最終話「……AND YOU!!」

 ――プレイゲーム。

 確かに、ロップルとナガレ、二人の概念妖精プライマーはそう言った。

 そして、その単語が発せられた瞬間に坂下楽巳サカシタガクミは見た……隣の麒麟寺遊羽キリンジアスハが、とびきりの笑顔を輝かせるのを。それは普段の、楚々そそとした女神のような笑みではない。無邪気な子供のような、あどけない少女の興奮と好奇心が彩られていた。


「楽見くんっ、プレイゲームですって! どんなゲームなのかしら」

「あ、あの、遊羽さん?」

「わたし、新しいゲームや知らないゲームに目がないの……ねえ、ナガレ。アクアもシンフォ君も。そっちの三人も……どういうゲームなの? プレイゲームってどんなの?」


 ゲームをつかさどる概念妖精同士で競われる、プレイゲーム。ゲームの妖精だからゲームで対決する、これはわかる。

 だが、全く想像がつかない。

 ロップルはRPGロールプレイングの精霊で、ナガレはSTGシューティングの精霊だ。

 RPGとSTGでは、ルールも仕組みも全く異なる。

 そう思っていると、面倒臭そうにシンフォ君が溜息をついた。彼女は音ゲーの妖精で、やれやれと肩をすくめながら宙へと両手を掲げる。


「えー、あれやるのぉ? ……じゃ、ボクが準備するね。二人共、物好きっていうか」


 どうやら、概念妖精にとってはプレイゲームはかなりの大事らしい。

 それでもアクアは、あらあらうふふと笑っている。シュミちゃんとタイカも「ええい、迂闊うかつな!」「てゆーか、たるいしぃ~?」とあまり乗り気じゃないようである。

 それでも、シンフォ君が両手から光を発すると……空中にそれは現れた。

 駄菓子屋だがしややデパート等にある、これもある意味ゲームのようなものである。

 それを見た瞬間、遊羽が歓喜の声で瞳をハートマークにうるませる。


「ガチャ! ガチャなのね、どうしましょう……見て、楽巳くん。ガチャよ!」

「あれですよね、キーホルダーやストラップがランダムで出てくるっていう」

「そうよ、そのガチャガチャでもあるわ! ああ、素敵……回さなきゃいけないわ。欲しいものが出るまで回さなきゃ。でも、回してると欲しいものが増えるの」


 駄目だ、この麒麟寺遊羽という少女、かなりの重症ヘヴィーゲーマーである。本当にゲームのことで頭が一杯なようだ。大金持ちの御嬢様おじょうさまなのに、ゲームの課金で貧乏という彼女の境遇を、楽巳は思い出していた。

 そして、ナガレが降りてきたガチャガチャの回転レバーへと手を伸べる。

 楽巳達人間のサイズのガチャガチャなので、結構な大きさがあった。


づらかくなよ、ロップル……拙者せっしゃから見れば、貴様はあまりに未熟! 故に、試させてもらう……概念妖精として、ゲームを司る者としての、あるじに対する覚悟をな!」


 ガラコロ、とガチャガチャが回る。

 飛び出したカプセルが開いた瞬間、楽巳は隣の遊羽ごと光に包まれた。

 次の瞬間、部屋の風景が一変してしまう。

 そして、響く声。

 ゲーム特有の、ハイテンションな外国人の声だった。


『ウェルカムトゥ、プレイゲーム! プレイ№781……スターコロッセオ!』


 スターコロッセオ、それが競技の名前らしい。

 そして今、楽巳と遊羽は文字通り星の海に浮かんでいた。見下ろせば下には、大きな隕石が浮かんでいる。クレーターだらけの、荒涼こうりょうたる灰色の世界が広がっていた。

 そして、周囲のシュミちゃんやタイカが教えてくれる。


「プレイゲームはランダムで、12,000種類の競技内容から選ばれる! そしてこれは……もっとも決着がわかりやすい、直接対決の一つ!」

「ってか、これが出るならあーしがやったしぃ……スターコロッセオは単純に、お互いの司るゲームジャンルをぶつけ合うってゆーかぁ、問答無用で殴り合う系?」


 よく見れば、眼下の星にロップルが立っている。いつもの水着みたいなよろいに、剣とたてだ。風もないのにマントを揺らして、彼女は見上げた宇宙をにらんでいる。

 そして、その視線の先を振り返って……楽巳は驚きに声を上げた。

 だが、それを遊羽の歓声が塗り潰す。


「うわっ、なんだあれ……宇宙船? あれとロップルが戦うのかっ!?」

「まあ! まあまあまあ……あれは傑作横シュー、R-TAPアールタップの自機のR-DINアールダインね!」


 小さな宇宙船が轟音を響かせ、飛ぶ。

 宇宙は真空のはずだから、音は伝わらないのに。だが、浮かんでいる楽巳も呼吸ができるので、そういうものだと思うしかない。

 そして、どこか潜水艦にも似たずんぐりむっくりな宇宙船から声が響く。


「運がなかったな、ロップル! 拙者の得意とする宇宙ステージ……すでに勝負はついた!」


 ナガレはSTGを司る概念妖精だけあって、宇宙は得意らしい。

 それを見上げるロップルが、すかさず振りかざした剣に魔法を集め始める。


「うるさいわねっ、もぉ……やっつけます! アタシのジャンルを、言うに事欠ことかいて一人用、孤独な作業ゲー、家に帰って一人でやれ系ゲームですって!? 許さないんだから!」


 いや、そこまでは言われてない気がする。

 だが、ロップルはナガレへ向けた剣から強力な電撃を放った。

 暗黒の宇宙を照らすいかずちが、爆音を響かせ青い光を走らせる。

 そしてそれは、楽巳にはナガレの宇宙船に直撃したように見えた。だが、実際には……全くの無傷で、まるで稲妻いなずまなどそこにないかのようにすり抜ける。

 驚く楽巳に、隣の遊羽が教えてくれた。


「STGの自機は全て、。そしてそれは、目に見える大きさよりずっと、ずーっと小さいのよ」

「そ、そういうもんなんですか」

「ええ。今、ナガレはドット単位のギリギリで避けたんだわ! 凄い……ああもうっ、見てられないわ、私にコントローラを握らせて! 私の反射神経を使わせて!」


 この反応、もう既にゲーム中毒者一歩手前である。

 だが、そんな彼女の横顔が不思議とまぶしい。

 とても綺麗だ。

 しかし、ロップルは必殺の魔法を避けられて苦戦中だった。そんな彼女に、容赦なくナガレの操るR-DAIが弾丸を浴びせる。ビームとミサイルの中を、ロップルは転げて逃げ回った。


「フッ……拙者の当たり判定は、中央の3ドット×4ドットのみ! 当てられまい!」

「このっ、ペチャパイ! って言ってる場合じゃないわね、どうにかしないと」

「また! 胸のことを! 絶対に許さぬ……ボム、投下」


 激しい爆光が惑星の表面を薙ぎ払った。

 だが、その前に気付けば楽巳は叫んでいた。

 ロップルはいつも親切だったし、妹ができたみたいで嬉しかった。恋の悩みも聞いてくれたし、好きな先輩に振り向いてほしくて、そんな理由でゲームをする楽巳にも優しかった。

 身構えるロップルへと、楽巳の言葉が吸い込まれる。


「ロップル! 演じてプレイ! 君の役目ロールを! 君は、役割を選んでプレイゲームを戦わなきゃ……それは、剣と魔法の冒険だけじゃない筈だよっ!」


 巨大な爆発が膨らみ、その中にロップルは消えた。

 だが、その炎と爆煙が薄れてゆく中で、奇妙なシルエットが見える。それは、まるで墓標ぼひょうのように突き立ったロップルの剣……では、なかった。

 視界がはっきりとする中で、シュミちゃんが驚きの声をあげる。

 彼女は教えてくれた……かつて最強の名で大地を震撼させた、鋼鉄の騎士の名を。


「あれは……キングタイガー戦車! ドイツ陸軍最強、Ⅵ号戦車……ティーガーⅡ! ……そうか! 名作と名高いRPG、メタルマキシマムか!」


 それは、長い長い戦車の主砲だった。

 そして、ハッチが開いて中からロップルが出てくる。彼女は今、あの露出過多な鎧ではなく、軍服を着ていた。


「丁度いいわ、ナガレ! 退……覚悟なさいっ!」

「なにぃ! そんな……全くRPGではないではないか! 拙者は認めんぞ!」

「うっさいわね! アタシが演じてプレイしてるのは、なの! その中でアタシは……楽巳を助ける無敵の概念妖精なんだから!」


 シュミちゃんの話では、戦車というものは飛んでるものを撃ち落とすことはできないらしい。だが、それは現実の話である。そして、これはプレイゲーム……概念妖精達が互いのジャンルを力に変えて競うゲームなのだ。

 キングタイガーの71口径88mm砲アハトアハトが火を噴く。

 あっという間にナガレのR-DINが砲弾に撃ち貫かれ、爆散した。

 パンチパーマで黒焦げのナガレが、ぽてんと落ちて目を回していた。


「アタシの勝ち……ううん、RPGの勝ちね!」

「きゅう……拙者、納得いかない、けど……ロップル、お主の覚悟はわかった、ことに、する。思えば、STGも背後のギャラリーが支えてくれる、見てくれる者達が力になるゲームだった」

「そうよ! 同じゲームの空間を共有する全てが、第二第三のプレイヤーなの! 何人プレイのゲームかなんて、些細ささいなことだわ。さ、立って……ナガレ」


 気付けば楽巳は、隣で感動に泣きながらうんうんうなずいている遊羽に驚いていた。本当にゲームが好きなんだと思い知らされた。そして、そんな遊羽が好きなんだと、改めてわからされた。

 だが、そんなプレイゲームの世界に突然、苛烈かれつな光が走る。

 そして、宇宙の闇を照らす輝きの中から……なんと、七人目の概念妖精が出てきた。

 どういう訳か、セーラー服をベースとした学校の制服らしき姿である。


「これこれ、お前達……ワシのいないところで盛り上がるでないぞ? まったく、ちょっと目を放すとこれじゃ」


 妙に年寄り臭い口調の少女は、ギャリルレと名乗った。

 すかさずロップルが紹介してくれる。


「あっ、楽巳。遊羽も。この方は大先輩の、エロゲを司る――」

「誰がエロゲじゃ! ワシはギャルゲーの概念妖精、ギャリルレ。全く……恋の話なら何故なぜワシを呼ばん。それより、ゲームを体現する概念妖精達よ。急ぎワシと一緒に来るのじゃ」


 ギャリルレは語った。

 今、ゲームの世界に危機が訪れていると。そしてそれは、ゲームを生み出し遊ぶ筈の、人間……それも、一部の大人によってもたらされているという。

 あっという間に六人の概念妖精は、飛び上がりつつ名残惜しそうに振り返った。

 だが、ロップルは笑顔で最後に皆を代表して頭を下げる。


「急でごめん、楽巳。でも、行かなきゃ……でも、大丈夫よ? プレイゲームPLAY GAME、それは概念妖精の遊戯ゲームであると同時に、祈りの表現PRAY GAME。アタシ、楽巳の気持ちで戦えたわ。これからもきっと、戦っていける。だから、ここでの役割ロールは終わりね。じゃ、また会いましょう!」


 光が広がり、気付けば楽巳は遊羽と自分の部屋にいた。

 なにもかも元通り、そしてロップル達の姿はない。

 寂しさに目をしばたかせていると、遊羽がそっとゲーム機のコントローラーを楽巳に握らせてきた。手と手が触れて、彼女はそのままさらにもう片方の手を重ねてくる。

 温かさと柔らかさが、突然の別れをやしてくれる気がした。


「あのね、楽巳くん……もしかしてだけど、なんとなくだけど……ふふ、立っちゃった?」

「え? ……ええーっ!? い、いや、僕はそんな、破廉恥はれんちな! ってないです、じゃなくて、そういうんじゃなくて、遊羽さんとは」

「ううん、わたしが立っちゃったの」

「え……いや、遊羽さんは女の子じゃないですか。どっちかというと、勃つってより――」

「フラグ、立ったぞ? わたしに、バリサン。ね……ゲーム、しよ? 二人だけの……恋のゲーム」


 そう言って彼女は、優しく微笑ほほえんだ。そんな彼女の瞳が揺れてて、遊羽もまた仲良しだった概念妖精とお別れしたのだと知った。

 そして、大きく頷く楽巳もまた同じだ。

 別れは終わり、そして始まり……激変した騒がしい日常と言う名のゲームは今、唐突なエンディングの果てに二周目が始まろうとしているのだった。

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