03 紫のパンツの女

 ロバートは拘束魔法で女の手足の自由を奪うと、時計塔の陰に引きずり込んだ。女が着ていたグレーのローブをナイフで切り裂き、剥ぎ取る。

 チェックすると、想像通りあちこちに高価な魔法石や、応用魔法回路が施された耐衝撃・対魔術の高級品だった。


 その作業が終わってからスリープ魔法を解除し、切り裂いたローブを見せながら、女に話しかける。


「なかなかオシャレな逸品だけど、冒険者のおねーさんが買える品物じゃないよね。どこかに素敵なおじ様でもいるのかな? それとも何か副業でもしてるの?」


 そのしゃべり方も表情も、普段のイケてないロバートとは違い。猟奇殺人犯か、手練れの暗殺者のようだ。


 女は感情が一切消えたロバートの顔におどろいたままで、言葉が上手く出ない。動きにくい手足をなんとか動かして、座り込むのがやっとだ。


「そ、そうね……む、昔の男に貢がせたのよ」


 震えながらレンガ造りの壁に背中を預ける魔術師の女。ローブを脱がされた姿は、肩ひもタイプの胸の開いた膝丈の黒いワンピースに、編み上げの黒のブーツ。こちらも同じように高価な魔法石や、応用魔法回路が施されているだろう。ロバートはそう考えて、ナイフを女の頬にあてる。


「面白い話だけど、俺ですら見たことがない応用魔法装置が施されてるし。そのローブも銃も、使用してる魔法石の値段だけで帝都に屋敷が立ちそうだ。こんな金満で最新の装備をしてるのは、帝国の正規軍を覗けば……最近景気の良い聖国か、オリス公国の辺りの工作員ぐらいじゃない?」


 ロバートが女の手足にかけた拘束魔法は比較的軽いもので、力を入れればゆっくりとだが動かすことができた。ロバートは経験から尋問や拷問をする時は、できるだけ自由にしてやり、わざと逃げ道を作った方が確実だと考えている。


 人間、微かにでも希望があれば、それにしがみつこうとするからだ。例えそれが、災難を広げる結果になろうとも。


 だから無理に拘束を強めたり、苦痛を与えたりせず。ロバートは徐々に危険な逃げ道に追い込もうと、ナイフを突きつけたまま言葉を続けた。


「どこの国の工作員かは特に興味がないんだ。目的さえわかれば逃がしてやってもいい。しゃべり辛いんだったら、首を縦か横に振るだけでもいい。ただし俺がウソだと思ったら、このナイフが動く」


「ま、まって! あたしは工作員なんかじゃ……」


 そこまで言ったところで、右手で握ったナイフを女の頬の横で軽く振る。アップにまとめ上げられていた赤い髪がほどけ、カチャリと音をたてて小さな金属片が髪の中からこぼれ落ちた。

 ロバートは空いた左手で魔法を使ってその金属片を拾い上げる。


「よくできた通信魔法機器だね、こんな物どこにも売ってないよ。それから今のは一問目のサービスで軽くしといたけど、次はもっと深く……回復魔術でも治療できない特殊な傷になるから」


 ほどけた真っ赤な髪のせいで、女魔術師の妖艶な色気が増した。頬を伝う一筋の血も、その美貌を引き立てる。

 しかしロバートは無表情のまま淡々と尋問を続けた。


「じゃあニ問目、あの騎士団の坊やを尾行してた?」

 女が諦めたような顔で頷くと、ロバートは質問を続けた。


「あの馬車を見つけたのは偶然?」

 もう一度頷くのを確認して。


「仲間は近くにいる?」

 そう質問したら、首を横に振る。


「良いね、素直で。じゃあ最後の質問……依頼主の目的はなに?」


 その言葉に、女は歯を食いしばった。まだ早かったかな? ロバートは心の中でそう呟いて、もう少し女を追い込もうかどうか悩み。


「おねーさんの未来は二つしかない。ここで最後の質問に素直に答えて解放されるか、体に直接聞かれるか、どちらかだ。でもね……直接体に聞く魔法は、二度と正気に戻れなくなるから、お勧めはできない」


 そう言ってしゃがみ込んで震えている女魔術師の、黒いワンピースの肩ひもを、ナイフで切った。


 ハラリと黒いワンピースの右側がめくれ、ストラップの無い紫色のブラと、大きな胸の谷間が露出した。今まで無抵抗だった女が、必死に胸元を隠そうとする。

 しかし露わになった右胸ではなく、左側を手で押さえたことにロバートは違和感を覚え。


「なにを隠そうとしている」


 残った肩ひももナイフで切り裂き、女の手をどけさせた。黒のワンピースはしゃがんでいた腰の位置までストンと落ち、上半身は紫のブラジャーだけになる。羞恥に歪んだ女の顔を眺めながら。


「それは『戒めの奴隷』の刻印か」


 ロバートは女の左胸、ちょうど心臓の上にあらわれた魔法印を見た。


「す、好きにすればいいさ。――しゃべればこいつか稼働してあたしの命はなくなる。あんたがどんな魔法を使って聞き出そうとしても、同じことだしね」


 それは帝国でも禁呪として使われなくなった魔法。はるか昔に、能力の高い奴隷を酷使するために、特定の命令に逆らうと命を奪うようかけられた呪いだ。


「今どきこんなものを使うのは……やはり、オリス公国の工作員か」


 女はただ顔をそらしただけだが、それは肯定と考えてよかった。


 超古代文明の技術が解析され、発展すると同時に、その頃の文化思想も世に大きく影響を及ぼし始めている。政治の世界に、民主主義思想が。また人権という考えも一般化しはじめ、一部の国や地域を除けば、奴隷制度自体が禁止されている。さらに国際社会は『戒めの奴隷』を人道的思想から、禁呪指定している。


 しかし、帝国を中心とした国際連盟から脱退しているオリス公国では、奴隷制度も。この『戒めの奴隷』も。――今だ現役だ。


「これ以上の情報の収集は諦めるのね。この戒めはオリス公国でしか産出しない特殊な魔法石を利用して、古代魔法でかけられた呪いだから……解く事なんてできないわ。以前同じ状態の工作員が、あの最先端の魔法化学で有名な聖国で、解呪を試みたそうだけど。枢機卿を含む腕利きの高位神官が数人、失敗して一緒に命を落としたって」


 そう言った女の顔は、ロバートが良く知るすべてを諦めた顔つきだ。


「よく見せろ」


 女の左胸のブラジャーを半分ズラし、魔法印を読み取る。どうやらそれは、普段は見えないように隠ぺいされているらしく。女が呼吸するたびに消えたり浮かんだりする。


「あ、あんた、酒場にいた子ね? 女の胸がそんなに珍しいの……さっきまでは無表情で不気味だったけど、今は少しだけ可愛らしいわよ。な、なんならおねーさんが、良いこと教えてあげようかしら」


 女はそう言うと震えている膝をなんとか開いて、ロバートに太ももの内側とその奥の紫の下着を見せつけた。微かな希望にすがり、色仕掛けで窮地を逃れられないかの賭けに出たのだろう。唇は震え、声もたどたどしい。


「あいにく嫌がる女を抱く趣味はないんだ。それにハニートラップは飽きるほど受けてきた。もううんざりなんだよ」


 それはロバートの本音だ。だからその白くて瑞々しい太ももを無視して、解析を続ける。


 感情が戻ってきたのも、別の理由があった。私利私欲で人を殺す者や、自分の判断や責任をもって人を殺す者。それらの命を奪うことに対しては、何の感情も抱かなかったが、そうではない者。例えば目の前の女のように、それを強制されていた者に対しては。


「決して殺したり、危害を加えてはいけない」

 そう……師に教えられたため、自分の感情をコントロールしている。


 それにどんな意味があるのか、ロバートはまだ完全に理解できていなかったが。師は「それは君のためだから」と言っていたし。

 その言葉を守り始めてから、何かが変わり始めたような気がしている。


「……これならいけるな。少し苦痛を伴うかもしれないが、我慢しろ」

 解析が終わったロバートがそう呟くと。


「ちょ、ちょっと待って……なにをする気なの? さっきも言ったけど、これは……例え帝国最凶とうたわれるSSS級の魔導士、ベビーフェースでもきっと不可能よ」


 あせる女に対し、ロバートはニヤリと笑って。


「試してみるか?」

 そう呟く。


「酒場でも耳にしたけど、ひょっとしてあんたベビーフェースの関係者かなにかなの? それとも彼が近くにいるの? そ、そうね。考えてみれば……あの馬車の傭兵崩れを制圧したり、あたしの銃撃を避けたり。彼がどこかにいてサポートしてるとか……」


 ロバートはその言葉を無視し。

 女の左胸に手を押し当て、一気に魔力を流し込んだ。


「くっ! あ、あああっ」


 女はもだえるようにビクンと大きく背をそらし、手足をケイレンさせる。そしてピクンピクンと数回、波打つように体を震わせた。


 ロバートは女の意識がちゃんと戻ったのを確認すると。


「これで自由だ、後は好きにすればいい」


 胸から抜き取った魔法石を、女に向かって放り投げた。

 女は呼吸を整えながら自分の身体を何度も確認し、落ちていた魔法石を見て、その大きな瞳をさらに見開く。


「……そんな、バカな。たった一人で、こんな短時間で。まさか、本当に……ベビーフェース……」


 感情の戻ったロバートは、赤い髪を振り乱し、半裸で薄っすらと汗をかいている女から、そっと視線をそらした。その突然な紳士的態度におどろきながらも、女は落ちていたローブを拾い上げて立ち上がる。


「なぜ助けたの、いったいなにが狙い?」

 背に女の声を聴きながら。

「ただの気まぐれさ」

 ロバートはクールにそう呟いたが。


「そ、そう……」


 なぜか女の、戸惑ったような超えが聞こえてきた。


 大通りでは止まっていた馬車の横に、別の高級馬車が一台近付いて来た。その馬車の客車から、一人の少年が飛び降りる。

 すると意識を失っていたあの少女も客車から飛び降り、二人は抱き合った。

 ロバートはそれを見て、何かが自分の心の中でモヤモヤと疼いたような気がしたが……


 ――それが何なのか、上手く理解できない。


「あの馬車の紋章はブルーフィル子爵家の物よ。あなたが助けた女の子は、エクスディア伯爵家の二女だから……あの二人は恋人同士かもね。確か同じ帝国魔法学園の生徒よ」


 ロバートの耳に、衣擦れの音と共にそんなささやきが聞こえてきた。


「まだいたのか」

「あの無表情で殺人鬼のような顔と、そのイタい感じの坊や顔と……どっちが本物のあんたなの?」


 振り返ると、切り裂かれたローブを着こんだ女が、苦笑いしながら立っている。

 そして女は、ロバートの瞳を覗き込むように凝視した。


「あまりのんびりしてると、また痛い目を見るぞ」

 ロバートがため息交じりにそう言うと。


「本当に開放するつもり? ベビーフェースはそんな甘い男じゃないって聞いてたけど」

 女がたどたどしい口調でそう呟く。


「さて、誰のことかな」

 ロバートはニヒルに言ったつもりだが、女はさらに苦笑いを深くして、一歩さがった。


「あたしが受けた命令は、ベビーフェースの特定。可能であれば暗殺よ」

「そうか、もしベビーフェースに会うことがあったら伝えておくよ」


「もっとも、もうそんな命令に従う気はないけど」

「なら急いでここから去るんだな。どこで誰が見ているかわかったもんじゃない」


「じゃあ、お言葉に甘えて……」

 女はそう言うと、ロバートから視線を離さずズルズルと後退りする。


「どうしたんだ」


「んー、やっぱりわからないわ……その態度も、あの抱き合うお嬢様達を見ていた態度も。さっきと全然違うんだもの」


 女はもう一度ロバートを眺め、首を傾げると。

「と、とにかく……ありがとう」

 そう、顔を赤らめながら小声で呟き。


 ヒラリとローブをひるがえして、時計塔の隣にある建物の屋根に飛び乗った。

 走り去る女のスカートから、チラチラと見える紫色のパンツを眺めながら。



 ロバートは、やれやれ……と、心の中で呟いた。

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