最凶と恐れられた陰の大魔導士が、こっそり学園に通うのは迷惑なんだろうか?

木野二九

ユメミルポーション

Prologue

00 魔王様は、だーれだ!

 リーゼラ・スコセッシが店を出ると、数人の子供たちが路地で遊んでいるのが目についた。大通りから一本中に入ったこの書店は貧民街からも近く、少年少女たちの服装はボロボロだったから。リーゼラはできるだけ関わらないようにしようと考えた。


 子供とは言え、彼らは窃盗の常習犯でもあったからだ。


 ――やっと手に入れた、この御禁制の薄い本が盗まれても嫌だし。


 地味めのメイクとシンプルで落ち着いた服を選んでも、リーゼラの容姿は衆目を集めがちだった。実際アダルト系の店が並ぶこの路地で、他の店から出て来た男性客がリーゼラをチラチラと盗み見ている。

 十代の頃はただうっとうしいと思っていた男からの視線も、二十代半ば近くになってからは、対処方法もずいぶん心得て来た。


 ――ここは急いで、大通りまで出なきゃ。


「ひとーりぼっちの魔王様~♪、ひとーりぼっちの魔王様~♪、悲しみの火山で永遠の眠りにつーけ!」


 しかし急ぎ足だったリーゼラの歩みが、その歌のせいで止まった。それはリーゼラの故郷でも、異端の子供をいじめるときに使われた歌だったからだ。


 子供たちのひとりが、真ん中で泣いていた男の子を剣で切るような仕草をすると。「きゃー!」と、悲鳴と笑いをもらしながら……他の子どもたちが走り出してゆく。


 ひとり残った男の子は、擦り傷やアザのようなものがあちこちにあり。

 嗚咽をもらしながら、手を顔に当てて佇んでいた。


 リーゼラは自分のこれからとろうとする行動にため息をつきながら。

 痩せこけた少年に歩み寄り……


 一メイルを超えるの大きなワンドを軽く振って。

「回復魔法はあまり得意じゃないんだけど」

 泣きべその少年と目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


「おねいちゃん……ありがとう」

 自分の怪我がみるみる良くなってゆくことにおどろきながら、少年はリーゼラの顔を見て、顔を赤らめた。


 燃えるような赤い瞳と髪、均等の取れた美しいプロポーション。そして何よりその笑顔は、優しさと……地味なメイクや服装では隠しきれない色気に満ちている。


 しゃがんだせいで、リーゼラがローブの下に着ていたミニスカートから艶々としたまっ白な太ももと、その奥にある紫のレースのパンツがチラリと見えてしまっていたが。


 少年はそこに視線が釘付けにならないよう、頑張った。


「やっぱりあんた忌子って程じゃないけど、特殊で大きな魔力を持ってるね。いじめられる原因は、そのせい?」

 リーゼラの質問に少年は無言で頷く。


「それだけの才能があれば、貧民街を出て暮らしてゆくこともできるかもね。やる気があるんなら、教会にでも売り込みに行きなさい。修行は厳しいけど、ちゃんとした食事がもらえて……キミと同じような実力と境遇の友達ができるわよ」


 少年はその言葉に、初めて男としてのなにかが芽生えた。

 もちろんそれは、自分の実力でなにかを成したいという欲求だったが。女性に対する興味と言う……大人の階段もついでに登っていた。

 リーゼラは知らなかったが、男の志の大半は女性に対する邪な思いが発端だ。


 少年はリーゼラの太ももの内側とパンツを確りと目に焼き付けた後、リーゼラの瞳を見つめた。


 リーゼラは少年の目に、ハッキリとした意思の炎がともるのを確認すると。少し微笑んでから、ゆっくりと立ち上がって。


「きっとひとりぼっちの魔王様も……友達がいれば、あんな悲劇にならなかったわ」

 そう言い残して、大通りへの道を急いだ。




 リーゼラには、幼い頃。


 背中に左右で色違いの羽のようなアザがあったらしい。位置的に自分で見ることが出来なかったし、成長と共に消えてしまったから。

 本人は半信半疑だ。


「あなたはきっと、運命の出会いをするの。そしてその愛は多くの人を救い、世界がちょっとだけ変わる」


 リーゼラの母が、生前良く言った言葉だ。リーゼラの事を、有名なおとぎ話に出てくる悲劇のヒロインと重ねて見ていたんだろう。


 そのおとぎ話は、事実をもとに作られたという噂があり。

 実際、左右で瞳の色が違ったり、手や耳が片方だけ極端に色が違う……オッドカラーの子供の噂を聞きつけると、リーゼラの故郷でも教会や憲兵が調査にきていた。


 それは魔力異常を起こした「忌子」と同じような扱いで。

 中には、連れ去られたまま帰ってこなかった子もいたそうだ。


「だから絶対、背中を人前に出しちゃダメよ……それからあなたは美し過ぎるから、本当に好きな人の前以外では、素顔を見せないでね」


 心配性の母は、そう言ってリーゼラをできるだけ目立たないようにしていた。

 しかし戦火の中……リーゼラは、その美しさと魔力の才能が原因で敵兵にさらわれる。



「お前の先祖には森人か精霊がいるのかもしれんな。やつらには弓の名手が多い、その血を色濃く受け継いだんだろう」


 リーゼラは生き残るために、暗殺術と狙撃術を覚えた。

 そうしなければ、ここでは上官という名の大人たちに命を奪われるからだ。


 そして奴隷兵として多くの戦場を歩き、スパイ活動や暗殺計画にも従事した。


 すり減った心は、もう恋とか愛とかが……他人事のようにしか思えなかったけど。

 この帝国最大の都市『帝都』に来て。

 すっかり少年同士が愛を重ねる御禁制の薄い絵巻にはまってしまった。


 今はこの『帝都』に潜むと言われている『ベビーフェース』という魔導士を追っている。


 いわく「冷酷無比で大魔術を施行し、どんな難解な事件も解決する」

 いわく「パーティーを組まず、だれも信用しないソロプレーヤー」

 いわく「たったひとりで龍をも倒す、最凶の大魔導士」……


 噂ばかりが先行する冒険者は何人も見てきたが、今回の調査でリーゼラが手に入れた確かな情報では。


「実力や実績は噂通りかそれ以上……しかも正体が誰だかわからないように、念入りに情報操作されている」


 そうなるとこの大魔導士は、帝国の情報員か親密なかかわりのある人物だろう。


 そこまでの大物となると、まるで神話やおとぎ話の登場人物のようだ。依頼主が血眼になって探し回っているのも……冷静に考えると、この件の異常性を際立てている。


「本当に、ひとりぼっちの魔王様かもね」


 リーゼラは通信魔法板を取り出し、発光魔法石が出すビジョンからひとりの男の顔を確認した。


「帝国北壁騎士団、アクセル・ファングね……騎士団内でも出自や実力がオープンにされて無いし、ベビーフェースが係る事件でも出動回数が異常に多い」


 二十代初めと思われるその青年は、短めのブラウンの髪を清潔にまとめ、品のあるイケメン顔でにこやかな笑みを振りまいている。


 リーゼラが仕入れた情報では……冒険者ギルドに併設する酒場で、深夜にマスターと密談をする事があるそうだ。


「あのマスターも、もと騎士団の腕利きだって言うし。これは当たりかもね」


 リーゼラの脳内で、ダンディなひげを蓄えたマッチョな酒場のマスターと、通信魔法板が投影しているイケメン青年がくんずほぐれつしている想像が浮かび。


「マッチョおじ様×イケメン青年より……そこにヘタレ受け少年が入った方が好みかなあ」

 リーゼラの腐った脳が、妙な妄想をさらに怪しい方向へ加速させた。


「ぐっ……早くアパートに戻って、戦利品の薄い本を読もう。ショタは御禁制になっちゃったから、なかなか手に入らなくなったし」


 リーゼラは鼻歌を口ずさみながら、今晩どうやって怪しまれないように深夜まで酒場に残るかを考える。


「魔王様♪ 魔王様♪ 涙の泉、戒めの森~ 約束の恋人は誰ですか~ そしてみんなで探しませんか~ ひとりぼっちの魔王様を…… 魔王様はだーれだ!」



 その歌は、三千年の年月を越えて復活すると言われる……ひとりぼっちの魔王様を探す、とても有名な童謡だった。

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