第3話の7『坊主戦艦説法』

 なにをされたのか初めはわからなかった。しかし重く弾力のあるもので天空に打ち上げられたことだけはわかった。続き視界が回復すると、自分の状況を瞬時に把握。やっと確認ができたということに戦闘用アンドールメイトとして恥ずかしい限りと悔やむものの、短い人生に於いて『異常に膨張した男性器で空に打ち上げられる』などという体験は想定すらしていなかった。誰も責めはしないだろう。


「うう、まだ乙女なんですよこっちは」


 なんてもので殴るのかとムカムカするも、現状は悲観的なものだ。なにせほぼ真上に打ち上げられ、その落下予想地点には体を反らせてこちらを見上げ哄笑しているゲンジョーの姿。その股間は正確にアゲハの秘密の花園を狙いピクピクと動いている。


「乙女も何も、そのような機能は幸か不幸か付いていないのですが」

「アゲハ、意識は?」

「ございます」


 通信から聞こえるハヤテの声には、疾走する気配も感じられる。スケベホテルから出て、どこかしらに向かっているのだろう。さすがに五〇〇メートルほど打ち上げられてもその姿までは確認できない。


「着地に備えろアゲハ。下にいる坊主は、オクさんがなんとかする」

「先生は?」

「空港の反対側に回り込む。なあに、バイクですぐにビューンだ」


 助けに来るのだろうということは分かったが、それでもなお長距離を保つということは、彼がまだ何かをやるつもりなのは予想が付く。


「作戦を伝える――」

「承ります」


 地上まで間もなくだった。

 簡潔で困難な作戦を聞いたアゲハは了承の旨を伝えると、空中で姿勢の制御をするため、ぐるりと体をひねる。足から着地するためだった。彼女の素体なら充分に耐えきるだろう。

 ただし、落下地点にゲンジョーがいなければだ。

 あの坊主なら、相当な見かけ重量で落下するアゲハをもで受け止めるであろうことは明白だった。


「お客さま、落ち着いてください!」


 地上からオクさんの声とともに、空港への非常警戒ベルがやっと響き渡る。ゴードン総合生命オクリーヌの宇宙船に火が入るやいなや、その光沢在る外殻から、ぼうっと薄紫の妖気が立ち上る。


 ――エニグマの変身だ!


 アゲハの戦闘用データベースがその現象を分析する。

 エニグマはその妖力や出自から、ひじょうに電子機器などと相性がよい。かの種族の多くは宇宙船などのオペレーターとして優秀であり、なおかつ、宇宙船や兵器ロボに乗り込んで戦うパイロットとしても優秀さを発揮する。戦うのだ。

 過去の大戦で大銀河を圧倒せんとした要因のひとつだった。

 そんな戦艦ロボ・オクリーヌがその掌でゲンジョーをブンとばかりに薙ぎ払う。充分留意した攻撃だが、ゲンジョーはあえてその一撃をふわりと躱す。


「エニグマじゃ! 戦闘ロボか! ヴィクトリアス級戦艦もかくやの偉容! ははは、ここはまだアンドロメダ戦闘宙域か! がはは、いいだろう、引きずり出してくれるわ!」


 表情も意識も悪鬼のそれだが、彼自身の居場所はやはり戦場にあったのだろう。自身の膨張した凸を邪魔そうに感じていないのもやはり異常だったが、彼はやや左足を前にした後屈に構えると、ロボ・オクリーヌに正対して拳を握りしめた。

 そんな彼に立ち向かうオクリーヌの腕の後ろに、ズンと地響きを立ててアゲハが着地する。


「くっ、思ったよりダメージがありますね。……オクさん、気をつけて!」

「!?」


 刹那、弾かれたようにゲンジョーが跳躍すると、ロボ・オクリーヌの胸部に強烈な蹴りがぶち当たる。過酷な宇宙を往く船の装甲に、ビシリという亀裂が入る。どう考えてもおかしい破壊力だった。しかもそれは必殺の力を秘めてもなお牽制に過ぎず、装甲をむんずと掴むや続く膝蹴りが完全に装甲を打ち砕いていた。

 アゲハに打ち込んだ法拳は、まだ手加減されたものだったのだろうか。ゲンジョーはもはや戦場でその拳を振るっていたときの彼であった。


「んあああああああああ!!」


 オクさんが悲鳴を上げる。

 しかし倒れる前に体制を立て直し、胸部のゲンジョーを右手でがっしりと掴む。


「ぬう!」


 その巨体を凸もろとも手中にし、動きを封じたかに見えた。アゲハの「やった!」という小さい歓声が響くや終わるや、しかしその右手が内側から弾けるように爆発した。


「我が丹田、未だ衰えをしらず」


 掌中から解放されたゲンジョーがすたりと降り立つ。


「エ、エニグマクラッシャー!」

「いかにも」


 オクリーヌの呻きに、ゲンジョーは頷き返す。


「よく見れば、その体にも穴はあるのだな」


 ピクンと反応し始める凸に、ロボ・オクリーヌが「ひっ」っと息をのんで後じさる。メカメカしいが、いまはこれ、彼女自身なのです。「穴がある」と言われたら、エンジンノズルだろうが排気口だろうが、説法されてしまうのは明白だった。


「後生に『坊主戦艦説法ボンズバトルシップセッ○○』と伝えられるいちジャンルとなるであろう。ふふふ、そう思えば滾る、滾る喃。で出せば、おぬしのに届くのかなァ……!?」

「い、いやあああああ!!」


 にじり寄るゲンジョーに彼女は本気の悲鳴を上げて後じさった。

 ビキビキとその質量を増すゲンジョーの凸。

 感度三千倍の薬物が変な効き方をしたのだろうか。


「なんとかしてください先生」とアゲハ。

「頓服と塗り薬間違えたようなものかな?」と、エンジン音を背後に息を切らせているハヤテの言葉に、「やっぱりやぶ医者じゃないですか」とアゲハがあきれた声を出す。


「先生、限定解除リミットブレイク申請を致します」


 アゲハが胸部装甲の破片を払い落としながら息を整える。


「許可する。お前の全力を以て成せ」

「承知致しました」


 ご主人様のお許しが出て、アゲハが最高級汎用鳳型巡検アンドールメイト№ヘ-128『アゲハ』64号改五の真の力を解放する。体内装甲が変質し、破損箇所を補うように流体変形し、その顔面を守るように電磁バイザーが下りる。アンテナを兼ねた髪の毛は、邪魔にならぬようポニーテイルにまとめ上げられ、薄白く輝く。


「俗に言う戦闘モードというやつです。――オクさん、下がって。常識を越えた人間相手では、その巨体はかえって不利です」

「ほほう?」


 しかし応えたのはゲンジョーだった。


「見たことのないタイプのアンドロイトよ喃。かつて敵側の違法アンドロイトもこの手にかけてきた。いかな相手でも、ふふふ、打法ぶっぽうを侮られるな」

「エニグマクラッシャーを侮りは致しませんわ。故に、この姿なのです」


 空港施設故、銃器光学兵器は使えない。

 戦艦クラスのロボ・エニグマの優位性が巨体と力のみに限定されてしまうのなら、サイズの小さい方が有利に働くのは――この場合と相手に限っては――道理だった。

 なれば、同サイズで格闘術が駆使できる人体同士ならば、まだ戦いようが豊富だ。


「くくく、説き伏せてみぃ、説破してみせよアンドロイト!」

「如何様にも」

「まあ相手にするにはちょっと臭みと胸が足りんがナ、ガハハハハ」

「ぶっ殺す」


 打ち砕かれた装甲の補填におっぱい部分の素体を以て補填したので、バストサイズが減っているのである。「ぶっ殺す」はゲンジョーにではなく、通信を聞いていたゲラゲラ笑ったハヤテにいったのだ。南無。


「では」


 滑らかにゲンジョーの間合いに近づき、円を描くように計る。

 彼はいきり立った股間を軸にスルゥリ、スルゥリと、アゲハに正対するよう体を近づけ、あるいは半歩後じさり、ずいと踏み込みつつ、距離を伺う。

 確かに、この身のこなし、極限まで鍛え上げられた拳士のそれだった。

 心涅槃にして、その身を死とし、水月の心境で相手の後の先を取る誘いに長けた感受心法、達者のそれだった。


「……ぅ」


 しかしそれも、通常なればの話だった。

 かつてのゲンジョーなれば、そうだっただろう。でも、いまの彼は感度三千倍の異常接種者だった。溢れる情欲獣欲に後押しされるように、自分から仕掛けてしまうことを止められなかった。


「――」

「――」


 それでも踏み込み、どこから来るか分からない一挙動の突きがアゲハの顔面に向けて放たれた。アゲハは辛うじて後の先を取り、一歩右前に踏み込みカウンターを合わせるように半身で掌底を彼の頬桁にカチ上げる。

 通常なれば戦車の砲塔も圧し折る威力の掌底だが、まるで重戦艦の装甲を手で叩いたかのような重さで揺るがない。

 改めてバケモノであると舌を巻く。

 腕関節を極めようにも、坊主のこの膂力、いかなアゲハの体さばきでも蜘蛛の糸が絡んだほどにしか感じないだろう。


「ぬぅああ!」


 ゲンジョーの息を吐ききった踏み込みと拳が音速を超えて突き出された。それすらも初動を察知することに性能のほとんどを傾けたアゲハによって躱される。彼の心気の焦りがなければ、ここまでうまくはいかなかったであろう。

 躱し際に、指先から高出力のレーザーを至近距離からゲンジョーの眼球に放つ。えげつない恒久的な目潰しだった。失明させる気満々のそのレーザーも、発射された瞬間、破壊されたのはアゲハの指先のほうだった。

 宇宙港管理局にもバレないような反則だったが、もっと反則なのは、一瞬でその攻撃を悟り、打法僧の技前だったに違いない。嘘だと思った。


「ほんとに効かない!?」

「ふふふ、僧侶の全身これ凶器よ」


 本当だった。

 ミサイルもレーザーも効かないというのは、本当のことだった。

 恐るべし、銀河大法師ゲンジョー。

 刮目せよ、エニグマクラッシャー。


「それ、左腕をもらおう」


 巨大な凸に右側を塞がれ、反射的に腕と膝でこれをへし折ろうとしたのが過ちだった。

 折れない! 曲がりもしない!

 かつてゲンジョーが修めた打法に、己の股間を、ここまで大きくなった己の股間を利用するがあったとは思えない。

 だがしかし、彼には培ったがある。

 技とは、状況に応じて術が反応して出した最適解の動きのこと。

 ゲンジョーの境地はこんな有様であってさえも恐るべき粋奥に達していたのだった。すごい。いろんな意味で。


「うぐ!」

「簡単にもげるな、それでも戦闘用かね。ぬふふふふ」


 太ましい凸を支点に、ねじり上げられた左腕が肩から捻じ切られる。痛覚をカットしたが、心境的苦痛は消せなかった。呻くアゲハはそれでもなお蹴りを放ちつつ後方へ飛びすさる。


「逃がさん」

「!?」


 捻じ切ったアゲハの左腕を放したゲンジョーがそれに少しも離れることなく追いすがる。彼の捨てた腕が落ちたときには、すでに重い掌打がアゲハの脳天に打ち下ろされていた。

 半身で躱すも、肩に万貫の重みを乗せられたように地面に叩きつけられる。うつ伏せに倒され、声も上げられなかった。地面が宇宙港用のコンクリートでなければどこまでも体が埋まっていっただろうか。


「ぬん」


 右腕を踏まれたまま蹴り上げられる。

 今度は縫い止められた右手が肘からちぎれ飛び、肉体はもんどり打ちながら宙を舞うも、蹴り上げたその足がそれを受け止め、再び地面に踏み落とす。残った右肘から右肩までもがそれで粉砕される。


「ほほう、まだ元気か」


 しかしアゲハはその粉砕の隙に立ち上がると、二歩三歩と絶妙にゲンジョーの誘いを外しながら間合いを取る。


「そろそろ終わりにしてやろう。穴があればそれでよい」

「だから……穴は……ありませんわよ――」

「首を飛ばせばほどよい穴がのぞくであろう?」

「うわー、これほんと蘇らない方が世のためだったのではないかしら」


 軽口は焦りを隠す顔だった。

 腕がない。両腕が。重心も変わるし、文字通り手が出せない。

 間合いを計りあう。

 次が、最後の攻防だろう。


「――いざ」


 しかし、踏み込んだのはアゲハだった。

 するするとお互いの距離が縮まり、ぴたりと止まる。

 お互いの間合いだった。いや、ゲンジョーの間合いだった。

 そして仕掛けたのはアゲハだった。無論、誘いであったのはゲンジョーも承知だったが、焦る性欲が拳を奔らせた。

 拳が空を切る。

 アゲハが鳳の如くふわりと宙を舞ったのだ。

 そしてゲンジョーの凸の先に右足、右肩に左足で着地する。体重を感じさせぬ着地であったが、刹那、その足がぐいと開かれる。ほぼ一直線に開脚したアゲハの両足と、押し下げられるように頭を抑えられたゲンジョーのポコンチヌスと、彼の上半身が三角形を作る。


「ぬ!?」


 呻くゲンジョー。

 アゲハはこの交錯、初めから殺す気はなかったのだ。今この状態、彼女に両腕があったのなら、もしかするならば一撃を加えることも可能だったのかもしれない。だがしかし、両腕それは無い。

 されど、何かをしでかすようなアゲハの気迫だけは本物の中の本物だった。勝つ気はなくとも、負ける気もない……というようなものでもなかった。そして、大きく開かれた看護服のスカートの内側。そこに目を奪われたのが、命運を分けた。


「ふた呼吸。――充分でしょうね」

「!?」


 そのとき。

 ゲンジョーの凸に纏われていた袈裟の先端が、ボッっと撃ち抜かれた。


「ウヴォーぉ!」


 ほぼ水平にまで押し下げられたポコンチヌスの先端から尿道の奥の奥まで、例の感度三千倍の弾丸が撃ち込まれたのだ。


「作戦成功」


 ハヤテへそう通信し、アゲハはふわりと着地した。


「あがあああああああああああああああああああああああああ!!」


 ビクンビクンと、首でブリッジするように仰け反ったゲンジョーは、声なき絶叫を上げ壮絶な痙攣を繰り返す。


「そう長くは保たんよ。いや、ゲンジョーが、だがな」


 息を切らせたハヤテからの通信だった。狙撃体勢に入るやその心拍は鋼の意志でおさえられるが、てきを撃ち終えるや思い出したかのように跳ね上がるのだ。

 凸。粘膜は、そこにもある。尿道口から撃ち込まれた弾丸は尿管内で跳弾を繰り返し深奥へと破砕しながら到達する。縦横に塗布された薬剤は神経中枢に大きく作用するよう、脊髄に到達するや効果を即座に現した。


「あひぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい……!!」


 爆発! いや、暴発だった。

 悲鳴を上げるゲンジョーの凸から、恐ろしいほどの白濁液が放出され始める。夥しい量だった。いや、その量よりも、勢いが凄い。いや、勢いよりもやはり量だった。

 どこにこんな量の体液が詰まっていたのか。

 ビクンビクンと幾度もの、幾度もの放出を経て、ついには宇宙港に白濁の池ができるまでになり、やっと、ゲンジョーは白目を剥いて気を失った。

 己が体液の池に沈むように動かなくなった彼を、両腕を失ったアゲハが見下ろしている。


「過剰投与に次ぐ過剰投与。ほんと、薬事法もなにもあったもんじゃない、とんだやぶ医者ですよまったく」

「そうかい?」


 振り向けばそこに、ハヤテがいた。移動用のエアバイクにまたがって、背にはアラハバキを入れた農具ケース。

 やっと鳴り止んだ警報と、ようやく到着した病院からの送迎宇宙船の影を確認し、ハヤテは改めて腰を抜かしているロボ・オクリーヌを見上げ、「ま、なんとかなったな」と笑う。


「よし、じゃあ、行くかアゲハ」

「あ、あらら?」


 ハヤテはアゲハを抱えると、優しくバイクに腰掛けさせる。


「あとはエグゼリカさんと、オクさんにまかせよう。さ、シルバーソードで家に帰ろう。――っと、そのまえに、義手を用意しないとな。そこはまかせろ、専門家だぜ?」

「先生……」

「ああ、あとは新しい看護服も買ってやらなきゃな」

「あらあら」


 まんざらでもないらしい。

 そこでハヤテは、ようやっとゲンジョーに目を向ける。

 すっかり大人しくなった股間に笑みが漏れる。それでもでかさは相当なものだ。


「まあ、なんとかなるさ。これで借りは返したぜ?」


 アゲハのすぐ後ろに密着するように腰掛けると、腕のない彼女を抱え、バイクを走らせる。南門の方へ向かう。表からは出られない。シルバーソードは商店街のはずれの駐船場にあるのだ。


「あばよ、破戒僧」


 彼らは振り返ることなく去りゆく。

 ともあれ、作戦は滞りあって完遂されたのでありました。

 南無。


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