21 時と空間の狭間 3

 ロバートはリーゼラと浜辺を歩きながら状況を説明した。


「移転魔法は生まれつきの特殊な魔術回路が必要だし、禁呪とされてるから。そもそも、その理論を知ってるヤツがいない。だから誤解されているようだが……移転魔法は十の次元と時間軸を計算して、魔力でそれを変動させて行うものなんだ」


「はあ?」

 リーゼラが首を傾げたが、ロバートはそれを無視して説明を続ける。


「感覚的には今いる世界の魔力や自然の力を捻じ曲げて、亜空間の扉をこじ開け。そこを通過することで別の場所に出る作業だ。突然移動するように見えるから『移転』と呼んでるが、空間の『近道』を通るわけだから……実際は『移転』はしていない」


 さらに首を傾げるリーゼラに。


「今回はその亜空間の扉に別の力……あの結界を張った魔術師の自爆術式が干渉して、予期せぬ『近道』に放り込まれた。だからこの場所がどこなのか俺にもわからない」

 ロバートがそう言うと。


「つまり魔術が失敗して、どこに来たか分かんないってことですね」

 リーゼラはウンウン頷きながら答える。


「まあそうなんだが……問題は場所だけじゃなくて、時間や世界そのものがズレてたら。帰るのに手間がかかるってことだ」


「手間? ……ですか」


 ロバートはもう一度辺りを確認する。


 このむせ返るような湿度と暑さは、夏そのもの。なら、赤道付近まで飛ばされた可能性が高い。問題は、森に生えている草木だが……世界中を旅したロバートでも、見るのが初めての種ばかりだ。


 足元を歩いているカニのような生物も、背に蝙蝠の羽のようなものが生えていて……異形過ぎてカニかどうかも分からない。


――やはり他の世界や時間に飛ばされた可能性が高いな。


「同じ時間軸で場所だけの移転なら、帰るのは簡単だ。でも時間がズレていたり、ここが並行世界……つまり異世界だったりすると。地図の無い旅を強いられる」


「地図の無い旅?」


「ああ、十の次元と時間軸をちゃんと固定計算できるのは、同じ並行世界の同時間帯のみだ。世界や時間がズレると『可能性変数』が出現して、計算が成立しない。つまり異世界移動や時間移動をしようとしても……移動は可能だが、どこに出るかは運任せになる」


「じゃあ、あたしたち……この無人島で、ずっと二人っきりってことも」


 なぜか嬉しそうに腕を絡めて来たリーゼラに、ロバートはため息をついた。


「まだここが無人島と決まったわけでも、帰れないと決まったわけでもない。もし世界や時間がズレていたとしても、地図があれば帰ることはできる」


「地図と言いますと……」


 そしてグイグイと胸を押し付け、上目使いにそう言うリーゼラに。


「どうやら襲撃してきた連中は俺の能力を知っていて、意図的に移転魔法に干渉してきたようだった。なら、あの男が着ていたローブに移転魔法干渉の術式がある可能性が高い。それが見付かれば……逆算して戻ることができるだろう」


 ロバートは一抹の不安を覚えながら……

 さてどうしたものかと、頭を振った。


「ならその結界師を探しましょう! あたし探索魔法は得意なんです。こう見えても腕利きのスナイパーなんですから」


 呪文を唱えながら走り出すリーゼラに、ロバートがあっけに取られていると。


「ロバート様、あっちにアクセルの波動があります! そう言えばついてきちゃってましたね。まずは合流しましょう」


 リーゼラは楽しそうに手を振りながらロバートを呼んだ。


 ――これじゃあ、夏のバカンスだ。

 その笑顔に自然とロバートも笑みをこぼす。


 リーゼラはやっと深刻な表情が和らいだロバートに安心すると。

 手を拳銃の形にして。


「早く来ないと撃っちゃいますよー」


 ロバートに狙いを定め「バーン!」と叫ぶと、先に走り出していった。



 チクリと心臓を何かが射止めたが。

 その感情の名称を、ロバートはまだ知らなかった。




○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○




 五分もしないうちに、リーゼラはアクセルを見つけた。

 ロバートが近付くと……


 アクセルはずぶ濡れで砂浜に座り込んでいる。


 その横にはローブの男が倒れていたが、既に息は無いようで、身動き一つしていない。


「ローブのようなものが海に漂ってたので、今回収してきたところです。帰るのにはどうしても必要だと思いまして。それから彼は……私が発見した時には、もうこの状態でした」


 アクセルが立ち上がってローブを広げると、身体はミイラのように干からびていた。ローブのポケットを探ると、見覚えのある小瓶が出てくる。


「こいつは覚せいポーションを利用して、魔術を増幅していたのか?」

 ロバートが渡された瓶を確認しながら、そう聞く。


「でしょうね……彼は結界師としての技術は高かったんですが、あそこまでの魔力は無かったはずです」


「知り合いなのか?」


「以前一度だけ。公安と一緒にガサ入れした時に、犯人グループを逃がさないための結界を張ったのが彼でした」


「ねえそれは間違いないの?」

 リーゼラが小瓶を覗き込みながら、アクセルに確認する。


「帝国の潜入捜査官は身内同士での間違いを防ぐために、特殊な共鳴石を隠し持っています。……こうすると」


 アクセルが自分の左手にしている指輪をかざし、魔力を送ると。ローブの男がしていたネックレスの石から文字が浮かび上がった。


「帝国公安部、捜査課、警部補……ダリル・グローレン」

 アクセルはそれを読み上げると、左腕を胸に当て、冥福を祈るように頭を下げた。


「密輸団に潜入捜査していて? でも、ロバート様の命を狙う理由は?」

 リーゼラは両手を組んで祈りをささげると、不思議そうに首を傾げた。


「公安とオリス公国の二重スパイだった。あるいは彼の独断での犯行。可能性はいくつもありますが、今となっては」


 アクセルの言葉をロバートが引き継ぐ。

「死人に口なし。か……」



 ロバートが魔術で海岸に穴を掘り、ローブを脱がせてダリルの簡単な葬儀を澄ますと、空は赤みを帯び始め。太陽が水平線に沈み始めていた。



 ロバートはローブに刻んであった術式を確認し。

「やはり俺の移転魔法に干渉する準備をしていたようだな。これをたどれば、元の世界に戻れる」

 安どのため息をもらした。


「でもそうなるとオリス公安か、帝国の公安がロバート様の命を狙っていたことになりませんか? 死んじゃったダリスさんが、そこまで用意できると思えないし。道連れにしてまでロバート様の命を狙うような動機があるとも……」


 隣に座り込んでいるリーゼラは、暑いからと言ってニットの袖とお腹の部分をナイフで切り取り。ローブもブーツも脱いで、スラリと引き締まった腹部と生足をさらけ出している。


「うーん。でも、彼の独断の線は消えないかもしれませんね。どうやってロバートさんとベビーフェースを結び付けたかは分かりませんが……移転魔法はベビーフェースの代名詞ですし。あれだけの活躍をしていると、変な恨みを買っててもおかしくない」


 アクセルも同じように暑いと言って……上半身裸で、鍛え上げられた筋肉をさらけ出していた。


「ところでロバートさん。もう暗くなりかけていますが、このまま移転魔法を施行しますか? それとも今晩はここで野営して、明日行いますか?」


 イケメンスマイルを輝かせ、妙なポーズで上腕二頭筋をムキムキさせながら、ロバートに近付いてくるアクセルに……

 ロバートは、ちょっとだけ危機感を抱いた。


 ――ヤツは確か、あっちの道の男だったよな。


「ロバート様、探索魔法で調べても……ここには強力な魔力も感じないから、ゆっくり休まれてからでもいいのでは?」


 アップにしていた赤い髪を解きのけぞるような仕草で髪をかき上げ、上向きのツンと尖った胸を見せつけ、大きな赤いツリ目を妖艶に輝かせるリーゼラに……

 ロバートは、かなりの危機感を抱いた。


 ――うん、アレは肉食獣の目だな。


 ロバートの探索魔法にも、大きな魔物や危機を感じるような気配は存在しなかったが。どうやら敵は身内にいるようだ。


 それに、アクセルが禁呪である移転魔法に詳し過ぎることも気になった。

 もうそれは、以前やつが話したような「調べましたから」の域を超えている。


 魔王復活か……

 ロバートは小さくため息をつくと。


「大して疲労していないし、ここでは何が起きるか分からない。このまま移転魔法を施行して、あのテラスに戻る。……いろいろと確かめたいこともあるからな」


「確かめたいこと? なんですか、ロバート様」


「今はまだ言えない」


 ロバートは埋葬の時にこっそりと抜き取った、ネックレスの共鳴石をポケットの中で握りしめる。アヒルみたいに口を尖らすリーゼラと、それを楽しそうに眺めている半裸のイケメンに。


「二人とも服を着てくれ、移動先はまだ春だ」


 そう言って、基本通り詠唱を始め。



 自分の推理が外れれば……と、心のどこかでそう願っていることに。

 ロバートは、苦笑いした。

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