第2話の結『天網恢々、接して漏らさず』

「いやー、今回はすんげー暑いミッションだったなあ」


 ビアンカの宇宙船にあっさり回収されていたハヤテがシルバーソードの主砲にロックオンされたまま冷や汗だらだらで現われたのが、ホンダさんだったものがホンダさんたちに戻った一時間後のことだった。そのときにはすっかりスライム汁も塵化し尽くした後であった。

 いつもの白衣姿にサンダルというラフな格好だったが、体中のアチラこちらに火傷用の湿布を貼っている。これはしかし、オクさんやエグゼリカには初手の総排泄孔セロガン狙撃のときのものと思われている。


「はっはっは、いやあ、今回は大変だったねカヒュッー……――」


 ビアンカの赤い宇宙船からシルバーソードに戻ってきたハヤテは一瞬にして酸欠に陥れられた。今回はかなり怒られているらしい。


「無事なら無事でそれなりの連絡をしてくれたら良かったんですよ」

「しかたねえだろッ! いやまあ、男爵令嬢ビアンカさんにナイショで連絡とってたのは謝るよ。もともと回収を依頼してたからね」

「なんでナイショにしてるんです!」

「とっとっとっとっと! 酸欠はなしだぞ! ……いいか? 敵を騙すのはまず味方からっていうだろう」

「いつ味方になりましたか」

「うわひでえ」


 ステルスモードで追走してきたビアンカに回収して貰えたのはそれでも僥倖で、もともとは着陸した後に回収して貰う手はずであった。空中で回収してもらえたのはひとえにビアンカの機転であり、幸運のたまものだった。そりゃそうだ。

 ほぼ満身創痍のハヤテだったので、連絡が遅れたのは仕方がなかった。これでも治療ポッドにぶっ込まれて回復するまでだいぶかかったのだ。連絡が遅れたのはそのせいだった。


「いやあ、見てたよ――」


 ハヤテは落とし穴ピットホールに収まると、ウニウニと蠢くスライム星人たちに目を向ける。どうやら、あの白濁汁まみれの大爆分裂は見ていたようだった。


「不思議なものだ。あんなに大きかったスライム星人のホンダさんだが、もとの個々人に戻った瞬間に、こうして肉眼では見えないくらいに小さな――まあそれでも俺らと同じくらいの体積なんだが、そんな大きさになっちゃうなんてなあ。十万チョイの人数がいるんだぜ?」

「数千兆の宇宙ゴミでさえ、こうして見渡しても先生の自宅に舞う塵以下の密度です。……けれど、確かな存在感を持ってそこにあります」

「ホンダさんらも、そうだな。……っと、よ」

「それとは? まさか、私の吐いた臭い台詞を録音などしてないですよね? していたら記憶を消します。脳細胞ごと」


 してねえよ、とハヤテは狭い落とし穴ピットホールで身構え、「そうじゃねえよ」と、自分が考えカミさんにまとめさせた『スライム星人自活プラン』を提示する。


「纏まったんですか、このプラン」

「纏まっちゃったんだなあ、これが」


 資産はあれども、移住は移住。住むところと生活をなくしたスライム星人たちに、ハヤテは内密裏に『宇宙ゴミスペースデブリ回収プラン』を提示した。

 待機中に揉まれてしまい十万人がひとりに纏まってしまったために今回のが起きてしまったが、初めから宇宙ゴミスペースデブリ回収のために動いていたとなれば話は別だ。


宇宙ゴミスペースデブリのうちは厄介極まりないゴミだが、まとめて回収したら価値ある資源だ。軍用の装甲板や機器は高く売れる。それも、こんなに溢れてるんだからな」

「それだけですか?」

「……今回は燃やすしかなかったが、この宙域にも遺品や亡骸はたくさん漂っている。回収されて地表に移送できたなら、いろいろ助かる人たちも多かろうと思ってな」

「……先生はこの宙域での戦闘に?」

「俺はかかわってないよ。知り合いは何人か戦って死んで、生き残ったりだがな」


 手を振る。


「スライム星人は、宇宙ゴミスペースデブリの回収にうってつけだと思ったら、案の定だ。やり方を間違えなければ低コストで恐ろしい成果を挙げられる。しかも、不定形生命のなかで宇宙活動できる数少ない民族。独占じゃないかな」

「自活の道ですねえ」


 なお、ホンダさんらには受け入れられている案だった。後押しは男爵である。さすが爵位持ち、大きな金が動く話には抜け目がない。


「もちろん、その宇宙ゴミスペースデブリ回収業者の役員に俺もいるんだがな、ガハハハハ」

「今回の見返りですね、うふふふふ」


 アゲハもやや俗っぽく笑う。

 金額的には目を付けられぬくらいの割合だが、定期的な裏金が入ることは確約済みである。悪いことを考えたもので、ビアンカもスライム星人の保険関係をハヤテ経由で申請する誓約書まで書いている。ずぶずぶであった。

 そう、まずは生活費なのだ。


「スライム星人の体が広がり網になる。その網目は隙だらけのようだが、もともと反射的に捕食する本能に促され、これが宇宙ゴミスペースデブリを上手いこと体内に回収しちゃうんだよな。天職か適職かは分からないが、ともかく適材適所ではあると思う」

「住む場所も得られるし、なんてったって熱いけど大気圏生身で出入りできますものねえ、スライムさんたち」

「そゆこと」


 ふたりはハイタッチ。


「今回も悪いことしたな~」

「ですね~」


 はたして、泣くのは誰なのか。

 それは知らない。




***




 後日。

 報告書に目を通したゴードン総合生命社長、ロジャー=ゴードンは深夜の自室の明かりを落とすと、爛々と輝く瞳をそっと閉じる。


「……エニグマパニッシャー」


 藪崎ハヤテのもうひとつの名前。

 エニグマの敵――だった男。恨みはない。だ。

 今回は会社に損益は出なかったが、訝しむべき点がいくつかあった。別ルートから入ってきた別会社絡みの男爵領の新契約。商売関係の加入者に、男爵関係者と藪崎ハヤテの名前。


「そろそろ動くときかもしれんな」


 言葉には出さない。


「来たるべきエニグマの未来のために」


 ゴードンはそっと目を開ける。その瞳に怒りの色は浮かんではいなかった。端末に指を。遅い時間だが、呼び出し音のあとすぐに秘書に繋がった。


「アレキサンダーに連絡を」


 承知いたしましたと、秘書が返す。

 鬼は頷き、大きく、大きくため息をつくのであった。

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