幕間 ~少女と祈り~
コツン、コツン、コツン。
足音は一定のリズムを刻みながら、中央の通路を進んでいく。
その幅はおよそ、人が2人並んで歩けるほど。
そして、その通路の両脇には等間隔で並べられた長い木の椅子。
その木の椅子達は埃を被っている。
長い間、本来の使い方をされていなかったのだろう。
それもそのはずだ。
この空間には、人間は1人しか存在しない。
この椅子を使うものなど、誰もいない。
室内の色合いは暗く沈んでいる。
だが、差し込む七色の光は優しくこの空間を包み込んでいた。
そのどこか違和感を覚えるような組み合わせが、むしろこの場所を厳かな雰囲気に仕立て上げている。
まるで、余人が踏み込む事が許されない聖域のようだ。
本来ならば単色であるはずの光は、室内に入るまでに七色のガラスを通じて、七色の煌めきをその身に宿す。
この空間の窓は、全て脆い脆い硝子で、美しく美しく煌めく七色の硝子で、できていた。
そして何よりも、足音の正面には巨大な像。
その存在の純真さを表すかのような純白の像。
両手を胸の前で組み、祈りを捧げている女性の像。
長い髪は腰にかかるほど。
その身に纏っているのは薄く白い衣1枚だけ。
風に靡くようにたなびくそれは、まるで御伽噺の中だけに存在する天使が着るような衣装で。
こんなにも薄い衣であるのに、そこには淫靡さの欠片も存在せず、ただただ清らかな姿だった。
女性の瞳は閉じられていたが、その顔が見たもの全てを安堵させるものである事は疑う余地もない。
この世界の人間ならば、一目見ただけでその像が何を象ったものなのか分かる。
八英雄に神器と力を授けしもの。
この世全てに慈愛と癒しをもたらすもの。
そして何よりも。
「邪神」と対を為す存在。
「女神」の像がそこにあった。
であるならば、ここは必然、祈りを捧げる場所。
教会あるいは聖堂。
そういった場所であった。
足音は響く。
聖堂に鎮座する女神像に向かって。
だが彼らの目的は、像ではない。
その像の足元で祈りを捧げている少女。
彼女と話をすることが、今の彼らの目的。
もといささやかな暇つぶしだ。
腰まで届く艶やかな黒髪。
伏せた瞳、その顔と表情から滲み出る万物への慈愛と癒し。
年の頃は若く、十代半ばほどだろうか。
だが、その立ち居振る舞いには子供の純粋さと大人の貫禄とが同居していた。
両膝をつき、胸の前で手を組み、祈りを捧げる様は至上の名画から抜け出してきた女神本人のようで。
少女の姿はまるで女神像の生き写しのようであった。
あるいは、この少女を元に女神像が作られたと言われても、きっと信じてしまうだろう。
少女が女神像に祈りを捧げているのか、あるいは女神像が少女に祈りを捧げているのか。
あれほどの存在感を放っていた女神像が彼女の前では霞んで見えるほどに。
目の前の少女は神聖で清廉で純真だった。
この空間に確かに音は響いているのに、少女の呼吸は、所作は、祈りは、微塵も乱れない。
まるで、この音が、彼らという存在の方こそが、夢幻なのではないかと疑いたくなるほどに。
少女は無心で、いやたった一つの心を込めて、願い続ける。
やがて、足音は像の全てを視界に収められない位置。
視界に像の姿を収めるためには、見上げるという動作をしなければならないほどの位置までたどり着いた。
少女の祈りは、体は、目の前の女神像に向けられている。
あるいは、そう見えるだけで祈りの対象はもっと別の何かなのかもしれない。
少女の背後数メートル、彼らはその足音を止ませる。
いつぶりだっただろうか。
背中越しに、彼女に語り掛ける。
「ご機嫌いかが?」
「女神様?」
その声は軽く、どこか悪戯っぽいような声色を含んでいて。
到底、目の前の少女を女神だと信じている人間が、敬愛している人間が、出せる声色ではなかった。
男の問いかけにも、女神と呼ばれた少女はその一切を揺るがさない。
だが、その声は確かに彼女の耳に届いていたようで。
これまた、いつぶりだっただろうか。
祈りの姿勢は崩さず、またその瞳は、顔は、表情は、閉じたままだったが。
彼女の口だけはその時、確かに開いたのだった。
あどけない声で、女神というにはまだ年若い可憐な声で。
どこかおとぼけたような、それでいてやっぱり真面目なような。
そんなふんわりとした雲のようにつかみどころのない声のトーンでこう返すのだった。
「……、あなた」
「喋れたんですか?」
黙示の賢者 @totoro0013
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