女子大生と半裸ジジイ

ポムサイ

女子大生と半裸ジジイ

 とある神社の宝物館に奉納された日本刀が飾られている。

 神社巡りが趣味の私は参拝を終えこの場所に入った。

 数人の見学客がいる中、私は固まっていた。ガラスケースの中に上半身裸の老人がリラックスして横になっている。

 私は周りを見渡す。他のケースにも老人達が横になっているが見学客達は何の違和感もなく老人を眺めては次の老人に向かっている。


「お嬢さん。そこのお嬢さん。」


 老人が私に声を掛けてきた。私は恐る恐る老人に近づき声を掛ける。


「あの…これは、どんなイベントなんですか?」


「ん?いつも通りだが…。お嬢さんは儂らが人の姿に見えとるんじゃろ?」


 ニッカリと笑った時に見えた歯は老人とは思えないほど欠ける事なく生え揃ってキラリと輝いていた。


「人に見えるって…人じゃないですか?」


「いやいや、他の客を見るがいい。彼らは儂達が刀にしか見えとらんよ。お嬢さんが特別なんじゃよ。と、く、べ、つ。」


「は、はあ…。俄には信じられないですけど…。じゃあ、周りから見たら私はどう見えてるんですかね?」


「刀に話し掛けてる変わったお嬢さんと映っているじゃろうな。」


 私が周りを見るとこちらを見ていた客が慌てて目を逸らし部屋から出て行ってしまった。部屋には私一人だけになる。


「…どうやら本当みたいですね。」


 奇人と思われたショックもあったが、日頃から変わり者の烙印を押されている私はこの非日常を楽しむ事にした。


「私のイメージだと日本刀はカッコイイイケメンなんですけど、みんなお年寄りなんですね?」


「何気に失礼じゃな。それは勝手な人間達の妄想じゃろ?儂がいくつになると思ってるんじゃ?ほらそこの説明文を読んでみろ。」


 私は老人の足元にある説明文を読んでみる。


「え~と…室町時代に備前の国で…って室町時代!?」


「そうじゃ。600歳は過ぎておるぞ。ほれ右上を見てみろ。」


「右上?重要文化財……お爺さん重要文化財なんですか?」


 老人はフフンと鼻を鳴らしどや顔を見せる。なんか少し腹か立った。


「でも何で上半身裸なんですか?寒くないんですか?」


「鞘から抜かれた状態じゃからの。」


 老人は当たり前だろ的に私に言う。そんな事を知るわけもなく益々腹が立つ。


「刀身が上半身とは知りませんでしたよ。」


「そうかね。ほら、あっちの国宝のジジイを見てみろ。」


 そう言われて部屋の中央に飾られている老人に目をやり私はすぐに目を逸らした。


「ちょ、ちょっと、あのお爺さん全裸じゃないですか!!」


「ふぉふぉふぉ…。初々しい反応じゃの。あやつは国宝に指定されておってな。柄も外されておるんじゃよ。」


 ニヤニヤと笑いながらクソジ…じゃなかった、お爺さんは私に言う。


「はいはい大変勉強になりました。では私はこれで…。」


 老人を眺める趣味のない私は部屋から立ち去ろうとする。


「あっ。ちょっと待ってくれんか!?」


 老人は懇願する様な顔で私を見る。


「私、日本刀には興味はありますけど、お爺さんには特には興味ないんです。」


「そうかもしれん。いや、そうだろうとも…。誰も儂みたいなジジイを眺めて喜ぶ奴なぞおらんじゃろうな。だが、引き留めたのは一つ頼みたい事があるからなんじゃ。」


 私は再びケースの前に立つ。


「何ですか?頼みって?」


 そう聞くと老人はモジモジとして俯いてしまった。


「早く言って下さいよ。私だって暇じゃ…まぁ…暇ですけど、まだ今日中に行きたい所があるんで。」


 私がそう言うと老人は意を決した様に私を真っ直ぐに見据えた。


「この先の部屋にキヨさん…いや、鏡があるんだが、伝言を頼まれてはくれまいか?」


「鏡ですね。いいですよ。」


「うむ。では…」


 老人は咳払いをして再び話し出した。


「え~、キヨさんお元気でしょうか。あなたに会えなくなってからもう70年が経ってしまいました。あなたの事を忘れた日は一日たりともありません。私達の寿命は永い。いつかまた会える事信じております。どうかその時までお元気で。

 これを行定が言っていたと伝えておくれ。」


「それって…ラブレターですね。レターじゃないけど。あっ、愛のメッセージってヤツだ。」


 私がニヤニヤして言うと老人…いや、行定さんは真っ赤になってプイと横を向いてしまった。


「年寄りをからかうんじゃない。…だが、うん。そうなんじゃよ。頼んだぞ。」


「ねぇ行定さん、伝える代わりに行定さんとキヨさんの話聞かせてよ。」


「ジジイの恋の話なんぞ聞いてもしょうがなかろう?」


「そんな事ないですよ。70年も変わらない想いなんて素敵じゃないですか。聞きたいな~聞きたいな~。」


「そ、そうか?仕方ないな。ちょっとだけじゃぞ。」


 言葉とは裏腹に行定さんは嬉しそうに話し出した。


「初めにじゃが、お嬢さんはさっき70年と言ったがそれは間違いじゃ。会えなくなって70年、儂とキヨさんが惹かれあったのはそれから400年前位になるかのぉ。」


「470年の恋…壮大ですね。」


「そうじゃろう、そうじゃろう。70年前まではな、宝物館ではなく宝物殿という建物があって今のように見学出来ない場所だったんじゃ。」


「へ~。」


「儂は500年位前にこの神社に奉納されてな、正直もう戦場には行けぬのかと消沈しておったのじゃ。」


「え?行定さん戦に行った事あるんですか?まさか、人を斬った事も…」


「いや、儂程の名刀になると所有する武将も位が高くなってな。人を斬る事は只の一度もなかったわい。だが、刀の本分は戦にありでな…奉納される事は非常に名誉な事なんじゃがやはり儂は戦場に出たかったんじゃよ。」


「そういうもんなんですね。」


「そういうもんなのじゃ。話が逸れたな。

 そして奉納されて30年、儂の隣にキヨさんが来たんじゃ。実に美しいその姿に儂は一目で恋に落ちた。使われる事なく飾られているだけの儂らは暇でな。儂は武家や戦の話を御公家様の所に永くいたキヨさんは宮中の話や雅な物語なぞをお互いに話したもんじゃ。」


「うんうん。…で、どっちから告白したんですか?」


「それは秘密じゃ。」


「え~。そこまで話しておいてそれはないんじゃないですか?聞きたい聞きたい聞きたい聞きたい聞きたい~。」


「秘密じゃ。」


「何で?」


「…恥ずかしいからじゃ。」


「なるほど、行定さんから告白したんですね。」


「!!なぜ分かった?さてはお嬢さんキャスターってヤツじゃな?」


「キャスター?」


「ミスターじゃったかな?」


「もしかしてエスパーですか?」


「それじゃ!!心が読めたりする妖術師らしいの。」


「ここにずっといて何でそんな言葉の情報が入るのか不思議ですけど、違いますよ。」

 

「ではなぜ分かった?」


「『どっちから告白したんですか』と聞いて『秘密』と答える。そして『何で』と聞いて『恥ずかしいから』と答える。何で恥ずかしいかといえば自分から告白したからって誰でも想像できますよ。それに『なぜ分かった?』って自白してますしね。」


「むう…。まさか20年そこそこしか生きていない娘に600年生きている儂が見透かされるとはな…。」


「まだ18ですよ。永く生きてれば何でも知ってると思ったら大間違いですよ。」


「腹立つの、何か腹立つの!もう話さん!!」


「いいんですか?伝言…。」


「うぐ!卑怯な…。…で、お嬢さんの言う通り儂は想いを伝えたワケじゃ。キヨさんも憎からず想っていてくれてな。楽しかった…戦場に行けなくなった暗い気持ちなど何処かに行ってしまったわい。」


「良かったですね。」


「うむ。…じゃがな、無限に続くかに思われたそんな時間が70年前に突然終わりを告げたのじゃ。」


「この宝物館が出来たんですね。」


「そうじゃ。それまで何となく並べられていた儂達も宝物館では種類別に分けられてしまってな…。それから70年、キヨさんには会えていない…。」


「そう…ですか…。何か可哀想ですね。」


「まあ仕方のない事だと諦めてはいるんじゃ。たまにお嬢さんの様に儂の声が聞こえる人間がいるんじゃが、こんなにガッツリと話を聞いてくれたのはお嬢さんが初めてじゃよ。では、伝言頼んだぞ。」


「ガッツリって…。任せて下さい。行ってきます!」


 私は隣の部屋に向かった。たかだか10メートル程の距離。この距離が行定さんとキヨさんにとっては永遠にも等しい距離なんだと思うと胸が詰まる思いだった。


「わあ…綺麗…。」


 数々ある装飾品の中で一際目立つ鏡が目に飛び込んできた。金と螺鈿で装飾されていて所々に瑠璃が埋め込まれている。そしてこの鏡も重要文化財と書かれていた。

 私は心のどこかで鏡じゃなくてお婆さんがいるんじゃないかと考えていたので安心7割残念3割といった心持ちだった。


「これがキヨさんね。

 キヨさん、行定さんから伝言を預かってきています。言いますね。

『キヨさんお元気でしょうか。あなたに会えなくなってからもう70年が経ってしまいました。あなたの事を忘れた日は一日たりともありません。私達の寿命は永い。いつかまた会える事信じております。どうかその時までお元気で。』

 伝えましたよ。」


 私が言うと鏡はカタリと音を立てて倒れた。きっと私の言葉に反応してくれたのだろうけどリアル心霊現象には違いない。

 私は再び日本刀の部屋に戻る。そこには老人達の姿はなく日本刀が鈍い光を放っていた。私は行定さんのケースの前に立ち報告をする。


「行定さん、ちゃんと伝えてきましたよ。キヨさん綺麗ですね。また…来ますね。」


 行定さんは何の反応もしなかったけど私は行定さんに一礼をして宝物館を後にした。



「主任、やっぱりこの展示の仕方は変ですよ。」


 あれから8年が経った。私は美術館に就職し主任になり初めての企画を任されていた。


「いいのよ。同じ神社から借りてきたモノだし、なかなか取り合わせも面白いじゃない。」


 私が企画したのは『神社の重要文化財展』。日本各地の神社にある重要文化財を一堂に集め…ってほど大規模なモノでもないけど、自分でも納得のいく展示になりそうだ。

 そしてもう一つの目的がこれだ。私はあの神社から行定さんとキヨさんを借りた。そして今私の目の前には一つのケースに二人は仲良く並んで入っている。

 展示のプロから見れば確かに落ち着いた光を放つ日本刀ときらびやかな鏡との取り合わせは決して褒められたモノではない。それでも私はこの並びが美しいと思う。


「良かっね…行定さん、キヨさん。78年振りの再会はどうかしら?」


 返事はない。この企画展が終わればまた二人はバラバラになってしまうだろう。それでもこれから一ヶ月二人は一緒にいられるのだ。私はケースに背を向けて仕事に戻ろうとした。


「ありがとうお嬢さん。」


 行定さんの声が聞こえて振り返るとそこには行定さんと派手な衣装を着たお爺さんがにこやかに笑いながら仲良く寄り添っていた。


「………。」


 ま…まぁ、愛の形は色々あるからね。478年の恋なんてやっぱり凄い。

 私は二人に笑顔で手を振り、私も恋したいなと考えながら仕事に戻った。

 

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