日曜日。先生からの早い返信封筒を不思議に思いながら開くと、そこには紙木を危険視する言葉と謝罪文が書かれていた。

「私は響さんの倍生きていますが、そのような存在に出会ったことはありません」

ほとんどの文字が目から滑り落ちていく中、その文は響の頭に大きな衝撃を与えた。彼女は、そういうものとして受け入れていいものではではなかったんだ。離れなければならない存在なんだ。手紙は、いつの間にか湿っていた。それでも丁寧に封筒へしまい、普段と同じように引き出しの束に重ねる。返信は明日、紙木ちゃんに話をしてから書こう。彼女はそう決意し、布団に潜り込んだ。



「紙木ちゃん、話があるの」

「うん、話だね」

切り出すのを知っていたかのような紙木の返しに、響のほうが面食らってしまった。手紙の話をしたとき、ずいぶんと真剣な表情をしていたことを思い出す。あれは響が現実を知ってしまうことを危惧したから出来た表情なのかもしれないと、響は思った。

「紙木ちゃんは、やっぱり不思議な存在だったんだね」

「そうだよ。あなたがひとりでいるのを見ていられなくなって、自分はこうなったんだよ」

「そっかあ。紙木ちゃんは優しいね」

本心から笑う響。

「そんなことはないよ。私は響の無知につけ込んで、ここまで過ごしてきたから」

同じように笑みを返したつもりの紙木の顔は、少しばかりの疲れを感じさせた。

「それに、もう君は卒業だ。遅かったよね、ごめんね」

紙木は床に座り込み、体育座りで視線を落とす。そんなことはないよ、響の頭には否定がよぎったが、彼女はそんな言葉を求めていない気がして口をつぐんだ。私は紙木ちゃんと話すのはとても楽しかったよ、ご飯を喜んで食べてくれたのもとても嬉しかったし、今だってあなたが怖いとは思えないよ。たくさんの言葉が思い浮かび、口から出ていかずにとどまった。紙木もずっとうつむいたまま、とても長い沈黙。

「ねえ、響」

不意に紙木が言葉を投げる。

「なに?」

上げられた顔。

「一緒に溶け合ってくれたりしない?」

その目が響には、黒々と濁っているように感じられた。びくりと肩が震える。

「それは、どういう意味?」

「どうだろうね」

ふふ、と彼女は意図を悟らせないように笑った。溶け合う。響は繰り返してみた。彼女はトイレットペーパーだから、水に流せば溶かすことも出来るだろう。でも、自分は? 人になれた今の彼女なら、きっと本当に『溶かして』くれるのだろう。そう思うと、とたんに背筋にいやなものが走った。彼女は、自分とは相容れない存在なのだ。どうしようもなく、絶対的に。全身の毛が逆立つほどの恐怖を抱き、響は立ち上がった。

「ごめんね。私は、まだ溶けたくない」

「うん、そうだと思った」

「もう、ここには来ないよ」

「分かった。最後に言わせて」

いつの間にか立ち上がっていた紙木が、響の手を取る。ひどく乾燥して、まるで紙みたいな質感だ。

「卒業おめでとう」

チャイムの音が鳴り、言葉は半分も届かなかった。響はその手を振り払い、乱暴に扉を閉める。そのまま、脇目もふらずに走り去った。



響が卒業した翌年の新年度。春休み明けの大掃除にて、誰も利用していないはずのトイレのホルダーが壊れているのを、その区域担当となった生徒が見つけたという。

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個室のふたり 城崎 @kaito8

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