20 時と空間の狭間 2

 ロバートが初めて魔術の手ほどきを受けたのは、三歳の頃。


 両親に捨てられ、死の森をさ迷い。生きるために毒の実を食べ、襲い来るアンデッドと戦っていた時だ。


「幼き生命体よ……これ以上我が森を汚し、我が配下を痛めつけるのであれば、その命ないものと思え」


 ロバートの目の前にあらわれたのは、不死王バデル・マジェスティ・グレート。

 二メイルを越える白骨の大男は黒いマントをたなびかせ、ロバートが初めて感じる雄大な魔力をまとっていた。


「綺麗だなあ……」


 それを見たロバートは、薄れゆく意識の中でそう呟いた。誰もが忌み嫌い恐れる不死王の姿を、ロバートは心から本当に美しいと感じたからだ。


「うむ、面白き生命体だな。このまま朽ちて、森の肥に変わるのももったいない。一つチャンスをやろう……その狂暴であふれ出る魔力を制御し、今消えかけている自ら命を救えるのであれば。我がこの森の後見人となってやる」


 不死王は、この幼いヒューマンに意味が通じるかどうか分からなかったが。そう言うと、幼いロバートの手を握り。不死王のみが知る究極の回復魔法の……方法だけをその手に流し込んだ。


 ロバートがおどろいて顔を上げ、白骨のくぼんだ眼部を見つめると。


「……やってみろ」

 不死王は、そう言ってロバートの手をはなす。


 そしてロバートが、伝わった魔術を真似て錬成を始めると……

 森の上空に大きな魔術フレアがあらわれ、徐々にそれが肥大し始めた。


「なんと、これは魔術暴走か! うむ、いかん。このままでは死の森が……いや、大森林すべてが飲まれかねん」


 不死王が慌ててロバートに干渉して、制御しようとしたが。その魔力量と、ロバート自体が持つ魔術回路の特殊性のため、なかなか上手く行かない。


「なぜこんな所で『移転魔法』が暴走してるのさ?」


 すると疲れたような少女の声が、不死王の後ろから聞こえてきた。

 不死王が振り返ると……そこには、黒いワンピースの魔女服を着た青い髪の少女が佇んでいる


「おお、これは魔女キルケ様! この幼き生命体に、回復の術を伝えたら……」

 不死王が少女に向かって膝を折り、首を垂れると。


「そうか、後は任せな。しかしなんという魔力特性だ……」

 キルケと呼ばれた少女が、手に持っていた自分の身長ほどの大きな杖を振り。


「この子供の命は奪うのかい? それとも」

 不死王に問いかけた。


「魔女キルケ様、この子供……なかなか見どころがあります。差し支えなければ、命は奪わずに」


 不死王の返答に、キルケはニヤリと微笑み。


「不死王よ、なら対価はなんとする。あたしの魔法でもこの魔術暴走を治めるには、それなりのにえが必要だ。この子供の命以外で、この魔力に匹敵する何かを差し出せるのか?」


 不死王にそう告げた。


「……ならば、我のこの腕ひとつで対価となりましょうか?」


 自分の左腕を差し出す不死王に。

「贄として使えば、お前の能力をもってしても、二度とその腕は使えんぞ。それでも良いのか」


「そもそもこの間違いの発端は、我の判断の甘さ。それに……」

「それに?」


「本心から綺麗だと言われたのは、何千年ぶりでしたか」

 カッカッカと、楽しそうに笑う不死王を見て……キルケは一度頷くと。


「その意気、その想い、確かに受け取った!」

 手に持った長い杖を振り回し、不死王の差し出した腕を切り裂き。


「この森との盟約に従い、我が友ハーベンの力を今解放せん! 混乱を生み出し始めた、その幼き子の迷いを治めよ!」


 キルケは爆発寸前の魔力フレアに向かって、その腕を投げ込むと。天空に大きな魔法陣を描き、こん身の魔力を打ち込む。



 魔力フレアが治まると、キルケはその中心まで歩を進めた。

 そこには眠るようにうずくまる、幼い少年が一人。


「それで不死王よ、この子の名はなんと言う」

 キルケはふと疑問に思って、後ろをついて来た不死王に問う。


「はて、魔女キルケ様……まだ聞いておりませんな」


 そう言って笑う不死王バデル・マジェスティ・グレート。

 キルケは隻腕となっても、それを気にせず笑い飛ばす不死王の豪快さに感嘆し。


「過去、災厄の魔術『移転魔法』を使いこなせたのは……我が友勇者ハーベンと魔王マルセスダだけだが。――どちらもろくな末路をたどっておらん」

 小さく独り言をもらすと。


 この幼さであの大きな魔術フレアの起点となり、名も知らぬうちに不死王に認められた、この幼い少年の未来に……大きな希望と、微かな不安を抱かずにはいられなかった。




○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○




 その映像は、ロバートの記憶より詳細で知らない部分まで含まれていた。


 不死王か、魔女キルケの記憶が混じっているのか。

 ……それとも俺の勝手な想像なのか。


 亜空間に閉じ込められると同時に見た幻想に、ロバートはどこか懐かしさを覚え……薄れゆく映像に無意識に手を伸ばすと、柔らかな何かに突き当たった。


 手のひらより少し大きなその膨らみは、温かく、不思議な弾力がある。

 誰かがその手を包み込み、膨らみをロバートの手で揉むように動かし始めた。


「あっ、ダメです……そんな。あん、ロバート様……」

「おいこら欲求不満、なにしてんだ!」


 完全に意識を取り戻したロバートが目にしたのは。自分の腹に馬乗りになり、ニットの裾からロバートの手を入れて、嬉しそうに胸を揉んでいるリーゼラだった。


「えっ? でも……裾の隙間に手を入れて、スーッと手を伸ばしたてきたのはロバート様ですよ。せっかくのチャンスなんで、普通サイズのおっぱいの素晴らしさを教え込んでおこうと思いまして」


 ロバートはなんとか腕を引き抜き、その手のひらに残った感触に動揺する。

 どう考えても直だったし、柔らかい場所の中央にあるツンと尖った感触も、生々しく残ってる。


「なぜ下着をつけてないんだ……」


「ロバート様、楽しんでいただけましたか? このニットはエクスディア・ブランドの人気商品で、ブラニットって言うんです。繊維に補強魔法が織り込んであって、ブラなしでそのまま着ても崩れることないんですよ。キレイに見せれて楽なんで。最近着てる娘が多いですが」


 ロバートがふと、ナーシャや人質になっていたエリンが、同じような服を着ていたことを思いだし。


「エクスディア家……意外ともうけてそうだな」


 それからふと、リーゼラの胸を見た。

 あの大きさで、あんなんだと……エリンやそれより大きなナーシャだと、どうなってしまうんだろう。

 そんな考えがロバートの頭を過ぎると。


「あっ、ロバート様! 今他の女のこと考えましたね」

「……お前、読心魔法も使えるのか?」


「女の勘です! ――やはりあのロリ顔女教師の腐れ巨乳に毒されましたか。ならここで、さらなる再教育を……」


 リーゼラがローブを脱ぎ捨て、ニットのシャツをお腹の辺りまで持ち上げたところで、ロバートが衝撃魔法を放つ。


「うきゃー!」


 吹き飛んだリーゼラが砂浜をコロンコロンと転がり、豪快にミニスカートをはだけさせて紫のパンツを見せていたが。

 ロバートはそれを無視して立ち上がると、自分についていた砂をはらった。


 辺りを見回すと、そこは一面に広がる海原と砂の海岸。その反対にはうっそうとした森が広がっている。


 リーゼラは立ち上ると、何食わぬ顔でロバートに近付き。


「ところでロバート様、ここはどこなんですか?」

 ニコリと笑いながら、そう聞いてきた。


「お前案外大物だな。普通はそこが心配になって、不安になるんじゃないのか?」


「なんかもうあたし、ロバート様さえいれば安心というか……それ以外要らない感じなんですよね」


 楽しそうにそう言ったリーゼラの横顔を見ながら、ロバートはため息をついた。


 見た感じは出会った頃と同じ、情熱的な色気をわざと隠したようなクールビューティーだが。アホさが加速的に増したような気がしてならない。


「お前は好きな男が出来たんだろう? なら、そいつのためにも帰ることを考えろ」

 ロバートが不貞腐れたようにそう言うと。


「あー、やっぱり……そう言うんじゃないかと思ってました。ロバート様はなんだかんだ言って、他人と距離を取りたがるんですよね。無意識のうちに壁をつくってると言うか。だからあたし、その壁を叩き壊そうと思ってるんです」


「そうか、好きにしろ」

 まだ不貞腐れているロバートに、リーゼラは。


「さっきも不用意に突っ込んじゃったあたしを守ろうと、抱きしめてくれたじゃないですか。そんな所も大好きです。出会った時からずっと、あたしを助けてくれて……ロバート様を見てると、あたしだけじゃなくて他にも多くの人を助けてて。不器用だから誤解を受けてるみたいだけど、でもそんな所も好きです! ロバート様、あたしの好きな人は……ロバート様です」


 リーゼラはロバートの目を見つめ、とても楽しそうにそう言った。

 ロバートがフリーズして動かなくなると……


「まあ、あせんないで徐々に攻めてきます。敵はあの有名な『最凶の大魔導士ベビーフェース』ですから。ロバート様も、今まで通り気楽に付き合ってください」


 リーゼラがニコリと笑う。

 その美し過ぎる笑顔と灼熱の太陽に、ロバートの目が少しくらんだ。


 ロバートは、先ほどのナーシャからのプロポーズも思い出し。


 ――学園に青春を求めて潜入したんだが、どうしてこうなったんだろう?



 青すぎる空を見上げながら……何を間違えたのか考えてみたが。

 さっぱり、原因が分からなかった。

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