悪夢

明日原 藍

悪夢1

私はその時、それを全くの違和感無く受け入れたのだ。

気付けば、懐かしいような全く見知らぬ闇の中にに居た。空気はじっとりと湿っていて、床も壁もまとわりつくような黒だった。

私はその中心で茫やりしながら座り込んでいた。肌に張り付く髪が煩わしくて、何度か首を振った後、漸く頭の靄が幾らか晴れた。だがそうした所で何かできるわけでもなく、何をするでも無かった。ふと、目線を下げると腕が目に入った。それは間違い無く私の腕なのだが、様子が全く違っていた。それに驚いて自ら手を胸の高さ位まで上げ、まじまじとその患部を見た。私は自傷したことは一辺たりとも無い。だが、手首から肘にかけて大きな傷が蛇腹に幾つも入っている。それは皮膚が自然に裂けたかに綺麗に、ぱっくりと口をあけ、血溜まりから覗いた脂肪がまるで別の生物の様に見えた。痛くもない、そして血が諾々と流れてもいる訳でも無い。それを見て奇妙な陶酔感と吐き気が私を襲った。叫んだつもりだったが、声は掠れた吐息となって少しも出なかった。次第に錯乱が襲ってきて、空間も視界も思考も歪んでいった。暴れることすらできず、叫ぶことすらできず、ただ脳を暴れ回るノイズと鮮烈な赤だけが支配していた。


目を覚ました。気分はとても良くなかったが、手首を見て何も起きていないことを安心した。外を見れば、しとしとと雨が降っている。ここももう梅雨入りしたのだろう。

その日から、ふとした時に手首を見る癖がついてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪夢 明日原 藍 @asupara118

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ