恋の定型文

@MK0606

私にとっての恋

本来は出入りのできない屋上で、私はまた一人傷つける


「ごめんなさい、付き合えません」


私にとって、それは定型文だった。

告白。と入力されたら勝手に出てくる私の言葉

使う人、使われる人の気持ちを一切考えていない機械のような返事

それが相手を酷く傷つけると分かっていても私は必ずその言葉を使う

誰かが、アレは機械だと流布してくれるのを期待しているのかもしれない

誰かが、あいつは酷い女だと気づいてくれるのを待っているのかもしれない


ある時は、下駄箱の手紙

ある時は、机の中の手紙

ある時は、廊下を歩いているときに声をかけられる

そして出会ったとき、男の子はいつも恋をしている


≪好きです。付き合ってください≫

≪一目見たときから好きでした≫

≪よろしくお願いします≫


言葉は多種多様、でも伝えたい言葉は結局一つ

だから私の答えはいつだって、定型文


私には、恋愛というものが良く分からない

産まれてから今まで、人に愛されなかったわけではないし、

他人やものに好きという感情を抱いてこなかったわけでもない

むしろ、私は恋をしたからこそ……恋愛というモノが分からなくなってしまった


「――今日はここだったんだ」


ふと、声が聞こえて目を向けると幼馴染がいた

伸ばしっきりの黒い長髪、黒い瞳。水の底のような性格の私とは違う

明るい栗色のセミロング、薄茶色の瞳、日向のような性格の幼馴染

彼女はいつも、私が告白されて断った後に姿を見せる


今日のような屋上でも、体育館裏でも、どこかの教室でもどこにいても。

まるで私のことだけを追い続ける衛星のように、彼女は必ず姿を見せては

大変だったね。と、薄く笑みを浮かべる


「別に、いつものことだから」

「いつものことだから、大変だったんでしょ?」


彼女はそう言って手を差し伸べてくる

いつも、いつも

私を気遣って手を差し伸べてくる

けれど、気遣うことしかできない彼女は、私の心にはけして気づいてはくれない


そう。彼女にとっても私との関係は定型文だった

私の名前を入力しただけで、≪幼馴染≫という言葉が出てくる

それは友人よりも、親友よりも

ある意味では家族よりも深く繋がっている関係だと言っても良い

でも、ただそれだけだった。


「どうして、いつも出てくるの?」

「どうしてって……それはほら……気が弱いから万が一のこともあるでしょ?」


困ったように彼女は笑って、耳元にかかった髪を後ろへと流していく


嘘だ。


彼女は嘘や隠し事をしたときは必ず、その仕草をする癖がある

今、彼女は私に嘘をついたのだ

気づかれると分かっていても、私なら、私だけは、解ると知っていても


「……嘘」


小さく言葉を紡ぐと、彼女は笑った

驚くことはない。だって、私が癖を知っていると彼女は知っているから

だけど、どこか悲しそうに彼女は笑うと、「ホントだよ」と返す


耳に触れる。嘘だった


「私はさ、幼馴染だから心配になるんだよ」


彼女は悲しそうで困り果てたような複雑な笑みを浮かべて見せる

本当は、もっと別の言葉を言いたい

本当は、もっと別の言葉を聞きたい

互いにそう思っているのだと分かり合う


双子でもないのに、私達は簡単に心が通じ合った

それくらいには相手の顔を見てきたつもりで

ここまで生きた17年の年月のほぼすべてを、捧げ合って生きてきたつもりだった


「ねぇ、恋愛って何?」


私は問う。彼女が困ると分かっていても


「男の子と女の子が恋をすることだよ」


彼女は目を背ける。本心ではそうと思っていないから


「なら、女の子と女の子が恋をするのはなんて言うの?」

「その話は止めようよ」

「どうして」

「しても、意味がないからだよ」


彼女はやっぱり、この話を拒んで終わらせてしまう

私達は同時に恋をした。

ずっと、ずっと思い続けてきた気持ちがそうだと実感した

彼女は私に、私は彼女に

その気持ちがあるのだという自覚を覚えた


けれど、世界はそれを許さない

お父さんも、お母さんも、彼女の両親も。なにも


中学生の頃、私達は自覚したその思いのままに無邪気に婚約をした

そしてこっそりと関係を密にしていったある日、キスをしていたところを見られてしまった


両親は激怒した。すぐ隣の家からも強く叱る声が聞こえた

同性での恋愛は不気味だと、気持ちが悪いと、

異常だと、そう声高に叫ばれた記憶が脳裏に浮かぶ


私達は好奇心でやったのだと謝った

そんな気持ちはないと何度も何度も謝って、無理やりに男の子の恋人だって作って見せた

でも結局、私が数ヶ月も経たずに別れることになったのは

男の子との関係も続き、性的なことに触れようかという段階になってきてからだった


やっぱり嫌だと言った私に、無理やり行おうとしてきたことで

男の子が、ずっとそう言うことをしたいだけなのだと知った

直前になって断った私も悪かったとは思う

けれどやっぱり男の子との関係は違うのだと思った


だけど彼女は今も男の子との恋愛に触れている

彼女にとって私は≪幼馴染≫という定型文になってしまったから


それでも、私にとっては。

家で遊ぶことが出来なくなっても、

どこかに二人で出かけることが出来なくなっても

学校以外で会うことが出来なくなってしまった今でも


「やっぱり……私は貴女が好きです」


私にとっての恋は、≪彼女≫という定型文だった

だから私には、世界にとっての恋愛なんて理解することは出来なかった

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