第2話の5『流星落としの裏で』

「あああああ~、尻が燃えるようじゃあああああ」


 実際、ホンダさんの総排泄孔は灼熱となっている。けれど、燃えてはいなかった。宇宙を飛ぶ際の体表の変化が功を奏しているものの、粘膜の内側に至るとそうも言ってはいられない。


「セロガン弾頭、到達を確認。距離、入口より三十五キロメートル地点」

「北半球の宇宙ゴミスペースデブリまわりにドンピシャだな。このまま胎動でどんどん飲み込まれるだろう」


 宇宙服を脱ぎつつ汗をぬぐい、ハヤテは通信機を取り出す。


「ホンダさん、催してくるまで総排泄孔は大気圏外に出してくれて構いません。診察と処置はこれで終わります」

「さよか!」


 ホンダさんがモジモジしながら総排泄孔を引き上げる。プルンとした腫れを見せているが、もともとが赤いせいか、熱膨張してるようにも見える。


「ケツの粘膜が焼けるなんて初めての体験やで、クセんなるとこだったわ」


 あながち冗談ではないように聞こえる。

 ともあれ、超高濃度セロガンが体内で炸裂し、整腸行為を促しつつ、ナノマテリアルが増殖、体内の宇宙ゴミスペースデブリを三百七十五キログラムずつの塊に分割させるのに必要な時間は四時間ほど。らしい。


「――こちや薮崎、ええと、オクさん、聞こえますか?」

「こちらゴードン総合生命、宇宙船オク。記録は順調だ」

「そいつは重畳」


 やや緊張をはらんだオクの言葉に、気が付かないふりをしつつハヤテは続ける。


「口座の統合審査はおりましたか?」

「保険の請求先は、いまだ主人格のホンダさん個人のもののみ。難しいかもしれない」

「そうか。――ホンダさん、そういうことらしいです」

「こまったのぅ~、男爵さんといっしょなら払えぬ額ではないが、キッツいのぉ~。あんともならんか~」

「こればっかりは」


 と、エグゼリカが付け加える。


「当社の報告書にはその旨、書き添えてはあります。ただ、口座の統合が難しいとなると、こちらの保険適用も主人格のホンダさんのものとせざるを得なくなる可能性も……」

「困ったのぅ……」


 ハヤテは降下をし始めているシルバーソードを確認すると、「ともあれ、私の出来る仕事はここまでですな」とお手上げだ。


「そかそか! 先生、あんがと! またあとでな!」

、総排泄孔を大気圏内に向けて出しちゃってください。……アゲハ?」

「装甲版の分断を確認。旧型の装甲版ならこれで全て分断分割が可能です」

「だそうです、ホンダさん。渋り腹っぽくなりますが、ゆっくり排泄してください」

「なんじゃああああ、みんなに見られながら百貫375kg出すんかあああ、恥ずかしいのぅ、なんか困るのぅ」

「……ん、名付けて『流星百貫落とし』作戦。今考えた」


 ハヤテの呟きにエグゼリカも苦笑交じりに報告書に書き加える。些細なことだが、今後の会話で出てくるなら押さえておかないといけないだろうから。マメなのです。


「よし、じゃあ私らはこれで。大気圏内地表付近で巡航します。後の記録は、どぞヨロシク」


 と、ハヤテは降下指示。

 アゲハも請け、機体はやや距離を置きながら雲間へと消えていく。


「いやああああ、一時はどうなるかと思ったが、しこたま百貫落とせば解決っちゅうわけじゃなぁああ、お嬢さんやあああああ」

「ですね」


 と、エグゼリカも経過を観察しながら一息つく。

 計算試算上、ホンダさんの腹の中が空っぽになるまで排泄するまで、いくら万全の整腸作用を以てしても四十時間はかかる。大気圏内に排泄したそれらが燃え尽きる確率は九割五分を超えるが、万が一もある。そのときに備えての保険もあるので、油断はできないのだ。


「今回ばかりは、ヤヴ……薮崎医師も何かをする隙はあるまい。というか、何かをするにせよ、なにをどうするのか見当もつかん」

「もし何かをしようとしても、今回は社長の許可により『オクさん緊急戦闘形態』が取れるようになったから、力技でもなんでも来いってところよ。ね、オクさん?」

戦闘形態へんしんは妖力を使うからあまり使いたくはないんだがなあ」


 宇宙船ごとエニグマの力を使い変身するスタイルは、大戦当時も非常に大きな脅威であったらしいが、今でも彼らの権利として認められる一方、行使には多様な制限が付く。らしい。


「しかし、今回は何も起きないような気がする。特がないからな、エニグマパニッシャーには……これっぽっちもな」


 あの男、自分オクを名指しで通信をしてきた。そのことが彼女の心に引っかかるが、よもやこの腕を撃ったのはお前だともいえない。彼女自身エグゼリカにもいったが、それこそ戦場の倣いに他ならないからだ。

 恨みこそないが、わだかまりがあるくらいだ。


「観測。――カナブンをありったけ飛ばそう。男爵側の保険屋にも映像は提出しないといかんからな」

「あいあい。オクさん、よろしく。私は報告書を飛ばしとくわ」




***




 ということで、ハヤテら一行はそんなエグゼリカらゴードン総合生命組には内緒で、やっぱり悪だくみをしている最中でありました。


「基本的に、ホンダさんがひとりに融合しちゃってるのが問題なんであって、こっからふたたび、ひとりひとりに分割されれば何の問題もないんだ」


 とハヤテ。

 ババっと参照しているカミさんからの資料によると、不定形生命体質のスライム星人並びに多くの彼らは、融合後に分裂する前例が報告されている。あくまでも、統合は一時的な避難であり、認識機関の中にある安全中枢が刺激されれば、これ即ち結合が解けると、まあそんな感じのことだった。


「このままだとホンダさんも男爵も大損をこくことになる。口座の統合ができないのなら、作戦プランHを発動させ、ホンダさんの体を本来の数に分割させることとする」

「うわー、やっぱりそうなるんですねえ」


 アゲハもあきれ顔だが、「どうせ大銀河帝国の保険が痛むか痛まないかですからねえ」と、巡検師随伴機としてあるまじき言動を漏らす。なかなかに毒されてきている。


「で、ここだ。――総排泄孔の奥、半ばの腹側のあたりに、コリコリした器官がある。通称、P器官。ここを激しく刺激すると、びゅるびゅると漏れ出すように分裂を開始するという話だ」

「すごいスイッチが搭載されてるんですね、スライム星人って」

「似たようなのは人体にもあるが――」


 とモゴモゴいうハヤテ。もっとも男性体に多い部位だそうだが、アゲハは「ふうん」と聞き流している。たいして興味はないみたいだった。


「ともあれ、ゴードンんとこを隠れ蓑にして、大気圏内から大気圏外に向けて、違法な治療行為としゃれ込もうというのがプランHだ」

「大気圏に向けて解放されるホンダさんの総排泄孔に向けて、アラハバキによる超長距離射撃。総排泄孔から体内よりP器官に電極マシンを打ち込むと……。正気ですか?」

「なにがだ?」


 と、こちらはひょうひょうとした受け答えだった。


「あのね先生。総排泄孔からは無数の排泄物が落ちてくるんですよ? その排泄物……百貫まみれの空域の中から衛星軌道上へ狙撃を行うんですか?」

「おうよ。別に熱の問題はねえし、打ち出す弾丸だって生薬じゃない。力場コーティングした電極を撃つだけだ。問題ないさ」

「超音速で迫る燃えた装甲版の雨あられの中、シルバーソードで並走するんですか!? 無茶ですよ」

「排泄される宇宙ゴミスペースデブリの中で撃つなら、それらがノイズとなってゴードンにも気取られないだろう。だが、シルバーソードはでかすぎる。手法も派手すぎる」


 そんなハヤテの説明に、アゲハは「知ってますぅ~」と口をとがらせる。プランHにはこう書かれていたからだ。それをハヤテが読み上げる。


百貫はいせつぶつまみれの中を、シルバーソードが大気圏内から宇宙に抜け、ゴードン側の審査監督員と合流する。そのさなか、百貫の中に俺を投棄してもらう。自由落下中に、ホンダさんの総排泄孔からP器官を狙撃、電極を打ち込み、排泄終了後の分裂を促す」

「エアジェッターで着陸するにせよ、流星百貫作戦の空域を五百三十五秒も自由落下など、正気の沙汰ではありません。重さこそ一定ですが、形状は様々。どのような軌跡を描いて落下するかはわからないのですよ?」


 さすがに心配そうな声で釘を刺してくる。


「でも、俺に何かあったらすぐ本星に帰れるぞ」

「健闘を祈ります」


 真顔だった。

 もしかしたらエアジェッターもパラシュートもつけさせずに投下も辞さない表情だったかもしれない。こわい。


「……とにかく、セロガンと一緒に持ってきた電極こいつが役に立ちそうだ。いっちょ百貫まみれになろうや」

「うへえ」


 アゲハは露骨に嫌な顔をするが、危険なことをするのはハヤテなのでひとつ首を振ってた目鵜息をつく。

 ハヤテはハヤテで落とし穴ピットホールを寝られるように伸ばすと、遮音ドームを広げて昼寝に入る。


「んじゃまあ、時間が来たら起こしてくれ」


 と、すぐにいびきが聞こえてくる。

 飄々としていたが、あの高温の中の狙撃は著しく体力と気力を奪い去っていた様子だった。リライフマーカーがぎゅんぎゅんと回っているのをアゲハは見た。


「ほんと、何が彼にここまでさせるんでしょうね」


 わかってるけど。と、彼女はゴードン総合生命オクさん号に、合流予定時刻を打診するのであった。

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