05 やっぱり紫

 ガドリンと騎士服の男が、カウンターに座ったロバートを必死になって説得すればするほど……ロバートの疑念は膨らんだが。


「とにかく、何か食わせてくれ。三日もろくに食べてなかったんだ」


 ロバートはため息まじりにそう呟いて、話題を他へ移そうとした。うやむやにしてしまうのが、お互いに一番幸せな落とし所だと思ったからだ。


「そ、そう言や、このところ姿を見なかったが。体調でも崩してたのか?」


 ガドリンは疑問に思って、ロバートの顔を見たが……いつも通りの不健康な面持ちだったから、上手く判断できなかった。

 とりあえず、フライパンにハーブと肉を放り込んで、コンロに火をかける。この店の人気メニューのひとつ。栄養価も高い、ファスト・ラビットの香草包み焼をつくり始める。


「俺ぐらいになると数週間は水だけでも生きて行けるし、回復魔術もつかえる。最初に捨てられたのが大森林の『死の森』だったから、そこでいろいろとムチャをやって……毒耐性や異常耐性も高くなった。多少の毒や怪我じゃあ、体調を崩す事なんか無いんだが。たまにスランプというか、どうにも優れない時があるんだ」


 死に至る病……魔導の師、キルケはそう言ったが。ロバートはこのスランプとそれが関係しているのか。そもそも死に至る病とは何のことか。


 ――今ひとつ理解できていなかった。


「死の森でムチャって……いったいなにをしたんですか?」

 やっと呼吸が落ち着いてきて、平常を取り戻したイケメン騎士服の男が、にこやかにそう言った。


 ロバートはその笑顔に、少し震えながら。

「生きるために食べ、生き延びるためにさ迷っただけさ。もっとも俺はまだ三歳だったから、いろいろと大変だった……それだけのことだ」


 なんとか、クールにそう呟いた。先ほどこのイケメンに体のあちこちを触られたのが、今でも気になっている。


 ……愛の形はいろいろあると師からも聞いているし、差別はいけない。広い心を待たなければ。ロバートは心の中でそう呟きながら、なんとか心を落ち着けた。


「生きて帰ることができねえって森を、三歳でねえ。まあ、お前らしい話だが」


 ガドリンは苦笑いしながら、出来上がった料理をロバートの前に置く。

 相変わらずの無表情のまま、ロバートが料理をむさぼるのを見ながら、ガドリンは口の端に少し、笑みを浮かべた。

 ロバートは笑顔を浮かべたり、美味しいと言ったりしないが。急いで食べる仕草は料理を気に入ってくれた証拠だと、ガドリンはこの三年の付き合いで知っていたからだ。


「ちょうど良かった、お前から以前預かった瓶の解析結果が出た」


 ガドリンがそう言って、料理の横にメモを置き。イケメン騎士男へ目配せする。

「詳細はそいつから聞いてくれ」


 ガドリンの目配せを受けて、イケメンがキラキラスマイルをロバートに発射した。それを見て、料理を戻しかけたが。ロバートは瓶の解析結果を聞いて、水を一口飲み。


「最近帝都で噂になってる変死体は……そいつが原因じゃないのか?」

 そう呟いた。


「その可能性は高いですね。でもこの件は公安部の預かりになってて、こっちまで情報がまわってこないんですよ」

 騎士服の男が声を潜めてそう言うと。


「公安が動くってことは、テロか……帝国外の国からの何かがあるってことか」

 ガドリンも同じように声を潜めた。


 ロバートは二人の会話を聞き流しながら、また料理に手を付けた。どこの部署が動くにせよ、調査が進んで解決に向かうのならそれでいいと考えたからだ。


「それより、この件とは別で。以前相談した依頼を聞いてくれませんか?」

 騎士服の男の言葉に、ロバートは少し悩んでから無言で頷いた。


「まあ、部屋で寝ててもこの病は治りそうにないからな。気晴らしには、ちょうどいいだろう」


 そして、ロバートなりのニヒルな笑いを浮かべる。騎士服の男が待ってましたとばかりに、学園潜入捜査の話を進めると。


「わかった、引き受けよう。あの瓶の件にも学園が絡んでるような気がするからな……で、その潜入捜査の目的はなんなんだ?」


 珍しくロバートが快諾したから、騎士服の男は口をぼんやりと開け。

「あ、ああ。詳細はいつものように通信魔法板に暗号化して送るよ」


 まさか急に話が進むとは思わず、少し慌て。しまったな、調査内容までは考えてなかった……と、心の中で後悔した。


「どうせまだ客は来ない。大枠でいいから話してくれ」

 しかしロバートは、この話に乗り気だった。


 脳裏には、抱き合う学園の生徒がチラつき。魔術の師である大森林の魔女キルケの言葉も聞こえてくるような気がしていた。


 ――今俺に必要なのは、ああ言った青春ってやつかもしれない。


 ロバートはそう考えて、口いっぱいにファスト・ラビットの肉を詰め込みながら「ふふっ」と、微妙な笑みを漏らした。


 それを見たガドリンと騎士服の男は、顔を見合わせる。


「えー、あー、そ、そうだ」

 きょろきょろとガドリンに目配せする騎士服の男を、ロバートが不審そうににらむと。


「言い難いんだが……その。魔王かな?」

 騎士服の男がそう言って、助けを求めるようにガドリンを見た。


「まったく、素直に言えばいいだろう」

 ガドリンはそれを受けて、豪快にため息をつく。


 首をひねるロバートに。

「いや、ここだけの話なんだが……魔王復活の気配があってね。その、どうも魔法学園が怪しいようなんだ」

 騎士服の男がたたみかけるように説明する。それを見ていたガドリンは、やれやれとばかりに首を左右に振った。


「魔王復活と言うと……歴代の誰かが蘇るのか?」

 状況が理解できなかったロバートが、そう確認すると。


「そうだね、えーっと、マルセスダだったかな……」

 自信なさげに、どんどん小さくなる騎士服の男の声に。


「あの歴代最強と言われるマルセスダが?」

 ロバートがもう一度確認すると、騎士服の男は完全に目をそらし。ガドリンはもう一度深いため息をついた。


「なあロバート。魔王はどうでもいいが、俺はお前が学園に通うのは賛成だ」

 ガドリンの言葉に、ロバートは不思議そうに聞き返す。


「魔王がどうでもいいのか」


「ああ、この際どうでもいい。大切なのはお前が学園に行く事なんだ。そうすれば皆が幸せになれると、俺は信じてる。だから細かい話は置いといて、お前が興味があるんなら、受けてくれねえか」


 ガドリンはロバートの目を確りと見て、ゆっくりとそう話した。その真摯な態度に、ロバートは何か温かいものを感じ。


「わかった」

 コクリとそう頷く。


 そして相変わらずあたふたしている騎士服の男に。

「じゃあ、詳細は通信魔法板に送ってくれ」

 そう言い残して、席を立ち。


「ガドリン、こいつはなかなか美味いな。ありがとう」

 ロバートは珍しく料理の礼を言って、店を出た。



 「リン、リン」とドアベルが鳴ると。酒場に残った二人の男は、それぞれの思いを込めて……大きく「ふーっ」と、息を吐きだした。




○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○




 それから、三日。

 急ピッチでロバートの入学手続きと、引っ越し作業が行われた。


 元々荷物を持たないロバートの、アパートの引き払いは楽な作業だったが。逆に学園で必要だと思われる物もなく、それらを買いそろえるのに時間がかかった。



「古い通信魔法板でも問題ないが」


 学園の寮に移動する馬車の中で、ロバートは前の席に座って、イケメンスマイルをまき散らす騎士服の男に、不満を述べる。


「それはガドリンさんからの入学祝なんですよ。最新の林檎製通信魔法板は人気なんで、なかなか手に入らないんですよ」


「どうせ、高いんだろう? 俺の報酬からこいつの値段を、ガドリンに振り込んでおいてくれ」

 ロバートがすねたようにそう呟くと。


「そう言うのは、喜んで受け取るのが礼儀なんですよ。ありがとうと言ってたって、伝えておきますね」


 騎士服の男は楽しそうにそう言った。ロバートがそこから目をそらして、馬車の外を見ていると。


「今晩は入寮と荷物の運び込みだけです。あす正式に入学手続きを取ってください。それから名前はロバートで良かったんですか?」


「構わない、どうせその名前も偽名みたいなものだ。ただキルケが付けてくれた名だから……愛着があるだけだ」


 窓の外を見ながらそう言い放ったロバートに、騎士服の男は笑みを漏らした。


「こちらが推薦状です。魔法学園は貴族の子女と平民の特待生が混合して学んでますが、ロバートさんは貴族の子女扱いにしました。変に能力が高いのがばれても、問題がありそうですし」


 ロバートが推薦状に目を通すと、そこには推薦者と保護者の場所に『クライ・フォルクス』と署名されている。


「いいのか? 宰相の名前をこんな事に使って」

 ロバートが吐き捨てるように呟くと。


「宰相閣下は、ロバートさんの本当の養父じゃないですか。この学園入学も、閣下は大変喜んでおりました」


 ロバートが騎士服の男になにか言おうとしたら、ちょうど馬車が止まる。


「他に何かわからないことはありますか?」

 騎士服の男の言葉に、ロバートは言葉を飲み込み。首を横に振った。


「じゃあ、その新しい通信魔法板に随時連絡します。そちらでも何かあったら、そこから連絡ください。それから貴族寮は各部屋に一人、使用人がつきます。それもこちらで手配しましたから……まあ、仲良くやってください」


 騎士服の男の笑みが、なんだか少し楽しそうなのを見て。ロバートは絶縁状態にある養父との仲をからかわれたと思ったが……


 馬車から降りて、荷物を降ろしていると。メイド服を着た女性が建物から出てきて深々と頭を下げた。

 そこでやっとロバートは、騎士服の男の笑いの意味に気が付く。


「おい、こら!」

 走り去る馬車に向かってロバートは怒鳴ったが。


「じゃあ、よろしくお願いしますね」

 騎士服の男は窓から手を振りながら、キラキライケメンスマイルを振りまくだけだった。


 呆然と立ち尽くすロバートに、メイドが声をかけてくる。

「ご主人様、お荷物はこれだけですか? ではお部屋までご案内いたします」


 その声から感情はうかがえなかったし、大きなツリ目は無表情にロバートを見ていた。


「なんでお前がここにいるんだ……」

 ロバートがそう聞いても、メイドはその言葉を無視して。短すぎるスカートの裾を少し引っ張っただけだ。


「とにかく。ここではなんですから」


 事務的なメイドの言葉に頷きながら、ロバートは受け取ったばかりの通信魔法板に魔力を通し。あの騎士服の男にクレームを入れようとしたが。


 なれない最新機種のせいで。ちょうどロバートに背を向け、前屈みになって荷物を持とうとしていたメイドにパシャリと通信魔法板のシャッターを下ろしてしまう。


「いや、こ、これは……その、操作ミスで……」

 バッチリと写ってしまった、短すぎるスカートの中身にロバートが慌てると。


 メイドは無表情のまま荷物を降ろして近付いてきて、通信魔法板を覗き込み。


「あら……」


 そう呟いて、唇と唇が触れる寸前まで顔を寄せながら。白魚のような人差し指で、そっと画面にあらわれた『保存』のボタンを押した。


「では、ついて来てください」


 そしてもう一度、見せつけるように腰を突き出して荷物を持ち上げ。ゆっくりと歩き出したメイドと、通信魔法板の画面を交互に見ながら。



 ああ、やっぱり紫なんだ……と、ロバートは心の中で呟いて。学生寮の入り口で、立ち尽くした。

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