14 こ、これは……

 ロバートが酒場の扉を開けると、ガドリンがカウンターでグラスを磨きながら、アクセルと話をしている。


「なあ、まだこの時間は授業中じゃねえのか?」

 後ろの棚にグラスを並べながら、ガドリンが聞いてきた。


「ちょっとした騒ぎがあって、それどころじゃないし……この後、学園に戻れるかどうかも分からない」


 ロバートがうなだれながらカウンター席に座ると。ガドリンは何も言わず冷えた水をロバートの前に置く。


「ロバートさん、学園の件は我々にも情報が入りました。出動要請を受けたそうですが、駆け付けた時にはもぬけの殻だったとか。それから事態を重く見た公安から、歩み寄りがありました」


 きらりと光るイケメンの歯を眺めながら、ロバートが聞き返す。


「公安? どうしてそんな部署ところから」


「まあ、聞いてください。例の違法ポーションの件で、公安は以前から学園に潜入捜査官を派遣してたそうです。連中は、今回のドラゴンの襲撃もまったくの無関係だとは考えていないようで……我々の潜入捜査のことを知っていて、あちらから申し込みがありました。近々公安側の潜入捜査官が、直接ロバートさんにアプローチするとか」


「しかし俺は……」


「それから学園側は、ロバートさんと協力体制を組みたいようですね。今日のドラゴンの件は、情報操作を入れているようですし」


 ロバートが言葉に詰まっていると。


「何でもかんでも自分一人でやろうとするのは、悪い癖なんじゃねえのか? お前の能力は確かに認めるが……少しは周りの人間も信用してやれ」


 ガドリンがロバートの前にドカリと皿を置く。そこにはファスト・ラビットの香草包み焼が乗っていた。


「たのんじゃいないが」

 ロバートがガドリンを見ると。


「最近どっかのお嬢さんが、仕込みの最中に毎日店を訪れてな。お前のことを聞いたり、学園でなにがあったかを話したり。お前が好きな料理を知りたがったり……そいつはお嬢さんに出してやる予定だったが。今日はこれねえって、さっき連絡があってな。良かったら食ってくれ」


 ガドリンは何食わぬ顔でそう言って。

 また棚からグラスを取り出して磨き始めた。


「そうか」

 ロバートがその料理に手を付けると。


「お前は、ひとりぼっちの魔王様のようになっちゃいけねえ。俺は……あの話のキモは、どんなに実力があっても、他人を信頼できなきゃダメだって。そう子供に教える話だと思ってる」


 ガドリンの呟きに、ロバートが首を捻り。

「ひとりぼっちの魔王様?」

 そう聞き返すと。


 アクセルが急に話に割り込んできた。

「それで、例のラブレターを見せていただけますか?」


 ロバートはポケットから魔法石を取り出し、それをカウンターに置く。


「これはロバートさんの言う通り、オリス公国産の魔法石のようですし。術式も魔族特有の癖がありますね。奥にある紋章は……確かにマルセスダのものだ」

 アクセルがそれを手に取り、眺める。


「ずいぶん詳しいんだな。マルセスダの名は有名だが……封印されて以降、関連資料や書物が処分されたり禁書扱いになって。その実態ですら、しっかりと伝わってないのに」

 ロバートは感心しながら、そう答え。


 今までのアクセルの行動や今回の唐突な依頼に不信感を持ったが……

 ――こちらも完全に尻尾を押さえるまでは、気付かないふりをしておいた方が良さそうだな。と、結論付けた。


 そしてガドリンとアクセルが、ロバートから隠れるようにチラチラと視線を交わす。ひげマッチョ・ダンディと爽やかイケメンの微妙なアイコンタクトに、ロバートは一瞬背筋が寒くなったが。


 こちらもスルーした。


「ああ、いえ。今回の潜入捜査の件で、いろいろと調べましたから……それから、この石は預かってもよろしいですか? 正式に調査したら、また連絡します」


 誤魔化すように微笑む騎士服のイケメンを、チラリと横目で見て。

 ロバートは「構わん」と言い放ち、ファスト・ラビットの肉を頬張った。


 そして皿が空になると。


「学園に戻るのかい?」

 ガドリンがぶっきらぼうに聞いてくる。


「その前に、しなきゃいけない事が出来ちまった」

「なら、連絡だけでも入れてやるんだな。お嬢さんは随分と心配していた」


「いらないお世話だ……ああ、それから美味しかったよ」



 ロバートはそう言って酒場の扉をくぐりながら……

 あの二人の愛を応援するべきかどうか、真剣に悩み始めた。




○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○




 ロバートはウンウンと唸りながら悩んだ末。

 通信魔法板でリーゼラを呼び出した。


「ロバート様? 珍しいですね……ご連絡いただけるなんて」

「なぜか知らんが、お前の連絡先が俺の魔法板に入ってたからな」

「ぐっ! その辺りはぬかりございませんから」


 やはり、通信を切ろうかどうか考えこんだが……


「少し遅れるが、寮に戻る。心配をかけたようですまなかった」

 伝えたいことを、なんとか言葉にした。


「そんな、約束したじゃないですか! お力になるって。先ほどもロバート様が龍退治をなさってるときに、覗いてたネズミをつかまえときました。だから安心してください。それから今日は入団希望者が三名も。こちらも着々と進んでます」


「入団希望者?」


「ええ、例の学園内での仲間集めですが。名称が無いといけないと思って、とりあえず『R&L団』という名前で……まだ数名ですが」


「R&L団?」

「はい、ロバート&リーゼラ団です……ロバート様のご希望があれば、他の名前に代えますけど」


 ロバートは、何かが間違っているような気がしたが。それが何だか良く分からなくなってきた。


「まあ、好きにしろ」

「了解です♡ それでロバート様は、今どちらにお見えなんですか?」


 リーゼラの質問に、ロバートは目の前の建物を仰いだ。そこは帝都の貴族街ではさほど珍しくもない、中堅の屋敷だったが。近くで見るとその豪華さは、やはり目を見張るものがあった。


 表札にある『エクスディア伯爵』の名を確認して。


「クラスメイトの家の前さ。野暮用だから、すぐ戻る」

 ロバートは通信を切る。


 あの夜、連れ去られた人形のように美しい少女と、学園内で起きた数々の事件。アクセルが言っていた「この件とドラゴンの襲撃は無関係ではない」が、本当であれば。


 学園内で使用されている可能性が高い違法ポーション。そしてドラゴンに打ち込まれていた、リーゼラに使われていた呪いと同じ術式の魔法石。


「違法ポーションに、オリス公国が絡んでいる可能性があれば……学園にいるリーゼラの身が危ないかも知れない」


 ロバートは正門を通り過ぎ。高さ五メイル程の屋敷の壁沿いを、人の目の届かない場所まで歩いた。


「あいつを守ると約束したからな……」

 そして苦笑いを浮かべながら、軽くその塀を飛び越える。



 屋敷の敷地内を見回すと。正門から続くよく手入れされた庭と、本館と思われる三階建ての屋敷。その奥にある平屋建ての小さな別館と、倉庫が一棟ずつある。


 ロバートは庭の植木の陰に隠れて、探索魔法を飛ばした。


「正門や壁には安価で古い監視魔法具しかないが、あの倉庫の周りだけ……厳重に、最新の応用魔法監視装置が設置してあるな」


 庭の土を確認しても、馬車の車輪が何度も倉庫を往復した跡があった。


「かなり溝が深いから、重い物を何度も運んだ形跡だろう」

 そう呟いて、倉庫へ近付き。


 解錠は苦手なんだが……まあ、この程度の扉ならこっそり壊せばいいか。誰か来たら逃げればいいだけだし。


 ロバートはそう考えて、鉄製の強固な扉を熱魔法で溶かし始めた。

 本人はなにげなくやっているが、高熱でドロドロと溶けてゆく様は、まるで地獄絵のようだ。


 すっかり扉が蒸発すると、ロバートは満足してそこを通り抜ける。


 どうやら倉庫はワインセラーを兼ねているようで。倉庫内には多くの棚があり、きれいにワインのボトルが並べられていた。棚の奥には木箱が積まれていて。その箱には、帝国の各地や国外から運ばれたであろう、運輸証明の刻印や関税の刻印が押されている。


 一番多く見受けられたのが、オリス公国からの輸入刻印。


「大したワインは産出しないはずだが」

 その中の未開封箱を開け、ワインボトルと緩衝材の木くずをズラしながら奥を探ると。


「こ、これは……なぜこんなものが、ここにあるんだ?」


 なぜか大量の女性用下着が出てきた。

 フリル満載のピンク色のパンツをひとつ取り出し、それを両手で広げると。



 後ろから……ゴトリと物音がして。

 ロバートが振り返ると、人形のように美しい少女が佇んでいた。


「へ、変態!」


 美しい少女は、ロバートのその姿を見て。

 ――なにかを確信する。



 ロバートはどう説明したら良いか悩み……ピンク色のパンツを力強く握りしめながら。

 とりあえずクールに、微笑んでみせた。

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