15 ロバート様は覚えて無いようですが

 ロバートが囲まれた警備兵に素直について行くと。


「こちらで、当主がお待ちしています」

 本館の大きな部屋に案内された。


 ロバートが中に入ると、そこはシンプルで歴史を感じる調度品が、よく手入れされた状態で飾られている。

 一目で高級アンティークだとわかる椅子から立ち上がって、にこやかな笑顔で出迎えたのは……四十代半ばの、金髪をオールバックにした目鼻立ちハッキリとしたナイスミドルだった。


 ――どこかあの少女に似ているな、やはり親子なんだろう。

 ロバートはその容姿に、ついつい感心する。


「初めまして、マーティン・エクスディアだ。本来なら私から伺うところだが」


 ロバートは求められた握手に応えようとして。ふと、握りしめていたピンクのパンツの所在に困る。近付いて来た伯爵の、ハンカチが入れられた胸ポケットがちょうど目の前にあったので……とりあえず一枚も二枚も同じだろうと、そこにパンツをねじ込んでから、握手を交わした。


 伯爵は少しおどろいたが、柔和な笑顔を崩すことなく。


「話はいろいろと聞いていたが。ふむ、なかなかユニークで、噂通り大胆だね」


 伯爵は嬉しそうにロバートの肩をポンポンと叩き、テーブルの向かいの席に案内した。部屋の隅に待機していたメイドが椅子を引き、ロバートがそこに座ると。お茶の用意がされる。


 テーブルに座ったのは伯爵だけで「変態!」と叫びながら逃げて行った少女の姿は、ここにはない。


「まずは娘の命を助けてくれたようで、礼を言おう。キミが学園に通い出したと聞いた時から会いたかったんだが。娘や学園側から止められてね……私の立場も微妙なんだよ」


 ロバートは、不法侵入と扉を溶かしたことを怒られると思っていたから。


「なぜ俺がここに来たことを、問いたださないのだ?」

 素直に伯爵に質問した。


「まあ、だいたいの想像はついてる。娘から話を聞いて、失礼ながら私なりにキミのことを調べてみた。学園に問い合わせても、成績や素性に偽りは無いようだし。確かにクライ宰相には、三年前からロバートと言う名の養子がおみえになる。娘の警備を担当しているメイドに、情報を集めさせていたが……今日、キミの部下にあっさりと捕まったようだよ。そのメイドも、それなりの腕だったんだが」


 にこやかにそう語る伯爵に、ロバートは出されたお茶を飲みながら、話の続きをうながすように頷く。


「娘を助けてくれたのなら我が家を疑うのは筋だろう、襲ってきたのは密輸団だ。キミが倉庫で見たのは、公国からの密輸品だよ。もっとも私が行っているのは、公国側が輸出を規制している手芸品なんだがね」


 そもそもオリス公国は、豊富な鉱物と、魔法職人たちによる手芸品や工芸品の輸出が経済を支えている国だった。

 近年のオリス公国の応用魔法機器生産による好景気は、その二つが合わさったものだが。腕の良い魔法職人を確保するため現在公国では、一般的な手芸品や工芸品の生産に規制をかけていた。


「それにドラゴンを討伐してしまうほどの腕だ。その気になれば、家の警備兵などモノの数じゃないだろう。わざわざ捕まるふりをしてくれたんだ。おかげで誰も傷つかなかったよ。重ねて礼を言おう」


 伯爵はそこまでしゃべると、優雅にカップを手に取った。


「なら尚のこと、俺をこのままにしておいたら不味いんじゃないのか? 密輸の件がばれれば、伯爵といえども立場が悪くなるだろう」


 ロバートが不思議に思い、そう聞き返すと。


「その通りだが……キミがこの件を当局に話しても良いと思っている。そもそも密輸団に目をつけられて、この商売も潮時だと思っていた頃だ。連中が手を出しているのは、例の違法ポーションなんだろう? アレは人々の魂を蝕むもので、誰も幸せにならない。私はね、物を見る目と人を見る目には自信があるんだ。手芸品の密輸は、あのような素晴らしい品が規制される事の反骨だったし。ロバートくん、キミなら人々を苦しめる『物』を、この帝都から追い出せるんじゃないのかな。もしそうなら、私が受ける罰など些末なものだ」


 伯爵は自信たっぷりな笑顔を見せる。


 ロバートは、伯爵がどこまで把握しているのか知りたかったが。この手の人物と腹の探り合いをして、勝つ自信もなかったし。伯爵の屈託のない笑顔は、とても嘘をついているようには思えなかったから。


「彼女は……あなたの娘はどこまで知ってるんだ?」

 その事だけを、確認することにした。


「子供たちは何も知らない。娘のスカーレットもレイチェルも、もちろん知らないだろう」


「スカーレットとレイチェル?」

 ロバートが聞き返すと。


「娘は二人いる。キミが助けてくれて、学園で同級生なのがスカーレット。先ほど倉庫でキミを見つけたのがレイチェル。双子なんだよ」


 伯爵は楽しそうにそう答えた。ロバートは学園の少女と、さっき倉庫で見かけた少女を思い浮かべながら。


「素敵なお嬢様が二人もいるとは、父親としても嬉しいだろう」

 感心して、そう答えると。


「まあ気苦労は多いがね……ロバートくんのような、素晴らしいお相手が見付かればよいのだが」

 伯爵は、また柔和な笑みをこぼした。


 ロバートは「それはお世辞だろう」と思ったが。やはり言われて嫌なものではなく、嬉しかったので。何かちゃんとした返答をしようと考え。


「おっぱいもなかなか大きかった、きっといい相手が見つかるだろう」

 そう答えた。


「……おっぱい?」

 伯爵のやや上ずった声に、ロバートは親指を立てて。


「ああ、おっぱい」

 自信満々にそう言った。


 伯爵は困ったように「はははっ」と、笑みをこぼすと。胸ポケットから布を取り出し顔を拭く。



 ロバートはそれを見ながら……

「ダンディな男は、パンツで汗を拭いても様になるんだな」

 と、深く感心した。




○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○




 寮に戻ると。自分の部屋だが……ロバートは、念のためにドアをノックした。

 またあの変態メイドが、微妙な事をしているといけないと思ったからだ。


 しばらくすると、ドアが開き。見覚えのあるグリーンのおかっぱ頭のメイドがひょっこりと顔を出す。


「すまない、どうやら部屋を間違えたようだ」

 ロバートが謝り、引き下がろうとしたら。


「ロバート様、なぜご自分の部屋に入るのにノックを?」

 そう言って強引に左腕をつかまれ、部屋の中に引きずり込まれた。


「あっ! ロバート様、お帰りなさい」

 リーゼラの元気な声が聞こえ。

「ちょうどR&L団の幹部会議を行っていたところです、ロバート様もご一緒してください!」


 近付いてきたリーゼラがロバートの右腕をつかみ。都合、両腕をメイドにつかまれて連行されるようにリビングの椅子に座らされた。


 ロバートが見回すと、そこには……リーゼラと例のおかっぱメイドが左右を固め。正面におでこが輝くプロフェッサーがいる。


「プロフェッサー・バレンシア……なぜあなたがここに」

 一番話が通じそうな相手を選んで、ロバートは質問した。


「うむ、リーゼラくんから事情は聴いた。キミが学園に残りたいと言うなら、微力ながら私も一肌脱ごうと思ってね」


 キラリと輝くおでこを見ながら、ロバートは何が間違っているのか、徐々に分からなくなってきた。


「モーランドと言ったな、どうしてお前まで」

 隣のおかっぱメイドに話をふっても。


「やっぱり勘違いしてますね。モーランドは、あたしが務めてる公爵家のファミリーネームです。あのポンコツお嬢様の事は忘れてらっしゃったようですが……ココです。緑の髪のちっちゃなココ。覚えてないんですか?」


 ……謎は深まるばかりだった。


 相変わらず感情の起伏の感じられないしゃべり方だったが。責めるような目つきは、なかなかの迫力だ。ロバートが申し訳なさそうに首を振ると、なぜかリーゼラが嬉しそうに微笑む。


「ロバート様を監視してたのは、そこの緑のちびっこと……」

「後はエクスディア家の使用人か。そっちは直接当主から話を聞いたよ」


 ロバートがそう答えると、リーゼラは「さすがですー!」と喜んだ。


「しかし、あまり話を広めてはダメだぞ。潜入捜査と言う都合があるからな」

 ロバートはリーゼラに釘を刺した。


「その辺もぬかりありません! 幹部以外はロバート様の素性を隠してますし。この二人は、ロバート様の正体に気付いていた人ですから。……むしろ引き込んだ方が安全かと」


 リーゼラの言葉に、プロフェッサーやおかっぱメイドの顔を見ると。


「校庭にあった魔力残滓を解析したら、以前帝都で起きたベビーフェースがらみの事件で、私が採取した波動と一致してね。慌てて校庭の証拠を消して、この部屋を訪ねたんだ。問い詰める私にリーゼラくんは事情を話さなかったが、私が彼に協力したいと申し込むと。やっと首を縦に振ってくれたんだよ」


 プロフェッサーは、キラリとおでこを輝かせてそう言い。

 隣でうなだれているおかっぱメイドは……


「ロバート様は覚えて無いようですが……あたしとお嬢様は以前からロバート様のことを存じ上げております。ロバート様は覚えて無いようですが……」


 なんだか恨みがましく、ブツブツと呟く。


「プロフェッサー、ありがとう。それから……ココ? いろいろとなんかゴメン」

 ロバートが二人に礼と謝罪? を言うと。


「まあこれで、この学園に三人しかいないであろうS級能力者が集まったわけですから、R&L団も安泰ですね!」


 リーゼラが元気よくそう言った。


「そうか、プロフェッサーはS級だったのか。あの残滓から俺を割り出すのなら、その研究の腕は確かなものだろう。帝国の魔術捜査班でも、そこまでの判別はできないはずだ。それからココがS級と言うのも頷ける。俺があの距離で気配を感じ取れなかったのは、数人だ。そのすべてが名高い能力者だからな。そして……リーゼラ、後ひとりは?」


 リーゼラはニコニコしながらロバートを見つめた。


「ああ、俺のことか!」

 ロバートが、ポンと手を打つ。


「ねえ、ロバート様はあたしのことをなんだと思てるのでしょう」

「欲求不満のエロメイド?」


 リーゼラがガックリとうなだれても、ロバートは首を捻るだけだった。


 そんなロバートと、うなだれる女性二人を見て。



 トミー・バレンシアは、おでこをキラリと輝かせ。

 ロバートが学園で何を学ばなくてはいけないのか……少しだけ、理解できたような気がした。

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