夜食にカップ麺はいかがですか?

HiroSAMA

夜食にカップ麺はいかがですか?

「腹減ったな」

 ギュルギュルと鳴り響く音に阻害され、俺の手は動きを止めざるをえなかった。


 それでも席からは離れず、大きく延びをし、大量の酸素を脳に送り込むだけにとどめる。

 背もたれに大きく身体をあずけ高解像度の画面を斜めにながめる……が、それで表示されたポスターの印象が変わることはない。


「やっぱダサい」


 すでにベテランと呼ばれてもいいくらいデザイン仕事をこなしているが……それでも今回の受注は難題だった。

 気づかず「ハイハイ」とふたつ返事で受注した先週の自分を殴ってやりたい。


 とりあえず、依頼主である役所の要望を満たしたレイアウトはすでにできあがっている。

 しかし、プロとしてはコレを「すばらしい」と唸らせるレベルにまで引き上げたい。

 それこそがこの仕事一番の醍醐味なのだから……。


 しかし、予定していた初校日はすでに超過。とりあえずこのまま提出し、先方にお伺いを立ててから、校了日までに煮詰めていってもよいのだが……もうすこし、もうすこしだけセンス良くはできないものか。


「とはいえ、難しいよな」


 役所からの注文に奇抜すぎるデザインで応えてはお叱りを受けかねない。

 更に今回は『グレイ化した際にくっきりとコントラストが別れるようなデザインである』ようにと条件づけられている。


 これは色の認識が弱い者が観ても判別しやすいように配慮で、いわゆるユニバーサルデザイン(文化・言語・国籍の違い、老若男女といった差異、障害・能力の如何を問わずに利用できるもの)というやつだ。


 対象に高齢者まで含めると、当然文字サイズも小さくはできない。それでいて大量の説明文を詰め込まねばならぬのだから、できあがったデザインから余裕が消えるのは必然。タイトルと説明文に差をつける余裕はとれず、結果、メリハリのないのっぺりとしたデザインになっている。


 このままでは、大多数を占める普通な連中から、一番聞きたくない言葉を聞かされる事になる。


 二兎追うものは一兎も得ずと言うが、それでも業界で生き残っていくには二兎、三兎を同時に捕まえられるようにならねばならないのだ。やらねばなるまい。

 

     ◆

 

「大したもんは残ってないか……」

 結局、ギュルギュル鳥の要求にあらがえなかった俺は、先に食事をとることにした。

 しかしながら、一人暮らしの冷蔵庫にたいしたものは残ってはいない。


 あるのは野菜の切れ端と、ふたつで1セットの豆腐の片割れ。

 あとは調味料くらいで、肉類は牛も豚も鳥も羊も見あたらなかった。


 まぁ、買った記憶のないものがあっても怖いだけだけどな。


 一応、調味料とバターはあるので、手間暇かければそれっぽいものを食べる事はできる。

 できはするが、悠長に料理をしてるような余裕まではない。


「なるべく手早く、それでいて満足できる食事をするには……」


 いったん扉を閉め、レトルトやインスタント食品をしまい込んだ戸棚を開ける。

 そこには非常に頼りになる食品たちがいくつも並んでいる。


「飯は炊いてないから、カレーやオカズばっかのレトルトの出番じゃないな」

 ならば手間がかからず、それなりに食いごたえのあるカップ麺がいいだろう。


 俺は並んだカップ麺に視線を移しながら、いま食するに最適なものを探す。

 そして、ひときわ異彩を放つ青色のパッケージへと手を伸ばした。


 それは「コラーゲンたっぷり」が売り文句の『すっぽんヌードル』という、「なぜカップ麺に?」と訪ねたくなるようなネタ商品だった。

 スーパーで特設コーナーを見た時には、スーパーとメーカーの両方の正気を疑ったが、それでも好奇心に負け購入してしまった。あるいはそれは疲労時の衝動買いだったのかもしれない……。


 透明なビニールをはがし、蓋を半分よりやや手前までめくる。

 そこから電気ケルトの湯を入れ、適量に達したところで蓋をとじる。

 カップの底に付いていたシールで封をするのも忘れない。

 堅めの麺は嫌いじゃないが、勝手にめくれてしまうのを見ると、なんとなく失敗した気になる。


 キッチンタイマーを180秒にセットすると冷蔵庫にもどり、中から豆腐を取り出す。それを皿へと移してレンジにかける。


 ほどよくあたたまった豆腐の上に鰹節を踊らせる。

 あとは麺汁を少々。

 これをするだけでも、満足度が格段に向上する。


 箸を用意し、そろそろかとタイマーを確認するとまだ30ほどカウントを残していた……が、それにもかかわらず、ペロリと蓋がめくりあがった。


 留め方の甘さを反省しつつ、シールを貼り直そうとするものの、中から頭を出したものが俺を硬直させる。


 それは丸みを帯びた甲良を背負った亀……いや、商品名的に考えればすっぽんか?

 いや、それも適切ではない。


 何故なら、すっぽんに見えた緑の頭は擬態された帽子で、その下には小さな女の子の小さな顔がついていたのだ。


「お待たせしたであります!」

 女の子はカップから顔を出すと、軍人を思わせる口調で俺に告げる。


 そして、カップの縁に手をかけるとプールから上がる要領で這い出てきた。

 着衣はしておらず、緑のすっぽん帽子をかぶっているだけ。

 ツルツルに輝く肌をみじんにも隠そうとしない。


「…………えっと、キミは?」


「小官でありますか?」

「ああ」


「またまた、知らぬフリとはご冗談を」

「いや、本気で訳わかんないから」


 女の子は顎に手を当て、「ふむ」とつぶやくと、青色のカップを背にして立つ。


「どうやら、なにか手違いがあったようでありますな。

 もっとも、小官たちの目的は主どのを満たす事でありますから、種類のちがいは大きな問題になるとは思えませんが……」


「満たすってなにを?」

「もちろんお腹であります」


 なおも疑問符を浮かべる俺に「説明…、いや自己紹介させていただくであります」と、宣言すると、女の子は俺が見落としていた二つ目の『ぽん』の小さな文字を手で指し示す。


「小官は『すっぽんぽん・・・・・・ヌードル』であります!」

 キッチンタイマーが予定時間の経過を知らせたのは、その直後だった。


「なんと、小官、出て来るのが早すぎましたか!?」

 たぶんそうなんだろうが、問題なのはそこじゃない。

 

 

 どうしてカップ麺から女の子が出てくる?

 サイズ的には食玩のおまけレベルかもしれないが、どう考えても女の子は具材に含まないだろ。


「異物混入?」

「それは失礼すぎるであります! ちゃんとした仕様であります!」

「それはそれで大問題だ!」


「くっ、小官の早計から生じた事故でございますが、この堅い身体を食べることをお願いできないでありますか? そういう趣味の方も多いと聞き及んでおります」

「いやいや、堅いとかそういう問題じゃないから。しゃべってる相手を食べるとか無理無理」


「了解しました。小官、しばし沈黙しておりますので、その隙にムシャムシャと……」

 無茶な要求を繰り返し押し付けてくるすっぽんぽん娘。

 だが、彼女を食してはいろんな意味でまずい。


「でしたら、せめてカップに残した麺と汁だけでも……小官、こちらでおとなしくしておりますので」

 そう言って、湯気ののぼるカップから離れると、温かな豆腐の上に正座して頭を下げた。


「まぁ、それくらいなら……」

 あまりに奇特な事態に気が動転していたのかもしれない。

 あるいはいきすぎた空腹が判断を鈍らせたのか。


 俺は『女の子を食べる』よりはマシだろうと『女の子から出汁をとった食品』に口をつけた。


 女の子の生真面目な視線を気にしながら、フウフウと息を吹きかけ、ツルツルに輝くスープを絡めた麺をすする。


 空腹という調味料が後押ししたのかもしれない。

 『すっぽんぽんヌードル』はこれまで食べたどんなカップ麺よりも絶品だった。


「美味い!」


「そうでしょう、そうでしょう」

 思わずこぼれた歓声に、女の子がウンウンうなずく。


「小官からとった自慢の出汁であります。たっぷりと堪能して欲しいであります」

 犯罪チックなので、出汁をとってる様子は想像したくない。


「さて、小官の実力はもう十分にわかったことでありましょう。ささ、そろそろ本体の方も食べてください。劇ウマであることを保証するであります!」

「それは断る」


 俺の断固たる姿勢に、少女は「へにゃ」と悲しそうな声をあげた。

 さすがにその一線は越えられない。


「でも、このすっぽんぽんヌードル本当に美味いな」

 絶対にネタだけの商品だと思ったのに、まさかここまで俺を満足させてくれるとは。気が付くと、麺はなくなり、スープも最後の一滴まで飲み干していた。


「まだ、もの足りないんじゃな~い?」

 聞き覚えのない柔らかな声が耳にとどいた。


 まさか、食べている内に他の具材が現れたのかと懸念し、そちらを見る。

 だが、そこにいたのはすっぽん帽子かぶった先ほどの女の子だった。


 いや、すでに女の子ではなく、豆腐の熱気に当てられた彼女は豊かに膨れ上がり、柔らかそうな姿に成長していた。


 ゴクリ……。


 縮尺が違うとはいえ、ビーナスの誕生を思い起こさせる裸身に喉が音を鳴らした。


「あんまり待たせるものだから~、のびちゃったじゃな~い」

 鰹節を身体にまとわせ、白い豆腐ベッドの上でフフフと笑いかけるすっぽんぽん美女。


「食べても~いいんですよ~。私は~、あなたに食べてもらうために購入されたのですから~」

「いや、だが、しかし……」

 口先では否定しようとするが、誘われた箸先がぷるんぷるん美女の肢体へとのびる。


 そして、彼女の柔らかな部分をつつくと、「あん♪」という耳あたりのよい声とともに、全身をプリンのように蠱惑的に震えさせた。


     ◆ 


 トゥットゥル~♪


 携帯から発せられる某声優の台詞が俺を正気に戻した。

 だが、自分が置かれた状況を上手く把握できない。


 確かに俺は台所に立ち、カップ麺を作ったはずなのだが……ディスプレイ前のイスに座ったままだった。


 目の前にはいまいちパッとしないポスターが映し出されたディスプレイ。

 そして、何故か窓からサンサンと降り注ぐ強烈な太陽の光。


「……ひょっとして夢?」

 呆然としたまま呟く。


 普通に考えてみれば、カップ麺の具材に女の子が入ってる訳がないし、手のひらサイズの女の子が喋るわけもない。

 だが、その割に妙なリアリティがあったし、空腹も収まってるような気がする。いや、これは空腹のピークがすぎて一時的に感じなくなっただけなのか?


 トゥットゥル~♪


 再びなり響く着信音に、あわてて携帯を手にする。

 番号を確認すると、仕事の依頼主である役所からだ。


 急いで受けると、電話相手に頭を下げながら納期に遅れたことを謝罪する。

 相手はおおらかな方で「そんなに~気張る必要はないですのよ~」と、快く俺の怠慢を許してくれた。


 初校まで、しばしの猶予を頂いた俺は、こんどこそ食事にしようと、PCをスリープモードにし、その前から立ち上がった。

 そして、カップ麺の入った戸棚をあさるものの、買い置きしておいたハズの『すっぽんヌードル』だけが、どこを探しても見つからなかった……。


〈了〉


※この物語はフィクションです。

 日清食品の『カップヌードルリッチ 贅沢だしスッポンスープ味』とは一切関係がないのでご注意ください。

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