第3話の5『バビルサのごとく』

 シルバーソードの中に、ゲンジョーが横たわる部屋がある。あれからすぐに運び込まれたゲンジョーは、鎮静剤を飲まされて事なきを得た。事なきを得たのはあくまで結果論で、その実、恐ろしいほど過剰投与した結果、落ち着けたに過ぎなかった。


「これでは、体が保たんな。プロラクチンの投与だって、軍素体のアイツの体に効かせるまでどんだけ喰らわせりゃいいのか」


 とはいうものの、保たないのは鎮静剤による副作用ではなく、あくまで暴走した性欲のほうだった。ものすごく、薬の投与があってなお、下腹にくっつくように元気ビンビンだった。恥ずかしい。しかも心なしか巨大になっているような気がする。


「保たないのは彼の体ですか? 受け入れる女性の体ですか?」

「前者だ。――後者に至っては被害が出る前になんとかする」


 自分の腕をポンと叩くが、そのあとに、そっとアゲハの肩に手を置く。


「保って二日。これから作戦を伝える。まあ、茶でも飲もう」

「はい」


 ともあれ、お茶といえども飲むのは艦橋でだった。ふたつならんだ落とし穴ピットホールの中で、左はハヤテ、右はアゲハ。飲んでいるのは温かい麦茶だった。


「貸しがあるというのは、正直、ホントの話だ。しかしな、アゲハ」

「なんです?」

あれゲンジョーだって、俺が背負ってる業のひとつなんだ」

「非合法の医者をやってる理由ですか?」

「非合法じゃねえよ、医者は医者だ。従軍したときのサブスキルで取った免許だが、診療所もあわせてホンモノだぜ? 非合法なのはやってることであって、その結果は合法も合法だチキショーめ」


 麦茶を啜る。やや甘いのはハヤテの好みだった。


「長い戦が教義を変えた。それが終わったら、戦争が終わったら、これだ。兵士が生きがいを失うような物だ。どこがどう間違ったか、それが性欲解消と性嗜好のシフトチェンジに結びついたのは、まあ僥倖だったのだろう。折り合いが付けられずに心を病むヤツだってごまんといるんだ」


 そしてその元兵士たちがどのような末路を辿るかは、ハヤテらはよく知っている。生きているならいいが、たいていは病人のまま生きているか、誰かを殺したり、誰かに殺されている。


データだって体の一部さ。精神てやつは体と一緒に魂を形作り、状況状況に反応し、心という現象に現われる。……鋼のような男だよ、ゲンジョーは。折り合いなんてつくはずないのに、折り合いを付けたと囚われることで、ああやって保っていられるようにしたんだ」


 アゲハには、この藪崎ハヤテという男がなにをしようとしているのかなんとなく分かるようになっていた。もとよりわかりやすい男なのだ。


「健康診断書を提出し、来る二日後の保険加入審査にむけて、何か悪巧みしようというのですね?」

「そゆこと」


 ハヤテがモニターに概要を表示させる。


「まあ簡単にいえば、審査の最中にゲンジョーを狙撃する」

「銃弾が効かない男だと聞きましたが?」

「効く場所がある、といったら?」

「弱点ですか」


 ハヤテは頷く。

 いや、それよりもなぜ狙撃するのかが疑問じゃないのかと思ったが、アゲハはとりあえず頷いておいた。


「うまくいけばゴードン総合生命の認可のもと、エニグマ方面に強い病院で安心して治療が受けられる。……が、それでは根本的な解決にはならない。なぜなら、あいつのポコンチヌスは巨大なままだからだ。エクスタシィを感じながら摩耗させねばちっちゃくならない。性欲の暴走が落ち着いても、実際に生殖はできぬとしても、原始的な繁殖行為を行えなければ、いずれ再びか、または先の三度の暴走の果てに、あいつは自分のチンコに喰われることになる」

「己が牙の成長で脳を刺されるバビルサみたいですね」

「内容はともかく、似たようなもんだ。……俺はアイツに、それなりのペニーワイスを生やしてやりたいと思ってるんだ」


 正気ですかと、アゲハは彼の横顔を見る。正気だった。

 となると、考えられるのはひとつしかなかった。


「ナノマテリアルを使うんですね?」

「ご明察。……ゲンジョーには申し訳ないが、とりあえずしばしの禁欲生活を送ってもらおうと思う。具体的に、ゲンジョーが収容される病院で正常な股間を培養移植できるように仕向ける。アイツは『射精障害』があると告白した。投与するのは、それを促進させる毒物だ」

「毒物」


 アゲハが息をのむ。


「銃弾もレーザーも効かない男に毒ですか?」

「効く方法があるといっただろう? だからこそ、アイツは俺を好敵手と呼び、自分のチームに引き入れたんだ。あぶないものは手元に、さ」


 そしてハヤテはゴードン社長がいっていた言葉を反芻する。

 ――『余計な薬物が体内に残らぬように』。

 何かするなら、今回ばかりはケツを持つという意思表示だ。今後、ロジャーに大きな借りができる、どのような形で返すことになるかは分からないが、今はゲンジョーの命。冗談ではなく。


「受け答えまでは、投与できない。審査が通らないからな。だから、審査が通り、そのまま入院搬送されるまでの僅かな隙に、エグゼリカ嬢――というより、オクさんの知覚の及ばない遠距離から薬物弾丸を撃ち込む」

「それはいいのですが、いやよくないですけど、薬物自体の調達はどうするんです? それこそ、非合法な…………」

「それは大丈夫だ」


 ハヤテは麦茶を飲み干す。


「お前は俺がセロガンしか処方しないやぶ医者と思ってるだろうが、さにあらず……だ」

「違うんですか?」

「普通に処方されるもっこり促進剤にを加えると感度三千倍になるという魔法の裏技がある。そのとある物が、秘密裏に栽培されている。それを使う」


 アゲハは引いていた。

 非合法そのものな響きであるから当然だった。


「どこから仕入れるんですかそんな妖しい物。というか、私がいないときにそんな妖しい薬を使って良からぬ遊びに興じていたりはしませんよね?」


 落とし穴ピットホールの中でその足が姿勢制御用ベルトにがっしりと拘束される。かなりきつい。逃さぬ気迫。これは怖い。


「自分に使うかそんなもん! 好事家に売ってただけだ。それに、し、仕入れるんじゃない、取りに行くんだよ」

「取りに行く?」


 と聞き、アゲハはしばらく思い出そうとする。胸がキュンとした。思い出した。


「あの彗星? ダイコン収穫した、あの?」

「そそ、ダイコンの隣りに普通に植えたらニョキニョキ生い茂ってな。ホントは難しいらしいんだが、土が合ったのかなあ、これがまたいい小遣い稼ぎになって……。って、どうした? 頭を抱えて」

「不覚。気がつかなかった……。先生の私生活はすべて監視把握してると思ったのに」

「怖ぇえなお前!」


 ともあれ、三千倍というのは最大出力。普通は加減するが、しかし相手はあのゲンジョーである。ナノマテリアルの併用で、浸透率を最大まで上げることを語る。


「射精障害を逆手に取り、派手にぶっ飛ばしてやろう。なあに、収容先の病院で何が起ころうとも、当方の知ったことではないのである。あとは保険の適用範囲内で、それなりに健康な大きさの健全な凸が培養移植されることだろうよ」

「うわー」


 とりあえず、納得し、アゲハも麦茶を飲み干す。


「じゃあ、審査する場所と、搬送宇宙船の場所、あとは――」

「狙撃地点も含め、俺が決める。他は頼むぞ、アゲハ」

「いまいち燃えないけれども、アイアイサーでございます」


 空のカップがコツンと合わされる。

 の内容は決まった。

 しょうもない内容の、しかし切羽詰まった大事な作戦が開始されようとしていた。


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