06 優れた視力

 ロバートが魔力爆発の波動を探査すると、それは隣の……マリーとココが暮らす寮の部屋からだった。


 部屋の前で。

「マリー、ココ、大丈夫か!」

 ロバートが呼んでも反応がない。


 玄関ドアは閉まっていたがドアノブも鍵も高熱で変形しているし、室内からは相変わらず正体不明の魔力波が感じられる。


「仕方ない、踏み込むか」

 ロバートがドアの状態を確認していると、騒ぎを聞きつけたリーゼラが話しかけてきた。


「ロバート様……これは」

「中でなにかが起きたようだ、このドアも魔術遮断がかかっている。変に魔力をかけると、罠が発動するかもしれない」


 振り返ると、レイチェルも心配そうな顔でロバートを見ている。

 二人があのエロいナイトウエアの上にガウンを羽織っていたので、ロバートは少し安心した。


「じゃあ、さがってて下さい! 銃弾なら魔力発射ですが、衝撃は物理ですから」


 リーゼラは持っていたワンドを展開させ、マガジンに衝撃弾を装てんする。

 しゃがみ込んで耐衝撃姿勢を取ると……


 ガウンがめくれて、リーゼラの胸の谷間がチラリと見えたので。

 ロバートは目をそらしながら、後ろに下がった。


 ストン、ストン、ストン…… と、三連発で正確に鍵穴周辺をとらえたが。

「そんな……オリハルコンの衝撃弾が」

 リーゼラがスコープから目を離しておどろくと同時に、カラカラと音をたてて銃弾が転がり落ちる。


「物理衝撃無効の魔術までかけてあるのか……厄介だな」

 ロバートが首を捻ると。


「いったいどうすればいいの」

 レイチェルが心配そうにロバートに詰め寄る。


 ムニュリと音をたてて、ロバートの腕にレイチェルの大きな胸が押し付けられると。ガウンごしでもその弾力が伝わってきたが……リーゼラの殺気が背に刺さり、それどころではなかった。


「罠を回避するために魔力回路を刺激せず、物理衝撃無効を貫通させる方法か」


 ロバートは強靭な意志によって、レイチェルのおっぱいアタックから距離を取り。玄関ドアにゆっくりと左手を添えた。


「ロバート様、そんな方法が?」

 ロバートは、まだ冷たい視線のリーゼラを見ながら。


「ないことはない。いらぬ誤解を招きそうで使いたくなかったんだが……緊急事態だ。仕方ない」

 そう呟いて、添えた手でそっとデコピンをすると。


 ストン……と、軽い音がして玄関ドアが外れた。


「ほー、それはどんな誤解なんですか?」

 リーゼラが銃口をロバートに向けて、笑顔でスコープをのぞきながら聞いてくる。



 その目が全然笑ってないことに気付き……

 ロバートは、ゆっくりと両手を上げた。




○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○




 室内は薄暗闇で、物音ひとつしない。おかげでロバートのポスターやタペストリーがかすんでよく見えないのが救いだったが。


「あんな危険なデコピンをあたしにしてたんですか?」

 ロバートの敵は、後ろで銃を構えていた。


「お前が変な事をするたびに衝撃派を出していたんだが、徐々に効かなくなってきて。今じゃあ、軽くB級モンスターなら蒸発しそうな衝撃波でも受け流してしまうからな。さすがにそれは危険だと思って、デコピンにしたんだが……それもあの有様だ。リーゼラ、お前のおでこは恐ろしく頑丈だ、誇っていいぞ」


 その敵に向かって、ロバートがしどろもどろに言い訳をすると。


「ねえリーゼラさん、変な事ってなに?」

 敵の横で、困惑気味のレイチェルが質問をした。


「ただの愛情表現です」

 その返答にロバートは異を唱えたかったが、グッとこらえ……魔力波動の震源に向かって歩を進めた。


「ねえロバート、ホントにあんな凄いデコピンをリーゼラさんにしてたの? どんな事情があるにせよ、それは良くないと思うわ」


「そうだな、日常化してボケてしまっていたが……以後気を付けよう」

 レイチェルの言葉にロバートが答えると。


「ふん」

 すねたようなリーゼラの言葉が返ってきて……

 その声に混じるように。


「ロ、ロバート様?」

 小さなささやきが、ドアの向こう側から聞こえてきた。


「ココか? どうした、何かあったのか」

 そのドアに近付き、ロバートが聞き返すと。


「突然暗くなって、異常な魔力波が……」


 チェックすると、玄関ドアと同じような術式が確認できた。

 ロバートがそっと左手を添えてデコピンすると。


 コトンと音がしてドアが外れ。

「えっ?」「あ、ああっ……ロ、ロバート様」


 中腰で、びっくり顔のココと目が合った。


 深夜だからだろう。

 ココもいつものメイド服ではなく、半袖半ズボンの可愛らしい花柄のパジャマ姿だったが…… ズボンは膝の位置まで下がっていたし、両手で上げている途中のパンツも、太ももの辺りで止まっていた。


 ロバートは慌ててドアをもとに戻し。


「うむ、トイレか」


 なかったことにしようと、ため息をついたが……

 レイチェルのグーパンチが背中にヒットし、カチャリと応用魔法銃の標準が合う音が聞こえてきた。




○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○




「その、大変見苦しいところをお見せしてしまって……」

 珍しく顔を赤らめ、しおらしいココに。


「いや、謝罪しなくてはいけないのは俺だ。あの位置がトイレだとは、いくら暗闇でも……同じレイアウトの部屋に住んでいるんだから、気付くべきだった。本当に申し訳ない」

 ロバートは真摯に謝った。


「その、見ちゃったんでしょうか?」

 ココは恥ずかしそうに顔を伏せる。


「いや、暗かったし慌てたから」

 そうは言ったもののロバートの優れた視力は…… 青白の縞パンも、その上の頭髪と同じ艶やかなグリーンも。

 ――確りと脳裏に焼き付いていた。


 ロバートもバツが悪くて顔を伏せたら……

 レイチェルにグイッと両手で頭をつかまれ、目と目を合わされた。


「ココさんでしたっけ。こいつちゃんと反省してるみたいだから、許してやって」

 苦笑いのレイチェルに。


「お嬢様から話は聞きましたが……スカーレット様ですか?」

 ココが話しかけると。


「後でちゃんと説明するけど、レイチェルよ。宜しくね」

 レイチェルはココに笑いかけた。


「ココが無事で、怪しい魔力波は寝室の方角からだ……そうなると、マリーが危険かもしれない」


 ロバートはマリーが心配だったし、この件をうやむやにしたかったから。

 真面目な表情で声高にそう言うと、寝室に向かって歩き出した。


「ちょっと待って!」

 リーゼラの銃口がロバートをとらえる。


「どうしたんだ、リーゼラ」

 ロバートが不思議そうに振り返ると。


「これ以上ラッキースケベをされたら身が持ちそうにないので、ロバート様はジッとしてて下さい」

 リーゼラは疲れたように、呟いた。


「そうですね……お嬢様は寝るときは着ない派ですから。不用意にロバート様が寝室に行くのは危険です」

 同調するようにココもそう言ったので。


「そ、そうか。なら、俺が扉を開けるから……後は頼んだ」


 ロバートは、二人の実力ならそうそう後れを取ることはないだろうし。近距離で自分がバックアップに入れば、問題ないだろうと判断して。

 やはり同じような術式のかかった寝室のドアをデコピンで解除する。


 レイチェルと二人で、寝室の前で待っていると。


「うわっ、なにこの巨大なロバート様のポスター! 天井いっぱいのドアップじゃない。しかも何よコレ」

 意味不明のリーゼラの叫びや。


「こら、腐れお嬢様! とっとと起きてください」

 使用人とは思えない、傍若無人なココの声が聞こえてきた。


 そしてリーゼラやココが、マリーを罵倒し始めたが……


「ロバートの周りって、面白い人ばかりね」


 隣のレイチェルが楽しそうに笑うだけで。

 ……どうやらお嬢様は目が覚めないらしい。


 しばらくすると。

「ロバート様、なんだか様子が変です」

 リーゼラが呼びにきたので。


「入ってもいいのか?」

 ロバートが念のために確認すると。


「はい、お嬢様の平たい胸は……シーツでくるんで隠しましたので」

 ココの声も聞こえてきたので。


 ロバートは恐る恐る寝室に踏み込んだ。


「な、なんだこれは……」

 安らかな寝息を立てるマリーを見て、ロバートはおどろきの声を上げる


 長くサラサラな黒髪が、シーツの上を流れ。胸はココがシーツで隠したようだが、その後に寝返りでもしたのだろうか。

 白く艶やかな背中が腰の辺りまでめくれて、呼吸と同時に緩やかに揺れていた。


 そして白魚のような美しい手が、がっしりと……

 ロバートの顔写真がプリントされた抱き枕を握りしめている。


「あ、愛されてるわね……」

 ロバートの後ろをついてきたレイチェルがそう言ったが。



 なんだかこれは違うような気がすると……

 ロバートは、心の中で呟いた。

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