13 ラブレター

 魔術の師、魔女キルケから教えられたのは。

「重要な場面で使う魔術は、どんな小さなものでも基本通り詠唱から入れ。無詠唱や短縮詠唱ではいけない。例えどんなに時間がなくても」


 戦闘と学問の師、聖人ディーンから教えられたのは。

「強大な敵と立ち向かう時ほど、正面から入れ。策を弄するのはそれ以前か、その場で行えば良い。挑戦者ほど正々堂々と相手を威圧しなければ、勝てる勝負も勝てなくなる」


 そんな言葉だった。


 そしてそれは、帝都でベビーフェースの名で仕事をするたびに、重い言葉として実感することができた。


 荒れ狂うドラゴンは、間違いなく帝都で出会った最大の敵。

 しかもドラゴンがこの場所に居ることも。暴れていることも。ロバートには納得がいかないことばかりだ。


 当然、その理由を探しながら。この荒ぶる神を鎮めなきゃいけないわけだが……

 ロバートは自分の瞳に魔力を集中して、もう一度ドラゴンを観察した。


 真龍の魔力の源は、地脈から無尽蔵に吸い上げることが可能な龍力だ。現に、地面からドラゴンに向かって独特の魔力波が流れ込んでいた。しかも全身のウロコは耐魔法・衝撃の高い防御性を帯びている。


 ドラゴンはロバートを見るたびに、歪んだ殺気を放ったり、それを押さえようとするような迷いを見せたりした。違和感の原因はこれだ。


 その理由を探すために、ドラゴンの魔術回路……龍力の流れを確認する。

 ――首におかしな波動の流れがあるな。しかしあんなに派手に暴れられたら、近付くこともできないし。


 そうなると一度大人しくなってもらうしかないか。ロバートはそう考えて、目の前のドラゴンを眺めながら、大きなため息をついた。


 まだ入学したばかりの学園だが、さすがにドラゴンを倒せば注目を集めてしまって、潜入捜査どころではなくなるだろう。


 幸い生徒は避難しているものの、遠くから監視している魔力も感じるし。後ろには、おでこが輝くプロフェッサーもいる。



 なかなか上手く行かないものだな、と。

 ロバートは少し悲し気な笑みをもらした。




○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○




 のんびりと真正面から歩み寄ったロバートに、ドラゴンは咆哮を響かせながら、食いかかるように大きく口を開けた。


 トミーは大きなアイスジャベリンの陰に隠れて、ロバートの背を見ている。もしロバートが危険にさらされるようなら、なんとか助けれないかという思いと。探究者としての魔術的好奇心からの行動だった。


「な、なんてことだ! 魔術を一切使わずにあの至近距離でドラゴンの攻撃を全てかわしている。体術だけでもナーシャくんを上回るのではないか」

 トミーはロバートの動きに思わず息をのんだ。


「しかもあの動きの中で、詠唱を始めて……あれは、ファイヤーボール?」


 ロバートの詠唱が終わると同時に、真っ青な炎がドラゴンを包んだ。

「あんな初歩の呪文で、炎が青みを得ている! 五千度、いや七千度を超えたのか?」


 しかしドラゴンは動きを一瞬止めただけで、無傷で佇み。また大きな口を開け、キョロキョロと辺りを見回し始めた。


「魔力や物理攻撃のほとんどを防いでしまう、龍のウロコの前では。あのメテオのようなファイヤーボールも、効果がないのか。くそっ、ロバートくんはどこに行った!」


 いなくなったロバートを探すように、ドラゴンが数歩前に進むと。まるで切り倒された大木が傾くように……ゆっくりとドラゴンが倒れてゆく。


 ドスンと大きな地響きと共に、ドラゴンは動かなくなり。体のあちこちから湯気のようなものが立ち上がる。


 トミーが目を凝らして、その様子を観察していると。ロバートは倒れたドラゴンの首の上で何かを探していた。


「もしや……ウロコの防御を越えて、龍を蒸し焼きにしたのか? そしてあの仕草は……」


 ロバートがしゃがんで何かを抜き取ると、アイスジャベリンの陰に隠れていたトミーに向かって。


「プロフェッサー、ショーはこれで終わりだ。できれば……この事は誰にも話さないでほしい。入ったばかりの学園を、まだ辞めたくない」


 ポツリとそう呟いて。

 指をパチンと弾き、アイスジャベリンを消すと。龍に向かって短縮詠唱のようなものを呟き……

 ロバートはその場から、龍と共に姿を消してしまった。


 残ったのは荒れた校庭と、信じられないほど高密度な魔力の残滓のみ。



 トミー・バレンシア誰もいなくなった校庭で、今起きた出来事を思い返す。


 突然のドラゴンの襲来に始まり。あどけない、やや捻くれた生徒と会話し。冷酷な殺人鬼のような天才魔術師と出会った。


 ――あの、別れ際の彼の顔はどこか寂しそうだったなあ。


 そしてふと、自分がなぜ教師になったかを思い出す。

 最近は反りの合わないワンマンな学園長とやり合ったり。勉強する気のない貴族の学生に嫌気がさしたり。成績を上げることばかりに熱心で、魔導の真意を知ろうともしない、平民の特待生に呆れたり。


 おかげで自分の魔導研究にのみ没頭していた。


「彼ほどの魔術師が学園に通って、何かを求めている」


 うむ、私は教師の本分を少々疎かにしていたのかもしれんな。

 それに自分の魔導は、まだまだ極めたとは言えないことが良く分かった。少々周りにおだてられて、いい気になってたのかもしれん。



 そして駆けつけてきた騎士に。


「いったい何が……プロフェッサー・バレンシア殿、これは?」

 状況説明を求められ。


「ずいぶん早い到着だね。まあ見ての通りだよ、騎士殿。どうやら我々は、集団妄想魔法にでもかかったのかもしれん。調査は引き続き私が行おう。……せっかく来ていただいたのに、申し訳ない」


 おでこをキラリと輝かせて、そう答える。


「たまたま近くを警備していたので。しかし何もありませんが、恐ろしいほどの魔力の残滓が確認できますね」


 騎士服を着た男が、対抗するように歯をキラリと輝かせた。


「北壁騎士隊が近くを警備? まあ、どうせ言えない事情があるんだろうが……この残滓の件は、学園に任せてくれないか。こちらにも事情があるんだ」


 トミーはそのイケメンの、制服の腕章を確認して。

 そして学園に残った魔力残滓と、イケメン騎士の魔力波動に首を捻った。


 ――魔力波の研究のために、いろいろな波動サンプルを集めたが……これはひょっとして。



 トミーは苦笑いしながら荒れた校庭と騎士に向かって、ため息をついた。




○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○




 学園から最も近い森の奥に、龍と一緒に移転したロバートは。


「さすが真龍……俺のファイヤーボールを喰らって、軽い熱中症になるだけだなんて。まあキミが火属性なのは見当がついていたから、安全のためにそうしたんだけどね」


 一通りドラゴンの体調をチェックすると、大きな怪我を負わなかったことに安どし。水魔法でドラゴンにたらふく水を飲ませると、首をなぜた。


「安心しろ、お前に打ち付けられていた魔法石はもう抜き取った。後は好きにすればいい」

 そう言って、呪術がかけられた魔法石をポケットから取り出して、ドラゴンに見せる。


「ちょっと厄介な術式だな、これは」


 呪いの解析のために、ロバートは魔法石に解析魔法をぶつけ。

 その魔法石の奥にある紋章を見つけた。


「これはあの時、砂漠で。聖人様が見つめていた……」


 ロバートは少し悩んだ後。

 通信魔法板を取り出すと、暗号回線を選びアクセルを呼び出す。


「珍しいですね、ロバートさん。そちらから連絡をいただけるなんて」

 三コールで応えてくれたイケメン騎士に。


「学園生活は思ったより難解でね。今も一風変わったラブレターをもらって困ってるとこなんだ。良かったら相談に乗ってくれないか?」

 ロバートはため息まじりにそう言って、魔法石を日にかざした。


「それはそれは、いったいどんなラブレターで」

 からかうようなイケメンの声に。


「魔法石に込められた、ちょっと複雑な呪いだよ。石はオリス公国産の逸品で、術式は魔族流の古代魔法。内容は俺の命を奪えって、熱烈なやつで……送り主のサインは魔王様だ」


「……そうですか。それで魔王とは、現在の魔族領の大統領ですか?」


 ロバートは会話をしながら、戦闘で『外れ』た何かを取り戻そうと、何度もまばたきをした。

「なにを言っているんだ。封じられたはずの歴代最強の魔王様からだよ」


 通信魔法板を握りしめながらそう言うと。水を飲み終わって少し元気になったドラゴンが、心配そうにロバートの顔面をペロリと舐めた。

 その勢いで地面に落ちた通信魔法板が落ち。


「おいこら、なにすんだ!」

 ロバートがドラゴンを怒ると。


「グルグルグル……」


 ドラゴンはつぶらな瞳をクルクルと回しながら、甘えるように喉を鳴らした。

 ようやく何かが戻って、落ち着いてきたロバートは、自分の背丈ほどあるドラゴンの頭をポンポンと叩いてやり。


「もし学園に戻れなくなったとしても、お前が助かったんだから。それで良かったのかもしれないな」

 クールに苦笑いした。


 ドラゴンの頬が少し赤みを帯びたが、ロバートは熱中症のせいだと勘違いして、新たに水を用意する。



 そして落ちた通信魔法板からは……「まさか! 本当にマルセスダが?」と。

 驚きの声が、もれ聞こえていた。

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