第2話の7『スライム汁まみれになろうや』
ベルクファスト六道型対魍魎多層式徹甲ライフル『アラハバキ』には、一発の電極弾丸が装填されている。ホンダさんのP器官に打ち込むための弾丸で、体内にしばし留まると融解し、P器官全体に行きわたる。
ただし、十万倍に膨れ上がったP器官のうち、核となっているホンダさん自身のP器官に打ち込む必要がある。
「――いくか」
証拠を残さぬため、艦橋との通信も断っている。ただのハヤテの独り言。心拍は落ち着いているものの、いざ降りしきる流星の中に――そう、真っ只中にいる今このとき、単身、身を投じるのだ、怖くないはずはなかった。
「細工は流々、あとは仕上げを御覧じろ」
わずかに空いたハッチの隙間に足をかけ、天を仰ぐように虚空へと身を躍らせる。
刹那、シールドと流星雨の巻き起こす防風に木の葉のように霧きり舞うが、エアジェッターにより姿勢を制御。アラハバキをピタリと天空へ向ける。
「肉眼で見ると壮大だなこれは!」
思わず瞠目感嘆のハヤテ。己が自由落下中であることを一瞬忘れてしまう光景だったに違いない。己自身が流星の一部になっているかのような、炎と光の帯。この光景を見たものはそうそういないだろう。たぶん。
それでもピタリと、観測機器に相乗りする形で狙いをつける。
ホンダさんの総排泄孔を抜けた先、彼本人のP器官と思しき場所へ。
「――……」
ハヤテは大きく大きく息を吐く。
「我が大尊、願わくは正中真処を射させ給え。避けはせぬ、逃げもせぬ、我が一意専心は必ずや的を射るであろう」
声には出さず、心の中で唱える。
彼我の距離を、弾丸は音よりも早く飛ぶ。
――
「とぁ~ったったったたたたたたた!!」
と思った矢先、すぐそばを
「四つかよ!」
ほぼひと塊。
千と百二十五キログラムの宇宙ゴミがハヤテめがけて広がり堕ちてくる。
シルバーソードははるか上空、すでにその庇護下の外。衝突は避けられぬと判断したハヤテはエアジェッターを外側に――いや、上へと吹いた。
「こうなりゃヤケクソだぁあこんちくしょー!!」
相対速度を落としたハヤテは、あろうことか
「か……尊よ……」
ぶるぶると震えるように天空を向いた
――ご照覧あれ!
その一瞬、砲身からまるで繋げられた糸を辿るように、一発の銃弾が流星の中を走る。燃え尽ききったデブリの中を一条の朱が火の粉のように舞いあがる。
「…………。熱ぁ暑ぁっちぁ熱ぁ暑ぁ熱ぁ暑ぁ熱ぁヅ暑ぁ熱ぁ暑ぁッ!!」
残心を解くや否や、磁力を介抱し飛び退る。四百貫の塊から離れることしばし、落下制御用のエアジェッターのエネルギー残量を確認して、ハヤテは絶句した。
「やべ~……」
冷や汗がにじむ。
ほぼ、空っぽだったのだ。
***
「――こちらシルバーソード、オクさん、観測のほうは順調でしょうか」
「こちらオク。アンドールメイトのアゲハさん、こちらは順調です。……ヤヴ――薮崎先生はいらっしゃらないのですか?」
「ええ、疲れたから寝ると、男爵さまの離れに置いてきました」
長い観測になる。起きっぱなしにするものでもないし、さもありなんといった感じに受け止める。
しかし、それにしてはアゲハの顔色が悪い。
「どうかしましたか?」
と、エグゼリカがモニターに顔を出すが、アゲハは「壮絶な光景にあてられまして」と顔を伏せる。
これまた、さもありなんといった感じに受け止められる。
その実、無茶な狙撃を敢行し、炎の尾を引き自由落下していったハヤテの身を案じての苦悶だったのだが、顔に出てしまっているようだ。果たしてハヤテが死の間際に善からぬことを叫んではいまいかという不安半分、あとは面倒くさいことになったなあという気持ち半分とのちに語るが、ほんとかどうかわかったもんじゃないのは周知の事実。
「排出は滞りなく加速中。流星帯は星の北半球を縦横無尽に覆っているもよう。四十時間弱はこのままでしょう」とオク。
「では、お互い観測をこなすということで」とアゲハ。
「チャンネルは同期しておきます。ではまた、四十時間後――というか、後日」とエグゼリカ。
受け、通信を切ったアゲハは
「もう、あのスカポンタン!」
開けっ放しだったハッチの隙間を静かに閉じながら、アゲハは連絡を取ることもできずにモヤモヤ悶々として四肢を丸めるようにうずくまるのでありました。
***
――四十時間と少しあと。
順調に排泄が終わった頃合いだった。
「ななな、なんじゃぁあ!?」
ホンダさんがビクンとその桃色の体を真っ赤に上気させ身悶えはじめる。ちょうどそのとき、P器官へ見事に打ち込まれた電極が発動したのだ。ビビビビビビビッと。
駆け巡る異様な感覚。ホンダさんは今まで感じたことがない異性の快感に身をよじらせる。それが異性の快感であると意識できたのは、自分の中にもうひとりの、いや、幾万人もの異性の情報が練り込まれていたからだったにほかならない。
「あががががががが! たまらん!
にわかに
「ホンダさんに異常反応。シナプスのあちこちに電流的断裂を確認!」
オクの言葉にエグゼリカは冷や汗をにじませながら先ほどのホンダさんの絶叫を思い出す。
「何が起きるの!? その、ホンダ汁? な、なに!?」
「スライム汁だ! スライム星人が雌雄生殖をおこなう際に分泌する粘性の液体だ! ――検索。排泄完了による代謝不良の解消に伴い…………やばいやばいやばい! 逃げるぞエグゼリカ、爆分裂する!」
その瞬間だった。
「ぼぇベーゥヴォッ!」
壮絶な快楽の絶叫と思しき異音を発しながら、ホンダさんは体中を一瞬硬直させ、白濁した膨大な量の粘液を放出しながら爆発四散――いや、爆発十万散した。
星を覆い尽くさんばかりの粘液が広がる中、ノイズまみれの音声が周囲数千キロにまで響き渡る。
「ああ~、気持ちええなあ~たまらんよお~うひゃああうひゃうひゃああ~ああ~いいよぉおお~!!」
――といった快楽の叫びが、十万ちょい。
老いも若きも男も女もホンダ汁にまみれて盛りあっているではないか。
その生命の神秘そのものな生殖活動に、オクもエグゼリカも目が点になっている。とうぜん、オクさんの宇宙線はホンダ汁まみれでねっとりしている。シールドを張る暇もなかったのだ。
「ご無事でしょうか」
ちゃっかりシールドを張って難を逃れたアゲハから通信が入る。
「いや、これは、まいったわね」
「あ……あ……ああ……」
エグゼリカはため息交じりに、オクさんは絶句であった。そりゃそうだ。
「……スライム汁の塵化まで、二十と数分。――ご覧ください、ひとりになっていたホンダさんたちが、おそらくすべて分裂したもようです。しかしまあ、壮観ですねえ~」
涼しい顔のアゲハ。
これで口座の統合問題もなくなる。
スライム星人たちも各々己の肉体を取り戻せた。
肥大した体積はスライム汁として分泌消費、塵化することでダイエット。
「ややや、丸く収まりそうですねえ」
ポンと手を打つアゲハ。
あとはハヤテの無事を確認するだけであったが、目を落とす地表はピンクのスライムと、白濁粘液に覆われ見ることはできなかった。
「そちらもうまくやっていてくださいよ、先生」
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