一部 第3話

 

 麗華社長と一緒に事務所をでた。ビルの地下には広い駐車場があり、そこは真っ赤な車があった。

「え、まさか……フェラーリですか?」

「ああ、そのまさかのフェラーリだ」

 フェラ―リを乗っている人なんて今まで見たことない。てか、本当にいるんだ。テレビの中だけの存在だと思ってたよ。

 ピッとリモコン型のキーで鍵をあけ、ドアが……上に開いた! これがガルウィングドア!

「どうした? 乗らないのか?」

 いやいや、ガルウィングなんて開けたことないから戸惑う。一般人はこんな車に触ることさえ許されない……とまでは行かないが、自分のような人間があのフェラーリ様に手垢などつけるなどと、そんな大それたとかがすんなりできるわけもなく……。

「え、えーっとその……開けていいんですか?」

 などと、情けないことを言ってしまうわけで……。

「はぁ?」

「い、いやその……」

「なんだ……光太郎。車の開け方もしらんのか?」

 いやいや、世の中が皆ガルウィングだと思わないでほしい。

 けど……はい、もうそれでいいです。

「ほら、ここを引いて……こうだ。簡単だろ?」

「……うっす。よくわかりました」

 緊張する。すげー緊張する。車に乗るのってこんなに緊張するものだっけ?

「なにやってんだ、はよ乗れ、乗れ」

「し、失礼しまーす」

 ああ、もう何がなんだかわからない。とりあえず、すっげーというのはわかる。

 ああ、俺の贅肉がエンジンの音が俺の全身に響いてプルプル震える。

「よし、じゃー行くか」

「は、はい」

 ブォォォォォー―ンという音とともに、走りだした車は、車というよりまるでジャットコースター……そう感じました。


 


「ただいまぁ」

「た、ただいまもどりました……」

「あら、二人共おかえりなさい」

 時間にして1時間。

 高速道路を華麗なドライブテクニックでかっ飛ばし、 東京、埼玉、神奈川、千葉、茨城を循環。渋滞に引っかかることなく、フェラーリのスピードを殺さず走りきった。

「ふふ、おつかれ様、光太郎くん。どうだった初めての外回りは」

 ああ、そうだった。俺は麗華社長と外回りをしてきたんだった。

「えっと……なんだか、僕の知ってる外回りとは……なんだか違ったような……」

「あら? そうなの?」

 意外そうな顔をする香さん。

 俺の知っている外回りって、どこかの会社に営業をかけに行ったり、既存のお客様のところを訪問したり、休憩にちょっとお店入ってそこの代金を「先輩、ごちそう様です!」という感じで奢ってもらって、帰社するか直帰するという感じだと思ってたのに……。フェラーリで高速道路をかっ飛ばして満足して帰っていくだけって、想像と違いすぎて戸惑うのも無理はないと思う。

 フェラーリに乗っただけで、もう普通じゃないのに。

「まぁ、何にせよ。これも立派な業務だから。はい、お茶。ゆっくり休みな?」

「あ、ありがとうございます。香さん」

 冷たいお茶を入れてくれる香さん、マジ天使、いや女神。

 これが業務だとは到底思えないが、香さんがいればもう何でもいいやと思えてくる。

 ん? そういえば、目立つあの人がいないな。

「アンダーソンは……」

 そう、背が高いマッチョな外人アンダーソンが事務所にいる気配がない。いち早く「BOSS!」と言って出迎えてくれそうなのに。

「ああ、そうだった。麗華さん。アンダーソンくんは今、例の件の調査で外にでています。なんだか急に連絡が入ったみたいで……」

 すると、麗華社長はみるみる嫌そうに、眉間にシワをよせる。

「ということは、あいつ今日はもう帰ってこないな。あの爺……うちの大事な戦力をいいように使いやがって……規定外要請代は今回から1.5倍上乗せして請求してやる」

「わかりました。では、すぐに手配します」

「ついでに『ボケ爺、さっさと貸してるゲーム返せ』を一文追加しておいて」

 うわぁ、なんか漫画とかにありそうなシチュエーションだなぁ。例の件とか、あの爺とか、なんだか重要な案件に関わってそうでテンションがあがる。

 もしかして事件の捜査依頼なのかな? アンダーソンだからもしかしてボディーガードとかかな?

 あと、貸しているゲームってなんだろ。

「というわけで、光太郎。アンダーソンが不在のため、お前の歓迎会はまた別日に……」

「えー! なしですかぁ!」

「……なんで、香が残念がるんだよ」

「3人でいきましょうよ! アンダーソンくんも『3人で行ってきなヨ!』っサムズアップしながら言ってましたよ!」

 ほらっと言って、スマフォを麗華社長の方に向ける。画面にはサムズアップして『3人でイッテキなヨ!』と言っているアンダーソンの動画流れた。

 その動画を見て、麗華社長がますます顔の皺多くなっていく。

「それに、光太郎くんだってまだ慣れてませんし、職場環境になれるにはまず私達が光太郎くんに歩み寄り、人間関係を良くし、素晴らしいチームを作っていく! それにはやっぱり初日の歓迎会が何より大事なんじゃないでしょうか!」

「……はぁ」

 ため息とともに煙をぷはぁ〜っと吐き出す麗華社長。きっと心のなかでこう思っているに違いない。『お前が飲みたいだけだろう』と。

「わかったよ……たく……とても元シスターの発言と思えんなぁ。というわけで、光太郎。香の要望により、3人でお前の歓迎会だ」

「は、はい」

 でも、自分が飲みたいからとしても、美女二人とお酒が飲めるのは素直に嬉しい。お酒の席でちょっとアダルトな感じに、酔った香さんが密着してきてとか……お酒でほんのり頬が赤くなる麗華社長とか、大人の女性に淡い憧れを抱いている俺にとっては最高のシチュエーションだ。

 大丈夫かな……顔にでてないかな。

「光太郎、淡い期待をするなよ」

 どうやら顔に出ていたらしい。



 麗華社長の淡い期待をするなという意味が、ここに来てわかりました。

「おい、光太郎……飲んでっか?」

「は、はい……飲んでます。香さん」

「よーし! カンパーイ!」

「か、カンパーイ」

 これで8回目の『カンパーイ』である。しかも、香さんはまだビールジョッキ2杯目に突入しただけ。アンダーソンと飲み比べしましょう的な会話してたから、てっきりザルだとばかり……一口飲んで、顔がほんのり赤くなり、ジョッキ半分でテンションが高くなり、ジョッキが空になったときには酔っ払いの出来上がりである。

 ビール一杯でこれとは……ちょっとまだついていけないよ!

「やっぱり、ビールってうんまいわねぇ……泡がいいのよ、この泡が。追加注文しておこう」

「いや、香さん、まだ空になってませんよ」

「チッチッチ、光太郎、よく考えてみな。すでに頼んでおけば、空になったときにすぐ飲めるだろ?」

 よく考えてください。空になったときは、すでにあなたの大好きなビールの泡はなくなってしまいます。

「いまあるの飲み終わってからにしなさい」

「はーい! 麗華サン!」

 麗華社長の言うことは素直に聞くんですね。

 その麗華社長は静かに日本酒をクイッとおちょこを空にする。俺はつかさず徳利を手に取ろうとすると、手を俺の方へ向け、行為を停止させる。

「気にするな。大学では先輩に対して暗黙の義務だったかもしれないが、ここではそういうのは無用だ。気楽に飲め」

 そう言って手酌し、再びクイッと飲み干す。

 なんだろう。すげーかっこいい。さっきの発言も、飲みっぷりも、見とれてしまう。

「光太郎、正直うちに入ってどう思った?」

「ふぇ!」

「なんだ、その変な声は。お前も酔ってるのか?」

「いやいや、全然酔ってないです」

 見とれてしまってたから、突然の質問に驚いただけです。

「ふふ、そうか。それで、うちに入ってどう思った?」

「えっと……そうですねぇ」

 正直、どう思ってるかなんてまだ初日だからわからん。わかるとすれば、キレイなお姉さんが2人もいて、おっぱいが大きい。給料も高い。福利厚生ばっちり。アンダーソンというチョット変わった外人もいる。探偵っていう仕事はなんとなくかっこいいとも思うし、普通のサラリーマンより特別感がある……とか。

 ……いや、多分そういう外側の面じゃないんだろうなぁ。もっと内面的なことを聞きたいんだろうなぁ。

「……」

 あー、麗華社長がじっと俺を見て待っている。きっと素晴らしい答えを期待してるんだ。えーっと、なにか……なにか……あっ。

「……居心地がいいですね」

「……ふっ。そうか」

 と麗華社長は軽い笑みを浮かべ、また自分のお猪口に酒を注いだ。

 なんだか嬉しそうな感じがした。どうやら納得いく答えだったらしい。

 絞り出した答えだが、居心地がいいと思ったのはホントだ。まったく緊張していないは嘘だが、いい感じがする。面接で来たときも、今日も。

「あー! 光太郎! 麗華さんのおっぱいばっかみてる!」

「え!」

 いきなりなんすか! 言いがかりです! 
 確かにちょっとおっぱいをチラッとみてしまいましたが、本当にチラッとです。 

 そんな指摘されるほど見てないです!

「あぁ〜図星だぁ。麗華さん、麗華さん。新人くんは麗華さんのおっぱいばっか見る、スケベな子でしたよ」

「別に見るくらいかまわんよ。それもまた私の魅力の一つだからな」

 え、見ていいの?

「もぉ! 麗華さん太っ腹〜! よーし、麗華さんの許可が降りた! 特別に私のおっぱいもみていいぞ! ほれ!」

 言って胸元のボタンを外し、谷間を強調し見せつけてくる。

「おーー!」

「ほれ〜ほれ〜」

「やめんか、はしたない。お前はそれでも元シスターか」

「イテっ!」

 バシッと頭を引っ叩かれ、渋々胸元のボタンをつけ直す。ああ、もっと見たかった……。

「明日も仕事だ、そろそろお開きするか……」

「えー! もう終わりですかぁ! まだ始まったばっかりですよぉ!」

「バカタレ、もうすぐ2時間だ」

 


 会計を済ませ店に出ると、香さんは『2軒目、2軒目』と言い出したが、あえなく却下。

「光太郎、気をつけて帰れよ」

「はい、ごちそうさまでした」

「光太郎くん、また明日ねぇ! ……やっぱり2軒目行きません?」

 無言のまま香さんを寝首をもって、まるで散歩中の犬のように、二人は歩いていった。

 実はちょっと2軒目いきたかったなぁと、残念に思いながら俺も駅のほうへ歩いていった。

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