第3話の2『ガス抜きしましょう』

 宇宙空間を漂うスライム星人の方々に挨拶をしながらアンドロメダ中央区第五主星本町三丁目に到達したのは、ゲンジョー生存の報を受けたきっかり三日後だった。

 ハヤテを乗せたシルバーソードが男爵領の宇宙港に降り立つと、すぐに迎えが来た。


「あのときは誰もいなかったけど、こうしてみるとかなり人は多いんだなあ」

「先生はあまりご存じないかもしれませんが、ここの林業は中央アンドロメダの木材をかなりになってるんです。加工業者も家具業者も大銀河においても屈指で、それを支えているんです。人だって集まりますよ」


 送迎の車に乗り替えるや、賑々しい町中を通る。そうすれば、あのホンダさん騒ぎの閑散とした地表――もっとも人が脱出してたのだからあたりまえだが、こんなに人が多い状況を見ればそんなことも呟きたくなるのは当然のことだった。


「こちらでございます」


 と、運転手が下ろしてくれたのは実に豪華なホテルだった。経営はスライム星人の誰かなんだろうなあと思わせる、アンタレス情緒が滲む場所だった。人間、エニグマ、不定形生物スライム星人とか全般が宿泊できる場所だった。


「こんなところにゲンジョーを放り込むなんて、よほど手元に置いておきたくなかったんだろうなあ」


 ハヤテは一番歴史の浅いであろうこのホテルにゲンジョーを押し込んだ理由がなんとなく分かっていた。男爵の名に傷が付かず、かつ、エニグマや他の宇宙人たちも多く宿泊するホテルにあの坊主を収容するということは、『事件を起こすならここでやれ』ということだろう。そのあたり、お貴族さまというのは割り切った方々が多い。


「あの経歴を知れば当然だがな~。――っと、すみません、藪崎ハヤテです」


 ロビーカウンターの端末に手を翳すと、受付の美人アンドールメイトが丁寧に対応してくれる。ゲンジョーのことは通達済みだったのか、すぐに部屋を教えて貰える。「六〇〇号室です」と促すアンドールメイトは、しかし促すだけである。これはもしかして一緒に行きたくないのではと思ったら、案の定、その通りらしい。


「よほど恐れられているんですねえ」

「しかたがないさ。サービスメイトまで愛想笑いで済まさざるを得ないんだ。それにしても客商売の厳しさよ、だなあアゲハさん」

「うちも客商売ですけどね。……エレベーターきましたよ」


 中型生物まで乗せられる汎用エレベーターは音もなく六階へと着く。途中、あまりエニグマを見かけなかったが、これはただひとりの宿泊客のために配慮したのだろうか。いや、考えすぎかな?


「えーと、六〇〇号室は……っと正面ですネ」

「おーい、ゲンジョー、俺だ、ハヤテだ。いるか?」


 ノックしながら声を掛けると、すぐにドアが開けられた。ロビーからハヤテ到着の一報があったのだろうか。


「おおー、ハヤテ! 生きてまたその糞みたいな顔を拝めるとは! これもまた御仏のお導きよ!」


 現われたのは、全裸のゲンジョーだった。

 そんな全裸のマッチョがあろうことか子供の前腕くらいはありそうな迫力のポコンチヌスをやや膨張させ、廊下に半歩踏みだし腕を広げて歓迎のポーズを決めている。


「相変わらずホテルでは全裸派か、ゲンジョー」

「このホテルはそういうサービスがないから限界が近くてな。おや? そちらの女性にょしょうは、もしかして藪崎病院の従業員のかたかな?」


 視線と股間の先っぽを向けられつつも、アゲハはきちんと一礼。一歩前に出て挨拶をする。


「最高級汎用鳳型巡検アンドールメイト№ヘ-128『アゲハ』64号改五です。どうぞ、アゲハとお呼びください。今は色々あって、藪崎医院で看護婦をしております」


 ゲンジョーの凸がピクンと跳ねる。


「看護婦か。ふふふ……聞くだけで我慢できぬわい。聞いてくれ! いや、積もる話は落ち着いたら話そう。落ち着くにはまず落ち着かせニャならんのだ。わかるだろうハヤテ。儂は我慢が出来ぬ体質なのだ!」

「お前よく逮捕されないよな。とにかく服を着ろ。動いて体の血液を散らせばその股間も落ち着くだろうさ」


 ハヤテがアゲハに「すまんなあ」と目配せをする。アゲハも「いいえ、見慣れてますから」と表情を変えない。


「そうであった。通常、全裸で女性の前に立ってはいかんのだったな」

「相当頭の中がやられてるな。……まあいい、買い出しも兼ねてアンドロメダ中央に寄ってから帰ろう。アゲハ、事務所やシルバーソードの家具を買い換えるなら今だぞ?」

「まじですか」とアゲハは目の色を変える。


 あとはゲンジョーにポンと財布を投げ渡す。


「遊ぶ金と、当面の生活費だ。お前の早い回収を条件に男爵令嬢から足が着かない金をもらったよ。中央まで行けば、もある。積もる話もできる。……ということで、遊ぼう! というか、久しぶりに休暇と行こう」

「まじですかッ!」とアゲハ。嬉しそうだった。

「おお、さすが我が朋友! ……しかし」


 言いよどむゲンジョーに、ハヤテはひとつ頷いてみせる。


「ここはもう、軍じゃない。いまはもう、戦争じゃない。俺たちはもう、ただのハヤテとゲンジョーだ」

「そうだったな」


 ゲンジョーは、ふふっと笑う。

 あの、いつ命を狙われるか、いつ命を狙うかの時代はもう過去のものだ。


「まあもっとも、お前が生きてるとなったらお礼参りにくるエニグマはいっぱいいるだろうがな。地方で大人しくしてる分には問題ないだろう」

「なにせエニグマパニッシャーのお前がのうのうと暮らせてるわけだからな」

「よせよ。だいたい俺の悪名が広まった原因はお前の活躍に便乗してたからだぜ?」


 ふたりはチームだったと聞く。


「お前が足止めしてると、儂の前に敵が来なかった」

「お前が突き進むと、俺の前には撃つ必要のない者しか残らなかった」


 ジリっ……と、お互いが間合いを取る。半歩下がり、重心が落ちる。

 先に動いたのはゲンジョーだった。

 財布を片手に股間を落ち着かせると、「着替えてくる。すまんがロビーで少し待っててくれ」と引っ込む。

 ハヤテも胸をなで下ろす。


「険悪なムードですか?」

「いんや、あれでチャラってことさ」


 踵を返す。

 目の前のエレベーターはまだそこにあった。前に立つと、すぐさまドアが開く。


「とりあえずは中央に行こう。身元引き受けの確認を出したら、もう男爵の肩の荷は降りるだろうしな。少しガス抜きしてやって、毒抜きしてやって、今のこの銀河の風潮になれさせてやって、あとは好きに生きてもらうさ」

「……先生」

「なんだ?」


 エレベーターを降りてロビーの待合スペースに向かいながら、ハヤテは聞き返す。途中で温かい飲み物をふたつ頼み、送迎用の車を頼む。


「抜くんですか?」

「なにを?」

「先生も、ガスとか毒を」

「…………………………」

「…………………………」

「抜く――ぁないよ?」

「もう一度」

「抜かないよ?」

「ですよね。先生には家具選びを手伝って頂きます。充分に楽しい時間だと思いますわ」

「だよね」


 今度は自前の船でゲンジョーと遊びに行こうと心に決める。


「なんだ、コーヒーでも飲みながらあいつを待つか」

「どちらにせよ、迎えの車が来ない限りは動けませんものね」

「そゆことそゆこと」


 良かった。

 話は逸れたようだった。

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