05 見せすぎちゃった
「それで……相談ってなんだ」
アホ三人組をなんとか追い出して、ロバートがやっと落ち着いてソファーに腰かけると。
レイチェルは反対側のソファーに座ると、部屋をキョロキョロと見回した。
さすがに双子だけあって、スカーレットと同じ金髪碧眼の美しい容姿だが。あまり人形のようなイメージは無く、どちらかというと小動物のように……表情がころころと変わり、愛らしい印象がある。
教室にいるときよりそれは顕著で。
――スカーレットを演じているときは、それを押さえているのかもしれないな。
ふとロバートはそう思った。
「まずね、あたしが読心魔法のユニークスキル持ちだって分かったんでしょ。それで……一緒に居辛くないの?」
「ユニークスキルの中でもレアな能力だが、俺の知り合いの中にもひとりいた。三年ほど一緒に旅をしていたが……その能力は持ち主の方が大変だと感じたな。お前は上手く制御できているのか」
ロバートが心配そうにそう聞くと、レイチェルはおどろいた。
「そ、そうね……まだ上手く制御できないから、あたし普段は学園に来ていないのよ。籍はあるんだけど、病欠扱いなの。でもそこじゃなくて、考えが読まれちゃうって嫌じゃないの」
「一緒に旅をしていた仲間……俺の師匠にこう言われた『人間誰でも程度の差こそあれ、読心魔法を持っている。女の勘とかは、その最たるもののひとつだな。だから問題は心を読まれる事じゃなくて、付き合い方だ』と。確かにその通りだと、俺も思う」
ロバートはレイチェルの瞳を見つめてそう言った。
視線で読心していることに気付いているロバートがそうしたことに、レイチェルは更におどろいたが。
「このユニークスキルが見付かったのは子供の頃なの。そしたら、今まで仲が良かった家族も友達も、使用人ですら、あたしに近付かなくなったわ。なんとか能力を上手く隠せるようになってからは……まだ能力が不安定だったから、子供特有の魔力暴走で起きただけで、成長と共に無くなったって。教会でもそう判断されたんだけど。今でも姉さんや母はあたしと視線を合わせないわ。事情を知っててそんなことしたのは、お父様以外だとあなたが初めてね」
そう言うと、少しはにかむように笑う。
ロバートはその笑顔にドキリとしたが……なぜ自分の心拍数が高まったのか、理解が及んではいなかった。
「他にもまだあるのか?」
レイチェルがまだ何か話したい感じだったので。
赤らむ顔を隠そうと、そっぽを向きながらロバートが聞き返す。
「そうね、ならついでにお願いなんだけど……今晩ここに泊めてくれない」
「……どうして」
「姉さんの寮の部屋は、マシューが合カギを持ってるの。ほら、二人はそう言う関係だし。メイドにも連絡がつかないから……今、勝手に踏み込まれたら困るのよ……」
ロバートは『二人はそう言う関係』という言葉におどろいた。
大人ばかりの中で育ったロバートは、価値観が少々古かったからだ。
「俺は構わないが、そっちは大丈夫なのか?」
貴族の良家の娘が、一晩男の部屋に泊まる……
リーゼラがいるとは言え、いろいろと問題があるんじゃないかと心配したが。
「良かった、姉さんの友達にはバレたらいろいろ不味そうだし。他に方法も思い浮かばなくって、困ってたのよ。でも……あのメイドさんとか、ナーシャ先生やマリー様は怒んないかな」
「あいつらが?」
「だってほら……」
レイチェルは『あなたに本気で惚れてるじゃない』と言いかけて、言葉を飲み込んだ。
ロバートがあの三人に対する態度を保留にしていることが読心魔法で分かったし。自分が三人の代弁をしてしまっては失礼だと思ったからだ。
「お前に身の危険があるのなら心配する必要は無い。あいつらなら、ちゃんと理解してくれる。問題は……」
ロバートが三人に信頼を寄せていること。そして本心から自分の身を案じていることを知り。レイチェルはロバートに対する考え方を、また少し修正した。
「そうね、リーゼラさんだっけ……入れ替わってる事とか、今までの事情とか。ちゃんとあたしからお話するわ」
ロバートはレイチェルのその言葉に、ホッと胸をなでおろした。
そして安どのため息をもらしたロバートに対して……
レイチェルは、ちょっとしたいたずら心が芽生えた。あるいはそれは、全幅の信頼を寄せている、他の女性に対する嫉妬心だったかもしれないが。本人は気付いていない。
「それで……ロバートがあたしの唇を強引に奪ったのは、どう説明すればいいのかしら? 姉さんと違ってずっと自宅にこもっていたから、男性とお付き合いする機会もなかったし。あたし、初めてだったのよ……あれ」
「な、なにを言ってるんだ。だいたいあれは……それに、俺だって初めてだったんだ」
ロバートの怒ったような、照れたような言葉と、あたふたとする態度を見て。自然とレイチェルの頬が緩み、その美しい顔を淫猥に歪めた。
そして自分が……信じられないような強力な魔法を使う、いっけん幼気な少年を虐めていることに性的な興奮を隠しきれず。太ももをモジモジとすり合わせ、あふれ出る唾をごくりと飲み込む。
レイチェル・エクスディア、十五歳。帝都でも指折りの大富豪エクスディア伯爵家の二女にして、読心のユニークスキルを持ち。聖女候補として教会から秘密裏にマークされている。
そして本人はまだしっかりと自覚していないが……
極度のサディストでもあった。
○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○
食事を持ってきたリーゼラに、レイチェルが事情を説明すると。
「まあ、そんな訳があったんですか……」
リーゼラは快く宿泊に同意してくれた。
「それでは、ゲストルームがひとつ余ってるからそこを使いましょう」
三人で夕食を取りながら、リーゼラが微笑む。
「でもその……リーゼラさんは嫌じゃないのかな? あたしのユニークスキルとか、ロバートとの事とか」
「ロバート様がそうおっしゃるんなら、ユニークスキルの事は気にしません。まあ、ちょっとびっくりしましたが。確かに付き合い方の問題ですからね! それにキスの件でしたら、ロバート様に非がありますので。後でゆーっくりと、追求しときます」
「俺に非があるのか?」
「当り前じゃないですか、レイチェル様はいろいろと不安だったんですよ! ロバート様はやっぱり女心が分からなさすぎですー」
ロバートが首を捻りリーゼラが頬を膨らますと、レイチェルは自然と笑みがもれた。
「レイチェル様はお荷物を持ってませんね……食事が終わったら、一緒に取りに行きましょうか」
「ありがとう、助かるわ」
ロバートは二人が仲良く話しているから、安心して。
「後はこの嵐がおさまってくれれば」
そう呟いたが……
事態は徐々に混迷を極めてゆく。
まず……リビングが風呂上がりの美女と美少女に占領された。
「姉さんの服って胸がガバガバになるし、ウエストもちょっと緩いのよね」
レイチェルは、ナイトウエアというのだろうか……レース仕立ての柔らかく薄い布で仕立てられた、淡いイエローの袖の無いシャツにショートパンツ姿でソファーに転がっている。
大きく開いた首や脇から、谷間やヨコ乳が見えてしまっているし。
姉のスカーレットほどではないにしろ……平均的なクラスメイトの女性より大きな胸の膨らみが、薄い布ごしにハッキリと形が浮き出ていた。
「レイチェル様、本当にコレもらってもいいんですか?」
リーゼラも同じような……こちらは薄いブルーの服に身を包んでいた。
「構わないわよ、どうせウチのブランドの試供品なんだから。そうだ、気に入ったんなら仕立て直してもうおうか。ほらここなんて……もう、あたしよりウエストが細いんじゃない?」
「でもカワイイ系はちょっと無理があるかなーって」
「全然そんなことないよ! リーゼラさん凄く可愛いから」
ロバートが風呂から出ると、二人でキャッキャウフフと騒いでいる。
仲良くなって良かったと、ロバートは和みながらそれを眺めたが。
レイチェルがリーゼラの上着をたくし上げたせいで、その引き締まったお腹と下乳が見えてしまって。ロバートは慌てて視線をそらす。
「ごめんリーゼラさん……いま野獣がのぞいてたみたい」
「大丈夫ですよ、レイチェル様……ウチにはヘタレな子犬しかいませんから」
リーゼラが安心してねと言わんばかりに、微笑むと。
「そーなんだ」
レイチェルが悪だくみを思いついたようにニヤリと笑い。ロバートの視線が戻ったことを確認すると、おもむろに自分の上着をたくし上げる。
「んぐっ!」
レイチェルのつるりとしたお腹が見え。そして、おわんのような張りのある二つの膨らみがボインと揺れて全開になった辺りで……ロバートはなんとか視線を外した。
「あっ、見せすぎちゃった……」
「なにやってんですか、レイチェル様っ!」
「リーゼラさんだけじゃ、悪いと思って。……でもホントにヘタレなんだね」
ロバートがリビングの隅で……顔をおおい、膝をついて震えていると。
「もう、なにそれ可愛い!」「ぐ
レイチェルとリーゼラの声が響き。ロバートは逃げるように自室に入ると、またキャーキャーと二人の騒ぎ声が聞こえてきた。
――アレが噂に高いガールズトークと言うものなのか?
ロバートはシーツを頭から被って、なんとか気を静めようとしたが……
あれやこれやが順番に頭に浮かんで、なかなか上手く行かなかった。
……そして外の嵐の音は強まるばかりで、なかなか寝付けないでいると。
「きゃー」
と、女性の細い悲鳴が響き。
今まで感じたことのない、特殊な魔力爆発を感知する。
ロバートは音もなくベッドから飛び出と……
カチリと何かが外れるのを感じながら。
――その方角へ向けて、急いで移動を開始した。
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