23 これが青春だよな

 帝都城公園前の襲撃事件の三日後、ロバートは学園長に呼び出された。

 放課後指定された時間に応接室に入ると、ナーシャと学園長の二人が並んで座っている。


「どうやら礼を言わなくてはならないようですね」

 苦笑いしながら学園長はそう言って立ち上がった。


「さて、なんのことか」


 ロバートはとぼけたが、学園長は銀の髪を揺らして深々と頭を下げる。


「この学園にはびこった覚せいポーションの噂は、あたしの耳にも入っていました。ナーシャにも頼んで調査は勧めていたのですが……公安がしゃしゃり出てきて内密調査に切り替わり、さらに学園内に不安が広まって。そしてあなたが宰相からの圧力で入学してきた。あたしは学生たちに不幸が起きないかと、ずっと心配していたのです。今までの非礼、誠に申し訳ありませんでした」


「どうやらあなたは何かを勘違いしているようだ」

 ロバートがそう答えると。


「そうですか……では、そう言う事で」

 学園長は顔を上げ、ニコリと笑った。


 帝国の正式発表では、帝都前公園の事件は潜伏していたテロ組織の襲撃とされ。密輸団による覚せいポーションの件は、全て闇に葬られた。どうやらその効果を公にしたくはなかったのだろう。

 公安では汚職容疑で数人が逮捕された。実情は、こちらも闇の中だ。

 そしてオリス公国の密輸団は、騎士団の手によって壊滅された。


 学園長はナーシャの顔をチラリと見る。

 ナーシャはそれを受けて「へへっ」と笑みをこぼし、二人がソファーに腰かけたので。ロバートは反対側のソファーに座った。


 ――まあ、差し支えない所までは、学園長に報告しておけと言ったが……どんな伝え方をしたのか、後で聞いておく必要がありそうだな。


 ロバートがため息をつくと。


「もうこの学園から、あのポーションは全て消えたのでしょうか?」


「詳しいことは知らないが、俺の知ってる騎士からの話だと、サンプルから探査術式が分かり、帝都から……この学園も含めて、あのポーションは全て無くなったそうだ。流通させていた密輸団も壊滅したそうだし。もう安心していいだろう」


 実際は、ロバートがポーションに含まれる特殊な魔術波を解析して、広範囲で探索できる魔術を確立し。中毒症状を起こしていた人々への治療法も発見している。


 学園内の生徒も数十規模で人中毒症状を起こしていたが……ナーシャとトミーが生徒を洗い出し、秘密裏にロバートが治療を行った。

 そしてその中毒患者の中にはロバートの隣の席の少女、エリンも含まれている。


「あなたからそう聞くと、ホッとしますね」

 胸をなでおろした学園長に、ロバートは気になっていたことを聞いてみた。


「覚せいポーションを使用していた学園生の処分だが……」


 魔力の底上げは、成績にも影響する重大な問題だ。


 中毒症状を起こしていた生徒の洗い出しには、二人の教師が係った。一番確実で迅速な方法だったが、今の学園長の態度からして……その効力と生徒を把握していると考えて、間違いないだろう。


「帝国の発表ではあのポーションに噂のような効力は無かったと聞いてます。それに中毒症状が治ったのでしたら、なんの問題もない。……それでよろしいですか?」


 もう一度ニコリと笑う学園長にロバートは無言で頭を下げ、これでエリンとまた学園生活が送れると思い、安堵の息をもらす。


「もし良ければ、あたしの疑問に答えてくれないでしょうか? 今回の覚せいポーションの捜査が目的ではないのなら……あなたほどの知識や魔術を持った人が、学園に入学する理由が分からないのです」


 学園長がナーシャの顔をチラリと見ると、ナーシャはコクコクと頷く。

 ――そう言えば潜入捜査の理由はでっち上げだと、ナーシャに話してしまったな。


 ロバートは、ため息をつきながら呟いた。


「青春だ」

「青春、ですか……」


「笑いごとだろうが、俺は年相応の常識や感性を知らない。そして今それを知らないといけないと、多くの人に忠告された。多少の自覚があったから、だまされるふりをして入学したが……この生活が、徐々に俺の何かを変えているような気がする。だから、このまま学園に置いてもらえると嬉しい」


 ロバートがぽつりぽつりと、そう語ると。


「そうですね、魔術や学問だけではなく豊かな心を育むのが学園の目的でした。あなたに教えられるまで肝心なことを忘れていたのかもしれません。あたしも教育者の端くれです……その想と、こんなポーションがはびこってしまった学園を改革するために、これから力を注いでいきましょう。――あなたのような生徒がこの学園に入学してきたことを誇りに思います。改めて、帝国魔法学園へようこそ」


 学園長はロバートにもう一度頭を下げると。

 嬉しそうにそう言って、ニコリと品のある笑みを向けた。



 ロバートは学園長の言葉に何かを感じ……その横で、拳を握りしめて「よし!」と、気合を入れてるナーシャに、なぜか恐怖を感じた。




○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○




「ロバートくん、ちょっといいかな」


 応接室を出て寮に戻る途中の廊下で、女子生徒に声をかけられた。

 ロバートは、はやる気持ちをなんとか鎮めようと深呼吸する。


 周りに人影もなく、グランドから生徒の声が遠く聞こえるだけ。

 ――うん、これが青春だよな。


 振り返ると、夕日を浴びた濃い青髪が、開けた窓からの風に揺れている。両手を前で組んでうつむき加減の少女は、制服の上からでも大きな胸がハッキリとわかった。


 エリンを助けたことに、下心はなかったが。


 ――でもひょっとしたら、そこから何かが進展することもあるんじゃ。

 ロバートにそんな淡い期待がなかったかと言えば、ウソになる。


「なにか用かな?」


 ロバートがクールだと思っている笑みを浮かべると。「うっ」と唸って、エリンは一歩後ろに下がったが。


「その……ほら、あたし。変な密輸団に利用されて、ちょっと記憶があいまいだったんだけど」

 決意した表情で、ずいっとロバートに近付く。


「騎士団に保護されて、治療を受けて。明日から授業に出るの」

「そうか、それは良かった」


「それでね、お願いがあって。その、言い辛いんだけど」


 エリンの頬が赤らみ、声も徐々に小さくなり。

 ロバートは思わず唾を飲み込んで、その音が聞こえたんじゃないかと不安になる。


「なんだろう?」

 ドキドキが止まらないロバートに……


「アクセルさんの連絡先を教えてくれないかな」


「んん?」


「騎士団の他の人に聞いたら、ロバートくんと仲が良いって。いろいろお世話になったからお礼も言いたいし……」


 ロバートはとりあえず通信魔法板を取り出して、一般回線のアクセルの連絡先を表示させた。

 そしてこれが前フリで、本題はこれからじゃないかと……自分の通信魔法板に連絡先を入力しているエリンを見ながら、微かな希望にすがる。


「それから」

「ああ」


 ロバートの心臓が、またドキドキと音をたてた。


「もう話しかけてきたり、あたしを巻き込んだりしないで。リーゼラさんだっけ、ロバートくんのメイドさん。なんかいろいろとロバートくんがひどい事してるみたいだね。ナーシャ先生まで巻き込んで……ねえ、何か弱みでも握ってるの? 確かに実力は認めるけど、魔力や権力を振りかざして、誰かを虐げたりするのって、人間的にどうかと思うの」


 ロバートの心の大事な部分が、ガラガラと音をたてて崩れた。


 そして振り返ることもせず、走り去るエリンを眺めながら。

 ロバートは回復魔法を自分にかけてみたが……やはり効果は望めなかった。




○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○




「ねーえ、ガドリンさん。どー思います? ロバート様ったら、帰って来てからずっとこんなんなんですー。まあ、飲みに行こうって誘ってくれたのは嬉しいんですけどー」


 リーゼラは、隣で独り言をブツブツ言いながら、時折「へへへ」と微妙な笑みをこぼすロバートを眺め、今日何杯目かのグラスを豪快にあおった。

 ……リーゼラのろれつも微妙におかしい。


「楽しいことがあったって面じゃねえな……おい、何があったんだ?」


 ガドリンはロバートとリーゼラの前に新しいグラスを置くと、あらためてロバートの顔を確認し、眉根を歪める。


 相変わらず意味不明な言葉をブツブツ言いながらグラスを傾けるロバートに、ガドリンとリーゼラは顔を見合わせ。


「こいつがこんなんになったのを見たのは初めてだが、昔……妻を事故で亡くしたヤツが、しばらくこんな感じだった」

 ガドリンがため息をつくと、リーゼラがロバートの肩を揺らして。


「ロバート様、あーたーしーとー、言うものがありながら、別に妻がいたんですかっ!」

 リーゼラが、また絡み始めた。


 ガドリンは二人が飲んだグラスの数を頭の中で計算して。

「悪酔いするには十分な量だな……次は水でも出してやるか」


 そう独り言ちると、そっとロバートたちから距離を取り。

 カウンターの奥で、グラスを磨き始めた。


 しばらくすると、酒場のドアベルが鳴って。

 見慣れた騎士服の男が入ってくる。


「やあ、楽しそうですね」

 その男はキラリとイケメンスマイルを発射し、手前のカウンターに腰かけた。


「待ち合わせだったのか」

 ガドリンがアクセルの前に、水の入ったグラスを置く。


「珍しく彼の方から会いたいと連絡があったんですが……あの状況で、話が通じるのかなあ?」

 アクセルは、カウンターの奥のロバートとリーゼラを見た。


 リーゼラはロバートの頭を抱きしめ。

「もーう、あなたを殺してっ、あたしも死ぬわー!」


 妙な盛り上がりを見せている。



 ガドリンはそんな二人を見ながら。

 流血騒ぎにならなきゃいいが……と、本気で心配を始めた。

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