11 もうひとりの陰
……どうしたんだろう? いったい。
『外れ』たロバートはそんな少女を眺めながら、腕を組んで首を捻った。
少女は緊張のあまりカタカタと膝を鳴らしているが、アゴを少し上げて目を閉じた頬は赤く染まっている。
しばらくロバートが悩んでいたら、少女はパチリと目を開け。
「あ、あの……キスはなさらないんですね。じゃあ、い、いきなりですか。あの、あたし経験が無いので、優しくしていただけると……」
また涙目になって、制服のボタンを自分で外しだした。
薄いピンクのブラジャーがあらわになった辺りで、やっとロバートは状況が飲み込める。
「まて! お前の身体に興味がある訳じゃない。俺はお前がスカーレットなのかレイチェルなのかを確かめただけだ」
ボタンを外す手を止め、少女はロバートの目を見つめた。
「レイチェルをご存じなんですか?」
「ああ、お前の屋敷に足を運んだことがある。それに多少の事情も知っている」
どこまで話したら問題なのか、ロバートは図りかねて……曖昧な返答をしたが。
「……そうなんですか」
少女はその言葉にうなだれると、自虐的な笑みをもらした。
ロバートは開けたシャツの隙間から見えるはち切れんばかりの胸の谷間と、ここまでの言動から。
「スカーレットで間違いないようだな」
そう判断して、フンと鼻を鳴らす。
……なぜここが主人格の記憶とズレたのか。
時計台から校庭を見下ろすと、やはり猫耳のメイドがこちらを見上げていた。
なんの意図があってこうなったのか考え始めると。
「やっぱりあたしじゃ、抱く価値もないんですね……」
そんな意味不明な事を言って、めそめそと泣き始める。
『外れ』たロバートはそんな少女を見ながら。
まったくいろいろと面倒くさいな……と。
深くため息をついた。
○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○
「子供の頃からあたしは妹の……レイチェルの陰だったんです」
ロバートが泣き止まないスカーレットを無言で見ていたら、ぽつりぽつりと話を始めた。今回の事件のヒントがあればと、ロバートはその話を聞くために頷く。
「学業も運動神経もあたしよりレイチェルが上でしたし、なにより明るく機転の利く性格だったから……お父様もお母様も、妹には子供の頃から期待していました」
レイチェルに読心魔法の容疑がかかるまで、エクスディア家は彼女を中心に笑いの絶えない明るい家族だったそうだ。
帝国で多くの事業に成功し、貴族や商人からも注目されていた父の影響で、エクスディア家には信仰を深めたいと考える客も多く。
「ブルーフィル家もその中のひとつでした」
双子と同い年の息子がいたブルーフィル家は、積極的に子供をだしに家を訪れ。
「マシューはきっと幼い頃、妹のことが……レイチェルの事が好きだったんです」
三人で遊ぶと必ず輪の中心になる妹に、マシューが憧れの眼差しを向けていたことをスカーレットは気付いていた。
「でもレイチェルが家に引きこもると、ブルーフィル家はあたしとマシューの交際に積極的になり……」
スカーレットがマシューに恋をしていること。そして評判の落ちたレイチェルよりスカーレットと結婚した方がブルーフィル家が安泰できるという判断で。
「あたしはマシューと付き合うことができたんですが……」
当のマシューは、大人し過ぎるスカーレットを持て余し。
「浮気ばかりするようなあんなつまらん男は、お前から捨てればいいだろう」
ロバートはそこまで話を聞くと、あくびまじりにそう言い捨てた。
「でも、あたしは……マシューを子供の頃から……ああ、けどそれも、もう良く分かりません」
スカーレットは消え入る声でもじもじそう話す。
「じゃあなぜ俺をレストランから連れ出した?」
「変えたかったんです……あたし自身を、なんとかして」
「今のもその一環か?」
ロバートが開けた胸元を見てニヤリと笑うと、スカーレットは顔を赤らめながらシャツを戻した。
「あなたがこんな場所に連れ込んだから、その……きっとあたし犯されちゃうんだろうって。はじめは涙が止まらなかったけど、自業自得だと思ったし。あなたが手を出して来た時は……なぜかそれほど恐怖を感じなかったから……」
「やれやれ、困ったお嬢さんだな」
ロバートがあきれ返ると。
「マシューは他の女の子に手を出すけど、あたしには指ひとつ触れないから。きっとあたしには何の価値もないのですね」
スカーレットはそう言って、顔を伏せた。
「実にくだらん話だな! 他人の評価なんかいちいち気にするな。つまらん男などこっちから願い下げてやれ。妹の陰? バカを言うな……お前はまだ本物の闇を知らないだけだ」
ロバートはなぜスカーレットの話に無性に腹が立ったのか、自分では理解していなかったが。
「じゃあどうすれば……頑張っても、あたし変われなかった……」
懇願するように見つめ返したスカーレットを強引に抱き寄せ。
「なら、本物の闇を見せてやろう」
乱れたシャツの隙間に手を入れ、左のブラジャーの肩ひもを強引に下げると、ポロンと飛び出たおわん型の大きな胸をわしづかみにした。
「どうした、悲鳴もあげれないのか」
殺人鬼のように冷淡な笑みを浮かべたロバートの瞳を、レイチェルは覗き込むように見つめると。
「妹のように人の心は読めないけど……あたしにだって分かるわ。泣いてばかりいたあたしの、つまらない話をちゃんと最後まで聞いてくれた優しさ。初めて馬車で会った時も、冗談のようにけむに巻いて誰も傷つけずに助けた実力と器の大きさ。普段はイタい感じの道化を演じてるみたいだけど、今のあなたは……まるで伝説の優しい魔王様みたい」
優しく言い聞かせるように、そう呟いた。
ロバートは弾力のある膨らみの下から伝わる、トクントクンと徐々に早まる心臓の鼓動を感じながら。
「なら……後悔させてやるよ」
スカーレットを抱き上げると、ロバートはダンスを始めるようなステップで時計塔の窓を潜り抜ける。
「きゃっ!」
時計塔から数メイル離れた場所で一度空中停止すると、スカーレットは恐怖のせいかロバートの首に手をまわして目を閉じた。
その声に反応して、校庭の生徒たちが顔を上げる。
――悠長に降りるのも面倒だな。
ロバートは開けたシャツを適当に直し、ミニスカートが乱れて他の生徒に下着が見えないように防御魔法をかけると、重力に任せて落下を始めた。
地面から数メイル上で、速度を弱めてもう一度停止すると。
スカーレットは恐る恐る目を開ける。
「ねえ、あたしはこの後どうなるの?」
その少しだけ楽しそうなスカーレットの顔に。
「もし本当に俺が魔王でも、お前はついてくるか」
ロバートは憎まれ口で応える。
「ええ、もちろんそのつもり。あたし必ず変わって見せる……あなたが一緒ならそれができる気がするの。それからあなたは道化みたいに無理して話さなくても、そのまま素直に黙っていた方が素敵よ」
そう言ってスカーレットは首にまわした腕に力を入れ、強引にロバートの顔を寄せる。
少しだけ触れた唇の弾力に……
ロバートはおどろきのあまり魔術の制御を失い、ストンと落下してしまった。
校庭に集まった生徒たちが一斉に悲鳴をあげる。
ロバートが下敷きになることで、スカーレットは無傷で済んだが。
スカーレットがロバートからゆっくり離れて立ち上がると。
「これで契約は成立よ、優しい魔王様。あたしを見捨てないでね……」
そう耳打ちをして、去って行った。
その後姿を唖然と眺めていると、スカーレットは振り返らなかったが……隣の猫耳の少女がロバートに向かってニヤリと笑う。
『外れ』たロバートは、そこに潜むもうひとりの陰をハッキリと感じ取り。
くそっ! バカにしやがって……と。
歯ぎしりしながら、風が強くなり始めた春の晴天をにらんだ。
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