第2話の2『デブリ、溜めて待つぜ』
ホンダさんと意思の疎通が出来なくなったのは、
「それがついこの間ということは、診療所に来たのはホントに火急焦眉のことだったんですなァ」
「技術者たちはみんな脱出してしまい、現状の確認レポートを遺して上の疎開星に。うちの資本力でなんとかできればと思い、藁にもすがる思いでそちらの診療所を訪ねた次第なんです」
ビアンカが言うには、セロガンは究極の胃腸薬という触れ込みで初期人間型タイプ用の秘薬と報告されていたらしい。確かに入手できるのはハヤテのいる星と、銀河の反対側にあるという薬剤の研究施設だけだという。
たいして効かないからハヤテのところにしかなく、研究所にあるのは生産マシーンではなく、たんなる在庫サンプルではないかと囁かれている。
効くにしても効かないにしても、古い古い機械のスイッチを押すだけで出てくる、臭いがそれなりに強い薬だ。
なんと虫歯にも効くらしいし、原始星にいる消化器官に潜り込む寄生虫なんかも退治してしまう優れものだと聞く。正直な話、超眉唾。
「処方して飲ませるにしても、まずは問診しないことには。受診する際の手続きは付き添いの方に頼むとしても、こればかりはね。診察できるかどうかは、
そこはアゲハの力強い「ふふーん」という鼻息。
「もちろん、大丈夫ですわ! なんてったって、この大銀河アコンカグアに存在するすべての言語を網羅したデータベースは、ものすごく
「もうこいつに任せた方がいいんじゃないかな」
ハヤテは
どのみち、ハヤテが乗り出さなければ使えない機能が満載だったというだけの話だけど、アゲハにとってみれば自分の有用性を誇れる一瞬だったのも間違いないので、大人なハヤテはツッコまない。
「カミさんからの治療方針はこうだ。えーと、ビアンカさん、ここからはこのように進めたいと思います」
「――ファイル受諾。なるほど、整理されていますね」
提示した方針はいくつかに分けられている。
ひとつ、現在のホンダさんとの意思疎通を図るために、スライム星人の通信粘膜――という口や耳にあたるような部分――に新しく大出力の通信機を打ち込む。
ひとつ、意思疎通の可否を確認し、可能であるならば問診。不可能であるならば、意志を持てぬ危険な善良市民として保護にあたる。
ひとつ、問診の結果によって出た治療方針に従い、ホンダさんの治療にあたる。
「治療方針は、あらかじめ用意しておきました。なァに、体が大きくったって、やるこたァ同じ。要はあの腹に抱え込んだ
具体的な方法は、『スライム星人の総排泄孔から削岩作用のある下剤を打ち込む』『下剤により、段階を踏み、取り込んでしまった
「総排泄孔?」
「スライム星人は、体に触れた物体を取り込む際、どこからでも体内に取り込めるわけではないんだよ。ウニウニ動いて、体に開いている孔から飲み込んでるんだ。あんな体だからどこからでも飲み込んで溶かしちゃうように見えるが、ちゃんと俺たちでいう口がある。総排泄孔は、ただひとつある排泄器官てことさ」
「ちゃんと口があるんですね」
「ちっちゃく閉じてるがいくつもいくつもある。でも、出てくるのは一カ所なんだ。それが、総排泄孔。鳥とかにもあるよ。いわゆる排泄と卵を産む孔が」
そこに、『下剤』を打ち込む。らしい。
「排泄させる宇宙戦艦の装甲板や部品というのが厄介でね。一気に出したらそれはそれで問題がある。まだ宙域に無数に存在するでっかいでっかい
そうなると、弱い通信電波は通りにくくなるうえに、衝突事故も増える、ゴミの回収には膨大な時間と手間がかかると、いいことがない。
「それを防ぐために、小分けにした排泄物を、星に落とす。大気圏で燃やしてしまうんだ。一気に十数キロメートルに及ぶ排泄物を投下したら星は滅ぶが、いっこあたり三百七十五キログラムまで分割させれば、軍用の装甲板だろうと燃え尽きる」
それを受けて「ああ、流星作戦――」と呟いたのはアゲハだった。検索をしていないということは、元から知っていたのだろうか。これはそれでもけっこう有名な作戦だった。
コストがかかるけれど、燃え残って落ちた燃えカスはそれなりに再生資源として売却できたことから、大戦後大いに栄え、一気に衰退した事業だった。……らしい。
けっきょく残ったのは辺境のゴミの漂着する星で、それなりに
「ということで、時間はあってないようなもんだ。ビアンカさん、問診前の通信機打ち込み開始しても?」
「はい、よろしくお願いします」
「主星北半球夜側、ホンダさんの
アゲハが通常航行で船首を向ける。併走するビアンカも星の自転に逆らうように夜側に。すぐに赤紫のホンダさんの頭が見えてくるが、頭には見えないけれど、あれが頭なのだろう。よくわからないが、センサーにはそう表示されているっぽい。
「ハヤテ先生」
「よし、射出」
主砲がパスンと小さな機械を発射する。実弾光線熱線何でも撃てるが、通信機も撃てるのは驚きだった。素晴らしすぎる性能だった。さすがは巡検師チューンされた船、シルバーソードだった。他にも花火とか雨雲発生装置とか洗濯物とかもよく発射してる。素晴らしい装備だった。
「命中。……痛くないのでしょうか。口から体内に入れているわけでもないし」
「注射針撃たれるより感じないはずだ。ほれ、スケールが違うスケールが」
と、その矢先、通信機に反応があった。
「きこえるで~! 久しぶりの人間の声や。たまらんわ~」
「こんにちわ、ホンダさん? スライム星人の」
「せやで~」
よし、とガッツポーズとハイタッチ。ハヤテもアゲハものりがいい。
「流暢なアンタレス弁ですね。生まれはあちらですか?」
「せや。わしらみんなそっから生まれたんや。アルファケンタウリの引っ越し先で星が燃えちもうて、アカンくなって疎開してきたんや。したらこれや、
「重度の便秘です。治療にきました」
「さよか! さよか! いやー、よかった! たすかるわー!」
喜びのあまり、広大なスライム星人がウニウニと動く。
「重力が影響しますので、まずは安静に」
そしてハヤテは治療方針を伝える。
ホンダさんは「さよか!」ともう一度頷く(たぶん頷いてる)。
「儂の尻は、ここや、ここ! あんじょうキツいの打ち込んでや。ハラん中ぁスッキリしたらみんな助かるんやろ? ええで~、星に向けて落とせばええんやろ? まかせい、儂ら尻の孔の使い方はゴッツぅ上手いで~!」
「よっしゃ」
あとは支払い能力だった。
「おお、おお、さよか! 心配あらへんがな! ネットリング銀行に口座があるし、儂らみんなそれなりに稼いでるからのッ。儂ひとりにまとまっちもうたが、保険の査定も下りるやろ!」
「保険の査定?」
嫌な予感がした。
確かに銀行口座もホンダさん同様、融合――というか統合しなければならないだろう。その際の審査と査定――当然あるに決まっている。
「『繋がるわ繋がる輪』のねっとり査定の、ネットリング銀行?」
「せや」
ほっと一息つくが、ホンダさんの言葉はまだ続く。
「健康保険は
ハヤテはあんぐりと口を開ける。
アゲハも「あちゃ~」と天を仰ぐ。
「迅速! 丁寧! そして厳格! 安心じゃ~!」
「ですねー……」
さて、また問題。
因縁とは、こういうものなのだろう。後ろめたいことはないのだが、さてさて、どのような条件が提示されることやら。う~ん。
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