Epilogue

27 願いを未来に

 マリーの呪術騒ぎから三日後、ロバートはリーゼラと二人で帝都前公園に訪れた。先週のテロ騒ぎがウソのように、昼下がりの休日は観光客やカップルで賑わっている。


「なんだかこうして二人で歩いてるとデートみたいですね、ぐっ」

「リーゼラ……あの事件の現場検証で呼ばれたんだ、遊びじゃない」


 ロバートがため息をつくと。

「わかってますよー!」

 と、リーゼラが頬を膨らます。


 最近考え事ばかりしているロバートを励まそうと、元気に振舞うリーゼラ。

 その光景は、誰がどう見ても恋人同士にしか見えなかった。


 指定の時間より少し早く来たせいか、アクセルはまだいなかった。ロバートが仕方なく近くの開いているベンチに歩み寄ると。


「おお、少年よ……すまないがワシをあの場所まで運んでくれないか」


 ボロボロの服を着た老人が話しかけて来た。指さす方向は丘の上の展望台で、名物の百段階段がそびえ立っている。


「運ぶのは構わないが、ちゃんと降りられるのか? 俺たちは待ち合わせだから、この後用事がある」

 ロバートがそっけなく答えると。


「ワシも待ち合わせなんじゃ、上まで行ければ後は何とでもなるわい」

 老人はすすけた顔をしわくちゃにして微笑んだ。


 魔法で運んでしまえば簡単だが、目立つし、まわりに迷惑がかかるかもしれない。ロバートはそう判断して、老人を背負った。


「ロバート様! さすがにこの階段を背負って登るのは……あの、代わりましょうか?」

「じゃあ、お嬢ちゃんは……この荷物を持ってくれんか」


 ふてぶてしい老人に、リーゼラは文句を言おうとしたが。ロバートが何も言わず階段を上り始めたので、リーゼラは老人の荷物をもって後をついて行った。


 ロバートの体格は同年代の男子と比べるとずいぶん貧弱だが。魔法を使用しないで急な階段をリズムよく駆け上がってゆき……

 ただ登るだけで汗をかいている観光客も多い中、息一つ乱さず登り切った。


「なかなかの健脚じゃな!」

 老人が楽しそうに笑うと。


 ロバートは老人を降ろし、近くの衛兵をチラリと見て。


「まあ、気を付けるんだな」

 ロバートがクールだと思っている笑みをこぼした。


「おじいちゃん気を付けてね!」

 リーゼラが荷物を渡すと、老人はペコリと頭を下げて去ってゆく。


「ロバート様も人が良いというか……でも気を付けないと、帝都にはああやって好意につけ込んで、スリや詐欺を行う人もいますからね」

 歩いて行く老人を見送りながら、リーゼラが呟くと。


「そうだな、あいつもスリだったよ。……衛兵に捕まらなきゃいいが」


 ロバートが自分の上着のポケットをひっくり返して、リーゼラに見せる。

 そこには、ロバートの小銭入れが入っていたはずだった。


「人が良すぎるというか……」

 リーゼラが眉間に指をあて、あきれていると。


「なあ、リーゼラ……この行為は悪なんだろうか、善なんだろうか」

 ポツリとロバートが呟く。


「トミー先生の話ですか?」


 リーゼラは、展望台から街を見下ろすロバートに話しかけたが……

 ロバートはただため息をつくだけで、何も応えてはくれなかった。


 対処に困ったリーゼラが、後ろからロバートに抱きつくと。


「なにすんだ、こら!」

 ロバートはそれを振り解き、リーゼラにデコピンをかました。


「だってロバート様! あっちでもこっちでもバカップルが抱き合ってるじゃないですか……もう、じみーに痛いですう」


 おでこを押さえて顔を赤らめるリーゼラに、ロバートは小さな笑みをもらす。


 そしてリーゼラと初めて会った夜も、抱き合う二人を眺めながら、何かが自分の心の中でモヤモヤと疼いたような気がしたが……


 それが何なのか、今初めて理解して。でもこれは違うだろうと、リーゼラの顔を確認して。

 なんとか全力で否定しようとしたが。


 胸の鼓動が高まるばかりで、なかなか上手く行かない。



 リーゼラはそんな挙動不審なロバートを見ながら。

 やはり昨夜のことが気になっているんだろうと……少しズレた心配をした。




○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○




 昨夜は……

 ロバートが隣の部屋に行って直ぐ、通信魔法板でトミー先生に連絡を入れた。


「そうか、ちょうど私も連絡しようと思っていたところだ。魔王の件は大枠の調べがついたからね」


 すぐ来てくれるというので、お礼を言って通信を切ると。

 しばらくして、フラフラのロバートを抱えたトミー先生が部屋に入ってきた。


「あの……これは?」

「うむ、玄関先に転がっていたんだが」


 ヘラヘラと笑っているロバートに、まだ呪術が解けてないんじゃないかと心配になったが。小声で「俺の青春が……」と聞こえてきたので。

 リーゼラはロバートを受け取って、ソファーに放り投げておいた。


「いいのかね? リーゼラくん」

 苦笑いするトミー先生に。


「いいんです! もう、変なこだわりがあるみたいで……こんな良い女が目の前にいるのに」

 リーゼラが不貞腐れると、トミー先生はさらに苦笑いを深めた。


「それより……魔王の調べはついたんですか?」

「ああ、それなんだが……」


 トミー先生が持ってきた資料をテーブルに並べ始めると、むくりとロバートが起き上がった。リーゼラはそれを見て、三人分のお茶を用意する。


「魔王マルセスダの伝説は、解釈が難しいようでね。最悪で最強の魔王として記されている資料と、善良で慈悲深い魔王と記されている資料が混在している」


 帝国図書館秘蔵の魔法印が押された書籍を開くと。

 トミー先生が言ったような記載が各所に出てくる。


「マルセスダ伝説が封印された原因は、こちらの『善良説』のせいだろう」


 魔族信仰は教会が厳重に禁止している。そして魔王イコール『悪』のイメージ作りも、教会の専売特許だ。


「まあ、そうしないと……勇者をバックアップしてきた教会や帝国の大義名分が立たないからね」


 しかし史実に基づくマルセスダの行いは、どちらとも取れるものが多く。

 中には完全に、人族にとってプラスに働いたものまである。


「史実に蓋をする事はできない。この資料が本当なら、今起きているマルセスダ復活の邪神教すべてが、本当に『邪』だけなのか……疑わしくなる」


 ロバートはトミー先生の話を聞きながら、資料を眺め。


「教会側の資料はどうだったんだ? まあ、この状態じゃあ期待はできそうにないが」

 ふと、そうもらした。


「それは、こっちだね」

 そう言って、使い古された一冊の本を取り出す。


「教会からこの本を手渡されて、私は確信したよ……マルセスダは善悪で語るべき魔王じゃないってね。ロバートくん、それからリーゼラくんも。二人でこの本をしっかり読んでほしい。そしてわたしも含めて、未来について話し合おうじゃないか」


 トミー先生はそう言うとお茶を飲み干し、礼を言って帰って行った。


「これ……あたしも子供の頃、読んだ覚えがあります。ロバート様は?」


 不思議そうにその本を手に取ったロバートは……

「いや、初めてだ。そもそも絵本なんて読んだことがない」

 そう言って首を捻った。


「じゃあ、あたしが読んであげますから、ロバート様はそこで聞いてて下さい」



 そしてリーゼラは、子供に語るように……

 とても有名な昔話を始めた。



~~ひとりぼっちの魔王様~~


 昔々あるところに、とっても魔力が強くて魔法が上手な少年がいました。

 でも少年はそのせいで、みんなから仲間外れで、ひとりぼっちでした。


 ある日、少年は大きな毒ぐもに食べられそうになっていた、背中の羽が左右で色違いの妖精の娘に出会います。


「毒ぐもさん、どうかこの娘を食べないで下さい」

「なに! そんなことを言うならお前も食べてやろう」


 困った少年は、大きな毒ぐもに魔法をかけて、ぐっすりと眠らせてしまいました。


「ありがとうございます! お礼にあなたのしもべになりましょう」

 妖精の娘にそう言われた少年は。


「僕はこの強力すぎる魔法のせいで、こわがられちゃって友達がいないんだ。だからしもべじゃなくて、友達になってくれないかい?」

 妖精の娘にお願いしました。


「あら偶然ね! あたしも背中の羽が左右で違うせいで友達がいないの。こんなあたしで良かったら、友達になりましょう」


 それで二人は友達になり。


「ねえ、友達がたくさんほしいのだったら。あたしと同じように、その魔法で助けてあげればいいんじゃないかな?」


「それは名案だね!」


 困っている人々を助けてまわりました。


 しかし少年の周りに人が増えても、その人たちは少年の魔法が目当てな人ばかりで……


「たくさん人がいても、なんだかひとりぼっちみたいだ」


 少年は、悩みが解決したかどうか分からなくなってしまいました。


 少年が周りの人々に頼まれて、どんどん魔法を使ったせいで。

 やがて大きな建物に住んで、みんなに崇められるようになりましたが。ひとりぼっちの寂しさは増すばかりです。


 しかも少年に魔法を使ってほしい人たちは、妖精の娘が変な事を言わないようにと……

 少年と娘が会えないように仕組んでいたので。


 少年はどんどん孤独になってゆきました。



 そんなある日。


「やい魔王! 俺たち勇者パーティーが来たからには、お前の悪行もここまでだ。大人しく討伐されろ!」


 聖剣を持った勇者と、魔女と、聖女の三人が少年の前にあらわれました。


「魔王…… 僕が?」


「とぼけても無駄だ! ここが魔王城で、お前が主なら……魔王はお前に間違いない。それに悪の配下はすべて恐れをなして逃げて行ったから、これでお前もおしまいだ」


 少年が慌てて建物の中を魔法で確認すると、残っているのは友達の妖精の娘だけでした。


「ねえ、この人は魔王じゃないの! 周りの人にだまされただけなの、だから殺さないで」


 聖剣を振り下ろす勇者の前に、妖精が飛び出し……


「なぜだっ!」


 少年がどれだけなげいても、どんな魔法を使っても。背中の羽が左右で色違いの妖精の娘は、二度と目を開けませんでした。


 勇者パーティーが魔王に向かって攻撃を仕掛けても、魔王はまったく抵抗しません。ただ、妖精の死体を抱きしめたまま……涙を流していただけでした。


 そして徐々に城が燃え始め、火山のように噴火すると。

 魔王と妖精はその地に封印されてしまいました。




 勇者は無事魔王を討伐し、人々の世に平和が訪れ……



 人間だった勇者が寿命で世を去る間際に、不老不死である魔女に質問しました。


「ねえ、魔女……俺が殺したひとりぼっちの魔王は、本当に魔王だったんだろうか。いや、やつが魔王だったとしても……俺がしたことは本当に正しかったんだろうか」


「我が友よ。あの悲しき魔王を殺したのはお前ひとりではない。我らパーティーでおこなったことだ。そして、その想いは我ら共通のもの。結局魔王がいなくなっても悪は滅びず、人々の陰に潜んだまで」


「じゃあやっぱり……」


「もし悔いが残るのであれば……その想い我が受け取ろう。そして二度とあやまちが繰り返さぬよう、不老不死の我がその想いを継ごう」


「ありがとう。ならば俺と同じ思い、あの魔王と同じ思いを繰り返さない。そんな願いを未来に伝えてくれ」


 勇者がポロリと涙をこぼすと、魔女はそれを受け取りました。



 勇者の死後、魔女は砂漠の果てにその涙を解き放ち。

 やがてそこに泉が湧き、木々が芽生え、大きな森となり。



 魔女はその森の中で、友である勇者の約束と……

 ひとりぼっちの魔王のことを、ずっと考えているのです。




○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○




 ボロを着た老人が展望台の陰に移動すると、体格の良い三人の衛兵が取り囲み。


「どうでしたか、モーランド様」

 老人に向かって膝をつき、頭を下げた。


「噂通り、強く優しい方だったよ」

 老人はロバートの小銭入れを確認すると。


「それに機転も効くし、器もデカい」

 楽しそうに微笑んだ。


「娘に頼んでマルセスダ様かどうかを調べたが……やはり間違いないようじゃな。その時鍵が外れかけたとも聞いたが。うむ、それは娘どものせいではなくてアレが原因じゃろう」


 老人がロバートの前でうずくまっているリーゼラの背を指さす。

 衛兵たちがそれを見て、首を捻ると。


「マルセスダ様の紋章に魔力を通して、もう一度目を凝らしなさい」


 老人は衛兵たちにそう伝え。

 自分も胸に下げた魔法石に、服の上からそっと手を当てる。


「左右で色違いの羽が……」

 衛兵のひとりが、震える声で呟く。


「三千年の眠りから覚め、約束の恋人と再開する時……真の聖魔王が復活する」


 そして老人もロバートたちに向かって膝を折り、深々と頭を下げ。



「お待ち申しておりました」

 心からの……祈りをささげた。






.....

第一部 ユメミルポーション 完

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