第4話 博物館と告白と

 今日は約束の日。しかし、学校行事で博物館に来ている。

 ミリタリー学園に併設されている兵器博物館である。


 今日の引率は強腕アームストロング先生だ。結構なおばあちゃんなんだが教官らしく矍鑠かくしゃくとしている。


「今日はここ兵器博物館の特別展示『砲と砲弾の世界』を見学します。皆さんのご先祖様や先輩方が、どのような意図で製作され改良されてきたかの歴史を学ぶことができます。兵器としての在り方、人との関わり方等、考えるポイントは多いと思います。一週間後にレポート提出。分かった?」


「はーい」


 皆が一斉に返事をする。


 温子が質問する。


強腕アームストロング先生って、ここに展示してある方ですよね。何で教官をしてらっしゃるんですか?」


 強腕先生が答える。


「兵器は現役を退くとその魂が抜けてしまって元の姿に戻ります。そうして博物館に展示されるか、廃棄されるかの運命なのです。私は長らくこの博物館に展示してあったのですが、この度、皆さんを指導してくださいと強く依頼されました。それで現世に戻ってきたのです。だから、この姿でここにいるのです」


 温子と餅江がうんうんと頷いている。


「先生が日本に来たのはいつ頃ですか?」


 今度は温子が質問する。


「そうね。1863年の薩英戦争と翌1864年の馬関戦争かしら。当時最新式の後装式ライフル砲だったのよ」


「当時の薩摩と長州は先込めの滑腔砲だったんですよね」


 温子の質問に先生は微笑みながら頷く。


「そうですよ」


「滑腔砲ってさ。滑子先輩みたいじゃん。強そうなのに旧式だったのかよ」


餅江の言葉に温子が反論する。


「馬鹿ね。当時は強腕先生みたいな後装ライフル砲が最先端で高性能だったのよ」


温子が続ける。


「滑子先輩はね。ライフル砲よりもさらに高速の初速を実現するために開発されたのよ。運動エネルギーは質量に比例し速度の二乗に比例するのよ」


「それは知ってるけどね」


「温子さん、餅江さん。あそこに二十八糎榴弾砲がありますよ」


「おお、このぶっとい胴体はまるで臼砲だね。でも榴弾砲なんだろ?」


「砲弾も馬鹿でかいね」


「おお、こっちは旧海軍の九一式徹甲弾だって。46㎝、40㎝、36㎝、20.3㎝、15.5㎝用があるよ。巡洋艦用の徹甲弾もあったんだね」


「そりゃあるでしょ。巡洋艦だって対艦攻撃するんだから」


「お、こっちは三式弾。対空用の焼夷弾だね」


「三式弾も巡洋艦用があるんだね。12.7㎝から46㎝までだってさ」


 自分たちより大型の砲弾に触れてはしゃぐ二人。強腕アームストロング先生はその姿を微笑ましく見つめていた。


「ねえ温子。今日決行するよ。覚悟はできてる?」


「分ってるわよ。準備は出来てる」


「証人を速美先輩にお願いしたわ。結果の確認もお任せすることにした。いい?」


「イイよ。速美先輩なら公平に判断してくれる」


「勝負は30分後。九七式チハ改の前で」


「分った。でも徹君は来てくれるのかな?」


「そっちは滑子先輩に頼んであるの。任せてって言ってたよ」


「滑子先輩なら大丈夫だね。よしわかった」


 この勝負とはもちろん告白勝負である。

 二人が心を寄せるさわやかイケメンの徹君に告白するのだ。


 30分後チハ改の前にて一同が会した。

 温子と餅江、証人の速美先輩、徹君を引っ張ってきた滑子先輩。


 そこは花咲き誇る夢の国、ではなく、砂塵が舞い雷鳴が轟く決闘場のようだった。

 兵器が集えば必然的にそうなるのだろう。


 一触即発。


 二人は同時に叫んだ。


「徹君が好き。付き合ってください!」


 同じセリフをユニゾンで言う。息もぴったりだった。


 徹君はというと……


 その場に土下座をして平伏していた。


「温子さん、餅江さん、ごめんなさい。僕は二人の気持ちを知ってたんだ。でも僕は君たちの好意に答えられない。他に好きな人がいるんだ。本当にごめんなさい」


 必死で謝る徹君である。

 二人はこういう純朴なところが好きだった。


「徹君。顔あげなよ。フラれちゃったのは残念だけどさ。そこまでされると私は心苦しいよ」


 ヘラヘラ笑いつつ涙をこらえている餅江。


「そうだよ。そうだよ。気にしてないからさ」


 温子はハンカチで涙を拭いている。


 徹君は滑子先輩に抱えられほいと立たされる。


 温子と餅江はしゃがんで泣き出してしまった。


「この勝負引き分けね。お二人さんフラれました」


 証人の速美先輩が宣言する。


「ところで徹君。君の好きな人って誰?女の子二人も泣かしたんだからね。お姉さんに教えてくれるかな?」


 徹君は上を向いて恥ずかしそうに小声でつぶやいた。


「滑子先輩です。僕が好きなのは滑子先輩です」


 その一言を聞いた滑子先輩は顔を真っ赤にして走っていった。


「滑子逃げたな。徹君、すぐ追いかける」


「はい!」


 速美先輩に尻を叩かれ徹君は走り出した。滑子先輩を追いかけていく。


「おっぱい。学園一のおっぱいなのね」


 温子が悔しそうに言うのだが速美先輩はそれを否定した。


「違うわ。徹君は徹甲弾なの。ただの金属の塊。一人じゃ何もできないのよ。だから砲を信じて全てを委ねたい。滑子と一生パートナーでいたい。そんな思いじゃないかしら。胸とか女子力とかは関係ないと思うわ」


 立ち上がって速美先輩の言葉に頷く二人。


 彼女たちを九七式チハ改が温かく見守っていた。



[用語解説]

アームストロング砲:後装のライフル砲。従来の滑腔砲とは性能が段違いだった。作中にある通り、日本では幕末薩英戦争と馬関戦争に登場。英国艦に搭載された本砲で薩長は滅多打ちにされた。


二十八糎榴弾砲:日露戦争で活躍した国産の榴弾砲。元々は対艦用の海岸砲であったが、日露戦争時では攻城砲として使用された。あの有名な旅順攻囲戦に投入されたのがこの砲である。


九一式徹甲弾:某艦船擬人化ゲームでは戦艦だけに装備可能。しかし、155ミリからある。目標の手前で水面に着弾した場合、水中を魚雷のように進んで喫水線下に命中するという水中弾効果を重視した形状である。戦車用の徹甲弾と違い炸薬が詰まっていて、艦船に命中後遅延信管にて爆発する。


三式弾:某2199年発進する宇宙戦艦アニメでは同名の徹甲弾が登場している。浮遊大陸での砲撃戦シーンは圧巻。冥王星の反射衛星砲攻略には時限信管を使用していた。勿論別物。こちらは主砲から射撃するための対空用の砲弾。空中で円錐形に焼夷弾をばら撒く。こちらも127ミリ用からある。高角砲の標準が127ミリなんで当然かな。


九七式チハ改:九七式中戦車。日本軍の主力戦車だった。ガソリンエンジンではなく空冷ディーゼルエンジンを搭載していた。発火しにくい。当初は57ミリ砲を搭載していたが初速を向上させた47ミリ砲へ砲塔ごと換装した改良型が九七式中戦車改である。新砲塔チハとかチハ改とよばれる。米軍のM4にはまるで歯が立たなかった悲しい主力戦車だった。


先込めの滑腔砲:でっかい火縄銃。装薬と砲弾を先っぽから込める。初期の大砲はみんなこれでした。


後装ライフル砲:アームストロング砲で実用化された新しい形式の砲。砲身内に施条(ライフリング)が施され砲弾に回転を与え弾道を安定化させる。また砲の後ろ側から砲弾と装薬を装填する為、発射速度が飛躍的に向上した。従来の6~10倍速い。


滑子先輩:ラインメタル製滑腔砲、Rheinmetall 120 mm L/44。戦後、ライフル砲が主流だったのだが、さらなる初速向上の為、抵抗となるライフリングを廃した滑腔砲。APFSDS:装弾筒付翼安定徹甲弾、作中では徹君)を使用すると1750m/s。通常の戦車砲(ライフル砲)の初速は600~900m/s。戦後主力となったライフル砲用のAPDS(Armor Piercing Discarding Sabot:装弾筒付徹甲弾)は1,479m/s。滑子先輩と徹君のコンビは最速最強ですね。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

砲弾少女―Hyper Explosive Girl 暗黒星雲 @darknebula

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ