あーん
「名前、考えてきたんだけど」
「教えて」
「紙木っていうのはどう?」
「かみき」
「うん。紙の紙に、紙の原料の木」
由来を言われても少女に理解は出来なかったが、嬉々として話す響の顔を見て、良い名前なのだろうと感じられた。
「いいと思う」
笑って頷くと、彼女は目を輝かせて喜んでいる。その様子を、少女は微笑ましく思った。
「じゃあ紙木ちゃん、今日はなにを話そうか?」
「それ、食べてみたい」
少女は響の膝にある開きたてのお弁当箱を指さす。今日の中身は卵焼きに鮭の塩焼き、それにきんぴらごぼうだ。
「うーんと……」
まさかトイレットペーパーである紙木が食事に対して興味を持つとは思わず、戸惑いを隠せない。
「いや?」
「嫌、じゃないけど」
食べられるのだろうか。食べた後はどうなるのだろうか。口に出すのがはばかられる質問が浮かび、曖昧な笑みを浮かべた。彼女の疑問を察した紙木は、大丈夫だと宣言する。
「消化についてなら、不思議な力がなんとかしてくれるから」
「不思議な力」
ふふと自信ありげに笑う紙木にそれ以上の反論は出ていかなかった。
「分かったよ。どれがいい?」
「全部を少しづつ」
ん。少女が口を小さく開ける。
「そっかあ……」
じっと目がこちらを見つめている。シチュエーションはともかく、これは世間で言うところのあーんというやつなのではないだろうか。そう思うと彼女の心拍数は上がり、顔が熱くなっていく。まずは卵焼きを一切れ、紙木の口へ。しばらく咀嚼した後、少女はまた口を開ける。鮭、きんぴらごぼうと続いて口の中へと入れた。咀嚼する彼女を、緊迫した表情で響は見つめる。やがてすべてを食べ終わった時、紙木は気づいた。
「おいしいかどうか分からない」
「そ、そっか。これがはじめてのご飯だもんね」
「でも、響の作ったご飯を食べられて嬉しいよ」
嬉しいよ。響は言葉を反芻する。思わず顔を覆った。人に作った食事の感想をもらったのはいつぶりだろうか。もう思い出せない記憶を思うと、余計に胸が締め付けられるような思いになった。様子を見ていた紙木は、泣かせてしまっただろうかと、動揺を浮かべて彼女を見つめる。
「まだ響も食べてないのに、もらってごめん」
「ううん。謝らないで。嬉しいって言ってもらえて、私も嬉しいの」
そうなの? そうだよ。不安そうな声に彼女は顔をあげ、笑顔を作って見せる。その笑顔に違和を感じつつ、少女はそれ以上なにも言わなかった。
「あ、でも、うん。時間が不安だから私も食べるね。いただきます」
「自分は、いただきました」
「うん、ありがとう」
彼女はいつもよりペースを上げて食べたが、時計の針はもうすぐ昼休みの終わりを刺そうとしている。
「ごちそうさまでした」
走れば間に合うだろうと、紙木に手を振り教室へと急いだ。
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