第7話 聖剣伝説 レジェンドオブマナ HDリマスター(Switch)

 二〇二一年、大晦日。


 俺はニンテンドーswitchで、あるゲームをダウンロードしていた。


『グランディア』の大冒険が無事終わり、本命の『ポケモンレジェンズアルセウス』の発売まで、一か月を切った。その間にできる、軽いゲームを探していた。


『グランディアHDコレクション』には『グランディアⅡ』も含まれていたが、一か月弱で終わる気がしなかったし、そもそも『グランディア』で相当疲れていた。


 同居人の爼倉尊宣が実家の宮城に帰ってしまったので、俺も実家に戻った。とは言え車で二十分、いつでも帰れるし、実際にたびたび帰っている親元は「実家」と呼ぶには我ながら違和感がある。


 実家にはネット環境があるが、Wi-Fiは微妙だ。遅々として進まないダウンロードのパーセンテージとバーを、俺はあえて見ないようにしている。本来、ダウンロードなどの際は有線にするのが望ましいのだろうが、LANケーブルを探すのも面倒なので、ぼんやりと年末のテレビを見ながら、待っている。


 テレビの音量は「3」。ほとんど聞こえない。隣の部屋では、同じく帰省してきた姉一家が寝ている。来年小学五年生と一年生になる姪と甥は生意気盛りだが『ポケモンソード』を見せたら大喜びするなど、まだまだかわいい。


 明日の朝、今ダウンロードしている新しいゲームを見せたら、俺はさらに人気者になってしまうかもしれない。まいったな。言い訳にしか聞こえないだろうが、別にそのような目論見があったわけではない。たまたまこのタイミングで『グランディア』が終わっただけだ。


 その証拠に、そのソフトはレトロゲームなので、子どもたちには古臭く映るかもしれない。クセも強い傾向があるシリーズだし、子ども受けしないことも予想される。


 年が明けるまで、あと十分足らずとなった。


 つい、Switchに目を向けてしまう。『聖剣伝説レジェンドオブマナ(LOM)』のダウンロード進行状況は、まだ五十パーセント弱だった。どうやらこれは、二〇二二年の最初に買ったソフトになりそうだ。


 俺はこのゲームをプレイしたことがないが、高く評価されているのを知っていたため、いつかやってみたいと思っていた。それがタイミング良く、年末セールで安くなっていたため、この度購入に至ったのである。


 聖剣伝説は軽快な印象があるため『グランディアⅡ』よりもライトな感覚でプレイできそうだし、一か月かからずに終わらせられるだろうという読みもあった。


 それにしても、せっかくSwitchを買ったのに、『グランディア』に続き、レトロゲームが続いてしまった。紹介動画や画像でも、新しい、洗練されたイメージよりも、荒いドットや、懐かしい雰囲気に惹かれてしまう。


 やはり俺は、最近のゲームに馴染めないのだろうか。心待ちにしている『アルセウス』をちゃんと楽しめるのか、若干不安になってきた。


 翌日の起床はややゆっくり目だったが、通常の時間と一時間もズレてはいない。時間間隔が染みついているわけではなく、単純に年を取って、寝ていられないだけだ。しかも、目覚めには確実に尿意が不随するため、惰眠を貪ることさえ許されない。


 昨夜床についたのは結局二時くらいになってしまったが、その分眠れるわけではないのが不思議である。結局一番遅く寝て、一番早く起きてしまった。


 無論朝からゲームする体力はもうない。若い頃には十五時間くらいは平気でプレイできたのに、今は二時間が限界になってしまった。


 トイレを済ませ、茶の間の様子を窺うが、まだ誰も起きていないようだったので、とりあえず布団に戻る。


 正月は、昔から少し苦手だった。朝食から始まる、ぐだぐだとした時間。正月だという名目のもとに、家族一同茶の間からほぼ離れられない。幼少期ならお年玉という楽しみもあったが、成長してからはおっくうでしかない。


 今年もきっと同じだろう。もう少ししたら、母が起きる。その後叔母が起きて、母と競うように朝食を作り、皆を起こす。浮かれてお清めと称して朝から酒を飲んだりして、おせちと雑煮をだらだらと食べ、つまらないテレビを見るのだ。


 そのうち甥あたりが我慢できなくなり、隣室で遊び始める。それを横目に皆でぐだぐだと片づけをして、また茶の間に戻る頃には、十時を過ぎているだろう。それからまた少しお茶などを飲んだりすると、あっという間に昼食である。


 正月の時間の流れは、一年で一番速い。俺はそう確信している。



 結局だらだらと一日を過ごしてしまった。俺は一秒もゲームを起動することなく、夕食を終えて風呂に入り終えた。時刻は二十時を過ぎている。


 甥が風呂場の出口で待ち構えていた。遊んで欲しいのだ。


「ねえ、ポケモン!」


 俺は小さな手で引っ張られて、部屋に移動した。


 昨日も見せたポケモンソードを見たいというのだ。


 すっかり正月に呑まれてしまった俺は、もう今日はゲームしようという気もなかったが、かわいい甥のために、Switchを起動した。


「そうそう、昨日新しいゲーム買ったよ」


 白々しい俺の言葉と共に、起動後の画面に『聖剣伝説LOM』が表示された。


「うそ! どんなやつ!? 見たい見たい!」


 子どもは反応が素直でよろしい。


「よしよし、ちょっと待ってな」


 ソフトを起動する。完全に初見である俺も、徐々にテンションが上がるのを感じた。


 オープニングのアニメーションムービーが流れる。全く何が何だかわからない、ファンタジーの世界。静かに始まった音楽もあって、最初はジブリを彷彿とさせたが、進むにつれて、あの懐かしい『ネバーエンディングストーリー』を思い起こさせた。


 可愛らしいキャラクターは多種多様で『聖剣伝説』シリーズならではの世界観が一瞬で蘇った。もし、もう少し盛り上がりのあるムービーだったら、甥の手前泣きはしなかっただろうが、涙腺は大いに刺激されたと想像できる。


 勿論そのような懐かしさを覚えることのない甥は、早く始めろとばかりに俺を見る。いつのまにか、部屋の隅で自分のSwitchで『あつ森』をやっていた姪も近くに寄って来ていた。


 ニューゲームからゲームスタート。主人公は女。初期装備は片手剣にした。

マップから土地を選択する画面になったので、とくに考えずに平地っぽい場所を選ぶ。


 わけのわからないままにその土地にポストをぶっ刺す。なんだろうこれは。


 何か始まった。歌が流れてくる。二つ目のオープニング? いや、これが本当の意味でのオープニングなのかもしれない。さっき見たアニメはPVのようなものか。

しかし、またこの歌が不思議な感じでとても良かった。梶浦由記氏のテイストを彷彿とさせる。梶浦音楽を愛する俺にとってはどストライクである。


 オープニングが終わると、いきなりマイホームから急にゲーム開始となった。「-」ボタンでどうちゃら言う説明が出ただけで、世界に放り出される感覚。うーむ、これぞレトロゲームである。


 主人公を動かしてみると、操作性が悪いことに気が付いてしまった。これもレトロ……。


 しかしこの女主人公は頭が大変なことになっている。何か棒のようなものが何本も刺さっているが、謎である。「ミステリアス」という言葉で済ませられるような、可愛らしい範疇のものではない。ただただ、異質なものが頭に刺さっている……いや、もしかして生えているのか? 聖剣伝説の世界ならば、何があってもおかしくはない。


 マイホームの外に、草人とかいう、これまたわけのわからない生き物がいた。「これが町だよ」などと言って、何かをくれた。外に出て、それを地面に置くと、町ができた。なるほど、何となくの進め方はわかった。


 とりあえず最初の町でイベントが起きて、ムスッとした男と最初のダンジョンに向かうこととなった。しかしいちいち音楽が素晴らしい。これは、あとで作曲家をチェックしなければならないだろう。


 さて、初めての戦闘である。動きにくい上に、上下の軸が意外とシビアで、剣を振っても攻撃当たらない。ちょっとストレスだ。


 何度か戦って、ようやくコツを掴めてきたかどうかというところで、しびれを切らせた甥にコントローラーを奪われた。無論、甥の攻撃も当たらない。幼児には少々難しいだろう。


 それをまた姪が取り上げた。小学生ともなるとそれなりに立ち回り、無事に戦闘を終えた。


「おっしゃー!」と姪が少年のように歓声を上げる。それを見た甥が、今度は自分が、と興奮してコントローラーを求めるが、姪は渡さず、先に進む。「ひーん」と情けない声をあげながらも、甥は姉を見守り、そのうち応援に回った。時々取り返そうと試みながら。


 最初のダンジョンだというのになかなか入り組んでおり、進める場所がわかりにくいこともあって、何度も同じ場所を通った。その度に敵が復活し、しかも強制戦闘であることに俺はいささか面倒くささを感じたが、若者たちはその都度全力で蹴散らしていく。


 冒険は遅々として進まなかったが、何とも微笑ましい、いや、羨ましくさえある光景だった。


 俺が失くしてしまったものを、この子たちは持っている。おそらくその存在に気づいてもいないだろうが、なるべく長くそれを持っていられることを願った。


 ダンジョンを深く進み、ボス戦となった。あえて手を出さず、姪に任せた。


 最初のボスはもちろん弱いが、姪が操作していることもあり、なかなかに良い勝負だった。まあ、俺が操作していたところで初見には変わりないため、さほどの違いはなかっただろうが。


 ボスを倒し、どうやら無事「真珠姫」という娘を助け出すことができたらしい。これまた謎だらけだ。この娘の会話時に表示される絵は、主人公ほどではないにしろ、やはり髪がパサパサに見える、独特な表現だ。


 会話を終えると、イベントの終了画面らしきものが表示された後に、ワールドマップに戻された。どうやらこれで一区切りということらしい。


 多少わかってきた。アーティファクトというものを手に入れると、町やダンジョンを出現させることができる。そこでイベントをこなすことによって、また新たなアーティファクトを手に入れ、ストーリーを進めていくという流れだろう。


 姪はそこで、おもむろにコントローラーを俺に戻した。


「これなんで買ったの?」


 純粋すぎる子どもの質問に、俺は一瞬答えに窮した。なんだよ、さっきまで嬉々としてプレイしていたくせに。


 俺は姪に、評判が良く、かねてからやってみたいと思っていたことや、年末セールで安かったことを理由として正直に答えた。


「ふうん」


 姪は再び部屋の隅に戻り、自分のSwitchを始めた。


「ねえ! ポケモンやろうよポケモン!」


 甥も、このゲームの続行は求めていなかった。


 一つ息を吐いて、俺は『聖剣伝説LOM』を終了した。もちろんセーブ後だ。


『ポケモンソード』を起動し、甥にコントローラーを渡す。


 主人公やポケモンは、俺が操っている時よりも、少し生き生きとして見えた。


 俺が『聖剣伝説LOM』を買った理由は、もう一つある。甥のプレイを見ながら、俺はその理由を考えていた。



 一月二十三日。『アルセウス』発売まであと五日。


 俺は大急ぎで『聖剣伝説LOM』をプレイしていた。


 結局、武器はずっと片手剣のまま。他の武器を試す余裕はなかった。


 攻略サイトを見て、少し強い剣を作り、とにかくイベントをこなしてきてしまった。


 悔しい。


 余裕のある時期に出会えなかったことが、悔しい。


 あらかたのストーリーは掴めた。細切れになってしまっているのが勿体ないくらいの、味わい深い物語だった。この世界に浸ることができないまま、終わりにしなければならないのが悔しい。


 説明書が手元にないことが悔しい。説明書があれば、プレイ前に世界観やキャラ設定などの予備知識を得ることができ、このゲームをもっと楽しめたはずだ。


 最近のゲームには説明書がないことが多いが、味気ないだけではなく、ユーザーとしてははっきりとした損失であると、俺は思っている。まあ、今回はダウンロード版なので、元々なくて当たり前だが。(※)


 それも含めて、あの頃、発売当時にプレイしなかったことが悔しい。思い出補正と揶揄されることも多いが、あの頃の自分の目線は、レトロゲームをプレイする上で、やはり貴重な資源なのだと思い知った。


 あの頃の自分が隣にいれば、もっとこのゲームを楽しめたはずだ。


 だが、それは言っても仕方がない。全てのゲームをプレイすることは不可能だ。当時俺は別のゲームを選択し、それを愛し、そして今の俺がいる。それだけのことだ。


 正月が終わり帰って行った姪や甥も、今夢中でプレイしているSwitchのゲームを、いつか懐かしむ日が来るだろう。俺のように、ゲームに救われる人生になって欲しいとは思わないが、ゲームを楽しめる大人になったら嬉しい。


 このイベントを終えたら、次はラストダンジョンだ。


 もうすぐ終わりが来る。


 終わらせるのは悔しいが『アルセウス』を後回しにはできない。してはいけない予感がする。


 俺が『聖剣伝説LOM』を買ったもう一つの理由。それは、未プレイであること。新たな出会いが、俺をあの頃の俺に戻してくれるかもしれないと期待していたのである。


 高評価故に期待は大きかったが、時間的制約もあり、目的は果たせなかった。


 だが、俺はまたきっとこのゲームをプレイするだろう。『アルセウス』が終わった直後か、もっと後かはわからないが、それは確実だ。この出会いを喜び、感謝している。


 そして『アルセウス』にもまた、同様の期待を寄せているのだ。PVを初めて観たあの瞬間から、その予感は続いている。


 俺は、あの頃の俺に会いに行かなければならない。

 

 会えば何かが変わるのか、それはわからない。


 会うんじゃなかったと、打ちのめされるかもしれない。


 それでも、それでも……俺は、俺にもう一度会いたい。






※後日、WEB版の説明書があることに気づいたが、とても見づらかった。やはり紙が一番だ。

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アラフォーのおっさんが最近のゲームに馴染めずにいます。 赤尾 常文 @neko-y1126

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