拭き取る
響が紙木と話すようになり1ヶ月が経過した頃、彼女宛てに一通の手紙が届いた。それは、かつての保険医である風間由希子からの手紙である。彼女とは、今も時折手紙を交わす関係であり、響はこの手紙を心待ちにしていた。少し早いけれど卒業おめでとう。そんな内容をいつもより急いで読み終わり、返信用の手紙を書く。なによりそこに書きたかったのは、紙木と出会ったこと。手紙の内容に触れながらも紙木についてを事細かに書き、封をした手紙を晴れ晴れとした気持ちでポストに投函した。
これを受け取った由希子は、他の用事をすべて押しながら急いで返信用の手紙を書いた。
○
午前中までの授業の内容を話しつつ、昼食を終わらせる。
「ごちそうさま」
「ごちそうさま。今日もおいしかったよ」
「良かったー」
最近では紙木の分も考えてお弁当を持ってくるようになった。2つのごちそうさまの声。次の時間は小テストのない科目であることを確認し、話を続ける。
「昨日ね、紙木ちゃんのことを手紙に書いたの」
言われた本人は、ぴくりと肩を震わせた。表情がくずれないように、ゆっくりと口を開く。
「誰への手紙?」
「由希子先生っていう、保険の先生がいてね。私が2年生に上がる前に転任してしまったんだけど、今も手紙を交換してるんだよ」
「……そっかあ」
他人に自分の存在が知られてしまった。きっと他の人は、自分と彼女を引き裂こうとするだろう。それが正しい判断だ。
「いやだった?」
だとしても。彼女がこの学校を去るまでは一緒にいたい。今、響のそばにいるのは紛れもなく自分なのだから。そう思うと紙木の顔には自然笑みが浮かんできた。そばにいない人間たちよりも、そばにいる自分のほうが響を笑顔に出来る。
「いやじゃないよ。どんなこと書いたの?」
「紙木ちゃんが私のお弁当を楽しみにしてくれたり、話を聞いたりしてくれてとっても嬉しいって話」
「響が嬉しいと、自分も嬉しいよ」
笑みを浮かべた2人のうち、響は早々に苦笑いへと変わった。
「もう少し早く出会いたかったな。もう少しで卒業だもん」
「それは」
それは、自分がヒトに近い体を手に入れるのにずいぶん時間をかけたせいだ。トイレットペーパーのまま話しかけるより、こちらの方が話を聞いてもらえると思った。なにより、この身であれば響に触れられる。不意に泣いてしまう彼女の涙を、拭いてあげられる。もちろん、涙なんて浮かばないのが1番だけれど。
紙木が真剣な表情で言葉を詰まらせるのを見て、響は慌てて首を振った。
「紙木ちゃんに言っても仕方ないよね。ごめん、忘れて」
いつになくこちらを凝視され、いたたまれなくなってしまう。響は鞄を手に立ち上がった。
「じゃあ、また来週」
「……うん、またね」
次があることを信じらながら、扉を閉じる彼女へ手を振る。完全に扉が閉じたとき、そこには誰もいなくなった。
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