スリーピングビューティー
Prologue
00 嵐の夜の眠れる姫
宰相クライ・フォルクスは、その鉄面皮のような顔を歪めて冷笑をもらした。
既に初老と言われてもおかしくない年齢だが、整った端正な顔立ちに凍てつくような鋭い眼差しは、どこか美しくもあり。
帝都城で働く女子職員に、秘密のファンクラブが存在する程だった。
帝国の貴族院たちは宰相のその小さな行動に緊張し、白熱していた議場が静まり返る。そして五十人を超える帝国の貴族の重鎮たちが、一斉に宰相の顔色を伺った。
「聖国で発掘される、超古代文明の応用魔術使用権の値下げ交渉はするな。確かに帝国経済にとって足かせになりかねない状態だが、元々安価な協力費程度で契約したものだ。そこをさらに交渉すれば、聖国の信用を失い他の貿易に影響を出しかねん。それより各研究施設や学園の研究費を積み上げて、新技術開発に懸賞金でも付けておけ。――これからは遺跡発掘の技術より、さらにそこから発展した新応用魔法科学の時代になる」
宰相のその言葉に、議場から小さな声がざわめいたが。
反対意見が出る様子もない。
その意見が、的を射ているのが一番の理由だが。
「魔法科学局の予算が削られているのは何故だ? 貿易収支の予算も……見込みが甘いような気がする。オリス公国との貿易数値は見直しが必要だろう」
どこでどう情報を収集しているのか。不正や疑惑の陰をいち早く察知し、的確にそれをただす能力が……
強硬だが、独裁ではなく。恐れられているが、根強い支持率を誇る。
それが帝国の政治と経済の根本を支え、他国から『最凶の宰相』と恐れられる。クライ・フォルクスの政治手腕だった。
議会が終わり、クライが私室に戻ると。
「クライ様、公安局の洗い出しと貿易院の内部調査が終わりました」
メイド服を身にまとった、銀髪のショートヘアに小さな猫耳の少女が入室し、深々と頭を下げた。
「リュオン、ありがとう。悪いな、こんな任務を押し付けてしまって……」
少女から報告書を受け取りながら、クライが申し訳なさそうに言うと。
「そ、そんな……あたしは宰相閣下のお力になれるのなら」
リュオンと呼ばれた少女は、顔を赤らめながらそう答えた。
彼女は、クライが私費で運営している孤児院の出身だ。
プライベートではケチで有名なクライは、冒険者時代から溜めたお金を、孤児院などの寄付に使用していた。
それは自分の生い立ちが同じように孤児であった事と。長く続いた戦争で生まれた不幸な子供たちに、なにか出来ないかという思いからだった。
今では幾つかの孤児院を持つほどになったが……そこの女子職員や子供たちの間にも、秘密のファンクラブがあることをクライは知らない。
「これほどの能力があるんだ、ちゃんと成人すれば好きな仕事につけるだろう。リュオンは獣族の血が濃いようだが……待っていてくれ、そんな差別もそう長く続かせはしない」
クライは報告書を見ながら、深く頷く。
調査内容も報告書のまとめ方も要点をついていて完結だった。
十六歳のメイドが内偵だったとは、思わなかったということもあるだろうが。専門の調査員でも、ここまで調べられるものは少数だ。
「ありがとうございます」
大きなツリ目を細めて、嬉しそうに微笑むリュオンに。
クライはふと質問してみる。
「将来就きたい仕事はあるのか?」
その言葉にリュオンはさらに顔を赤らめ、もじもじしながら。
「あの、その…… お嫁さんです!」
そう答えると、言ってしまったとばかりに両手で口を押えて狼狽え始めた。
「そうか、キミほどの能力がある人材が社会に出ないのはもったいないが。しかし、主婦も立派な職業だからな。リュオンは好きな人がいるのか?」
そう言って嬉しそうに笑うクライは。
今だ独身の……超がつくほどの、ドンカン男でもあった。
○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○
――深夜。
クライは私室のベッドから抜け出し、自身に強化魔法をかける。
初老だった姿は、若く筋肉質な肢体に変わり。騎士服に身を包むと、まるで別人になる。歩き方や仕草も変え、鼻の利く獣族にも見破られないよう、身体情報の変革も同時に行った。
当初の目的だったロバートの監視の役目は終わったが、アクセルと言うおしのび姿が気に入ったこともあり。
――自分で調べたいものがある時は、最近この姿で出歩くことが多かった。
「今朝の議会の内容と、あの報告書。それにロバートがかかわった事件。……どう考えてもつながってるな」
クライは窓を開け、帝都城内の警備兵を魔力で探索する。
春の帝都にしては珍しく、強い風が吹いていた。
「通信魔法板のニュースで、大きな嵐が近付いてきていると言っていたが」
街に被害が出ないか心配しながら。
「しかし、平和になってきたとはいえ……警備の質が落ちたんじゃないのか」
そう愚痴をもらし、五階の窓から優雅に飛び出した。
クライは輝く月を背に、深夜の帝都の屋根を魔力で飛び移り。
目的地の貿易院責任者のひとり、エクスディア伯爵家の前に着く。
「大した警備じゃなさそうだから、勝手に侵入するのも手だが」
屋敷を見回しながら、あごに手を当てる。
もちろんその警備は、貴族の屋敷としては十分なものだったが。クライから見れば、簡単に侵入できそうな個所が幾つかある。
どの方法で調査をするか悩んでいると。
屋敷内から魔法爆発の音と、少女のか細い悲鳴が聞こえてきた。
「ちょうど良いか」
クライは正面から踏み込み、おどろく門兵に。
「北壁騎士団だ! 街中の警備中に不審な魔法爆発音を耳にした。勝手ながら検めさせてもらう」
そう叫びながら、爆発があった建物に向かう。
後ろから数人の兵がついて来たが、それを振り切るようにスピードを上げ。建物の二階まで一気に駆け上がり。
クライは魔力濃度が異常に高い部屋を発見すると、その扉を蹴破った。
そこは可愛らしいカーテンやシーツが多用された、寝室だった。
中央にある豪華な天蓋付のベッドには、まるで人形のような金髪の美しい少女が寝ている。
しかし、少女のネグリジェには赤いシミが広がり……
その横には魔力ナイフを握ったメイド服の少女が倒れている。
「リュオン…… なぜこんな場所に」
クライが慌てて二人の少女に回復魔法をかけると。
室内に薄っすらと黒い霧がかかった。
少女たちが無事完治したのを確認すると、クライは剣に偽装した
――この気配は、かなり上位の魔物だな……霧を使うとしたら、闇系だが。
その霧が渦を巻いて収束してゆくと人の形をとり、クライの頭上を見つめるとニコリと笑った。
「まあ、クライ様。しばらく見ないうちに、ずいぶん若くなっちゃったんですね!」
その赤髪のロングヘアに、大きな赤い垂れ目の……シスター服を着た美女は。
「シスター・ケイト……ってことは、この件にはディーンが絡んでるのか?」
聖人ディーン・アルペジオの妻のひとり。闇族の女王にして、転神教会の枢機卿でもあるケイト・アルペジオだった。
「さあ、どの件なのかは存じ上げませんが……あたしはディーン様の言付けで、ナイトメアを追ってます。この子は、ちょっと複雑な事情がありそうですし。帝都の教会でお預かりしてもよろしいでしょうか?」
シスター・ケイトはそう言うと、リュオンをゆっくりと抱き上げる。
クライも少女に近付き。
「クライ様……」
苦しそうなリュオンの顔にそっと触れ、安息の魔術を施行する。
大人しく寝息を立て始めると、クライは安どのため息をもらした。
その寝顔の上には、シスター・ケイトの爆乳が呼吸と同時に揺れていて……
クライは、そこから視線を外す。
――強化魔法で肉体を若返らせたせいだろうか。どうもアクセルでいるときは、女性の姿が気になってしかたがない。
聖人ディーンには七人の妻がいて、ひとりひとりが規格外の能力と美しさを誇っている。良い人物ばかりだが……ひとりを除くと皆色気があり過ぎて、クライは昔からどうも苦手だった。
「ディーンは今、帝都にいるのか?」
「はい、帝都に着くとすぐに……この街の夜が支配されかかってるって、あちこち走り出しちゃって。クライ様にもロバートくんにもまだ会いに行ってないんですよ。詳細は、また後で話しましょう。あたしたちは教会にいますから、いつでも会いに来てください」
クライを追ってきた兵たちの足音が近づいてくると。シスター・ケイトはリュオンを抱きかかえたまま霧に変わり。
徐々に強くなる夜風と共に、窓の隙間を通り抜けていった。
クライはベッドに眠る人形のように美しい少女の様態を再確認して、問題ないことが分かると。ネグリジェの血を魔法で消し去る。
「さて……駆け付けたこの屋敷の警備兵に、どんな言い訳をしようか」
ため息まじりにそう呟いて瞳を閉じると、揺れるシスター・ケイトの爆乳が目に浮んだ。
「あんなのが枕元に来たら、
苦笑いをしながら…… クライはふと、子供を寝かしつけるためによく歌われる童謡を口ずさんだ。
「
二人はきっと 同じ夢見て ♪ 永遠の眠りに 近付いている ♪
誰かおこして 勇者様おねがい ♪ 誰かおこして 魔王様お願い ♪
放っておいたら 皆夢の中 ♪
嵐を止めて ♪ 誰か見つけて 嵐の夜の
外からはパラパラと雨音が聞こえ始め。
――本格的な春の嵐が始まろうとしていた。
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