その想いの斜め下へ

19 時と空間の狭間 1

 ロバートが再度探索魔法を放つと、大きな魔力波が店内に四つ確認できた。

 しかしロバートの魔術をもってしても、オープンテラスの向こう側まで魔力が通じない。


 遮断魔法……いや、これは結界師の仕業だな。


 店内の大型魔力波は……

 目の前のローブの男、ナーシャ、エクスディア家のメイド。そしてロバートから隠れるように、同じテラスの斜め後方に潜む人物。


 そいつが結界師なんだろう。


 厄介だな、腕の良い結界師だ……この結界を強引に破れば、そのスキに人質が狙われ。結界を放っておけば、ヤツらの要求をのまざるを得なくなる。


 ここは様子を見ながら、ヤツらのスキをつくしかない。まずは要求を聞きつつ、あのピンクの髪の少女と、ナーシャと連携を取るか。


「早くしろ、武器になりそうなものも、通信魔法板も全部テーブルに置くんだ!」


 ローブの男の要求に、ざわめいていた店内が静まり返り。皆ポケットや懐から、通信魔法板や小型の杖などを取り出してテーブルに並べた。


「隠しても無駄だ! 俺には仲間がいて、この店を封鎖している。その結界の中では、魔法探査も可能だからな」


 ローブの男が、ロバートの斜め向かいに座っていた中年の男に銃を向ける。

 その男はため息をつきながら、懐から応用魔法銃を取り出した。


 同じように店内の数人にローブの男が銃口を向けると、皆応用魔法銃や魔術ナイフをテーブルに置く。


 ロバートはそれを見ながら、持っていたカップを置いて……やれやれと言わんばかりに。


 ――テーブルによじ登った。


「おい、そこのガキ! なにやってるんだ」

 ローブの男が、ロバートに応用魔法銃を向けて怒鳴ると。


「まあ、俺は人間兵器みたいなものだからな……こうするしかないだろう」


 ロバートの狙いは自分に注目を集めて、他に被害が出ないようにすること。高い位置から目視で結界師の特定をすること。

 そして襲撃犯の意表をついて、そのスキにナーシャやエクスディア家のメイドとなんらかの形で連携を取るチャンスをつかむことだったが。


 人間兵器、俺! うん、なんかクールだ。

 と、ちょっと自分に酔ってしまった。


「なに言ってやがる、ガキが粋がって邪魔すんじゃ……えっ? そーなんですか、あっ、いえ……でもそんなバカな」


 その微妙な態度に腹を立てたフードの男だったが。ロバートに銃口を向けると同時に、左耳を押さえて誰かと会話を始める。


 通信魔法石での会話だろう。ロバートはそう判断すると、そのスキに自分なりにクールだと思えるポーズをとりながら……エクスディア家のメイドとナーシャにアイコンタクトを送る。


 ピンクの髪の少女に、斜め後ろにいる結界師と思われる人物を目で合図すると。彼女はそっと、そのそばに近付いた。

 ナーシャに人質救出のバックアップをたのもうと、さらにカッコ良いポーズをとって視線を送ると。

 ポッと顔を赤らめた。


 ――うん、こっちは使えないな!



 やっぱり仲間を信用して作戦にあたるのは難しいな、と……ロバートはクールなポーズを決めながら、心の中で呟いた。




○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○




「なによもうこれ、ビクともしない!」


 リーゼラはテラスの周辺に張り巡らされた結界に、魔法銃の弾丸を続けざまに三発撃ち込んだ後、大声で喚いた。


 淡いグレーの霧のような結界だったが、衝撃対応魔法でもかかっているのか。硬質な音を響かせながら、鉄をも軽く貫くリーゼラの弾丸を跳ね返した。


「使えないですね……おばさんは下がっててください」


 ココが短刀を腰だめに構えて体当たりしても、あっさりと跳ね返される。

 ひっくり返って、呆然としているココに。


「ちびっこも、大したことないじゃない」

 リーゼラは冷笑を浴びせた。


「まあまあお二人とも冷静に……しかし変ですね。ロバートくんならこの結界を破ることが出来るはずなのに。いったい中でなにが起きているのか……」


 睨み合うリーゼラとココの間に割り込んで、アクセルはイケメンスマイルを輝かせながら、そう呟いた。


 公園では帝都城の衛兵たちが惨劇の事後処理をしながら、規制線を張り。突然出現した大型結界の周辺を、取り囲み始めていた。


「ロバート様があの腐れ巨乳と一緒にいるんです。これ以上の危機はありません」


 立ち上がってまた短刀を構えるココに。


「そうね……結界が出現する前に、結婚がどーとか。あのロリ顔教師から、なんか不審な言葉が聞こえてきてたし」


 リーゼラは同意するように頷き、銃を構えなおした。


「お二人とも、なんだか論点がズレてるような気がしますが……とりあえず落ち着いてください。白昼堂々、帝都城前でこんなことをやらかす連中ですから。まだ罠を仕掛けている可能性もありますし」


 アクセルの言葉にココとリーゼラは構えを解き、心配そうに結界を見つめた。

 音も光も遮断しているその結界から、中をうかがうことはできず、不安は募る一方だったが……


「あれは!」


 ココが指さした方向に、赤い小さな点が複数あらわれ。徐々にその点が大きくなって重なると……熱膨張を起こしたように、結界が膨らみ始める。


「あの場所は……」


 そこはロバートたちが座っていた付近だった。

 リーゼラは応用魔法銃を構えて、ゆっくりとその膨らみに近付いて行く。


「リーゼラさん、危険です!」


 それを引き留めようと、アクセルが慌てて手を伸ばすと……




○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○




「こんな場所で、人質まで取って。お前らの狙いはなんだ? 要求があるなら、俺が聞いてやろう」


 ロバートの言葉に、ローブの男は銃口をさ迷わせ。

「あれがホントに人間兵器?」


 ポツリとそうもらす。

 その隣では、人質になっているエリンがディープブルーの髪を揺らしながら、ヘッドバンキングのような高速頷きをしている。

 エリンの服装は制服ではなく、こちらも体にフィットしたニットだったから。その頷きに合わせて、大きな胸もブルンブルンと揺れた。


 胸の大きな女性の間で、ニットの服が流行してるんだろうか?

 ロバートはその豪快な揺れを見ながら、ふと疑問に思った。


「まあ……仕事が楽になるんなら、それで構わねえ。しかしこんなガキ一人殺すのに、なぜここまで手間かけなきゃいけねえんだ」

 エリンの微妙な動きに少しおどろいたが、ローブの男はブツブツ呟きながら。


「要求はお前の命だ、大人しくあの世に行きな!」

 応用魔法銃の引鉄を引いた。


 ロバートは、また頭の中でなにかが『外れ』るのを感じながら。


「ふむ……狙いは俺の命か」

 シュッと応用魔法銃特有の発射音が響くと同時に、左手を軽く動かした。


「手間が足りないんじゃないか?」


 ロバートがドヤ顔でそう言うと、ローブの男は腹を立てたように銃を乱射する。

 その度にロバートの手がなにかをつかむように動き……ローブの男はそこで初めて、相手が無傷な理由に気付いて、銃を持つ手が震えた。


「あ、ありえねえ……」


 おどろく男に向かって、ロバートは握りしめていた弾丸を放り投げる。


「もう弾切れだろう、次はどうする? 一応忠告しておくが人質に妙な真似をしたら……お前の命は無い」


 ロバートは冷めた笑いを浮かべる。

 どこか頼りなかった少年の顔が、殺人鬼のような表情に変わり。ローブの男は、緊張のあまりカラカラに乾いた口からつばを飲み込もうとして、何度も失敗した。


「お前らのバックはオリス公国か? それとも……。ああ、無理にしゃべろうとしなくていい。お前の記憶に直接聞いてやるから」


 ロバートは左手を広げ、いかくするように魔力をためながら男に向かって突き出した。そして、右後方にいる結界師らしき人物と、そこに近付いたエクスディア家のメイドを再確認する。

 敵は二人。ロバートが攻撃を仕掛けたら、そのスキを狙ってくるだろう。


 タイミングを合わせて、同時攻撃するのが理想だが。


 ロバートの考えを呼んでくれたのか、エクスディア家のメイドがピンクの髪を揺らしながら、軽く頷いた。


 ――よし、行けるな。


 念の為足元のナーシャを確認すると……ボーっと憧れるような表情でロバートを見つめていた。


 ――うん、やっぱりこっちはダメだ。


 ロバートは左手を突き出したまま、目の前のローブの男から死角になる位置まで右手を引いて。エクスディア家のメイドに見えるように指を出し、カウントダウンを始める。


 わざと大きな声で催眠魔法の詠唱を始め、タイミングを取り始めると……


「きゃ!」

 エクスディア家のメイドの悲鳴が聞こえた。


 ロバートは詠唱をキャンセルして無詠唱でローブの男に睡眠魔法を叩きつけ、急いで振り返る。


「くそっ! この手は使いたくなかったが」


 そこにはエクスディア家のメイドの首元にナイフを突きつけた男が、着ていたローブを広げ、その裏にある魔法陣を発動させていた。


 ――あの術式は、自爆? くそっ、魔法陣の各所に魔法石が埋め込んである。この術者の実力と、あの魔法石の威力を総合すると、この店ひとつじゃ済まない。下手をしたら公園全部……いや、帝都城まで巻き込みかねない!


 ロバートはパチンと左手を鳴らし、移転魔法でその男の胸元に飛び込み。エクスディア家のメイドを突き放す。


「この術式はもう発動している! さあ、どうする」

 ローブを広げた男が、狂ったような笑みをもらしながら叫んだ。


――解呪は間に合わない、なら。


 ロバートの脳裏に、魔女キルケの言葉……

『重要な場面で使う魔術は、どんな小さなものでも基本通り詠唱から入れ。無詠唱や短縮詠唱ではいけない。例えどんなに時間がなくても』

 が、よぎったが。


 あせっていたロバートは、移転の短縮詠唱として利用している、左手をパチンと鳴らしてしまう。


「それを待っていた!」


 無詠唱や短縮詠唱の欠点は。威力が縮小する、操作が困難になる……そして、解呪がた易くなる。


「くそっ、解呪魔法ディスペルか!」

 ロバートの魔術が解呪され、自爆の術式とまじり……周囲が亜空間に飲み込まれ始める。


 せめてこの範囲だけでも縮めなくては!

 急いで遮断魔法を展開し始めると……


「ロバート様ああああ!」


 結界の向こう側からリーゼラが飛び込んできた。

 しかも、その後ろにはアクセルまでいる。


「こらなにすんだバカ!」


 閉じてしまった空間のズレを確認しながら……飛び込んできたリーゼラが、離れて亜空間をさ迷わないよう強く抱きしめると。


 リーゼラは顔を赤らめ、グイグイと身体をすりつけて来た。

「ロバート様……す、て、き!」

 


 妙な事を呟くリーゼラを見て……ロバートは振り解くべきか、このまま抱きしめるべきか。深く深く、悩み始めた。

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