09 本当だったら素敵だなって
「ロバートくんありがとう、ここまでくれば安心だ」
トミーは職員寮まで送ると言ってきかないロバートに、苦笑いしながらそう言った。
「しかし先生……」
「気持ちはありがたいが、充分だよ。本来ならキミたちを守るのが私の仕事なんだが……リーゼラくんを始め実力は私より上の者が多いからね。こんな形になって申し訳ないぐらいだ」
「先生の知識や判断力はとても重要だ、それは俺たちにない武器だ。だから……いてもらわないと困る」
ロバートは強まる嵐を校庭の隅から見上げた。
トミーは自分の魔術の実力がロバートの足元にも及ばないことを知っていたが、不安そうなロバートの顔を見て。
「やはり大人として、彼に教えて上げなくてはいけない事は多いようだな」
心の中でそう呟くと、ロバートの頭に手を置き。
「まずは部屋に戻ってゆっくりと寝なさい。キミほどの魔術師なら数日の不眠不休は問題ないかも知れないが、いざと言う時の判断が鈍るかもしれない。それにマリーくんやナーシャくんの事も、明日にならないと何ともできないからね」
言って聞かせるように話すと、ロバートは少しだけ肩の力を抜いた。
「そうか、先生がそう言うならそうしよう。明日からまたよろしく頼む」
似合わない大人っぽい素振りや言葉遣いに、トミーは苦笑いするものの。
ロバートがそうしなくてはいけない理由を垣間見たような気がして、トミーは教師としての自覚を強め。
「任せておきなさい、必ずこの謎は私が解いて見せよう」
力強く断言して、職員寮に向かった。
雨風になびくトミーのうっすい頭髪を眺めながら、ひとりになったロバートは念の為に校庭全体に探査魔法を飛ばす。
トミーの事が心配だったこともあるが、あの教員寮で出会ったワンピースの少女が気がかりだったこともある。
相変わらず魔力風に混じるノイズで、ハッキリと探ることはできなかったが。
「寝る前の暇つぶしぐらいにはなりそうだな」
違和感がある場所を発見すると、ロバートはそう呟き。
気配を完全に消し去って……
嵐に紛れ、暗闇の校庭を走り出した。
○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○
時計台の下には花壇に囲まれた小さな池とベンチが並ぶ、公園のようなものがある。
直径五メイルにも満たないその池も雨風の影響で波立ち、ベンチの一台は風で倒れていたが、不思議なことに花壇は無傷で……
そよ風にゆらぐように、花々が夜を彩っていた。
その幻想的な景色の中央で、踊るようにステップを踏んでいたのは。
「リュオン……こんな場所でなにをしてるんだ?」
メイド服を着た猫耳の少女だった。
「ロバート様、ここにおいでになったということは……眠り姫が誰か。お分かりになったんですか?」
少女の問にロバートが首を捻ると。
「
二人はきっと 同じ夢見て ♪ 永遠の眠りに 近付いている ♪
誰かおこして 勇者様おねがい ♪ 誰かおこして 魔王様お願い ♪
放っておいたら 皆夢の中 ♪
嵐を止めて ♪ 誰か見つけて 嵐の夜の
ナイフを片手に、リュオンはまたステップを踏みながら歌い始める。
歌声に含まれている魔力に、ロバートの何かがカチリと音をたてて『外れ』た。
そして指をパチリと鳴らして、公園全体を封鎖しようとしたが。
「……面白いな、俺の封鎖魔法が効かない。いや、そもそもこの空間がおかしいのか?」
そう呟くと少女に向かって、殺人鬼のような冷淡な笑みを向ける。
「さすがロバート様、この嵐の謎までもう一歩と言うところ。でも眠り姫が分からない以上、この先には進めません」
リュオンの言葉が終わると、時計台の鐘が鳴り始める。
不審に思ったロバートが見上げると、時計塔の大きな針がギリギリと音をたてながら逆回転し始めた。
「なにが起きてるんだ……」
空間自体が移転魔法を利用したように歪み始めている。
ロバートがふらつく足元に気を取られると、リュオンがナイフを構えて踏み込んできた。
「くそっ!」
完全に不意を突かれ、ナイフが腹部に刺さりかけた瞬間。
ギリギリのところでロバートは身体を捻りながら、後ろに飛んだ。
もつれるように倒れ込んだリュオンが馬乗りになってナイフを振り上げたが。
「そう言うことか」
少女の顔を間近で確認したもうひとりのロバートが、ため息をもらしながら……つまらなそうに振り下ろされるナイフを眺める。
そして……後はあいつに任せるしかないな、と。
心の中でそう呟きながら、ゆっくりと目を閉じた。
○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○
クライはシスター・ケイトとテーブルを囲んで、出されたハーブティーを口にした。
初めは酒を勧められたが、さすがにこの状態ではまずいだろうと辞退したら、変わりに用意してくれたものだ。警備の妨げになるかと聞かれれば、そうではなかったが。ケイトと二人で酒を酌み交わす事に罪悪感を抱いたとは、口が裂けても言えなかった。
「クライ様、嵐がまた強くなってきたようですね」
不安そうに呟くケイトを見て、クライはその鉄面皮を和らげ。
「大丈夫でしょう、予報ではこの時間帯がピークですから……後は静まるのを待てばいい」
壁に掲げてある時計を見た。
「それよりなぜこんな状態なのか、説明していただけると助かる」
クライが話しかけると、ケイトは一度ため息をついて。
「ディーン様の話では、ナイトメアが封印されたナイフがオリス公国から持ち出されたのがきっかけだそうです。あたしたちもその所在を追ってたんですが……」
テーブルの隅にある一振りのナイフを見つめた。
「これがそうなんですか?」
「たぶんそうなんでしょう、どうしてあの猫族の女の子がそれを持ってたかまでは分かんないですけど」
クライはもう一度それを手に取って確認するが、なにか特別な魔力は感知できないし、特殊な術式も存在しない。
「彼女は私の部下で、公安や貿易院の内偵をしていた。あの屋敷にも密輸関係の捜査で足を運んでいのだが……」
ケイトはその言葉に頷き。
「それなら秘密裏に運ばれてたナイフの中のナイトメアに、見初められちゃったのかもしれませんね」
ポツリとそうもらした。
「見初められる? なにか発動条件のようなものがあるんですか」
「伝承の通りですよ、クライ様。ナイトメアは片思いとか悲恋とか……そんな女の子の心に住み着いて悪さをするんです。今回はこの嵐『聖女の嘆き』に反応して、こんな大きな出来事になっちゃたんじゃないかって。ディーン様はそう考えてるみたいです」
クライが腕を組んで悩み始めると、ケイトが子供を寝かしつけるためによく歌われる童謡を口ずさんだ。
「それなら私も知っているが……」
「この歌には、二番があるんです。聖女様の名誉のために、教会が秘匿したそうなんですが」
ケイトが続けてそれを口ずさむと、クライはおどろいたように目を広げた。
「本当なんですか、それは……」
「さあ、伝承はいつだって正確に伝わるかどうか分かんないものですから。でもあたしは、本当だったら素敵だなって、そう思うんです」
ニコリと微笑んだケイトの笑顔があまりにも美しくて、クライはドキリとする。
サキュバスか……もう絶滅した種族だと聞くが。
心の中でそう呟きながら、なんとか動揺を隠すためにハーブティーを飲もうとして。
「あらあら、おかわり持ってきますね! それからおつまみも何か……ちょっと待っててください」
空になったカップを見たケイトが、慌てて席を立った。
クライが止めようとしたら、微笑みながらやんわりと断られる。
シスター服の上からでも分かる大きな胸をボインボインと揺らしながら、ケイトが部屋を出てゆくと、そこにはクライと眠りに落ちた人たちだけが残った。
しかたなくクライは、ケイトが集めた……
数日前から覚めない眠りに落ちた人たちを確認する。
妙な龍の着ぐるみのパジャマを着たやたら胸のデカい女性は、資料にあった学園の教師だろう。その横には公爵家の令嬢マリーと、お付きのメイドもいる。
アクセルとして学園で会ったことがある……高名な魔法研究家のトミー・バレンシアもいた。
そしてリュオンに、リーゼラとロバート。
更にその中央には、彼らを助けに行くと言ってぐっすりと眠り始めたらしい……聖人ディーン・アルペジオが、ニヤニヤ笑いながら幸せそうな寝息を立てている。
「あんな素敵な奥方に心配をかけて、まったくお前は何やってんだ?」
その寝顔に妙に腹の立ったクライは、ディーンを軽く蹴り上げると。
秘匿された童謡の二番の歌詞を思い出し……
深く深く、やるせないため息をついた。
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