03 これで契約は成立よ

 ロバートが悩み込んでいると。


「じゃあ、早速降ろしてくれない? でもさっきみたいな暴力的なのはなしだからね」

 レイチェルは優雅に左手を差し出した。


 ロバートはその堂々とした振る舞いに、ため息をもらす。

「目立ってもかまわないのか」


「どうせ注目を集めちゃったんだから、もう派手に行こうよ!」


 レイチェルの左手を握り、ロバートはダンスを始めるようなステップで時計塔の窓を潜り抜ける。


「うわっ! 凄ーい、もうなにこれ」


 時計塔から数メイル離れた場所で、一度空中停止するとレイチェルが嬉しそうに叫んだ。

 その声に反応して、校庭の生徒たちが顔を上げる。


 ――このまま降りたら、パンツ丸見えだな。


 制服のブレザーの下はフリルのミニスカートだ。ロバートは仕方なくレイチェルを抱えるように持ち上げ、ゆっくりと降下を始めた。


「なんだか歌劇のお姫様になったみたい! 悪い魔法使いに閉じ込められたあたしを、伝説の勇者様が救いにくるの」


 レイチェルは嬉しそうにロバートの首に手をまわし、目が合うとパチリとウインクしてきた。


「俺が悪い魔法使いだったらどうする」

「あははっ、言えてるわね。でもその方がスリルがあって好みかも!」


 ロバートがあきれ返ると。

「じゃあ、これからのあたしたちのために……ここはバシッと派手な演出を決めてよ」

「これからのあたしたち?」


「二人は付き合ってるって、アピールする格好のチャンスじゃない」


「それを了承した覚えはない」

 徐々にレイチェルのペースに巻き込まれ始めたことに、ロバートは気付いて。わざと冷たくそう言うと。


「……やっぱりあなた面白いわ。今もハッキリと断んないし、あたしを気遣って抱きかかえてくれてるんでしょ。初めて会った時から気になってたのよ。耐魔術の鉄扉をあっさりと溶かすようなヤツが何してるかと思ったら、倉庫でパンツ広げてにやけてるし。その後も捕まったふりして、あのお父様とサシで話をして唸らせちゃうし」


 楽しそうに騒ぎ出したレイチェルを放り投げて帰ろうかどうか、ロバートが悩み始めると……


「顔も、近くでよく見たらそれほど悪くないわね。イケメンじゃないけど、髪型とかもう少し気にすればなんとかなるかも。庇護欲をくすぐるって言うか、どっちかって言うとカワイイ系だね……まあ、あたしは嫌いじゃないよ。それに、姉さんと違ってあたし人を見る目には自信があるんだ」

 レイチェルは大きなその碧眼を揺らした。


「読心魔法か……珍しいな。俺が知っている限りそれが使えるのはひとりしかいない」

 ロバートは師ディーンの妻である『闇族の女王』の顔を思い浮かべながら、レイチェルから顔をそらす。


「さすがね……姉さんとの入れ替わりも、読心魔法を見破られたのも初めてよ」


 そう言ってレイチェルは首にまわした腕に力を入れ、強引にロバートの顔を寄せ……


 ロバートはおどろきのあまり、数メイルで地面という所で魔術の制御を失い。

 ストンと落下してしまった。


 校庭に集まった生徒たちが一斉に悲鳴をあげる。

 ロバートが下敷きになることで、レイチェルは無傷で済んだが。


 レイチェルはロバートからゆっくり離れて、立ち上がると。

「これで契約は成立よ、悪い魔法使いさん。だからちゃんと責任取ってね!」

 そう耳打ちをして、去って行った。


 ロバートは二人分の体重で受けた落下の衝撃と。

 唖然と見つめる生徒たちの視線の冷たさと。

 まだ自分の唇に残る……柔らかなレイチェルの唇の感覚に戸惑いながら。


 ――その後姿を眺めた。


 レイチェルは振り向かなかったが、隣の猫耳の少女がロバートに向かってペコリと頭を下げる。

 あのメイドはリュオンって名前だったっけ。


 猫耳の少女と目が合うと、頭の中でカチリと音がして何かが外れ。



 面白くなってきたな……と。

 もうひとりのロバートが、楽しそうに微笑んだ。




○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○




 昼休みの出来事は一瞬にして学園内に広まり。午後の授業中ずっとコソコソ話が続いて、教室には異様な空気が立ち込めていた。


 授業の間の休み時間に、何度もマシューがスカーレットのふりをしているレイチェルに話しかけたが、彼女は無視を決め込んでいたし。


 ロバートがあきれてそれを見ていると。

 レイチェルは嬉しそうに、ロバートに向かって手をふったりした。



 放課後……

 完全に気配を消したナーシャが無音で歩み寄り。

「ロバートくん、みょーな噂を耳にしたんだけど……ちょっと至急で、あたしの部屋まで来てくれない?」

 そうささやいたが。


 ナーシャの表情には感情が欠落していたし、瞳孔が開いたままだった。

 しかも指定された場所が怪し過ぎる。


「先生、悪いが今日は体調が優れない。また次の機会にしてくれ」


 それはウソではなかったし、気がかりなこともあった。

 ついでに昼飯を食べ損ねたせいで、お腹もすいている。


 ――断るには、充分な理由だな。


 そう言い訳しながらロバートは、追いかけるナーシャを全力で振り切って自分の部屋に逃げ帰った。



「ロバート様どうされたんですか? 珍しく汗びっしょりで」


 ドアを開けると。

 ピンクのリボンを揺らしながら、不思議そうにリーゼらが首を捻る。


「荒ぶる龍や、殺意の塊のような魔族から逃げてきたところだ……」


 ロバートは肩で息をしながらドアを閉め。

 迫りくる殺気に、遮断魔法を展開して身の安全を確保した。


「出てこーい! ぜんぜん元気じゃないかー」

 いまだ感情の抜け落ちたナーシャの声と。


「説明を要求します! ロバート様、出て来てください」

 逃げる途中で合流してきたマリーの声が聞こえてくる。


 これでなんとかこれで逃げ切れたと、ロバートが滴る汗を袖で拭うと……


「まったくロバート様ったら♡」


 リーゼラが笑顔のまま銃口をロバートの鼻先に突き付け、スコープに取り付けた通信魔法石に向かって。


「二人とも誘導ご苦労さま、容疑者は確保したわ」

 ……そう呟いた。


 ロバートは笑顔のリーゼラからも、感情が抜け落ちていることを知り。

 遮断魔法を解除して、ゆっくりと両手を上げた。




 椅子に耐魔ロープで縛られたロバートは、三人に昼休みの状況をかいつまんで説明した。レイチェルとスカーレットが入れ替わっていることは、悩んだ挙句……言わなかったが。


「つまり、小悪魔系イケイケ小娘に付きまとわれたってことなんですね」


 テーブルをはさんでロバートの正面に座っていたリーゼラは、笑顔のまま応用魔法銃の手入れをしている。いったいあれで誰を撃つつもりなのか、ロバートが心配してると。


「スカーレットちゃんて、そんな積極的だったかなー? どっちかって言うと大人しいイメージだったし。マシューくんにベタ惚れって感じだったけど」


 その右隣に座っているナーシャが、大きな胸をボインと揺らして首を捻る。出されたお茶を一口飲むと、不信感いっぱいの眼差しでロバートをにらんだ。


「細かい事はどうでも良いですわ! サクッと殺してしまえば済む話じゃないですか」


 妖艶な笑顔で黒髪を揺らしながら、マリーがそう言うと。それにリーゼラが頷き。

 二人が立ち上がったところで……


「まって、そう言う問題じゃないから!」

 ナーシャが引き留めた。


 ロバートは、その言葉にホッとしたが。

「スカーレットちゃんは可愛いけど……あたしの方がおっぱいも大きいし、生徒にも人気があるわ。見た目の若さだって負けてないもの! なのにどうして、あたしが誘っても全然相手してくれないの? 前にも話したけど……他の女の子に手を出しても良いから、あたしも愛して!」


 続く言葉に、首を捻った。


「前から気になってたんですけど……この低能なサイクロプス臭い女はなんですか?」

 マリーが黒い瞳を徐々に青く凍てつかせながら、ナーシャをにらむ。


「やっぱり、マリーちゃんから下品なアルゲースの匂いがしますね。神々の怒りに触れて、魔族に落ちた龍の恥の血でも受け継いでいるのかな」


 つられてナーシャの大きな青いタレ目が、赤みを帯び始め……

 ギラギラと輝く赤紫へと変貌した。


「あら、あたしは正当なアルゲースの姫よ。人族と混じって絶滅寸前なヘタレ種とは違うの」

 マリーからは冷気が、ナーシャからは熱気が発せられ。


 ナーシャとマリーが立ち上がって、魔力を増殖し始めると。



「ロバート様? 今なんかあたし、凄く疎外感を感じてるんですが」

 リーゼラがため息交じりにそう呟く。


「お前やっぱり大物だな……陰と陽の最強種とうたわれる新龍が、そこでにらみ合ってるのに。余裕じゃないか」


「どうでもいいだけです。そんなことよりロバート様、その小娘に手を出したんですか? 噂では時計塔から降りて来た時にキスしたとか、その時小娘の服が乱れてたとか」


「今話しただろう。確かにその通りだが、何もなかった……ウソはついていない」

 そう言うと、リーゼラはロバートの目をジッと見つめ。


「んー、確かにウソは言ってなさそうですが……何かを隠してるような?」

 まるで読心魔法のように、ロバートの心を読んだ。


 そして頭に結んだリボンに手を触れながら。

「あたしも、もう十歳若いか……老いない種族の生まれだったら良かったのにな」


 リーゼラはすねたように頬を膨らませる。



 その表情があまりにも可愛かったから、ついつい何かを言いかけたが……

 ロバートは空腹と一緒に、そっとそれを飲み込んだ。

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