第2話の3『いつもの保険の嬢ちゃんと』
「人格の統合と、口座の統合は難しいと?」
エグゼリカが自室の端末でお菓子をついばみながらオクさんと通信しつつ、今回の案件に目を通し直す。ちなみに食べているのはおまんじゅうで、とても甘い。
「社長曰く、人格の統合を審査するにあたり、医師の許可の元、面談。情報に依れば
「オクさんの見立てだと?」
「見立ても何も、私が判断することは何もない。ただ、そういうヒトもいるというだけだ。特にゴードン総合生命は、エニグマの他、その手の特殊な人たちへの保険の篤さで定評がある。その中ではスライム星人はなかなかに特殊ではあるが」
問題になっているのは、スライム星人のAさんやBさんが抱えていた借金なども統合されるのかどうかという問題。資産はプラスの物だけではなく、マイナスの物もある。
「保険の内容ではどうなっているの? 特殊補償の中に入ってるでしょう」
「故意かそうでないかの判断が必要だ。まあ、そのための面談になる。ただ証拠ばかりはアンドロメダ中央区第五主星本町三丁目の男爵が詳細にまとめて報告してきている。ひとつ整理しよう」
オクさんの言葉にエグゼリカはまんじゅうを頬張りながらひとつ頷く。
「人格統合は医師の診断という本人の状態の確認、そしてそれが事故であったためによるものという状況の確認。このふたつになる」
「ああ、マニュアル通りなのね」
「そりゃそうだ」
パパっと男爵さまから送られてきた資料を読み込むと、受け入れ体勢が整うまで衛星軌道上で漂ってもらっていたらしい。ものすごい生命力だった。さすがスライム星人。
戦争の名残が舞う中だが、そんなものはスライム星人には柳に風、糠に釘、馬耳東風、のれんに腕押しといった具合。
でも規模が違った。
量が違った。
速度も違った。
「え、めり込んだんじゃなくて、これ食べたの?」
「宇宙ゴミを取り込んだのは、あくまでも体の生理的な反応だと報告されてるが……。赤ちゃんが口に入ったもの飲み込んじゃうようなもんだとかかな」
消化が追いつかなくてお腹の中に溜まって、個々の重力が増し、引き合い、融合していったらしい。そこまでは分かるが、もっとこう、精神とか心とか、混ざっただけで一個になっちゃうのが信じられないらしい。そりゃそうだ。
「で、こうなったと」
端末には主星――アンドロメダ第五主星本町三丁目を覆うようにおっきくなったホンダさんの姿が写っている。凄く大きい。
「え、これ、移民できる……の?」
「無理だ。あと十日もしないうちに燃えながら星に落っこちる。そうなったらアンドロメダ第五主星本町三丁目は二丁目あたりと統合されるんじゃないかな」
「星なくなっちゃうってこと?」
「みんな避難してるけどな。ああ、男爵は残ってる」
「なんで?」
「肝練り砲の射線なんだ」
「あー」
貴族が住んでるということは、そういうことなんだろう。
「え、じゃあ危険なんじゃないの?」
「危険だよ」
「え、そんなとこに行くの?」
「行くの」
「まじで!?」
「社長命令」
「まじかー」
「まじまじ」
ページを送る。
確かに緊急を要する案件らしく、ワープ費用などはなぜか男爵持ちで調査依頼が来ている。しかし、その先にあるページに見覚えのある名前が出てきたとき、「ああ、なるほど」とふたりは納得した。
「藪崎ハヤテ医師。この前迷惑掛けちゃったけど、またこの名前を見るなんて……」
「うむ。だが、社長命令の意味も見えてきた」
あの病室での遣り取り。
――「じゃあな、このやぶ医者」
――「あばよ、業突く社長」
あの冷たくも火傷しそうな気迫の応酬。
「その補足案件も、見えてきたな。リカ、保険適用案件を見てみろ」
「ん? …………ああ~」
医療保険の適用。
スライム星人のような不定形生命体質特有の保険。
「移住が認められている星だから、適用されるんじゃないの?」
「だが、本人は衛星軌道上だ。医療行為は主星上にかぎる」
「え?」
主星上とは、地面に触れているという意味ではない。地面のない星もある。星の回り、衛星軌道上でもコロニーを築いて過ごしている星人も多い。
で、この場合のアンドロメダ第五主星本町三丁目の主星上とはすなわち、『大気圏内』と決められている。
「そんなん不可能でしょ」
にべもなく保険適用範囲外であろうとエグゼリカは手をピラピラさせて笑う。
「だが、適用しなければ恐ろしい金額を負担しなければならない。どのみち藪崎医師の収入は変わらないだろうが、負担するのは患者であるホンダさん本人と、おそらく男爵一家だ。払える額だが、それでも生活は立ちゆかなくなるだろう――ホンダさんが」
「それどころか、医療行為として認められなかったら、藪崎医師だって医師免許剥奪でしょう?」
「ヤヴサキ……ハヤテ医師か。社長の思惑はそこだな」
というと? とエグゼリカが聞き返すが、聞き返す途中で彼女も気がつく。
仲が悪いと仮定する。
さらに、社長は藪崎ハヤテがどこかしらで『保険金詐欺』を働くと確信していると仮定する。
「でも、この前だって単なる杞憂だったんでしょう?」
「まあ、そうだが」
あの事故は自分の責任だが、もし万がいち、万がいち、ハヤテの狙撃による事故であったとしたら。
泥をかぶったことになる。
濡れ衣を着せられたことになる。
だとしたら……。
「まあ、証拠は何ひとつなかったが」
と、言葉は飲み込む。
「まあ、社長命令だから」
「そっかー、そうだよねー。じゃあ、あれ? 危なくなったら」
「逃げていいと思う。そこまで危険には身をさらせない」
「社員として?」
「社員としてだ」
エグゼリカはまんじゅうをもういっこ頬張る。
ゴマのあんこは甘かった。
***
「おお、おお、おお~! きたきたきた!」
「先生、受諾のお知らせはこちらから送ってもよろしいですか?」
「さんきゅーカミさん、あと、例の物を超空間宅配してくれ」
「承知いたしました」
ハヤテが艦橋で手を叩いて笑う。
カミさんがモニターから笑顔で消えると、アゲハは胡散臭げな表情を隠そうともしないで左手のハヤテをじとーっと見やる。
「はいはい、またなんか壮絶に胡散臭い計画を立ててるんでしょうね」
「胡散臭い言うな。――ただな、最終的にどの時点で『完治』となるか、医者としては見据えてないと行かんわけでな」
「というと、あれですか? 老朽化した戦艦や兵器の
……あんぐりと。それはもうあんぐりと口を開けている。
「なんでそんなことを、い、い、いいだすんだい? アゲハさん」
「罪滅ぼしのつもりなんでしょう? 戦争に携わり、スコープの先の生き物の手足を撃ち抜き続けた軍人生活、その罪滅ぼし。実家がお医者さんだったのを好機ととらえ、裏の口コミで、戦争で手足などを失った軍人たちにその体を取り戻す保険金詐欺を生業にしようと思って、こんなことしてるんですよね?」
愕然とした表情のハヤテ。
「え、気がつかれてないと思ってたんですか!?」
……あんぐりと。それはもうあんぐりと口を開けている。今度はアゲハが。そりゃそうだ。
「先生らしいロマンチックというかセンチメンタリズムというか。あえて馬鹿らしいと言わせてもらいますが、そんなこと考えてらっしゃってるのは、見ていれば分かりますよ。カルテで見たゲンさんの件にしろ、このまえの逢田さんのことにしろ、先生の行動原理ってソレでしょう?」
「誰にも言ったことなかったのに! ……かひゅ」
なんかうるさくなりそうだったのでアゲハが酸素濃度を落としてハヤテを重体一歩手前まで追い込む。そして蘇生用の塗り薬を塗ってあげる。ちょっとやり過ぎたらしい。
「せめてその銃弾で、どれほどの人を救えるか」
ぜーはーぜーはー言いながら、ハヤテはやっとのことでそう呟く。
言葉をじっと待っていたアゲハは、ひとつ、それでも茶化さずに頷く。
「実際に自分が撃った相手を患者に迎え入れたことは?」
「ねえよ。まだ、始めたばっかりだ」
「実際に来たとき、平静でいられます?」
「そう務めたい」
そんな吐露をするハヤテの頬を、アゲハは伸ばした指先でつんつんと突く。
「ま、無理でしょうね」
「無理っていうな! ……むぐっ」
指先がこちらを向いた鼻を押しつぶす。
「だから馬鹿みたいだって、いうんです。そんなこと、私にだって分かります」
「お前に何が分かるんだよ」
「分かりますよ」
ふふんと笑うアゲハ。
「きっと先生は、彼や彼女の失われたであろう手足を義手義足ごしに思い、泣いちゃうと思いますよ。それはもうグスングスンて」
「お前嫌い」
言い返せないハヤテ。
たぶん、恐らく、そうなのだろう。
筒越しでなければ、自分のしでかしたことを直視できないのだ。
そんなことは、ハヤテ自身、よく知っていた。と思う。
「恥ずかしいでしょうから、話を変えましょう。さて、ホンダさんの治療指針ですが――」
「お、おう」
ハヤテはモニターに指針を表示する。
コホンと仕切り直し、顔をむにむにして大きなため息。
「保険適用範囲で、ホンダさんの総排泄孔――つまりケツの穴にナノマテリアルを練り込んだセロガン弾丸を撃ち込む。保険適用は大気圏内から。つまり、ホンダさんの肛門を大気圏内に入れ、燃える前にそこから撃ち込む必要がある」
その方法はふた通り。
「超音速で移動する肛門を地上から狙撃するか、大気圏ギリギリの灼熱の中を並び飛び肛門を狙撃するか」
「シルバーソードや、主砲は使えないのですか?」
主砲はなんでも打ち出せる。洗濯物も通信機も、セロガンも。
「医療器具と認められていない。これでは治療――医療行為として申請できない。注射器とかで打つのと、戦艦の主砲で打つのとはやっぱ違うだろう」
「銃ならいいんです?」
「実は医療器具申請通るんだこれが」
「まじか」
「ということで、狙撃方法。地上からの狙撃は却下。いくらなんでも、安定しない」
「的を外すと?」
「弾が燃え尽きる恐れが高いンだよ!」
「うわー、スナイパーのプライドとか」
アゲハ爆笑である。
確かに肛門に挿入しても体内でほどよく溶けなければ意味がない。
「大気圏ギリギリでの併走狙撃しかない。そうでなければホンダさんの体に負担がかかりすぎる」
「しかし、併走は
「船外に縛り付けて体を固定。俺が燃え尽きる前に、スライム星人の肛門を撃つ」
「捨て身ですか!」
自殺行為だった。
「先生の焦げあとが船に着いたら汚いじゃないですか!」
「シートの裏に鼻くそ擦りつけるぞテメェ――かひゅ」
今度は手加減した。
「その後、ホンダさんの排泄を促し、体内の
――患者のその後のために。
ハヤテはそういった。
「地表での生活は必須だ。そのために、その費用はゴードンに泣いてもらうことにしよう」
「でも。今回はそのゴードンさんといっしょの作戦なんでしょう? 監視というか何というか」
「そこはそれ」
ハヤテは己が腕をポンと叩く。
「ここに任せろ」
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