02 人形のように美しい少女のおっぱい
真夜中の城下街。
一台の馬車が、暗闇に紛れるように大通りをゆっくりと進んでいた。
「んっ……」
他に人影はなく。
馬の蹄と馬車の車輪が土を蹴る音だけが静かに響いている。
「んー、んんー」
ロバートが建物の陰から馬車に忍び寄ると。客車から漏れ聞こえる少女の声を微かに聞き取ることができた。赤髪の女は……ロバートが身を隠した建物の反対側にそびえ立つ、レンガ造りの時計塔の屋根の上に移動している。
「狙撃が目的なら、良い位置取りだ」
馬車は貴族が好んで使う高級仕様。しかし御者台で馬を駆る男は、使い古された鎧を着こんだ野暮な大男で、どう見ても傭兵か盗賊にしか見えない。しかも漏れ聞こえる少女の声は、口を縛られた状態でもがいているとしか思えない。
ロバートは少し悩んでから、時計塔の女から死角になるよう走り、馬車の扉に飛び移る。御者台の男からもその姿は確認できなかったようで、馬車は依然と闇の中を進んでいった。
ロバートが中を覗くと、案の定縛られた少女が一人。口元と手足を布で縛られ二人掛けの椅子に寝転がらせている。
そして反対側の椅子には、それを監視する男が一人。合計二人が馬車の中にいる。念のため馬車の周囲を確認したが、人影はない。
縛られた少女は、ウエーブのかかった金色のロングヘアーに、ハッキリとした目鼻立ち。色白い肌は暗闇の中でも映え、クリクリとした大きな青色の瞳。やや垂れた大きな目は童顔だったが、年の頃はロバートと同じ十代中頃だろうか。フリルがあしらわれたピンクのワンピースも、少女の純情なイメージに良くあっている。
その姿はまるで、一流の職人が丹精込めて仕上げた精密なビスク・ドールのようだった。
もがくように動いていなければ、ロバートも人形と間違えたかもしれない。
「やっと大人しくなったか……あんたみたいな綺麗な娘に乱暴なんかしたくないんだが、これも仕事なんでね、悪く思わねえでくれ」
そう呟いた男は、やはり傭兵のような格好をしていた。男は懐から小瓶を出すと、少女に向かって語りかける。
「こいつを飲まして、あんたを指定の場所に降ろしたら俺たちの仕事は終わりだ。安心しな、命まで取りはしない」
ロバートはその言葉を聞き終えると、そっと馬車の扉を開けながら。
「ちょうど良かった、急いで酒場を後にしたから飲み足りなかったんだよ。そいつを俺にくれないか」
雰囲気たっぷりにそう呟いた。
本人はこれ以上ないぐらいにクールにキメたつもりだったが……子供っぽい声に痩せて貧弱な体形、おまけに安っぽいローブを頭から被っていたせいで、まったく迫力がない。小瓶を持った男の脳裏には、昔観た孤児院のお遊戯がふと過ぎったほどだ。
「おい小僧、なんでこんな所にいるんだ?」
その言葉は、虚勢でもおどしでもなく素直な疑問だったが、ロバートはそうとは受け止めなかった。さらにロバートは格好をつけて、ゆっくりとフードを払って素顔を見せる。
小瓶を持った男と、縛られた少女の顔が歪む。
もちろんそれはロバートに対する恐怖やおどろきのせいではなく。男はなぜこんな小僧が……と、さらに疑問が膨らみ。少女は自分が助かるのではないかという微かな希望を、潔く捨てただけだった。
普段のロバートならフードを外さずに一気にケリを付けていたが。同い年ぐらいの美少女の前で良いところを見せたくなり、ついついやらかしてしまった。
相手は貴族の娘だ。なら今後会うこともないだろうし、顔を知られたとしても名前や素性まで分かるはずもない。男は……面倒になりそうなら、殺せばいい。
しかしロバートはそう考えて、普段なら略式の高速詠唱で済ましてしまうスリープ魔法を、オーバーアクションで唱え始めた。本人はどこまでも格好良いつもりだったが……
さらにお遊戯感は増し、男は思わず吹き出しそうになり。少女はその痛々しい姿に、いろんな意味で涙をにじませた。
「使えもしねえ魔法なんざ唱えてどうする? それがBクラスのスリープ魔法だってのは、俺だってわかるぜ」
男はそう呟くと瓶を懐に戻して、余裕たっぷりに腰に下げていた応用魔法兵器の銃を手に取った。もしこの貧相な少年がスリープを使えたとしても、五分以上詠唱に時間がかかるBクラス魔法が発動する前に、少年を殺す事ぐらい簡単だと考えたからだ。
魔法はFクラスに始まり、上位になればなるほど魔力が必要になり、操作も困難になる。
E・Fクラスの魔法を初級、C・Dクラスの魔法を中級、A・Bクラスの魔法を上級と呼び。一般的な中堅の冒険者や魔法兵で、CDクラスの中級魔法を使うのがやっとだった。
そのためFクラスの魔力さえあれば、詠唱も魔力操作も必要なく相手を瞬時に殺すことができる応用魔法兵器が主力に変わりつつある。
ロバートは向けられた銃口を見て「せっかく盛り上がってきたところなのに」と、心の中でため息をつく。そしてオーバーアクションで唱えていたスペルをキャンセル。いつも通りに、オリジナルの略式詠唱を高速で唱えた。
わずか1秒にも満たない時間で完成したスリープ魔法を、目の前の男に放つ。騒ぎを聞きつけた御者台の男が客車を振り返ったが。ロバートは慌てず、同じようにスリープ魔法を発動させて眠らせた。
少女をどうしようか悩みつつ、ロバートがそちらを見たら……今の騒ぎで気を失ったのか、瞳を閉じてぐったりとしていた。
御者台の男も眠りについたせいで、馬車が止まる。
少女を確認すると、ピンクのワンピースの下には、ブラジャーを着けていないのか、痩せているのに意外と大きな胸の形がハッキリとわかる。縛られた口と手足も、どこか背徳的な色気を醸し出していた。
大きな二つのおわん型の膨らみと、乱れた太ももの奥から除く白いレースの下着に目を奪われたが……
ロバートはゴクリと唾を飲み込んだ後。少女の首筋に手を当て、脈拍が正常なのを確認すると、ローブに仕込んであったナイフで少女の拘束を解き、乱れた服装を直した。
なぜだかそれは、決して汚してはいけない尊いものだと思ったからだ。
そして男の懐から小瓶を抜き取り、自分のポケットにしまい込む。
「さて……あとはあの魔術師の女だが」
ロバートが侵入した反対側の扉の窓から外を覗くと、女は既に時計塔を降りていて、馬車に向かってゆっくりと近付いて来ている。
やはり女は杖をライフルのように構え、こちらに標準を合わせていた。
○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○
杖の先端には銃口と思わしき筒があり、後から取り付けたであろう魔法
「……厄介だな、連射可能な長距離銃か」
そして馬車から十数メイル離れた場所で、歩みを止めた。
銃を代表する応用魔法兵器が一般化して以降、戦闘スタイルは大きく変わった。魔法剣士が主戦力だった頃は、単純な剣での戦闘と魔法のアシストだったが、今では距離の取り合いが勝敗を大きく左右する。
そのため長距離射撃が可能な魔法の多くは解析され、鎧やローブに対策魔法をあらかじめ施すことが一般的になっていた。
ロバートは傭兵たちが持っていた拳銃型の応用魔法兵器に目を落としたが。
「こんな粗悪品の銃じゃあ、あの距離まで標準が合うかどうか怪しいし。俺の魔力で無理に距離を伸ばしたら、暴発しかねないな。……あの女の装備なら、長距離魔法も対策されてるだろう」
それを手に取ることをあきらめ、ローブの懐に仕込んだナイフの数を確認した。
「この暗闇で、あの距離……師匠なら難なくナイフを当てるだろうが、俺には無理だな」
なら、距離を詰めるしかないだろうと。ロバートはローブに簡単な防御魔法をかけると、扉を開けて馬車から降りた。
「止まって! 手を挙げて動かないで」
魔術師の女がロバートに向かって指示を出す。ロバートがゆっくりと両手を上げると、女はスコープを調整しながら、何かを確認した。
「かなり強力な防御付与が施されてるね、安物のローブだからって油断してたわ! 3月の寒空に申し訳ないけど、それを脱いでもらえないかしら」
ロバートはこの女が少女を誘拐した賊の仲間かどうか悩んでいたが、それは無いだろうと判断した。ローブの魔法を見抜いたスコープは、魔法解析が可能な高級応用魔法兵器だ。さっき見た安物の拳銃とは比べ物にならない。女の動きも賊に比べて洗練されている。
そして一番の理由は、踏み込んできたタイミングの遅さだ。
もし仲間だったら、ロバートが馬車に侵入すると同時にいかく射撃ぐらいはしたはずだ。
いくら死角から入ったとはいえ、あれだけ馬車の中で暴れたんだから、あのスコープと女の腕から推測すれば……もっと優位な展開はいくらでも望めたはずだ。
そこまでの考えがまとまると、ロバートは素直にローブを脱ぐ。
「もっとゆっくり、変な動きはしないで!」
適当にスルスルとローブを脱ぎ出したロバートの態度に、女が慌てて叫んだ。
「なんだ、色っぽく脱いだ方が良かったのか?」
ロバートの軽口に、一瞬女の顔が歪む。それは恐怖や不信感ではなく、やたら子供っぽい声で格好付けた言葉を吐いたことに、ちょっとイラっとしたからだろう。
女は気持ちを落ち着けるために応用魔法銃を構え直し、スコープを覗き込んだ。
そのタイミングを見計らって、ロバートは脱いだローブを女に向かって投げる。それは女に届くことはなかったが、ローブがスコープの視界を遮った。
スコープを覗いていた女は、慌ててローブに向かって二回引き金を引く。
「シュッ、シュッ」
自分に向かって飛ぶ、応用魔法銃特有の静かな発砲音を耳にして……ロバートの頭の中で、何かがカチリと音をたてて『外れ』た。
射撃線より身を低め、ロバートは一気に距離を詰める。――この間合いなら、ローブに対魔法措置が施されていても大丈夫だろう。そう冷静に判断しながら、ロバートは女にスリープ魔法を打ち込んだ。
「ひっ!」
女は小さな悲鳴を上げた後、ゆっくりと倒れ込む。
彼女がおどろいたのは、一瞬で十メイル以上の距離を詰められたことではなく。
目の前で見た、感情の欠片も存在しない。……ロバートのその表情だったかもしれない。
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