第3話の3『説得じゃあああ!!』
アンドロメダ中心地は、砕けていえば繁華街だった。流通の中継地は人も集まるので、さまざまな施設が設けられる。主に遊興に関するものが栄えるのは世の常ということもあり、有り体にいえば、対価を払えば欲を満たすことができる場所が多いということです。
「
ゲンジョーがシルバーソードを降りるやいなや、咆哮を上げてガッツポーズ。バシっと帯を締め直し「では明日の待ち合わせまでアデュー!」と跳躍、人混みの先の連絡バスへと消えていく。
「順当に考えたら、あの禁欲戦場の最中で氷付けにされ、刻の果てに目が覚めたらあんな状態だろう? そりゃあ遊びたくもなるさ。だって
「どこに行くんですかねえ」
「オトナのお店だろう。知ってるか? オッパブとかでまずエンジンを暖めるんだ」
「オッパヴ?」
胸のでかいねーちゃんのお店で接待されながらお酒と会話を楽しむお店だとほわんほわんと手を動かしながら鼻の下を伸ばすハヤテの脛を蹴飛ばしながら、アゲハは「よく分かりました」と医者の耳を引っ張って反対側へと歩き出す。
「ハイソなショッピングといきましょう。なにぶん懐に余裕がかなりできましたので、先生の自室のベッドやお布団枕にシーツ、下着に白衣に普段着、みーんな買い換えますよ? あ、靴下もサンダルもですね」
「なんでよまだいいだろ」
「文句があるのですか?」
耳たぶが――あまり痛みを感じない耳たぶがミシリと鳴る。
「い、いいえ」
「医者は看護婦のいうことに従いなさい。いいですね? 安心安全清潔、これを遵守させるのは看護婦の役目です。巡検師レベルや実務権限の上下は関係ありません。わかってますね?」
「い、いえっさー」
「よろしい。そのあとは家具です。診療所の汚らしいイメージの払拭のため、揃えられるものは揃えますよ。オフィス用品だってボロボロなんですからね?」
「経費で落ちるよな~」
ハヤテの足が乗り気になると耳たぶが放される。
肩を並べて歩く中、妙に機嫌が良いアゲハの横顔を見下ろしながら、ハヤテは財布の中身を確認する。診療所の財布とは別の、個人のものだ。これは男爵令嬢からかすめとった裏金だ。しっかりと右の尻ポケットに入れてあるはずだ。
「あれ、ないぞ?」
「お財布でしたら私がお持ちしております。
「おまえら! それは俺個人の金だぞ!?」
「私が管理します」
「私が管理しますって」
「いけませんか?」
いけしゃあしゃあと言ってのけるアゲハ。こちらを向くその笑顔に完全に毒気を抜かれたハヤテは、「堪忍してくれよ」と肩を落とす。
「なお、携帯端末による決済も不可能ですよ? 私の認可がないと決済できないように端末を改造しています。機種変更したら殴りますからね? するなら私も付き合います」
「不良品だこのアンドロイト」
肩を落とすハヤテに、しかしアゲハは財布を返す。
「お小遣いです。無駄遣いしたら駄目ですよ?」
「……微妙な金額だな」
いけない遊びはできないが、軽く遊ぶ分には大金が入っている。
相場なんてどこで調べたのか、年齢制限がある情報は閲覧できないはずだが……といった疑問は置いておくとして、まずはお足を確保。
「お茶と食事はそこから出してもらいます」
「……計算尽くじゃねえか!」
「まあまあ。とりあえずデートしましょう」
「そんなかわいいものなんだろうかこれは」
***
アンドロメダの繁華街は、相当なものだった。
元々前線だった地域の少し後方だけあって、それ系の雰囲気に満ちた発展を遂げているせいか、エニグマ含めたそういう施設が満載だった。
「目移りする喃……。ん?」
ふと、膨らむ希望と臍下三寸をおさえながら、ゲンジョーはトカゲに似たウロコを持つ客引きの
かつてエニグマとみれば、その存在を改心させるために拳を振るうことに躊躇いはなかった。それは、老若男女問わずだ。しかし、相手は選びたい。それは彼の囚われだった。
そこで巻き起こった戦争。そこで入った軍隊。従軍僧侶として振るった拳。打教の信徒として、あらん限りの力を尽くした。
しかし、それはもう過去のこと。
しかし、それが許されたのは過去のこと。
「改心、か」
沈痛に合掌すると、ゲンジョーはかっとばかりに目を見開いた。
「法は人を見て説かねばならぬ、か」
エニグマに
法を説くなら、今のこの世で法を説くならば。
ゲンジョーの股間が恐ろしく膨れ上がる。
「私費を投じてエニグマの女性に
彼の教義と欲望が合致した瞬間だった! ひどい。
「そこなお嬢さん!」
ゲンジョーは膨らんだ股間を上下左右に揺らすことなく、滑り往くように客引きの火竜娘に近づいていく。なお、勧誘にあっていた兄ちゃんはそれを見てとっくに逃げ出している。
「お嬢さん、お話を聞かせてくれるかな?」
「ひっ!」
財布を握りしめるメロンのような握りこぶしが、女性の目の前に突き出される。それ以上に、彼女の下腹部に、恐ろしい大砲が、こう、ツンツンと。ひどい僧侶の図式だった。
「ふふふ、しからば、貴殿の幸せを祈らせてもらいたい。そういう場所、しってるかね? ん?」
***
夜半。
アゲハは満足した表情でホテルに戻ってきた。買った荷物はシルバーソードに配達した。手に持ってるのは、新しい看護服だ。ロビーまで大切に抱えて持ってきた。意外と無邪気。
「なんで飯とお茶とその服の値段ぴったりが財布に入ってたんだよ」
「なんででしょうね?」アゲハはおすましの表情。
すぐには帰らず、明日、もう一度ショッピングモールを覗いて帰る予定だった。ゲンジョーとはホテルではなく、シルバーソードで待ち合わせだ。彼が先に着いているなら中で待っててもらうこともできるし、それまではゆっくり。
「あら、部屋は別々なんですね?」
「あたりまえだ。当初の予定ではお前を置いてこっそり夜の町に繰り出そうとしてたんだからな。ったく、金がないから遊びにも行けない」
「狙い通り」
「こんにゃろ」
だけど、アゲハは端末を弄り、ハヤテの財布に追加のお小遣いを送金する。豪遊できぬ額だが、それでも十二分な額が入る。
「エスコートのご褒美です。一杯やりたくなるときもあるでしょう」
「うわ、まじか、ありがとうアゲハ!」
見事に飼い慣らしている。
「では、私はお先に休ませて頂きます。あ、ルームサービスは適当に。支払いはしておきますわ」
「やったぜ!」
飼い慣らされている。
「では、おやすみなさい先生。よい夜を」
「おー」
エレベーターホールに向かうアゲハを見送ると、財布を戻し、踵を返す。
「さて、ホテルのバーって雰囲気でもないし、ここはいっちょ飲みに繰り出すかねえ」
となると、行動は早かった。
ホテルから出て歩くこと少し。道路一本挟んだそこは、賑々しいネオンの一画だった。このあたりのケバケバしさは、レトロで在れば在るほど味が出るのか、昔から変わらない怪しさに満ちている。
彼が選んだのは繁華街――健全で怪しい繁華街沿いにある赤提灯だった。彼が好きなお酒の匂いがホンワリと漂ってくる。あと、鶏肉の焼ける甘い脂の匂いと煙。
「やってるー?」
「あいよ、いらっしゃい」
木のカウンター席が五つだけという猫の額ほどの店だが、四つが埋まってる。端っこに空いた席に座ろうとすると、四人が椅子をズラして座りやすく開けてくれる。
ハヤテは「どもども」と礼を言いつつ座ると、冷や酒を注文する。すぐにトックリがグイノミといっしょに出される。それを傾けながら、適当に壁に貼られたお品書きの端っこから五本ほど注文。慣れている。
「ふぃー……」
一息つくと、安い冷や酒に舌鼓を再度打つ。
美味しかった。
「熱いすよ」
お通しのもつ煮込みが出され、それをついばむ。美味い。舌に残るこってりしたものは、冷酒で溶かし飲む。さらに美味い。
「どこのやぶ医者かと思ったよ。あんたアンドロメダのお医者さんかい?」
「いいや、田舎の田舎、ど田舎の開業医だよ。買い出しに来て、今日は泊まり。明日帰るとこ」
五本の焼き鳥を受け渡すときに、はげ頭に捻りはちまきの
「白衣着て歩き回る医者はヤブって決まってるって話だが、この時間に酒かい?」
「お? だめかい?」
「アホいうな、うちで飲むなら大歓迎よ」
トックリが追加される。
「医者だろうと坊主だろうと、羽目を外すときは外すもんさ」
「ちがいねえ」
いままさに羽目を外してるであろう、ハメをハメハメな坊主を思い、ハヤテはグイノミを傾ける。
「ところで兄さん」
「なんだい親父」
「坊主っていえば、変な坊主が表の入り口の脇に座り込んでたよ。変な薬やってるようには見えなかったが、真っ白に燃え尽きたような顔してたわりには、凸が恐ろしく元気でな」
「…………そりゃ変な坊主だな」
いやな予感がした。
「身ぐるみ剥がされるほどじゃねえけど、ひどくムキムキでよぉ。そこらのチンピラも怖がって近づきやしねえ。あんた、飲んだ後まだ時間が合ったらちょっくら診てやってくれねえか?」
「ムキムキ坊主か~」
「上半身裸に袈裟一丁、ズボンはいて黒帯でキュって絞めてる」
「顔が四角い?」
「そそ。知り合いかい?」
「かもなあ~…………んぐ。お勘定!」
一気に焼き鳥を頬張り、酒で流し込む。
「あいよ。酒はおごりだ。あんじょう診てやってくれよ」
「おうよ」
驚くほど安い会計を済ませ、ハヤテはのれんをくぐる。
「表の方って、あっちかい?」
「急かしたようでスマンね。そうそう、牛丼屋のあるほうな。たのんだぜ」
「へいへい」
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