01 最凶に微妙な少年

 街の灯も消え、日付もそろそろ変わりそうな頃。


 冒険者ギルドに併設する酒場に、ボロボロのローブを頭からすっぽりとかぶった、痩せた男が一人入店した。


 椅子が五つ並べられたカウンターとテーブルが七つ並んだ店内に、客の姿は三人。一人は三十代前半の獣族の男だ。身長は二メイルをゆうに越え、筋肉質で肩幅も広い。歴戦の戦士を連想させる使い込まれた鉄の胸当てには、多くの傷が刻まれていた。腰には最近の冒険者が好んで使う防御付与が施された魔法剣と応用魔法銃がぶら下がっている。


 同じテーブルには、二十代中頃のヒューマンの女性。落ち着いたグレー色のローブをさりげなくオシャレに着こなしている。身長は女性にしては高く、百七十センチ近い。スラリとしたプロポーションはローブの上からも良く分かり、情熱的な赤い髪と大きな赤いツリ目が印象的だ。


 しかしその姿は、やや地味な印象を受ける。規律の厳しい教会で魔術を学んだのか、あるいは元々硬い性格なのか。髪は後ろでアップまとめ上げられ、堀の深い派手目の顔も薄化粧でわざと目立たないようにしている感じがあった。


 二人は奥の席で話し合っている。漏れ聞こえる会話からは、どうやら男が魔術師の女性を口説いているようだ。


 そしてもう一人は、カウンターの真ん中に座る帝国の騎士服を着た男だ。

 片手にはエールのジョッキが握られていたが、背筋はしっかりと伸び、動作にスキもない。


 先ほど入店した黒いローブの男が、その騎士服の男の横に座ると。


「……なあ、突然呼び出すとは何事だ?」

 男はローブのフードを降ろして、つまらなさそうに騎士服の男に問いかけた。


 騎士服の男はその声におどろくように、少し背中を震わせる。身長は百八十センチほどで鍛え抜かれた体。年齢は二十代中頃だろう。短めのブラウンの髪を清潔にまとめ、この酒場には似合わない、どこか品のある顔立ちをしていた。また見る人が見れば、そのスキのない動きから奥の獣人より腕が立つこともわかる。


 実際その騎士服が本物なら、帝国の精鋭部隊のエリートであり。その辺の冒険者風情では歯が立たないほどの実力の持ち主だが。


「す、すまない。緊急事態で……この埋め合わせはなんとかする」

 ローブの男に返答する声は、緊張のせいか少し震えていた。


「まあいい、アガバン騎士団長には貸しだと伝えておけ」


 上から目線で威圧的にしゃべる男の顔は、どう見ても十代半ば。その真っ黒でサイズの合っていないボロボロのローブは、今どき新人魔術師でも着たがらないような安物だ。


 身長は百七十センチに届くかどうか。痩せた体に彫の浅いのっぺりとした幼い顔立ち。一重まぶたで線のように細い目。くすんだグレーの髪は自分で切ったのか、前髪がどこかアンバランスで、その少年の安っぽさを引き立てていた。


 男らしさや力強さの片鱗もないが、なんとかブサイクと指を差されるほどでもない。イメージ的には貧民街で腹を空かしながら、昼間からする事もなくウロウロしていそうな少年だ。


 しかし騎士服の男は、彼の言葉に恐怖と敬意の念を抱いていた。


「依頼がある」

 なんとか騎士服の男が声を絞り出すと。


「依頼? なら、断る」

 少年はさらにつまらなそうに、即答した。


「なあ、ロバート。そこをなんとかしてくれねえか」

 そう言ったのはカウンター越し、彼の正面に立ったこの店のオーナー。


 騎士服の男と同じブラウンの髪をしたヒューマンで、過去騎士団に所属していた四十代の男だ。ヒューマンにしては巨漢で、二メイル近い身長に筋骨隆々とした肉付き。手入れの行き届いた口髭がダンディさを強調していた。


 怪我で現役を引退したが、いまだに魔法剣士としての稽古を欠かしていないため、腕は少年の太股にも増して太い。左頬にはその時に負った剣キズが斜めに走っているが、それすら彼のダンディさを引き立てるアクセントのようだ。


「本名で呼ぶなよ、ガドリン。俺にこの坊やを殺させたいのか?」

 少年にそう言われ、オーナーのガドリンと騎士服の男は言葉を失う。


「……すまん」


 ガドリンは少年に素直に謝りながら、カウンターに琥珀色の酒と氷の入ったグラスを置いた。その光景は違和感満載で、もし誰かが会話を聞いていたらプッと吹き出したかもしれない。貧相で痩せた少年が、二人の屈強な男を威圧する姿は、どう考えても冗談にしか思えないからだ。


 実際……奥のテーブルにいた二人は、あきれたように三人を眺めていた。女魔術師は、いつか少年が二人に殴られるのではないかと心配すらしている。


 しかしそんな心配など、ロバートと呼ばれた少年はみじんも感じてない。

「まったく、この酒がなかったらこの店には何の価値もないな」


 堂々とグラスをあおる少年に対し、騎士服の男は額に浮いた冷汗をぬぐいながら、会話の糸口を探していた。

「しかし今回の依頼は、宰相閣下からの直々の依頼でもあるんだ。いくらベビーフェースとは言え……」


 騎士服の男がそこまで言うと、ロバートは軽く手を挙げる。

「その名も軽々と呼ぶな、どこで誰が耳を傾けているかわからんだろう。お前らが張った隠ぺい魔法も遮断魔法も……甘すぎるんだ」


 ロバートがそう言いながらゆっくりと腕を降ろすと、三人を包む空間がほんの少しだけ歪んだ。

 その変化にガドリンと騎士服の男は気付かなかったが。奥のテーブルの魔術師の女が、少し眉をひそめたのを……ロバートは見逃さなかった。


「例の『八月革命』とか言う地下組織のバックを叩いてから、まだ三日と経ってない。もう少し世間が落ち着いてからじゃないと、さすがの俺も動き辛いし……ヒーローにだって、休暇は必要だ」


 ボロを着た貧相で幼い顔の少年が、そう呟きながら脚を組み替え、高級酒が注がれたグラスを傾ける。その姿は誰がどう見てもチグハグで。異様さを飛び越えて、やはり質の悪い冗談にしか見えない。しかもロバート本人は、それがクールで格好良いと考えていたから、始末が悪かった。


「そうか、今日はこれで引き下がるが……考え直してもらえると嬉しい」

 騎士服の男はそう答えると。なんとか作り笑いを浮かべ、席を立った。


 ロバートは横目でそれを見送りながら、空になったグラスを振った。ガドリンは小さくため息をつきながら、新しい酒を作る。


 氷魔法で手早く丸氷を作り。新しいグラスそれを入れると、カウンター背面の棚からボトルを手に取る。注がれた、この辺りではなかなか手に入らない高級酒は、いつものようにダブル。


 それを少年が無言で受け取り、ゆっくりと口に含む。


「あの女のことは知ってるか?」

 ロバートは振り返ることなく、カウンター越しのガドリンに問いかける。


「奥のテーブルでマルセルが口説いてる女か? 確か二~三カ月前に帝都この街のギルドに登録した魔術師だ。噂じゃ聖国出身らしくって。そうそう、言葉の節々に聖国なまりがあったな。まだフリーで、どこのパーティーにも所属してない。ランクはB、腕はそこそこ立つそうだ」


 ガドリンがロバートに説明していると、奥の席でちょうど女が立ち上がった。テーブルに立てかけてあった1メイル半程の木製の杖を手に取ると。うなだれる獣族の戦士を見下ろしながら、女はにこやかに手を振る。どうやら口説きは成功しなかったようだ。


 ロバートは店を出てゆく魔術師の女を横目で確認して。


「聖国出身の魔術師が大型の木製杖ワンドか……ガドリン、これも貸しだとあの坊やと騎士団長に伝えておけ」

 残った酒を一気に飲み干し、カウンターを後にする。


 本人は気分を出してクールにキメたつもりだが……


 格好良いとは決して言えない。ブサイクではないが、童顔で貧相な少年が。そう言い残して肩を怒らせながら店を出てゆく姿は……長年の付き合いがあるガドリンから見ても、やはり質の悪い冗談にしか見えなかった。


 きっと知らない人が見たら、イラっとしただろう。



 このロバートと呼ばれた微妙で不思議な少年。


 裏社会で最も恐れられているベビーフェースの名前を持ち。帝国で陰の最高魔導士として活躍する、SSSランク冒険者である。




○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○




 帝都で勇者一行が魔王軍の反乱をおさめて二十六年。平和になった帝国では超古代文明の遺跡が発見され、魔法で応用可能な技術が数多く見つかった。


 その技術は瞬く間に産業革命を起こし、経済は発展。帝都では革新的な技術により人々の生活が大きく変化し。さらに冒険者のあり方や、軍事の考えも大きく変化した。


 特に銃と呼ばれる武器は応用魔法兵器の代表格だ。鉛や銀やオリハルコンの化合物を弾丸として、魔力さえあれば特殊な技術の必用もなく、引鉄を引くだけで発射することができる。


 その殺傷力と利便性の高さから、『魔法剣士一強』の世界は終わりをつげ。『魔法銃士』と呼ばれる新たな職種ジョブが主力になりつつあった。


 騎士服の男の足取りは剣士らしくなく。まるで警戒心を感じさせない、なにかを誘うような歩きかたも気になったが……


 ロバートはその後ろを歩く、女に意識を集中した。


「聖国の魔術師が好んで使うのはもっと小型のワンドだし、気配の消し方や足音の消し方も、魔術師のそれじゃない……盗賊シーフ、いやこれは暗殺者アサシンだな」

 ロバートは暗闇に紛れ、赤髪の魔術師姿の女を尾行しながら心の中で呟いた。


「そうなると、あの大きなワンドはダミー。中身は長距離射撃が可能なライフルか、連射可能な自動小銃ってとこだな」


 女は大通りを抜け、騎士団の宿舎方面に進んでゆく。


「やっぱりあの坊やはマークされてたのか。女が先に店にいたことを考えると、見張りや情報提供をした仲間がいる可能性も高い。坊やも無事宿舎についただろうし……今日はこの辺で引き下がるのが潮時か」


 ロバートは心の中でそう結論付けると、足を止めて赤髪の女の尾行をやめたが。


「くっ、んん!」


 静まり返った大通りのどこかから、少女が苦しむような声が響いた。続いて訓練された数人の足音も聞こえてくる。尾行していた女もなにかに気付いたように振り返り、音もなくその方向へ走り出した。ロバートはため息まじりに、貧相で幼い顔を歪め。


「ふん、毒を食らわば皿まで……か」


 できるだけ低い声でそう呟くと、雰囲気を出すためにアゴに手を当て苦笑する。そしてもう一度気配を殺し、女を追った。



 その尾行、走る速度も超一流であったが。もしそのセリフを耳にしたり、表情を見たものがいたら……何を気取ってるんだと、きっとムカっとしただろう。



 もちろん、ロバート本人はその事に気付いていない。


 なぜなら最凶と呼ばれ恐れられているSSS級の魔導士に、面と向かってそう言える人物が……今まで、どこにもいなかったからだ。

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