22 これを狙ってたのかな

「へっ?」


 移転と同時に妙な声を上げたのはナーシャだった。

 ロバートが辺りを見回すと、エクスディア家のメイドとエリンとココ。そしてナーシャの四人が並んで立っていて。その後ろでは、カフェの客が衛兵の指示に従って避難を始めている。


「あれ? ロバート様……いつの時間に移転したんですか」


 ロバートの腕を抱きしめるように包み込んで、リーゼラが問いかけた。ローブを上から羽織っているが、するりとその隙間にロバートの腕が入り、胸の谷間に挟まれてしまった。

 しかも、その下はブラの形に切り取ったニットを着ているせいで……指先がつるりとしたお腹に直に触れている。


「お、俺たちが飛ばされて、す、数分後の時間に戻ったはずだ……」

 その感覚に硬直してしまったロバートの言葉は、微妙に震えている。


 アクセルはロバートの後ろから、二人を微笑ましく見つめると。


「ロバートさん、私は衛兵に事情説明をしてきますね」

 ロバートの肩をポンと叩いて、立ち去って行った。


「あの自爆男はどうしたの? てゆうか、何が起きたの……で、なんでロバートくんはリーゼラさんをお触りしてんの?」

 ナーシャが問い詰めると、ロバートは慌てて腕を引き抜いたが。

 なぜかリーゼラが顔を赤らめ。


「もう、ロバート様ったら!」

 意味不明な言葉を発した。


 ロバートをにらむナーシャとココ。震えて一歩下がったエリン。それを見て「ふふっ」と笑ったエクスディア家のメイド。


 ――なんだか説明に、いらない手間が増えそうだな。



 ロバートは、ドヤ顔で女性陣を見返しているリーゼラを見て……ついつい、切ないため息をもらした。




○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○




 アクセルが気を使ってカフェの店長に話をしてくれたおかげで、ロバートたちは客のいなくなった店で話をする事が出来た。


 大きな丸テーブルを囲むように、五人で座ると。


「お客にケガ人が出なくて助かりました、これはお礼です。自慢のケーキなんで味わってください」

 口ひげを蓄えた四十代の痩せた男が、お茶とケーキをテーブルに並べた。


 ロバートは簡単に何が起きたかを説明し、サービスで出してもらったお茶を飲んで一息つくと。


「うーん、そんなことが……あたし出遅れちゃって力になれなかったけど、次はちゃんとするから」


 ロバートの左隣に座ったナーシャが、ニットごしにハッキリと形が分かる巨乳をボインと揺らしながら近付いて来る。


「そんなのは必要ないです。もぐ、これ以上話がこじれると困るので、もぐもぐ、あなたは黙ってどっかに行ってください」

 ロバートの正面に座ったココが、ブツブツ言いながら無表情にケーキを頬張った。


「その通りです! ロバート様、どうしてコレがここにいるんですか」


 右隣を陣取ったリーゼラが、ケーキのクリームが付いた口を尖らせて抗議して。

 リーゼラとココの二人が同時にロバートをにらんだ。


 ロバートは苦笑いしながら。

「じゃあ次は、視線を遮るほどのアイスウォールで援護してくれないか」

 そう言うと、ナーシャは乾いた笑みをもらす。


 エリンとエクスディア家のメイドは話に加わらず、ただ黙々とケーキを食べている。ロバートは間違えて女子会に紛れ込んでしまったかと思ったが、気を取り直して……


「あの移転魔法に強制介入してきた連中の狙いと、背後関係の確認。それと犯人の割り出しだ」


 そう説明すると、皆ケーキを食べる手を止めた。


「結界の中にいた高魔力保有者は、死んだ結界師を除けば全員今ここにいる。入学試験、ドラゴンの襲撃……そして今回。もう三回も襲われたんだから、そろそろ主犯に直接話を聞いてやらないと、可哀想だと思ってね」


 ロバートはクールにそう呟いて、パチリと左指を鳴らした。


「ってことは、この中に主犯が?」

 リーゼラが首を傾げると同時に、エリンが少し震える。


「結界師……公安のダリル氏の遺体を確認して分かったんだが。この件の主犯は『呪術師』だ。ドラゴンにあった石にも、ダリル氏の遺体にも、同じ波動の呪術がかけられていた」


「それがどうして、この中に犯人がいることになるんですか……もぐ」

 リーゼラは残ったケーキを口の中に放り込んで、ロバートを見る。


 ロバートはもう一度パチリと指を鳴らし。


「呪術には発動条件が必要なんだ。ひょっとしたら、この呪術師は『目視で確認する』ことが条件なんじゃないかと思ってね。そうだとしたら、毎回わざわざ危険を冒してまで、顔を出す意味が分かる」


 ニコリとエリンの顔を見た。


「あああ、あ、あたしじゃないです! それにロバートくんの入学試験の日は、寮にいたし」


 あせるエリンに。

「入学試験の時に、誰がギャラリー席にいたか確認できてない。だからそこは除外して」


 ロバートはそう言うと、ナーシャの顔を見た。

「ドラゴンに魔術石をつけるチャンスがあったのは誰だと思う?」


「それはそうだけど……でも、エリンちゃんが犯人じゃないと思う」

「俺も主犯はエリンだと思ってない」


 ロバートはそう言いながら、もう一度テーブルを見回す。

 右から……リーゼラは何かを悩むように首を捻り。

 エクスディア家のメイドは、ニコニコと笑いながらお茶を飲み。

 ココは、相変わらずの無表情でケーキをもぐもぐし。

 エリンは、落ち着かなさそうにキョロキョロ顔を動かしている。


 さらにもう一度ロバートがパチンと指を鳴らすと、リーゼラとココの目が合った。


 リーゼラは、テーブルに立てかけてあった自分の杖をそっと近付け。

 ココは靴ひもを直すふりをして、テーブルの下にしゃがみ込んだ。


 ――ようやく俺の張った結界魔法に気付いてくれたか。


 ロバートは、念のためナーシャに。

「だからもしもの時は、ちゃんと遮ってくれ」


 そう伝えておく。

 ナーシャが目をパチパチと瞬かせたから、ロバートは少し不安になったが……


「この主犯は恐ろしく狡猾で冷血だ。まず自分の手を汚さない、そして不要だと思ったヤツや作戦が有利に運ぶと思えば、仲間でも平気で命を奪う。だから俺は急いでこの時間軸に戻ってきたし、次は絶対に失敗しない」


 ――次の質問で犯人が確定して、事態が動く。


 魔女キルケの教えの通り、肝心な場面では基本道理詠唱から入る。

 聖人ディーンの教えの通り、事前に策を張り巡らせた。


 ひとりなら不可能だったこの複雑な人質救出作戦も、誰も傷付けることなく解決できるかもしれない。

 後は仲間を信じて、正々堂々と正面からぶつかるだけだ。


 ロバートはお茶を飲んで気を静めると、カップをゆっくりテーブルに戻し。


「エリン……ナーシャに魔法石を仕込めと頼んだのは誰だ?」


 ロバートがそう言うと同時に、ピンクの髪が揺れ……エリンを見ようとしたエクスディア家のメイドの瞳が赤く輝いた。


「アイスウォール!」


 ナーシャがその視線を遮るために魔法を発動させ。

 リーゼラは杖を展開して銃に変え。ココは椅子から立ち上がってスカートの下から短刀を引き抜いた。


「人が悪いなあ……あたしだけ仲間外れで、準備をしてたなんて」


 クスクスと笑いだしたエクスディア家のメイドに、ロバートは左手を突き出し。


「証拠も少なかったし、確信も無かったんだ……だから、あぶり出すしかなかった」


 既に真っ赤な瞳に変わった呪術師の正面に立って、詠唱を始める。

 呪術師の女はウエイトレスの制服のエプロンを外し。


「自爆術式と移転魔法の干渉術式は、あれひとつじゃないわ! コレが発動すれば、あの子が爆発するし、移転しようとしても亜空間に飛ばされるわよ。この結界魔法を解いて、あたしを解放しなさい」


 その下の制服に縫い込められた、魔法石仕掛けの魔法陣を見せる。詠唱が終わったロバートは、魔力を左手に貯め。


「あんたが卑怯で助かったよ……普通の攻撃魔法だったらと、ひやひやしてたんだ」


 そう呟くと、完成した解呪ディスペル魔法を打ち込んだ。



 軽い衝撃波が店内を曇らせ……それが晴れると、魔法陣が消失した呪術師が、気を失って倒れている。


 ロバートが確認しようと近付こうとしたら。


「ロバート様、危険ですから見てはいけません」

 後ろからリーゼラの声が聞こえ、目隠しされた。


「おいこら、なにすんだ!」

 ロバートが抵抗しても、リーゼラはなかなかそれを放さない。


「うわっ、おっぱいもパンツも丸見えだよ……ロバートくん、これを狙ってたのかな」

「こんな腐れ巨乳は目の毒です、ロバート様がご覧になる前に切り取っておきましょう」


 そんなナーシャとココの声が聞こえると、ロバートの目にグイグイとリーゼラの指がめり込んできた。


 ――今回は『外れ』ることなくクールにキメたのに、どこで間違えたんだろう?



 ロバートは目の痛みに耐えながら、考えてみたが……やっぱり原因が分からなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る