第3話の4『過ぎたるはなお及ばざるがごとし』
果たして、そこにいたのはゲンジョーでありました。
首から下は元気が有り余っている様子で、股間は盛大に盛り上がり、へたり込んであぐら姿なのですが、その股間の盛り上がりに顎を乗せる形で呆けて入るではありませんか。
牛丼屋の角で彼を見つけたハヤテは、その偉容な――異様な姿に「まじかこいつ」と息をのみました。
「どうしたゲンジョー! 子供の腕くらいおっ立てて! 抜いてきたんじゃなかったのか!」
「あぁ……うぁ……」
がくがくとその巨体を揺するハヤテに、やっとゲンジョーは虚ろな、しかしギラギラした獣欲に満ちた瞳を彼に向けます。
「聞いてくれハヤテ、儂の魔羅が大きくなりすぎて説法できぬのだ! どんな女性も相手にできぬと追い出され追い出され、追い出され……うう! はぁはぁ」
「確かにこれは異常事態だな」
聞けばゲンジョーは特異体質らしく――いやこれはさすがに付き合いの長いハヤテにも分からなかったことなのだが、どうやら定期的に酷使をしないと、彼のポコンチヌスは成長しまくってしまうらしいのだ。
「ネズミが物を囓るのを怠るとどんどん歯が伸びていってしまうのを想像してくれるとわかりやすいだろう」
「どんなポコチンしてるんだお前は」
行為で摩耗させないと、際限なく大きくなる。
際限なく大きくなれば、行為に及べなくない。
「度重なる禁欲と開放感からの興奮が、ついに分水嶺を超えてしまった!」
ヨダレだらだらのゲンジョーはグローブのような手をハヤテの肩に掛けると、涙交じりに懇願する。
「こ、このままでは儂はなにをするか分からん! こうなれば○さえあれば! 儂を奉納できる○さえあればなんでもいい! 爆発しそうじゃ! 助けてくれ!」
「自分でするとか」
「儂は射精障害なんじゃあ!」
「知りたくない情報だった」
ともかく、この人間兵器の打法僧が情欲に任せて婦女子を襲えば、この有様からみて事件事故では済まない。
なんとかしなければと思った瞬間、ビキビキィっ! っとゲンジョーの股間が怒張を強める。これは急がねばならなかった。
「ぎゅ、牛丼の肉のビラビラ具合が! ビラビラ具合が!」
「正気に戻れゲンジョー! くそう、鎮静剤を用意しなければ」
事ここに至ったら、公的機関に頼るのが一番だ。
ゲンジョーのIDなどはもう解禁されていることだろう。ハヤテは急いで端末から――少し悩み、カミさんを呼び出した。
「カミさん、こちらハヤテ」
「状況を把握しました。先生、ゲンジョーさんの保険は未だ凍結されております。解除まで四、五日はかかるかと。自由診療も可能ですが――」
カミさんの言葉が濁る。
ハヤテは「かまわん、教えてくれ」と促す。
「意図的に遅延されております。――アンドロメダ北口の権力者である議員は、かつてゲンジョーさんの部隊の上官だった方です」
「名前は?」
「アセバム=コイムナーゲ議員です」
カミさんが映し出す議員の顔写真と経歴に舌打ち。
「こいつか。ゲンジョー復活の情報がどこから漏れたかだな」
「IDデータベースにアクセスした時点で、紐付けされます」
「そりゃそうか」
アセバムはハヤテも覚えている。あの一件のときにはゲンジョーと自分の上官だった男だ。打法僧であったゲンジョーの活躍を苦々しく思っていたのは、こうしてみると名を売って盤石の地位を目指していたからと見るか。
「政治にゃ興味なさ過ぎたから、ちっとも知らなかったぜ」
「公共の補助は受け入れられないかと。自費で受診したところで拒否される恐れがあります。更に疑うなら、入院させて、誤診の後に……」
「亡き者にされる、か。一介の軍人だったころとは違い、それなりに権力を持ってるとなれば。……くそう、敵がこんな身近にいたとはな」
ゲンジョーは凸の根元を強く握りしめ、白目を剥きながら必死に耐えている。もはや時間もないだろう。
「アンドロメダを離脱してシルバーソードのワープで別星系に移動、そこの医療機関に行くのはどうか」
「大本のIDを握ってるのは、男爵領のあるアンドロメダ……つまりは管轄の大本はコイムナーゲ議員です。いくら離れても照会先は同じです」
舌打つ。
「ただひとつ、たったひとつだけ、望みがあります。スポーツやボランティア活動など、短期間の活動に於ける限定的な傷害保険を販売している業者がいくつかございます」
「この状態からでも入れる保険があるのか!?」
「ございます。ただ、汎人類の保険についてはコイムナーゲ議員の邪魔が入ると予想されます。ここは、あちら側に強い業者に直接持ちかけるべきかと思います」
あちら側。
主に、エニグマが加入しやすいよう窓口を設けている、あの会社のことだろう。
「――ゴードンとはいえ、あのゲンジョーを客として、しかも短期間で加入させられると思うか?」
「協力は必要でしょう。ここは、伏して頼むのが筋かと」
ハヤテはゲンジョーをもういちど診る。
船に搭載してる自前の鎮静剤を投与できるのは、保って三日だろう。急いでしかるべき処置をしなければ。
「ゴードン総合生命の勧誘員、エグゼリカさんにつなぎを取ってくれ。あと車を寄越してくれ」
「車は五分以内に到着します。――現在コール中、回線の内容は本社にも筒抜けになりますがよろしいですか?」
「構わん、これは……筒抜けであってくれた方が何かと面倒がなくなるからな」
コールは十二回目で繋がった。
「頼みがあります」
開口一番、挨拶の前にハヤテはそう切り出した。
***
そのちょっと前。
オクさんの宇宙船で保険の監督員の仕事をいったん脇に置いて、エグゼリカは販売員としての作業に従事していた。なにせ、自動的に更新できるとはいえ、アンドロメダ星域の十万あまりのスライム星人の内、宇宙ゴミ回収に携わる全員の労働保険の加入作業をこなしているからだ。
これは合間合間でこなせる量だったのだが、なにぶんあれからもこっち、藪崎ハヤテ関連でいろいろとあったため、案内や支払いに関する作業にやや滞りが出てしまっていたのだ。やっておかないと、非常にマズイ。
「けっきょく、社長が気にするほどのことは一件もなかったわけじゃない? 肝煎り案件というかご指名案件だったけど、疑わしきは罰せずが常識でしょ? ねえ」
「どうやらそのようだが、リカがいうほど真っ白ってわけではなかったな。どうも上手いことやられすぎている気がする。いくつかの案件、私は納得してないんだ」
同じく作業を手伝っているオクさんがぶつぶつと何かを言い続けているが、社長のロジャー=ゴードンほどの猜疑は持っていないらしい。そのあたりの割り切りは、感情のバイアスと事実の認識にしっかりと区切りを付けている彼女らしいところだった。
「ともかく、大口過ぎる顧客を得て、ボーナスも出たし、アンドロメダに食い込めたし、まずは良いことずくめじゃないの。……あ、こっち終わり。そっちの少しちょうだい?」
「こっちも終わる。――しかし、もう少ししたら大型連休だな。地上に降りてゆっくりしたいよ」
首をコキコキするオクさんがふひ~っとため息。尻尾もしなびかけている。懐も暖まったし、そろそろ土が恋しくなってきているのだと思う。
そのとき、控えめなコール音が鳴る。仕事回線で開けている番号からだった。発信者は、藪崎診療所とある。
「リカ」
「繋いで」
それでも十数回のコール音の後に繋ぐ。
「頼みがあります」
「いきなりですね。藪崎さん、どのようなご用件でしょうか」とリカ。
画面通話なのでハヤテが少し酔っているのが伺えるが、頭ははっきりしている様子だった。
「あれを見てくれ」
「んにゃああああ!! なんて物を見せるんですか!!」
画面が股間を握って白目で悶えるゲンジョーを移すや、目を覆ってリカが悲鳴を上げる。あたりまえです。
「話すと長いが、聞いて欲しい」
「通信切りますね」とエグゼリカ。
「いや、聞こう……」とオクさん。
「なんで!?」
「男が頭を下げて頼んでいるんだ。聞かねば仁義に悖る」
意外と頭の固いオクさんだったが、これにはハヤテも再度頭を下げて感謝の意を伝えてくる。
「実は――」
と、かくかくしかじか。
聞いた後のオクさんは目が死んだが、かわりにエグゼリカが「それはお困りですね」と事情を察した。
「仰る通り、短期加入の保険はございますが、すでにそのような状況となっている場合は、審査が通らないことはご存じのはずでは?」
「至極まっとうな話だ。そこを、曲げて頼む」
三度、深く頭を下げるハヤテ。向こうからは「あひぃ~あああああ」という限界間近な声が聞こえてくる。疾病に、笑っていい物などないのだ。
「ですが――」
「エグゼリカ、いったんこの話は上に上げよう。――ヤヴサキ医師、これは直接、社長案件として報告し、折り返し連絡。それでいいか?」
しばらく息をのむが、「お願いします」と、彼は頷く。
「では後ほど、この番号にかけ直す。リカ、準備を」
そう言うと回線を切り、急に話を仕切ったオクさんに「なんでなの?」と問いかける。
「社長からのコールが入っている。繋げるぞ」
「え、急に!?」
すぐに、モニターに
「ふたりとも、事情は分かっているな?」
すぐさま「はい」とリカ。彼女は「ご案内するべきではないと考えますが、助けてあげたいと思います」と言葉を添える。そうできたのは、社長の顔にやや計算する色が伺えたからだ。
「スポーツ保険の適用は、二日前からの健康の診断書となる。現時点で藪崎医院がエニグマクラッシャーの診断書を作成し、それをもとに申請してくるなら、二日後の審査を受けることを許可しよう」
「健康という診断書の作成ですか? ……しかしそれは」
「そこは、このゴードン総合生命がかかわることではない。審査のもと、判断を下すのが我らの仕事だ」
エニグマクラッシャーというのがゲンジョーのふたつ名であることは想像が付いた。
しかし、あの状態が健康であると診断するのは無理があった。
さらに、あの状態のまま審査を通すのもやはり無理があった。
「あのやぶ医者――藪崎ハヤテ医師に伝えろ。『審査の直前に本人がしっかり受け答えできるように』かつ『余計な薬物が体内に残らぬように』しておけと。そうすれば、このロジャー=ゴードンの名の下、決済はすぐに通してやるとな」
「社長!?」と、オクさん。それはびっくりだった。
エグゼリカはしかし、それならば……とひとつ頷く。
これは、『貸し』なのだろう。
この条件を聞けば、いかな『やぶ医者』とて、『業突く社長』に塩を送られることは分かるだろう。
「承知いたしました、社長。連絡し伝えておきます。審査当日は、私たちが行います。よろしいでしょうか」
「よろしい。では、任せる」
そうして通信は切れる。
ふたりは揃ってため息をついた。
「あのふたりの間に何かがあっての思惑の末、なんだろうけれど。リカ、どうする?」
「社長の指示だもの、そのまま遂行するわ。ちょうど良いし、この案件が終わったら地上で休暇と行きましょう。……藪崎医師に繋いで」
「了解。――移動中みたいだな。……繋がった」
リカは用件を伝えると、車で移動中らしきハヤテはじっと考え、ひとつ頷く。
「恩に着る。ではすぐにこちらも診断書を作成する」
往診扱いでややかさむが、そこはゲンジョーに自腹を切ってもらおう。
ハヤテは通信を切ると、ひとつ気合いを入れるよう頬をひっぱたくのであった。
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