーゼラたちを無意識に守ろうとしてなのか、もうひとりのロバートの剣士としての勘がそうしたのか。
理由は分からなかったが、結果としてディーンの動きを一時的にせよ止めることができた。
「いい踏み込みだ」
ニヤリと微笑んだディーンがロバートのナイフを弾き、一歩後退する。
ナイフを握った右手のしびれを感じながら。
――あの一瞬で受けを取りながら自分のナイフを捻って、こっちのナイフをもぎ取ろうとするなんて……相変わらずどんだけバケモンなんだ。
手のひらの汗を気にしていると。
「次は左下段にフェイントが来て、本命は今隠してるもう一本のナイフだ」
脳内であきれたような声が響く。
「今頃お目覚めか? なんなら変わってくれると楽なんだが」
主人格の声に悪態をつくと。
「ナイフはキミの方が得意だろう、俺は魔法に専念する」
意外な答えが返ってきた。
もうひとりのロバートがそれについて考える……
確かに格闘術やナイフは今の自分の方が得意だった。この状態だと剣士としてのセンスもあると言われる。そして主人格の方が、魔法が得意なのも事実だ。
主人格の言葉通り、フェイントからもう一本のナイフが攻撃してくるのを避けると。自分が意識していない衝撃波がディーンの腹部にヒットした。
この流れは、稽古で何度も見たが……
防ぎきれたのは初めてだ。
「だが、二人がかりでもあのバケモノを制圧することは無理だ。部屋の中にいる奴らを守りながら、この状況を変える……何かいいアイディアでもあるのか?」
ロバートは先ほどの打ち合いで、あらためて聖人ディーンとの実力差を実感した。
どうやって防いだのか分からないが、主人格が放った魔法が無力化されていて、腹部にはキズひとつ無い。
別れてから三年、決して修行の手を抜いた覚えはないが……
逆に相手が今どれぐらい手を抜いているのか、理解できるようになったせいで、差が広がったようにすら感じる。
「アイディアもないし謎とやらもまだ解けてない。しかしキミは計算を間違えてる、二人がかりじゃないし、守らなきゃいけないのはスカーレットひとりだ」
主人格の言葉に背後の気配を確認すると、マリーとナーシャが前衛になりリーゼラがその後ろで応用魔法銃を構えスカーレットを守るような布陣を取っている。
ココの気配が感じられないのは……ひょっとしたら遊撃としてどこかに潜伏しているからかもしれない。
「お前もずいぶん甘くなったな」
「賢くなったと言ってくれ」
もうひとりのロバートが心の中でため息をつくと。
「ではあのバケモノを制圧して謎とやらを吐かせて、この茶番劇を終わらせようか」
主人格のロバートがそう呟いて詠唱に入った。
もうひとりのロバートがナイフを構えなおすと……
聖人ディーン・アルペジオの微笑みが更に深くなる。
「……そう来るか!」
そして手にしていたナイフをポイッと放り投げ、懐のホルダーから二本のナイフを抜き出し。腰を落として、初めて構えらしい型を取った。
ロバートの頭の中でキリキリと危険信号が高まって行く。
手にしたナイフは伝説の宝具、アイギスとガロウ。
構えと共に左目が赤く薄っすらと輝き始める、あれは魔眼マーガを解放したからだろう。
生きた伝説と呼ばれる聖人の本気の態度に。
ロバートは心の中で二人同時に……
大人げないんじゃね? と、全力で突っ込んだ。
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