第11話

 土煙は地面を覆ったアスファルトが砕かれせいで巻き起こった。その煙幕のせいで黒髪に赤い瞳の少女”あやめ”は視界を遮られてしまう。晴れるのを待つ時間は無い、彼女は一目散に前方へと走り、煙幕からの脱出を計る。そしてそこから飛び出した彼女の眼前に広がっていたのは刃の雨。あやめは手にしたナイフを構えると、それを迎撃するつもりでいるらしく鋭い双眼で向けられた刃を睨み付けた。


(降りかかる火の粉だけを払う……やって見せる)


 そして刃たちは一斉に彼女やその一帯に降り注いだ。それを前にあやめの体が熱を発する。熱い血が全身を駆け巡り、反射神経、そして動体視力。あらゆる身体能力が強化される。そしてそんな彼女の元にいよいよ刃の雨が到達しようという刹那、響き渡る男の悲鳴。そしてあやめの脇をごろごろと転がって出てきたのは白いタオルで頭を覆った男性だった。


 彼は勢いのままに地面へとうつ伏せに叩き付けられるが、手に握り締めた金剛杵のようなものをその状態のまま掲げた。すると一瞬彼とあやめを含めた僅かな空間に歪みが生じ、そして元に戻る。だが降り注いだ刃は歪みが生じた範囲には落下せず、見えない壁に阻まれたように弾かれていった。


「痛い……毎度の事だが、投げられるのはマジで寿命が縮む。マジってか、物理的に……」


「ちょっと門吉もんきちさん!? だ、だいじょうぶ……? 鼻血出てるけど……」


「馬鹿野郎! なんで一人で突っ走るかな!? お陰で俺あメリージェーンにぶん投げられる破目になったんだぞ!! というか怪我無いかよ!? ちなみに、俺は大丈夫……」


 おかげさまでと門吉と呼ばれた件の男性の剣幕にたじたじな様子のあやめが人差し指同士をこねくり回しながら苦笑して告げると、彼は安堵した溜め息を吐いて立ち上がり鼻血を指で擦り取り、最後に片方の鼻孔を親指で閉じたうえで鼻を吹き奥の血も外へと吹き飛ばしてしまう。


 そして二人の背後から遅れ馳せながら駆け寄って来る存在に気付いたあやめが振り返るとそこにはセミショート程度に伸びた桃色の髪をした給仕服を着た女性が、あやめは彼女の事を門吉が言ったメリージェーンと呼び、笑顔を覗かせる。

 メリージェーンは門吉の隣へと行くとその様子を窺い、彼から問題無いことを告げられると頷いて今度はあやめの隣へ。


 立ち並んだ三人は人気の無い町中、大通りのど真ん中でその先を見据える。そこにはまず通りの真ん中で三人に相対するように立った人影が一つ。そして通りを挟んだ建物の列の内、右の個人商店らしき建物の屋根に更に人影が一つ。今度は左の三階建て雑居ビルの屋上に更に一つ。計三つの人影が姿を現した。いずれも赤い瞳を闇夜に浮かび上がらせている。


 門吉が一歩下がるのと同時にあやめとメリージェーンの二人が前へ歩み出る。


「――行くよ」


 その言葉と共にあやめは右手のナイフを振り上げて暗闇より飛来した刃を弾き落とす。きんと刃が地面に落ちる鋭い音が木霊す中で、緊張した面持ちの門吉が身構える。そしてメリージェーンがその両腕を振り下ろすと、甲を覆うようにして左右それぞれの袖口より諸刃が飛び出した。


 いの一番に走り出したのはあやめ、追うようにしてメリージェーンが駆ける。あやめは正面の外套纏う人影へと髪と真紅の眼光、そして刃の煌めきを躍らせた。

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あやめ こたろうくん @kotaro

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