学園潜入

06 迫ってもOKなのよね?

 メイド服の女は部屋に入ると、両手の荷物を降ろし「ふーっ」とため息をもらして、アップにしていた赤髪を解いた。

 ロバートが部屋を見回していると。


「このリビング・ダイニングを中心に、寝室と、書斎と、トイレ、バス。それからあたし用の部屋」


 玄関から続いた、この三十畳ほどの部屋にある扉を、ひとつずつ指さしながらそう説明して、最後に自分を指さし。


「それからリーゼラ・スコセッシ、二十四歳。……あなたのメイドよ」

 背まで流れる赤髪をかき上げ、細い腰をそらしながらニコリと笑う。


 黒を基調としたエプロンドレスの胸元は大きく開いていて、そこから覗く白いシャツが形の良い胸を押し上げている。フレアになったスカートは短く、白のニーソックスより上の絶対領域が、瑞々しい太ももをさらけ出していた。


 酒場で会った時のジミめのメイクではなく、真っ赤なルージュが薄い唇を目立たせ。赤い大きなツリ目と、ハッキリとした鼻のラインが、妖艶な美しさを際立させている。


「どうしてこうなったのか、話を聞かせてもらおうか」


 ロバートはリーゼラと名乗った女をにらみ返し、できるだけ低い声でそう答えた。しかし女はそれを無視して、入ってきたドアまで引き返し。鍵をかけ、その上から更に遮断魔法をかける。


「ずいぶん念入りだな」

「ええ、あたしは昨日ここに入ったんだけど。盗聴魔法具が三つ、盗撮魔法具が五つも見つかったの」


 リーゼラは、部屋にある作り付けの高級な棚の引き出しから、袋を取り出して部屋の中央にあるテーブルに置いた。

 そのテーブルは食事用なのだろう、白いテーブルクロスがしかれ、椅子が二つ並べられていた。部屋の奥にも、背の低いテーブルとソファーのセットが置いてある。どちらも一目で高級だと判断がつく豪華な仕様だ。


「座って話しましょう」

 リーゼラの言葉にロバートが頷くと、リーゼラは椅子を引いてニコリと笑った。


 ロバートは反対側の椅子に座ろうとして……それが自分のために引かれたことに気付き、慌ててそちらに向かう。


「慣れてるな、高級メイドでも食べていけるんじゃないのか」

 照れ隠しで、ロバートが皮肉っぽく呟くと。


「工作活動や潜入捜査が多かったからね。貴族の家でメイドとして活動したのは、一度や二度じゃないもの」

 リーゼラは気を悪くすることなく、ロバートが座った椅子をそっと押した。


 ついでにロバートの首筋に、柔らかい膨らみが押し付けられたが。ロバートは警戒を深めただけだった。過去に何度か色仕掛けに引っかかり、危うくなった苦い経験が脳裏をよぎる。

 だから反対の椅子にリーゼラが座り、ロバートに熱い視線を投げても。ロバートの表情が崩れることはなかった。


「見せてもらおうか」

 ロバートが袋を開けると、幾つかの応用魔法機器が出てくる。


「全てニュー・アキハバーラにでも行けば、手に入る物よ。仕掛けてあった場所にも隠ぺい魔法が施されてたけど、それほど強力じゃなかったわ」


 リーゼラは頑張って色気を振りまいたつもりだったが、ロバートの反応がイマイチだったため、ため息交じりにそう呟いた。


 ニュー・アキハバーラは、超古代文明の影響を受けた『オタク』と呼ばれる若者文化のメッカだ。しかし路地を一本奥に入ると……当局が規制を厳しくしているが、違法応用魔法機器の販売店が、軒を並べている。


「なら趣味でやったのか、おとりだな。この部屋の前の住人は?」

 ロバートは念の為機器を手にする。軽く捜査魔法をかけて回路をのぞいたが、確かにそれは安物の市販品だった。


「このフロアは、貴族寮の最上級エリアなのよ。入寮審査や金額の問題で、五年前からずっと空き部屋だったって。今もこの階には公爵家のお嬢様と、伯爵家の跡取り息子が住んでるだけで。三部屋すべて埋まったのは、何年かぶりみたい」


「五年前ならこの手の魔術回路は……」

「そうね、市販品には使われてないんじゃないかな」


「そうなると趣味の可能性は低いか」

 ロバートは、こんな貧相な男を覗く趣味を持つヤツがいるとは思えなかった。


「そうかしら?」

 しかしリーゼラはからかうように笑って、足を組み替える。


「まあいい、盗聴の件は追々考えよう……それより、なぜお前がここにいるのか、ちゃんと話してくれ」

 ロバートがクールを気取ってそう言うと、リーゼラは嬉しそうにその顔を見つめた。


「そうね、その件ね。はじめに……あなたはあの夜、『後は好きにすればいい』って言ったわよね」

 その言葉に、ロバートが頷くと。


「だからここにいるの」

 リーゼラは自信満々にそう言った。


「順序だてて、ちゃんと説明してくれ」

 ロバートは額に手を当て、顔を左右に振った。


「順序ね……まず、あなたにあった翌日、北壁騎士団に捕まったの。そこでアクセルに会って、事情聴取を受けて。ベビーフェースの事を口外しない約束で、釈放されたわ」


「アクセル?」

 ロバートが聞き返すと。


「酒場であなたといた騎士服のイケメンよ。……あの人、彼はひょっとしたら僕の名前を知らないかもって言ってたけど、ホントにそうなんだ」


 リーゼラは両手で口を隠し「うわー、かわいそう……」と、小声で呟いた。


「この街に来て三年だが、帝国で俺の担当になったのは、やつで十二人目だ。だいたいすぐに辞めちまうから……五人目以降は名前を覚えていない」


 初めは上手く行きそうでも、ロバートの実力ともう一つの顔を知った瞬間、態度が変わってしまう。


「それでも変わらなかったのは、ガドリンと……そう言えばあのイケメンもそうだったか」

 ロバートは心の中でそう呟いて。


「アクセルか、やつは今のところ俺の担当の最長記録を更新しているから。そうだな、名前ぐらい覚えておいてやろう。……しかし、お前は釈放されたんならなぜここにいるんだ?」

 ロバートは、非難の視線を向けるリーゼラに言い返した。


「話の腰を折ったのはあなたじゃない! まあ、名前を覚えてあげるんなら良いけど。……それで、釈放されてもいろいろと問題があるのよ。もう公国には逃げ込めないし、この状態じゃあ、命も狙われるわ。それにどうせ帝国は私をマークするだろうから」


 リーゼラはそこまで言うと、わかったでしょ! と、言わんばかりに話をやめてしまった。


「だからどうしてこうなるんだ?」

 なかなか続きを話さないリーゼラにしびれを切らし、ロバートは聞き返す。


「だから、アクセルにベビーフェースの居場所を教えてって言ったら、この話を教えてくれたのよ。帝国で……いいえ世界中で、ここより安全な場所ってあるのかしら?」


「いくら帝国が誇る魔法学園とは言え、そこまで安全じゃないだろう」

 ロバートがあきれてそう言うと。


「それ、本気で言ってるの? ……この学園の問題じゃないわよ」

 リーゼラはその大きな赤い瞳をさらに見開いて、ロバートを見つめた。


「他に何かあるのか?」

 ロバートがそう言うと、リーゼラは小さくため息をもらして瞳を閉じる。


「なんかいろいろ分かったような、分かんないような……まあいいわ。それよりもう夕食はとったの? ここは食堂に一流のシェフがいて、言えばだいたいなんでも用意してくれるのよ」


 ロバートは今ひとつ話の内容が理解できなかったが……「もう食べてきた」と答えると。


 リーゼラはこれで終わりとばかりに席を立ち。

「じゃあ、お茶を用意するわ。それから、あたしの質問に答えて」


 そう言って、ひらりと踵を返す。

 まったく、一方的で困ったもんだと。



 ロバートは、短すぎるスカートからチラチラと見える紫色のパンツを目で追いながら……深くため息をついた。




○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○




 リーゼラが食堂からワゴンを押して戻ってくると。

「こっちで飲みましょう」


 ソファー・テーブルの上にカップを並べて、お茶を注いだ。ロバートが壁際のソファーに座ると、リーゼラは少し悩んでから、反対側のソファーではなくロバートの隣にストンと腰を下ろす。


「なぜそこに座る」

「あっちに座るとパンツ見えちゃうでしょ。……それとも、そっちの方が良かった?」


 両手でカップを包み込み、上目遣いでそう言ったリーゼラに。

「ここの給仕服はどうしてそんなにスカートが短いんだ」

 ロバートはそっぽを向いてそう答えた。


「支給された服は普通の膝丈だったけど、部屋着用に短いのも作ったのよ。ほら、あの夜の別れ際に、あなたジーッと覗いてたし。さっきも写真撮ったし。胸にはあんまり反応しないから、こっちかなって」


 リーゼラはそう言いながら、自分のスカートの裾をつまみ上げた。


「何度も言っただろう、俺はその手には乗らない」

 ロバートはそれを無視して、お茶を手にする。


「それで聞きたいこととはなんだ」


「アクセルは、潜入捜査の詳細は直接あなたに聞いてくれって言ってたわ。手伝えそうなことがあったら手伝うし。他にできそうなことがあったら、言って。……あたしにできることなら、なんでもするから」


「ずいぶん必死だな」


「その代わりと言ってはなんだけど……あたしの命を守ってほしいの。オリス公国から追っ手がかかるのは時間の問題だし。それをあたしひとりで撃退し続けるのは、どう考えても不可能だもの」


 リーゼラは小声でそう呟きながら、ロバートの腰に手をまわして、身体を預けた。シャンプーの香りと、女性特有の甘い匂いがロバートの鼻をくすぐり。柔らかな二つの膨らみが、ロバートの肩でムニュリと形を変える。


「どうやら命を狙われる原因をつくったのは俺のようだし、このまま追い返すのも寝覚めが悪そうだ」


「じゃ、じゃあ……」

 リーゼラはそう呟いて、ロバートの体の前に身を滑り込ませ瞳を閉じる。するとロバートはカップを持った反対側の手で、パチンと指を鳴らした。


「きゃ!」

 その音と同時に、リーゼラは反対側のソファーに強制的に移動させられる。


 リーゼラはおどろきのあまり、その大きな瞳をパチパチ瞬かせ辺りを確認した。

「……ま、まさか、これは移転魔法?」


「話すより、体験した方がわかり易いだろう。俺がSSS級と言われるのは、その移転魔法が使えるからだ」


 そう言ったロバートの顔を見て、リーゼラの背筋に何かが走る。それはあの夜と同じ、感情の無い殺人鬼のような顔だったからだ。


「俺の能力や、地位や金目当てで迫ってくるなら、次はない」

 その言葉も……先ほどまでのロバートのように、青臭い子供っぽさはみじんも感じられなかった。


「ええ、誓うわ。もう二度と同じような事はしない」

 震えるリーゼラに向けて、ロバートは言葉を続けた。


「潜入捜査の詳細はまだ言えない。ただ、魔王復活を阻止するための仕事だとは……言っておこう」

 そして、ロバートは『外れ』た何かを取り戻すために、大きく息を吸い込む。


「そんな……魔王復活なんて。確かにそんな都市伝説のような噂は耳にしたことがあるけど、信じられないわ」


 徐々に平常を取り戻し始めたロバートが、あらためてリーゼラを見ると……

 反対側のソファーに深く沈みこんで、膝を抱えるように震えている。おかげでスカートの裏地のレースのフリルや、スラリと伸びた瑞々しい太ももや。その中心にある紫色のパンツに包まれた、見えちゃダメな所の、盛り上がった形までハッキリと観測できた。


 ロバートはそこからゆっくりと視線を外しながら、……雑念を振り払い、話の落とし所を探す。


 アクセルから届いた詳細は、実にいい加減なもので。

 魔王復活の抑止力として、ロバートに学園で生活してほしい。もし何かあったら、お互いに連絡しよう。

 ……その程度のものだった。


 ロバートとしても、今までのように近付いてくる人間が『能力や地位や金』目当てばかりでは……師である魔女キルケや、聖人ディーンの心配事が本格化するような気がしてならなかったから。――受けた仕事でもあった。


 夜の城下町で、抱き合う学園生の映像がロバートの脳裏に浮かぶ。

「きっとあれが青春で、今の俺に必要なものなんだろう」

 しかし、それを上手く伝える自信もなければ、話す事自体が今のロバートには恥ずかしかった。

「なら……魔王の話を適当にして、釘でもさしておこう。その間に公国からの追っ手があらわれたら、連中が諦めるよう対処すればいい」


 ロバートは考えがまとまるとリーゼラに視線を戻した。


 リーゼラは自分のはしたない格好に気付いたのか……

 短いスカートの裾を引っ張って股の間を隠し、M字開脚のまま顔を赤らめ、上目遣いにロバートをにらんでいる。


 それはそれでエロすぎるんだが……

 ロバートはそう思ったが、突っ込むのをやめて。


「宰相からの直接命令で、俺が動くんだ。それだけで事の重大性は分かるだろう? 例の馬車の件も絡んでいそうだし。聖国や公国も水面下で動いているのもつかんでいる。案外おまえも心当たりがあるんじゃないか」

 雰囲気を出して、適当な事も織り交ぜながらプレッシャーをかけてみた。


「い、言われてみると……」


 ロバートの言葉に、リーゼラはハッと目を見開いて。

「そう言えば……今思うと……なら……」

 ブツブツと独り言をもらし始める。


 ロバートは、ここで一気にかたを付けようと。


「だからお前程度の実力じゃあ、なにもできない。それに俺はお前の身体を求めてる訳でもない。もしできるとしたら、せいぜい情報収集ぐらいじゃないかな? それもお前一人じゃ困難かもね。まあ、命の保証はしてやろう。そのぐらい大した手間じゃないからな」

 上から目線でリーゼラにそう言った。


「わかったわ、まずは情報収集で……その準備からね。一人じゃ無理ってことは、仲間を集めるってことね。そうね、その方が効果的かも」


 リーゼラはやっとエロい格好をやめたが、テーブルに手をついてグイグイと前のめりになり。ロバートにやたらポジティブな意見を返す。なぜだか眼もキラキラと輝きだした。


「そ、そうだな。まあ、ほどほどにな」

 リーゼラに押されるように、ロバートがちょっと引くと。


「それに……能力や地位や金目当てじゃなければ、迫ってもOKなのよね」

 考え込むように、リーゼラが呟いた。


「そ、そうかな……」

 ロバートは良く分からなくなって、ついついそう言うと。


「ありがとう」

 あの夜見たような、ちょっと何かを探るような仕草で。リーゼラは顔を赤らめながら、小声でそう呟いた。



 ロバートは、そのリーゼラの顔に何かを感じたような気がしたが……やはりそれが何だったのか、上手く理解することができなかった。

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