25 中の人?
「ガドリン……今まですまなかった、事情があったとはいえこんな形で」
宰相クライ・フォルクスはカウンターに腰かけると、アクセルと同じ仕草でいつもの酒をたのんだ。おっかなびっくり……ガドリンが宰相の前にグラスを置くと。
「難しいかも知れないが、今までと同じ振る舞いでいてくれないか」
イケメンスマイルは発射されなかったが……その微笑み方は同じで、どこか貫禄と風格が漂っている。それを見たガドリンは、苦笑いしながら頭を下げた。
「俺には何もないのか?」
カウンターに座り直したロバートが、すねたように呟くと。
「前々から言いたかったんだが……いくら自己回復能力や状態異常の影響でアルコールが勝手に無効化されるとしても、子供が酒を飲むのは良くない」
クライはグラスを傾けながら、ロバートを見る。すっかり目が覚めたリーゼラは、そんな三人をじっと観察しながら……
「ロバート様、あの素敵なおじさまは誰ですか?」
小声でロバートにそう言った。
「さあな」
ロバートはそう言った後、少し考え直す。どんな形であれリーゼラの行動がなければ、今頃もう一つの人格に乗っ取られていたかもしれない。
首を捻って悩んでいるリーゼラに。
「まあ、あいつと俺の関係は……」
ロバートがそこまで言うと、リーゼラは男三人の態度を再度確認して、ポンと手を叩き。
「ぐ
満面の笑を浮かべる。
ロバートはリーゼラが何を言ってるのか分からなかったが。バカにされたような気がして、とりあえずデコピンをかましておいた。
「ロバート様、じみーに痛いです」
おでこを押さえてへこむリーゼラ。それを見て微笑むガドリン。クライは『ヘタレ総受け』の部分で……なぜかプッと、酒を吹きこぼしていた。
ロバートはリーゼラが寝ていた間の出来事を、簡単に説明する。
「つまりアクセルさんの中の人が、ロバート様の養父で……その、宰相様なんですね」
「中の人?」
「えーっと、正体みたいな?」
リーゼラはクライにペコリとお辞儀をして苦笑いした。いくら宰相とは言え今までの経緯を考えると、どう接していいか分からなかったからだ。
「リーゼラも今まですまなかった。事情はこれから説明するが、変わらぬ態度でいてくれると嬉しい」
貫禄あふれるクライの言葉に、リーゼラはコクコクと頷く。
「じゃあそろそろ、その事情ってのを話してくれないか」
相変わらずすねたようにしゃべるロバートを見て。
「なんかロバート様かわいい♡」
ついついリーゼラはロバートの頭を撫ぜて……またデコピンされ。じみーな痛みに耐えながら、カウンターに顔を埋めた。
○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○
「まずはアクセルとしての報告だが……」
クライはグラスを傾けながら、ぽつりぽつりと語り出す。
公安当局は今、二重スパイの割り出しに躍起になっている。身内からオリス公国のスパイらしき人物が見付かったからだ。
「エクスディア家のメイドだった女は、公国とのつながりが見付からない。ただ妙な宗教に最近ハマっていたようで」
それは、魔王復活や世紀末を唱える……最近増えて来た新興宗教のひとつ。
亡くなった公安のダリル氏も、自宅からその宗教が崇めている呪術物が幾つか発見された。
「そうなってくると、公国や密輸団の陰にその宗教があるかもしれんが」
そこから先はまだ調査中で、他国の事情に関与することは困難となる。そのため、このまま暗礁に乗り上げる可能性が高い。
「お前の読み通り、主犯はあの女だ。学園内に覚せいポーションをばらまいていたのも、密輸団を陰で操作していたのも、あの女で間違いない」
ただ、動機が……覚せいポーションをはびこらせることで、魔王が復活する助けになるとか。魔王のお導きに従ったとか。
自白魔法を使用しても、そんな事ばかり話している。
「心の奥底でもそう考えているから、どんな魔法でも意味がない」
クライはそこまで話すと、またグラスの酒を口に含んだ。
「その宗教の件は初耳だが……後はだいたい想定内だ。そうなればあの覚せいポーションは、信者の勧誘や兵隊の強化のために利用してたんだろう。で、お前がそんな格好でうろついていた理由はなんだ」
ロバートがブツブツ唸ると、クライはそれを横目で見て。
「親が子を心配するのに理由がいるのか?」
吐き捨てるようにそう言った。
「お前が、『衣食住は保証してやるから、好きにすれば良い』と言ったから、好きにやっている。いまさら干渉してくるなんて……」
「初めに、『一緒に住む気はない、自由にさせてくれ』と言ったからだろう。俺はキルケやディーンみたいにお前を甘やかす気はない。騎士団に依頼して、お前の生活ぶりを探っていたが……お世辞にもちゃんとしているとは思えなかったからな。何人目かの担当が音を上げた時に、俺がこの姿でお前の担当になっただけだ」
「それは……」
珍しく感情を表に出すロバートを、リーゼラが後ろから手を引いて。
「まあまあ、ロバート様」
なんとか落ち着かせようとした。
「リーゼラの件もそうだ。お前、自分の命が狙われていることに気付くのが遅すぎる。俺がわざと誘って、外に連れ出すまで……どうせわかってなかったんだろう。今の呪術もそうだ。解呪して分かったが、何度も同じパターンを『学習』させられたみたいだな。力ばかり強くて脇が甘いし、謙虚さが足りない。だから足元をすくわれる」
「今のは確かに俺のミスだが、相手が誰だかもう特定できたし。そもそも、その相手だって……お前の政治的な失敗が発端じゃないのか? 足元をすくわれかけてるのはお前の方だろう」
ロバートの言葉に、クライが冷めた笑いを浮かべる。
お互いの魔力が膨れ上がり始めて……
「いやまあ宰相閣下、その辺で」
新旧の『帝国最凶の大魔導士』がケンカを始めたら、この店ぐらい軽く吹き飛んでしまう。……そう思ったガドリンが、見かねて仲裁に入った。
クライはグラスに残っていた酒をあおると。
「そこまで言うのなら後は任せた、良い結果を楽しみにしている」
ロバートにそう言って。
「それから俺の分の支払いは、いつも通り騎士団のツケでたのむ」
ニヒルな笑みを残して、店を出て行った。
ガドリンとリーゼラが目を合わせる。
「宰相閣下は細かいと言うか……まあ、ケチだって聞いたことがあるが」
そう呟きながら、帳面に細々とした文字で勘定を書き込むガドリンを見て。
リーゼラは「ダンディなおじ様たちって、こう言うとこがあるからなあ」と、心の中で呟きながら……二人の細かすぎる言動に、ちょっと幻滅した。
○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○
寮に戻ったリーゼラは。
「それでロバート様をだまして、呪術をかけたヤツって誰なんですか」
ミニスカートのメイド服に着替えて、ロバートを元気づけようとチラチラ太ももアピールをしてみた。
「いや、あいつらは初めから俺たちをだましてなんかいない。ただ俺が気付かなかっただけだ」
考え込むようにソファーでうなだれているロバートに、酔い覚ましのお茶を入れる。
ロバートにそれが必要かどうか、リーゼラには分からなかったが。まあ、気分の問題だし……と、割り切ってみた。
「聖人様と旅をしていた頃、俺たちは多くの人々を助けた。今思い返すと、三年という年月では信じられない人数だ。時間もたっていたから、思い出すのに苦労したが」
リーゼラがお茶をテーブルに置いて、反対側のソファーに座って脚を組んでも。いつものようにチラチラと覗くロバートの視線が飛んでこない。
「そもそもの発想が間違っていた。助けた人を思い返したってダメだったんだ……あいつの言う通り、脇が甘かったんだろう」
相変わらずこちらを見てくれないロバートの言葉に、リーゼラは自分の脇を確認した。
「しかし……これじゃあ腹の探り合いだな。緑のちっちゃなココに、マリー。そうか、あれは公爵家が絡んでいた事件だったし……」
リーゼラはロバートの言葉に、自分の腹を確認した。
「モーランド家を洗い直すか……いや、それよりあいつらに直接聞いた方が早いな……って、なにやってんだリーゼラ?」
ロバートが顔を上げると、エプロンを外してシャツを半分たくし上げたリーゼラがいた。
「はい、ロバート様って腹フェチなのかなって。移転したビーチでもお腹をチラチラ見てましたし。戻った時は、こそこそ触ってたし。あたしウエストの引き締まり具合には結構自信あるんですよ」
つるんとしたお腹と、可愛らしいおへそを自慢げに見せるリーゼラに。ロバートは深くため息をついて。
「ちょっと隣に行ってくる」
ロバートが眉間に指をあて、頭を振りながら立ち上がると。
「援護は必要ですか、ロバート様?」
リーゼラは杖を手に取った。
「命を狙われてる訳じゃなさそうだから、大丈夫だ。それよりトミー先生にできるだけ早く会いたいと、連絡を取ってくれ」
ロバートがクールに微笑みながら、そう言うと。
リーゼラもニコリと微笑んだ。
「了解です! ああ、やっといつものロバート様に戻られたんで……安心しました」
ロバートは「こいつなりに、俺のことを心配してくれてるんだな」と感じ。
酒場の出来事を含めて、お礼を言おうとして……
徐々に自分のシャツのボタンを外して「ふんふん」と鼻歌を歌いながら、上着を脱ぎはじめたリーゼラを見て。
ロバートは結局何も伝えず、それを無視して……部屋を出て行った。
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