14 ボインボインと揺れている
リーゼラは配膳を済ますと、テーブルの後ろにココと二人でうやうやしく並んで立った。マリーがこちらの部屋で夕食をするのを伝えたらココもついて来たそうだが……
「このテーブルなら五人で食べても問題ないだろう」
ロバートがつまらなさそうにそう言うと。
「今回はご遠慮した方が」
リーゼラはマリーやスカーレットの顔をチラリと見た。
「二人ともそんなつまらん人間じゃない」
ロバートがマリーやスカーレットを見ると、二人ともニコリと微笑み返してくる。
「まあロバート様……いろいろとご存じなんですね!」
リーゼラはちょっとドスの効いた声でそう言うと、微妙な笑顔を振りまきながらロバートの横に自分の料理を並べ、左横に椅子を並べてストンと腰を下ろした。
ココはそれを見ながら悩んだようだが……結局ロバートの右に同じように料理を並べて座った。
「近すぎるんじゃないか?」
二人ともロバートが少し腕を動かすだけで触れてしまいそうな位置なので、ふとそう言うと。
「確かに大きなテーブルですが、五人はさすがに窮屈ですからね……言い出しっぺのロバート様が狭い思いをすればいいんです」
少し楽しそうにリーゼラがそう言うと、ココも無言で頷く。
ロバートが仕方ないかとため息をつくと、リーゼラが顔をのぞき込み。
「案外侮れないんですね、なっちゃってロバート様も」
そう言ってすねたように顔をそらした。
なんのことだが分からなくなったロバートが首を捻ると、マリーやナーシャが楽しそうに微笑み。
「ロバート様はいつだってロバート様ですよ」「そーだね、ロバートくんはどんな時でもロバートくんだから」
二人は意味不明な事を言う。
ココも隣で同意とばかりに頷いているが……
「まあいい、それより話を聞いてほしい。スカーレットの事もあるし、この魔力風に関して……お前たちに相談もある」
ロバートはとりあえずそれを無視して、不安そうに縮こまっているスカーレットに話しかけると、テーブルをぐるりと見回し。
この歪んだ空間軸からの脱出方法に思考を巡らした。
○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○
「つまり……ロバート様の考えでは、今この場所の空間とか時間とかがなんかおかしいってことなんですね」
ロバートが主人格の記憶を繰り返していることを秘密にしたまま、現状の違和感をなんとか説明すると、そう言ってリーゼラが首を傾げた。
「んー、それはこの魔力風がなんか影響してるってことなのかな?」
ナーシャがポツリとそうもらすと。
「なんだか聖女の嘆き伝説みたいですね」
マリーが続けてニコリと笑う。
「聖女の嘆きって……」
リーゼラがそう言って、有名な嵐の夜の童謡を歌うと。
「でもそれって
ナーシャが大きな胸をボイント持ち上げるように腕を組んで首を傾げる。
「あたしの生まれた街では聖女様って女神や愛の妖精……
ナーシャの言葉にリーゼラがそう補足すると、マリーがニコリと笑って。
「信仰なんてそんなものですものね。神の末裔真龍アルゲースはそのあまりの美しさから男を惑わすと魔族と同一視されて、今の教会では悪の対象とされてますが……教会の勢力が弱い地域では、まだ女神としてちゃんと崇められていますし」
そう言うと、ナーシャがつまらなさそうに反論した。
「それは下品なアルゲースが男漁りしすぎて、問題おこし過ぎたのが原因じゃないの?」
二人が無言でにらみ合うと。
「まあまあお二人とも……」
リーゼラが慌てて仲を取り持とうとした。
「聖女と女神と愛の妖精……
ロバートは先ほど思い出した大森林でのキルケの言葉を思い返す。
――善と悪、聖女と
ロバートが悩み始めるとリーゼラが心配そうに顔をのぞき込んできた。
「それでロバート様はどうするおつもりなんですか?」
「まず守りを固めたい……この魔力風がどう関係しているのかまでは分からないが、空間軸と時間軸がズレているのは確かだ。学園全体を俺の制御下においても良いが、さすがに嵐がやむまで守り抜くのは厄介だ。しかしこの部屋だけなら問題ない。スカーレットは今晩ここに泊れ、マリーとナーシャもだ」
「学園全体を制御下って……なにげに凄すぎて想像できないんですが。まあそれは置いといて、部屋ってこのリビングですか?」
リーゼラあきれたように広いリビングを見回すと。
「ロバートくんでもこの広さになると制御に神経を使うでしょ、ましてや一晩なんて……あたしだったらそんなに心配してくれなくても大丈夫だよ」
ナーシャも心配そうにリビングを見回した。
通常空間を制御下に置くのは貴重品を入れる小さな箱やカバン程度の大きさだ。Sクラスオーバーの魔術師になると一時的に馬車や小さな部屋を制御下に置くことはできるが、一晩となると桁違いの能力が必要になる。
「今回は空間だけじゃなくて時間の軸も歪んでいる節がある、だからナーシャとマリーは特に注意が必要だ。それに俺が借りている住居全体ぐらいなら無意識下でも数日ぐらいは完全制御できる……心配するな、お前たちの安全は必ず守る」
なにげなく言ったロバートの台詞に、リーゼラとスカーレットは少し顔を赤らめて動きを止め……
マリーとナーシャは顔を見合わせる。
ロバートが龍と時間移転の関係を知っていたことにもおどろいたからだろう。
そしてうっとりした表所でロバートを見た。
ココも隣で照れたように微笑みながら……
ロバートがフォークを動かす度に身体を寄せて、ボインボインと何かをぶつけてきた。
それを見たマリーが。
「まあ、どうしましょう……拾っていただけますか?」
なぜかフォークをロバートの足元に落とした。
なにげなくロバートがテーブルクロスの中に顔を突っ込むと、目の前にあったマリーとナーシャの膝が同時にゆっくりと開く。
マリーのスラリとした太ももの中央の白いパンツと、ナーシャの瑞々しい太ももの中央のピンクのパンツを同時に見てしまい、思わずテーブルの下に頭をぶつけると。
「なにやってんですか、ロバート様……」
リーゼラに横腹をつねられた。
ロバートがどうしてこうなったか悩んでいると、スカーレットがなにか申し訳なさそうに呟く。
「でもあたしがいたら、その……お邪魔じゃないでしょうか」
「その心配も無用だ、今お前を追い出したら逆にリーゼラたちに俺が怒られるだろう」
ロバートが、フンと鼻を鳴らすと。
「そうですよ、ロバート様からお話を聞きましたけど彼氏と喧嘩中なんですよね。今晩はここでゆっくりしてってください!」
リーゼラがスカーレットに笑顔でこたえる。
にこやかに笑い合うスカーレットとリーゼラの姿を見て、安心したロバートは。
「じゃあ決まりだな……嵐が強まる前に準備をしてくれ。ゲストルームに四人泊まることは可能か?」
リーゼラに確認すると。
「広さ的には問題ないけど……ねえココ、マリー様の部屋からシーツとか借りれない?」
「問題ないです、それならお嬢様の着替えなどと一緒にこちらへ運び込みましょう」
「スカーレット様は着替えとかは?」
「あ、あの……下の階ですから、すぐ取りに行けます」
「じゃあ、あたしもついてくね。その彼氏とかと鉢合わせたらマズいでしょ」
「んー、それならあたしも着替えとか取りに教員寮に一度戻ろうかな……」
「サーシャ先生、着替えだけでしたらあたしの部屋でも間に合うかも……その、我が家では女性用衣類の販売もしてまして、新品のサンプルが沢山あるんです」
「えっ、エクスディア・ブランドの新作! ちょっと興味があるかも」
「まあ、あたしも行っても良いですか?」
「スカーレットちゃんのサイズだと、マリーにはいろいろ足りないかもね」
かしましくしゃべり出した女性たちを横目に。
ロバートはこの作戦で良かったのかどうか……少し不安になってきた。
○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○
準備が整うと女性陣が順番に風呂に入るというので、ロバートは寝室に戻り装備の点検を始めた。
ベビーフェースとして仕事をする時の古いズタボロのローブからナイフを取り出し、一本ずつ刃を点検して油を塗り込みまた元に戻す。
ナイフの格闘術も手入れの方法も、聖人ディーン・アルペジオから習った。
主人格と入れ替わった最後の記憶。
あの嵐の中、時計塔の下で出会ったリュオンの陰にいたのは……
「はてさて、聖人様はいったい何を考えているのか」
間違いなくそのディーン・アルペジオだ。
よくよく考えてみれば「棒術のセーテン」「魔剣のライアン」以外に、ロバートの本気のナイフ術の間合いに簡単に入ってきた者はいない。
賢者会最強の棒術使いも、魔族最強と言われる剣士も……ディーン以外でこんなにナイフを使える人間には始めて会ったと言っていた。
そんな二人が知らないほどの達人が、他にいるとも思えない。
主人格の気配が消えたのは、たぶんあのナイフで聖人様がなにかを仕掛けたからだろう。その理由を探り当てない事には、この歪んだ時空間から出ることはできない。
そこまでは間違いがないだろうが……
問題は、なぜこんなことをしているかだ。
はじめロバートは、聖人様がなにかの修行や教えのために仕掛けた罠かと思ったが。
それにしては多くの人を巻き込みすぎている。
以前似たような罠を修行のために仕掛けられたこともあったが。
「聖人様の性格からして、誰かに迷惑が掛かるような事はしないはずだ」
そうなると考えられるのは……
「俺がミスしないようにサポートしているのか、まだ重大な何かを見落としているかだな」
そこまで考えてナイフの手入れがすべて終わると、ノックの音が聞こえてきた。
「ロバート様! ちょーと、来てください」
ドアを開けるとパジャマ姿の酒臭いリーゼラがニコニコしながら立っている。
「なんだリーゼラ……」
ロバートがおどろいていると、強引に腕をつかまれ。
「こちらで尋問会を開いておりますので、是非」
リビングの横のソファーまで引きずられた。
そこには同じようなパジャマ姿の女性陣が、酒盛りをしながら騒いでいる。
風呂上がりの石鹸の匂いと、女性特有の香り……それにアルコール臭が混じり、ちょっとカオスな状態だった。しかもパジャマは身体にフィットするような薄手の布で、ボインボインと揺れている女性たちの胸の形がハッキリとわかる。
ロバートはなんとかそこに焦点を合わせないようにしながら、唯一酔ってなさそうなスカーレットに目を合わせ。
「なにがあったんだ?」
そう聞いてみると。
「えっと、今日何があったのか皆さんにお話したら……途中からマシューの話になって、そんなヤツ別れちゃえとか、男ってやつは、とか。いろいろ盛り上がっちゃって……」
ロバートがもう一度ソファーに座った面々を見回すと、皆悪そうな笑顔をしている。
「で、どうしたんだ?」
「それで皆さんのコイバナで盛り上がって、じゃあ次はロバートくんだって……リーゼラさんが呼びに行ったの」
ロバートがリーゼラの顔を見ると。
「そーです、もう皆話終わったんで……次はロバート様の番なのです! 今まで黙ってたコイバナをぜーんぶここでゲロってください。みんな話したんだからロバート様だけパスとかもなしですからね」
良く分からない酔っ払い理論をしゃべりながらニコニコとしている。
ロバートはあきれ返りながら。
「そうか……それでコイバナとはなんだ」
殺人鬼のような笑みを浮かべて、ニヤリとそう言うと。
スカーレットはいたって真面目な表情で。
「そっからですか」
やんわりとロバートに突っ込んだ。
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